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033 『先立と後悔』 春の一月、二十の日

 馬場和子です。


 昨日決起会を行いました。

 その後、一同はちゃんと寝れたのでしょうか?




 ――――――――――――――




 ■帝国歴308年 春の一月 二十の日■


 あたしは朝から急いで罠の確認と設置を行いました。

 残りの一同は離れの村まで移動を始めています。

 配置場所も事前に伝達を済ませてあります。



 そろそろでしょうかね?

 あたしは緑色の紙に反応があるのを待っています。

 バルドルスさんからの報告がやってきました。

 書かれている情報によると……。


 軍隊はミッカダケから立ち治り進撃を開始しようとしているとの事でした。

 しかし、ミッカダケを混入させた原因が解明できずに困惑した軍隊は対策として、騎士の食事と冒険者の食事を別で管理することにしたそうです。

 あたしの指示によりバルドルスさんはその扱いに憤怒しました。

 そもそも食料が軍隊持ちであるために冒険者が手を下し自ら腹を痛めるはずがなかろうと!

 自分自身がやらかしておいてどの口が言うのか――おっと、あたしが言わせたのでしたね。

 しかし軍隊として亀裂の入った状態での進軍をするわけにも行かず、結果として冒険者の面々を帰還させることになりました。

 シメシメです。


 ……しめしめのシメって何?



 軍隊が進軍を始めました。


 3日間も遅延させていたために準備はたっぷりと出来ています。

 道中はその昔、魔王軍との戦争による進撃で使用された為か舗装されてあり、道幅もかなりあります。

 大きな馬車でも余裕ですれ違いが可能なほどに広いです。

 そんな広い道幅にマキビシを撒いておきました……辺り一面に。


 このマキビシは子供たちに多彩な紙で折っていただきました。


 さて、どうするのでしょうか?

 あたしは〝映る紙①〟を両手に持ち意識して魔力を注ぎ込みました。

 〝紙が見た①〟から映像が送られてきます。


 進行してきた軍隊に停止命令が出されました。


 各〝紙が見た〟は木の幹に貼り付けていますので遠くからやって来るのが見えるのです。

 といっても見えますが音は聞こえないので推測です。


 軍隊を停止させたヒロキがマキビシを手に取って調べ始めます。

 結局どれもが紙だと気が付き進軍を開始します。


 ぐしゃりくしゃりと潰されていく紙マキビシです。

 しかし奥側は本物なんだな~これが。


 先頭をいくヒロキは全身鎧なので足元は鉄製ですが、さて馬に乗るフォルマッジはどうなのでしょうか?

 案の定、馬がマキビシを踏み抜き『ヒヒーン』といななき立ち上がります。

 フォルマッジはそれを制御できずに落馬します……マキビシの上に。

 痛がり転げまわっている様子が見て取れます。


 その結果、全てのマキビシを除去することになり。

 混ざっている紙を見つけてはぐしゃりと嫌そうに潰す軍隊でした。



 さて次は〝映す紙②〟の出番です。


 ようやくマキビシ群を抜けた軍隊が見えてきました。


 その先には光る道が待ち構えています。

 鏡のようにテカテカと見えたことでしょう。

 ヒロキが触って確認をしますが問題ないと判断したのか進軍を開始しました。


 やがて軍隊の歩兵や馬たちが滑り始めます。

 ヒロキ自身は踏みしめることにより問題なく進めていたようですが後続がついてきません。


 この足元一面はアイスさんにお願いして氷結をさせています。

 ちなみに水はあたしが巻きました!

 彼らの見通す範囲がツルっツルでテカっテカです。


 進軍が止まり侵入していた者たちが後方へと戻っていきます。


 フォルマッジがヒロキとあれこれ相談を行っているようです。

 ヒロキは割って進むことを進言しているようですね。

 やがてヒロキの物言いを振り切るようにフォルマッジが叫び誰かを呼んだようです。

 後方にいたローブの男の人が前に進み出てきました。

 フォルマッジの指示を受けてかローブの男は氷結した道路の前に立ちます。

 ローブの男は面妖な形をした杖を前に差し出し持ゆらゆらと振り始めます。

 男から魔力の妖気があふれ出し、それらが杖の先に集まり始めます。

 杖全体に魔力がたまり切ったのを見計らって男は杖を前に差し出し何やら叫びました。

 杖の先から差し出された魔力が赤く変化し炎となり噴出(ふんしゅつ)されます。

 道路一面に貼り付けている氷に炎がまとわりつき次々に溶かし始めます

 十分にいきわたった炎が溶けた水分も幾分か蒸発させあたしが道路に敷き詰めていた紙に着火しました。

 さて今度は炎の道路ですよ~どうされますか?


