035 『処理と敗戦』
あたしは姫さまのもとに駆け寄りました。
姫さまがあたしを見て微笑みます。
涙ぼったい顔ですがあたしも精一杯の笑顔で答えます。
「倒しました……」
「見てたわよ~」
姫さまは何故そんな顔で笑えるのですか?
あたしには笑えません……心が。
あたしの失敗でみんなが……。
「おいカズコ! 危険はないって言ったよな!」
すみません想定外でした……サイカ姐。
ヒロキさんがあんなにもお強いとはつゆ知らず……。
あたしはその場で土下座を行います。
この世界では軽い仕草なのかもしれませんが……あたしはこれ以上の謝罪方法を知りません。
あるとすれば切腹でしょうか?
しかし、自らの命を絶つことはあたしのポリシーに反します。
「サイカ姐。あたしに出来ることなら何でもします! ごめんなさい……」
「大丈夫カズコ」
姫さまが覆い被さるようにしてあたしの肩を抱きしめます。
「カズコおめえ!」
ハイすみません……。
「よくやったよ……」
何がでしょうか?
何をよくやったのでしょう?
あたしはみんなの命を軽視していました。
わかりません……償いの方法を。
「カズコ立て!」
殴って気が済むなら殴ってください。
あたしは目をつぶり立ち上がると歯を食いしばります。
たとえ、剣で切りつけられても文句は言いません!
ふわりと体温があたしを包みます。
目を開けるとサイカ姐が泣きながらあたしを抱きしめています。
姫さまもその上から再度抱きしめてきます。
二人分の力で強く抱きしめられ、あたしは痛みと共に悔しさをかみしめました。
「大丈夫だ。みんな生きてる」
「え!?」
どういう事?
みんなヒロキに切り伏せられたんじゃ?
何がどうなったの?
二人を振りほどきみんなの元へ駆けつけ首元を触ります。
生きています!
生きています。
生きてる。
生きて……。
「全員生きてます!」
「そうよカズコ。みんな大丈夫よ」
「なんででしょう?」
ヒロキをの方を見ました。
騎士の幾人かが起き上がり始めます。
打撃を与えて戦力外にするよう指示を出したので軽度な方から起き上がるでしょう……。
振り返ります。
え!? そういう事?
「みんな切られてないの?」
「そうよカズコ。ヒロキさんがおそらくあの大剣の平面で叩きつけたのだと思うよ」
「骨折してる人は多いけどみんな大丈夫よ……カズコのおかげ」
歩み寄ってきた姫さまに頭を撫でられます。
ずっと撫でられていたい気もしたのですが、名残惜しい頭を振り切ってヒロキさんの元へと向かいました。
「ヒロキさん」
「おいカズコ。ヒロキ死なねぇよな?」
ヒロキにすがり付いていたフォルマッジが涙を拭いてあたしを見上げます。
「たぶんですけど……精神力を使い果たし混沌しているのかと思います。これを飲ませてあげてください」
あたしは【アイテムポーチ】から青いポーションを取り出しフォルマッジに手渡します。
すこし驚いた顔になりますが受け取るとヒロキさんの口元へもっていき飲ませます。
混沌しているために口からこぼれ落ちます。
あたしと二人でヒロキさんを上向きにし再度挑戦します。
ようやく口に入れられた液体をゴクリと一口飲むと静かな呼吸を始めました。
起き上がってきた騎士たちがこちらに歩み寄りどうしたものかと困惑の表情をしています。
あたしはフォルマッジをみます。
フォルマッジもあたしをみます。
「カズコ。おれさ……俺の負けだ。負けを認めるから俺以外の者を許してやってくれないか?」
「みんな俺のわがままでここに来させたのだから、罪は俺だけのものだ!」
「何を馬鹿言ってるのですか……あなたに罪の責任など取れはしませんよ」
うなだれて地面を見つめるフォルマッジ。
やがて両手を伸ばし。
膝をつき。
土下座を始める。
「カズコさんこの通りだ……お願いする」
まだ少し上から目線の気もしますがまあいいでしょう。
どちらにも致命的な被害が出なかったようですし。
あたしは立ち上がりフォルマッジさんも引っ張り上げます。
抵抗し土下座を続けるのでアルキマワロを呼びます。
そしてフォルマッジを指さし「チンチン」と言いました。
アルキマワロが土下座するフォルマッジの脇腹をすり抜け体当たりします。
見事にチンチンは成功しました。
腰が高いからそうなるのですよ?
下半身を押さえうずくまるのを見ながらコレで勘弁してあげようと思いました。
倒れていたすべての人たちを介抱していきます。
骨折している人は多かったですがスペイン先生の作った赤いポーションが抜群の効果を発揮し身体ダメージを回復しました。
不思議な顔をして起き上がるとみんなは体をほぐし始めます。
今までに体験したことが無い事なのだそうです。
聞いてみるとポーションは古代の産物らしいので隊長クラスでないと買えないのだとか……。
そういえばそんなことも言ってましたっけ?
あまり記憶にないですね。
『ぐ~ぅ』
みんなの無事が確認できたのであたしのお腹が呼んでいますよ?