 人は障害を与えられると何故かそれ自身に囚われどうにかしようと考えてしまうのですよね?

 障害が多いほど恋は燃え上がると病院の女性陣によく話聞かされました。

 よく燃えるのはお肉を焼くときだけでいいと思います――あたしは。


 フォルマッジは何故かヒロキに(わめ)()らしているようです。

 ローブの男がお手上げの身振り《ジェスチャー》をヒロキに行い下がりました。

 渋々といった様子でヒロキが炎に近づき眺めています。

 塗りつけた燃料が燃え尽きるまで――その炎は消えませんよ?


 フォルマッジがやってきてヒロキを蹴り上げました。

 全身鎧(フルプレートメイル)である鉄の塊を蹴り上げたフォルマッジは足を痛め地面に転がります。

 ヒロキが心配そうに屈み込みフォルマッジを助け起――跳ねのけました。

 ヒロキは慌てて進み炎の根元を凝視します。

 そして燃え盛る炎の下に紙が敷かれている事に気が付きます。

 ヒロキが振り返りフォルマッジに何やら伝えました。

 フォルマッジが偉そうにやってきてヒロキを両手で後ろに退()けます。

 跳ねのけられた仕返しをしたかったのでしょうがヒロキはびくともしません。

 また何か喚き散らしヒロキを下がらせました。


 イライラした様子のフォルマッジは敷き詰められた紙の中央を持ち勢いよくめくりあげます。

 おそらく『よっしゃー!』とか『ざーまーみろ!』といった声をあげたのでしょう。

 したり顔がそれを物語っていました。

 しかし、横長に並べられた紙はペロリとめくりあがり両端がフォルマッジに絡みつきます。

 手で持ち上げた部分を起点にペタリと八の字で張り付いた紙がフォルマッジを取り巻きます。

 当然紙の反対側は燃え続けたままなのでフォルマッジは熱さで走り回り。フォルマッジに追いかけられるようにして騎士たちは逃げ回ります。


 その後、疲れたのか・諦めたのか、それともどうにか我慢できたのか〝八文字焼男〟が落ち着き始めました。

 ヒロキは炎の間から近づき紙をどうにか剥がそうとします。

 しかし、そう簡単に取れる代物ではないのです。


 今回敷き詰めた紙は3層です。

 一番上が燃え続けるバーニングペーパーです。

 二層目が張り付くステキーシートです。 

 三層目が張り付かないツルベーです。

 ツルベーの裏紙は普通の紙ですので地面と接着させるために所々張り付くステキーシートを付着させてあります。

 そして張り付くステキーシートは紙なので水に弱いです。さらに言えばお湯にもっと弱いです。


 前回の〝かゆい紙〟での対処法を思い出したのかフォルマッジが大きな桶を準備させ簡易的な風呂を作りました。

 フォルマッジが喜んで簡易風呂に入ろうとしますが、炎が相変わらず燃えていますので直ぐに熱湯になって飛び出てきます。

 改めて水を用意しては入ってと繰り返すことで鎮火と共に紙を剥がしていきました。


 ようやく精神を回復させたフォルマッジは水樽を馬車から降ろさせると撒き始めます。

 順調に炎を消していくのですが中ほどで問題が発生します――水の在庫が無くなったのです。


 雨ごいでもしますか?

 そんな余計なことを考えながら見ているあたしでしたがヒロキが思わぬ方法を見つけ出しました。


 ヒロキは紙の右端からめくりあげ左へと折り畳み上げていきます。

 それでも炎の余波にさらされるため途中で交代となります。

 人員を交代しつつ地道な作業が続けられました。


 軍隊はようやくできた道路の右側をジリジリと進軍します。

 最後の紙を処理される頃には鎮火しかかっているので無駄骨に近いのですけどね。


 そういえば無駄骨を折ると言いますが本当に無駄な()などあるのですかね?

 ペッタンコで無駄な胸なら……。



 こうして午前中を無駄に使い切り、疲弊した軍隊は進撃を再開するのでした。



〝写る紙③〟の出番です。

 あたしは次なる仕掛けに軍隊が写るのを待ちます。


 こちらから見える視界には立て看板があります。


――――――

 新しい村

 コチラ

 [←]

――――――


 始まりの街への進行途中にある獣道を隠すかのように立て看板を設置しています。

 この獣道は〝離れ村〟にむかって繋がっています。

 尚、看板の矢印が向いている方向こそが〝始まりの街〟への進路です。


 案の定、フォルマッジが看板を蹴っ飛ばし獣道をみつけると進み始めました。

 彼は離れ村の事を知っていますからね。

 さも怪しく見せるのが()()です。

 勘違いさせて誘導ができると思う()()です。


 ところで、思う壺ってどんなツボなんでしょうね……コツツボでしょうか?



 軍隊が看板に逆らい獣道を進行していきます。



 軍隊が奥へと進み見えなくなったのであたしは〝写る紙④〟を起動させました。

 こちらで確認できるのは獣道の道中です。


 軍隊が獣道をかき分け進んできます。

 私たちが最近何度も通っているので怪しさ満載この上なしでしょう。

 昨日今日で付いた足跡・折れた木々・踏みしめられた草など実際にそれっぽい跡がいくつも残っています。


 進行する軍隊は次々と罠に翻弄(ほんろう)されていきました。

 鳴子が鳴る。

 紙鉄砲が鳴る。(子供たちの作品で刺激を与えると元の形に戻り音が鳴る仕組みです)

 熊手に引っ掛けられる。

 様々な嫌がらせの罠たちです。

 時折、首吊り用のロープがたれさがっているのが精神を揺さぶりいい感じに仕上がっています。

 単体ではいまいちですがやんだ精神には効果的ですね。

 夜に侵入していたらもっと効果的だったでしょうね。

 でも精神を削るのが目的ではありませんから良しとしましょう。

 与えたいのは疑心暗鬼なのです。

 その点においては十分に効果を発揮したことでしょう。



 軍隊が草木をかき分け離れ村の前にぞろぞろと湧き出てきます。


 あたしは村の入り口で待ち構えています。

 もう目視で確認が可能です。

 この村には3チームのうちスペイン先生以外が集結しています。

 スペイン先生は荒事が向かないために村のご老人と同列の扱いを受けています。

 お留守番する方も必要ですしね。

 いざとなれば特異点の(コア)で操作もして頂かないといけないので必須事項です。


 さて、村の外周である正面側には千羽の鶴が散りばめてあります。

 これらも子供たちが笑顔いっぱいで折ってくれました。

 名付けて『ハッタリ紙』

 ようするに普通の紙です。


 それを見た軍隊が足を止めます。

 軍隊をかき分けフォルマッジが前に進み出てきました。

 そして、煌びやかに敷き詰められたそれらを見て叫びます。


「なんじゃこりゃ~」

「くっ、コレは馬鹿クソ子の罠に違いない!」


 酷い言われようですね、さすがに初めて言われましたよ?

 今までの経緯もあるので軍隊はうかつには進撃できないようです。

 もし、あのままがむしゃらに突っ込んでくれば、孤立しているあたしは捕まりますので別の手を使う必要がありました。

 しかし計算通り疑心暗鬼に陥った軍隊は警戒レベルを引き上げ、陣形を整えることを優先したようです。



 あたしが立っている所がちょうど村の境界線です。

 一歩前に進み出ます。



 陣形が凸型を作り始めます。

 前の3名がヒロキに守られるフォルマッジ。その後方にも3名

 更に後方2列が12名ずつ。

 書き表すとこのような感じです。


―――――――――――


    騎フヒ

    騎騎騎

 騎騎騎騎騎騎騎騎騎

 騎騎騎騎魔騎騎騎騎


―――――――――――



 先頭のフォルマッジが一歩前に進み出てきます。

 今回のあらましの確認もしておきたいので一応、さも偶然に出会ったかのような顔でお声がけをします。


「妙な所でお会いしましたね」


「バっ、お前があのババカズコだな!?」


 余裕たっぷりのあたしの顔に対して疲労感たっぷりのフォルマッジです。


「アノが何を指すのかわかりませんけど。そのババカズコかもしれませんねー。あなたの思う人物と同一の確証はありませんけどね」


「俺様の野望を散々阻止しやがって!」


 両手をブンブンと振り下ろし怒りを(あらわ)にするフォルマッジです。

 あたしはバスガイドさんが行う〝右手をご覧ください〟で対抗しました。


「あれ~野望というよりも無謀の間違いでは?」


「うるさい! ところでこの村の人々は元気か?」


「どの口が言うんですか!」


 あたしは怒りを(あらわ)にしてフォルマッジの口へめがけて人差し指を示します。

 対するフォルマッジは何故か両人差し指をツンツンと繋げていました。


「いや、その……昔、世話になってだな……」


「お礼参りしたんですよね?」


「そんなことも知ってるのか……」


「色々と聞いていますよ。ネチネチとねちっこくていやらしと!」


「ねちっこいのはお前だろ! どの口がいいやがる!」


「この口ですけど?」


 あたしはカワハギの様な口をして言い返します。

 姫さまがしびれを切らして出てくると、子供の様な言い合いが続くあたしたちを(さと)しました。


「それで()スターはどこだ?」


「イスター何のことだかわからないけど~シスターなら知ってますよ?」


「カズコ~私の台詞を真似しないで~」


 いってみたかったんですよね一度。似てませんでしたか?