「アハハ」「「「わはは」」」「うふふ」「ぐーよー!」
様々な笑いであたしのお腹に返事をする皆様が居ました。
「ごはんにしましょう、そうしましょう」
あたしはアイテムポーチからおにぎりを取り出し配ります。
といっても全員に配るには1個ずつになってしまいますが。
あとは離れの村に残っているお鍋を借りて調理しましょう~。
「ハイ皆さん~移動しますよ~」
姫さまの掛け声でぞろぞろと移動をし村長宅に伺います。もちろん無人ですけどね。
ヒロキさんも鎧を外し運び込みます。
騎士たち6人が『うんこらうんこら』と掛け声を上げながら運んでいました。
食事中、フォルマッジはずっと黙っていました。
騎士やこちらの2チ-ムは打ち解け先ほどの戦闘の話で盛り上がっています。
お互いをたたえ合うのはいいですが女子の面々にはさっぱりわからない内容ですね。
トレーニングの方法まで始める始末です。
サイカ姐はジンバルさんの顔ばかり見ています。
アイスさんはアシュリーに絡まれめんどくさそうです。
何よりも姫さまが笑顔になれたのがあたしは一番うれしいですね。
フォルマッジさんに視線を投げると俯いて目を伏せました。
指で表を示す仕草をするのですが中々気が付いてくれません。
仕方がないので姫さまに身振り手振りで合図を送ります。
「ちょっと表の空気を吸ってきますね」
あたしは立ち上がり表に出ます。
辺りを見回すと薪割り用の切り株がありましたのでそちらに腰を掛けます。
〝マジックポーチ〟から紙とペンを取り出し書き始めます。
――――――――――――――――――
『こちらは無事完了しました』
――――――――――――――――――
白い紙の上に書き記します。
裏面である黄色を上に向けて待ちます。
――――――――――――――――――
『無事何より。
こちらも順調。
詳しく連絡されたし!』
――――――――――――――――――
私は安心して黄色い紙を閉じました。
待ち人が表にやってきました。
フォルマッジさんを姫さまがうまく誘導してくれたようです。
「ようカズコ……さん」
「無理に言葉使いを直すことはありませんよ? いくつか聞きたいことがあったのでお呼びしました」
「なんでも聞いてくれ……ください」
「ふふ」姫さまの真似をして微笑みます。
何から聞けばいいですかね?
あたしはヘアバンドをクイっと持ち上げました。
色々聞きたいことはありますが……。
まずは都市の地下の人々の話かな?
それともシスターの話。
鍛冶屋・酒場・肉屋も気になりますね。
領主・父親の事?
赤い羽根の事?
この村の事?
ふう~。ヘアバンドを元の位置に戻し、前髪をいじります。
「ねぇ。フォルマッジさん。片意地を張ると疲れませんか?」
ギョとなった顔であたしを見ると口をパクパクと鯉のようになります。
恋か~うふふ。
「イスターの事好きなんですよね?」
顔を両手で覆い隠し彼は下を向きました。
「領主の息子ということもあって虚勢を張り過ぎたのじゃありませんか?」
「昔、病院で新米のお医者さんがみんなの前では大きな口を叩くのですけど、陰では涙を堪えて勉強していたのを思い出しました」
「その人は弱い自分を周りに見せることが出来なかったので、誰の力も借りれなかったみたいですよ」
「まぁ、そのうちあたしに弱音のすべてをぶつけるようになったので……困りましたけど」
「カズコは優しんだな」
「厳しいと思いますけどね? 6日で30レベルになれ! とか鬼と思われてるかもしれませんよ?」
「そんなこと言ったのかよ!」
「どうしても必要な事だったので……やむを得ずですよ」
「ヒロキさんが機転を利かせてくれたので誰も死にませんでしたけど……誰にも死んでほしくなかったのです。なので必要な事でした」
「そうか……俺には教えてくれる人も叱ってくれる人も居なかったから……」
「でしょうね。これからはあたし達が存分に叱りつけてあげますよ」
「ところで。あなたの赤い羽根の事を教えてもらえますか?」
フォルマッジさんがポツポツと想いを語り始めます。
とある都市に人手がたくさん必要な事を父親である領主から聞かされます。
人手を集めるとお小遣いがもらえ尚且つ移籍する住民にも高額な支度金が払われる事を知ります。
そしてお金に困っている人を見つけては移籍の話を促し、時には強引に決行して回ったのでした。
イスターの件は本気で惚れていたのだが、あの土地を欲する父親にどうにか直談判をすると嫁にしたいなら無理にでもあの土地を奪ってこいといわれ一石二鳥と飛びついたのだそうです。
孤児院の借金の件は父親の攻略ですでに実行済みだったそうです。
地下室の事を聞いてみましたが近づくことを禁止されているそうです。
核や特異点についても言葉すら知らないようでした。
以前、あたしが便利屋で頼まれた〝フォルマッジさん絡み仕事〟の概要も話しておきました。
「俺はいろんなところに迷惑ばっかり掛けていたんだな……」
「貴方が謝れないのならあたしが謝って回りますけど?」
冗談めかして笑ってやりました。
「いや、自分で出来るから大丈夫だ!」
晴れやかな顔が見れたのでこの後は大丈夫でしょう。