 そして一度相手の目標の確認をしましょうか。

 シスター以外にも目的があれば聞き出しておきたいところです。


「お前らの茶番は見飽きた。()スターを連れて帰るから早く出せ!」


 えらくシスターに(こだわ)りますね。

 何かあるのでしょうか? 聞いてみましょう。


「連れて帰れたとしてどうするのです」


「おれの……よ、よめにする……」

「父上が嫁にしたい女が居たら拉致ってでも連れて来いっていうから……」


 フォルマッジがまたイジイジと人差し指を繋げ始めます。


「バカ丸出し」


「俺様はフォルマッジだ!」

「くそー! クソどもをひっとらえろ!」

「こいつを人質にして()スターを呼び出すんだ!」


「そうは問屋が卸しませんよ?」


「問屋が何かわからないわよカズコ?」


「いいんです! こちらもやってください!」


 ヒロキの後ろの兵士たちがこちらに殺到しようと走り始め、後方の兵士が矢をつがえ放ちます。

 こちらの戦力は逆に後方の茂みから飛び出し後方にいる兵士たちに殴りかかりました。

 ローブを着た男も呪文詠唱に掛りますが、こちらの戦力によって真っ先に潰されなぎ倒されています。

 放たれた矢は滑り台の上からアイスさんが氷の(つぶて)を正確に制御して全て叩き落としました。


 ヒロキがフォルマッジの首元を掴み引きずり戻します。


「おいコラ―! 俺様は猫じゃねぇ~」


 頭の中身は猫以下だと思いますけどね。

 あたしはアシュリーとアルキマワロを呼びました。

 アルキマワロはあたしの前にくると準備を完了させ待機(スタンバイ)します。

 アシュリーもやる気で腰を振っています。


 後方から攻め込まれた兵士たちは後方の対処に向かい始めます。

 しかし初動の不意打ちにより、すでに半数の騎士が倒れています。

 レベル上げを頑張った甲斐がありましたね皆さん!


 もう兵の総数ではどっこいどっこいです。


 アイスさんが滑り台の登り口からヨチョヨチョと降りてきます。

 二台ある滑り台のもう片側にはサイカ姐が昇っていますがジンバルさんの周りの兵士にばかりに矢を放っていました。えこひいきで自分勝手だと思います。

 姫さまにはアイスさんの代わりに滑り台に上っていただきましょう。

 いざとなった時用に滑り降りる側が川辺に向いているのです。

 もちろん(イカダ)も準備済みです。


 さらに数名の騎士が倒れた事により近距離戦闘が1対1で対峙できるようになりました。

 ジンバル側にサイカ姐の矢が向かうので、アシュリーの魔法を盗賊団側に向かわせます。


「【énajī bóult】」


 兵士のさらした背中に不意を()いたエナジーボルトが命中します。

 その後も次々と倒される兵士たち。


 ヒロキが業を煮やしてこちらに向かってきます。


「さぁボスのお出ましですよ!」


 アイスさんがヒロキの足元を凍らせようと魔法を放ちます。

 しかし、凍り付いた足を無理矢理引っこ抜いて迫ってきます。


「女は度胸! といっても胸の大きさじゃありません!」


 ヒロキの大剣が背中より解き放たれ上段からあたしを目掛けて振り下ろされます。


「お手!」


 待ち構えていたアルキマワロが飛びあがりヒロキの大剣を弾きます。


「アシュ!」


 あたしは魔法を帯びたアシュリーを右手に持ち切りつけます。

 ヒラリと躱したヒロキがあたしに向かって大剣を(ひね)りあげます。


「お代わり!」


 アルキマワロが再度ヒロキの大剣を弾きます。

 〝アシュリーブレード〟はリーチが無さすぎますね。

 それに運動音痴のあたしでは不意打ち以外でヒロキさんに近づくのは無理なようです。

 さすがですね。

 今後は敬意をこめてヒロキさんとお呼びします。


「チンチン!」


 アルキマワロが転がりヒロキさんに突撃します。

 お手からお代わりチンチンまでが教え込んだ一連の流れです。

 とっとと逃げましょう。


「ハウス!」


 撤退を開始するあたしたちにヒロキが追尾しようとしますが肝心なことを思い出していただきましょう。


 あたしたちが時間を稼いだのでアイスさんの魔法が完成しています。


「【(kǽskit ice)】」


 氷結の霊柩(カースケト アイス)がフォルマッジに向かって放たれます。

 ヒロキさんはその軌道に飛び込み大剣を振り切りました。

 魔法が大剣によって弾かれ方向を変えると別の兵士に当たりました。

 兵士は氷の棺に取り込まれ固まります。

 クリスタル状に氷結した棺を見たフォルマッジは声にならない音を発し腰を抜かします。


 あたし達はその隙に各滑り台に向かいます。


「みんな~もういいよ~撤退!」


 あたしは他のチームに声を掛け撤退の指示を送ります。


「おう!」「よしきた!」


 すかさず撤退行動に移るあたしたちのチームですが、ヒロキさんの動きが早すぎて切りかかられます。


「逃げて! 逃げてー!」


 次々に追いつかれ仲間たちが切り伏せられていきます。


「アシュ!アイス!」


 アイスさんに敬称も付けずに叫びました。

 

「【áis bóult】」

「【énajī bóult】」


 姫さまのスリングによる投擲。

 その後に悲鳴を上げならサイカさんも矢を放ちます。

 しかし……。

 飛ばされた魔法の二つを物ともせずに躱し、矢と(つぶて)を気にもせず受け切り次の目標へと迫り狂うヒロキ。


「フォルマッジ! ヒロキさんを止めて!!」


 慌ててあたしがフォルマッジに脅しを込めた警鐘を鳴らします。

〝ヒィ〟と身を強張らせますが行動に移さないフォルマッジ。

 その後、瞬きをするごとに一人・二人と切り伏せられてしまいます。

 気が付けばチームの9名すべてが倒れ伏せていました。


 何なのでしょうかアレは……。


「ジンバルー!」


 サイカ姐が滑り台を駆け下りて行きます。


「姫さま止めてください!」


 慌ててアシュリーとアルキマワロも向かわせます。

 サイカ姐だけでも止めなければなりません。


「ヒロキ、さすがだ! よくやった!」


 向こう側ではヒロキさんが褒めたたえられています……化け物め!


 アシュリーはサイカ姐にまとわりつきます。

『ペシ』と叩き落とされました。まるで蚊のように……。


「ばたんきゅーよー」


 アルキマワロがサイカ姐の前を転がり進路を妨害します。

 サイカ姐がアルキマワロを蹴り上げます。


『ばぎゅ』


 鈍い音がしてサイカ姐が崩れ落ちます。


「うがぁ~ジンバル!」


 蹴り上げた足があらぬ方向に折れ曲がりサイカ姐がうずくまりました。


「姫さまお願い!」


 あたしには別ですることがあります。

 再度、村の入り口に立ちはだかります。

 正直、舐めていました。

 あの冷酷な騎士・鬼のヒロキという男を……。


「勝負は決したようだなカズコ!」


「いえまだです!」

「今ならまだ治療すれば助かるかもしれません!」

「退いてくださいもう終わりにしましょう」


「負けを認めるならイスターを出せ!」


「うるさい! 時間が無いんですよどいてください!!」


「負けを認めたらどいてやる」


 自分の手柄でもないので偉そうに仁王立ちするフォルマッジを睨みつけます。


「姫さまサイカ姐! ここはあたしがやりますのでみんなの治療を!」


『うがぁ!』


 サイカ姐が姫さまから荒療治を受けたようです。

 赤いポーションを持ってジンバルさんの元へと向かい始めました。

 姫さまも盗賊たちの方へ走ります。


 フォルマッジが姫さまの方へ向かおうとするのであたしは声を荒げて警告を発しました。


「動くな!!」


「小娘ひとりで何ができるというんだ?」

「お前は馬鹿か!?」


「あたしはバカだったかもしれませんが……貴方たち……貴方だけは許しません!」

「後悔しても遅いですよ……もう」

「もう遅いです……」

「……後悔」

「遅いですけど、切り札を……」

「ちくそぅ! 用意はしていたのに……遅すぎ……」

「何がババよ……」

「くそじゃなぃ……あたし」

「来なさい!」


 あたしは切り札を呼びつけます。

 頬に伝う水滴が涙とも知らずに……。

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