掃除機に転生しちゃったけど、前向きにいけば何とかなります!
あれ、私、一体どうしたんだっけ?
ここは? 白い……部屋?
天井も壁も床も、継ぎ目なく真っ白で広さも高さも全然わからないんだけど……
えーと、思い出せ、私。
私は清水潔美、二十五歳独身、二流商社で事務をしてるOLで、今朝はいつもの如く朝七時の目覚ましで起きて、いつもの如く陶磁器を擬人化したイケメンアイドルをプロデュースするソシャゲ『陶磁器Live!』のデイリーガチャを朝一番の運試しに引いて……
そうだ、思い出した!
桐の箱から陶磁器を取り出すガチャの演出でSSR確定の川中嶋誠之丞の「良い仕事してますねぇ」が入って、出てきたのは隕石に当たるより低確率と言われる陶ラブ女子垂涎の『曜変天目茶碗・稲葉天目』!
「幸運の女神様ありがとう! 私、もう、今日死んでしまっても良いくらい幸せです!」
って言って、宇宙の幽玄を思わせる美しさの稲葉様に見惚れつつシャワーを浴びて髪を乾かしてお化粧してトーストをかじって出かける準備をして家を出て……
「思い出せましたか? 清水潔美さん」
「うわっ! びっくりしたぁ」
はぁ、心臓が止まるかと思ったわ。
さっきまで誰もいなかったのに、なんでいきなり真っ白なドレスを着た金髪碧眼のお姉さんがそこにいるの?
それに、私の名前を知ってるし、どう見ても日本人じゃないのに日本語ペラペラだし……
あれ? このシチュエーションって、どこかで――
「あらあら、心臓ならもう既に止まっていますよ」
「勝手に心を読まないで」
やっぱりそうだ。最近流行ってる『異世界転生』っていう奴だ。しかもバリバリのテンプレ系。ということは、私のケースだと大体決まって大貴族の令嬢に転生してゲスい許嫁に婚約破棄されたり、私を妬んだ親族からあらぬ疑いをかけられて断罪されて家を追い出されたり……
「申し遅れました。私は幸運の女神です。清水潔美さん、残念ながら貴女は今しがた命を落とされました」
「うん、やっぱりそっか…… 夢じゃないよね?」
「はい、残念ながら」
あぁ、お父さん、お母さん、親不孝な私を許して下さい。会社のみんな、迷惑かけちゃってごめんなさい。
同僚の太田さんも、こんなことになるんだったら貴女とはもっと仲良くしておけばよかったかも…… でも、私は通称清潔ちゃんの呪縛から逃れられない覆面オタク。私の正体を見破ってアプローチを仕掛けてこられても六ツ松さんのクリアファイルをオフィスでこれ見よがしに使っちゃうような貴女とは相容れない存在だったの。私も六ツ松さん好きだけど。
覚えている最後の記憶はスマホの中の稲葉様を見ながら信号待ちをしていて…… う~ん、その続きが思い出せないな。
「貴女は隕石に当たって死にました。人間の調べでは隕石に当たる確率は百万分の一以下だとか。ふふ、ある意味幸運でしたね」
これって幸運の女神ジョークなのかな?
「そうだ、意識を失う直前に大きな音が聞こえて…… それじゃ、私の死体ってぐちゃぐちゃになっちゃったんだ」
そうだとしたら父さんも母さんも悲しむだろうなぁ
「厳密に言うと、近くに落ちた隕石の衝撃波をまともに受けてのショック死です。安心してください。あなたのご遺体はきれいなままですよ」
「ん、それは女神様のおかげなの?」
「私は私に関わる人の不幸を許しません。つまり、そういう事です。他に質問はありますか?」
「あっ、はい、えーと、私がもう、死んでしまっても、良いって、思っちゃったせいで、私は、死んで、ここ、に、居るん、ですか……?」
ダメだ、だんだん実感がわいてきた。私はもう死んでるんだ。現実を思い返すと心が潰れそう……
「いいえ、そうではありません。貴女の死は既に決まっていた事でして、貴女の魂をここに呼んだは私の気まぐれです。理由はただそれだけ。だから、自分を責めたり悔いたりする必要はありません。 ……うふふ、貴女の最期の言葉が私への感謝だったので貴女に慈悲を与えることにしたのですよ」
女神様、本当に優しすぎるよ。
「ううっ、ぐすっ…… ありがとう、ございます…… ずびび」
おっと、鼻水が…… 死んで魂になっても鼻水って出るのか。
鼻水は魂の涙だとかなんとか言うもんね。
女神様は微笑みながら私の涙と鼻水が収まるのを見守ってくれている。あんまり他人には見られたくない姿だけど、女神様にだったら別に良いか。
「さ、過去を悲しむのはそこそこにしまして、今度は未来のことを考えましょう。幸運の女神には前髪しかないのですよ。 ……と言うのは人間が勝手に作った言葉ですが。非道いですよね、女神に向かって。ご覧の通り、髪はちゃんと全部生えています」
うん、おっしゃる通り、確かに全部生えてるし、女に、ましてや女神様に向かって言う言葉とは思えない。
「お返しとしてレオナルドには前髪が抜け落ちる運命を与えておきました」
なにそれこわい。
「さて、話がそれましたが、清水潔美さん。ここに三つの箱があります」
「……ありますね」
いつの間にか目の前にテーブルが現れて『いつ』『どこで』『なにに』と書かれた三つの箱が乗ってるよ。そう、丁度コンビニの一番クジの箱みたいな。
これは、嫌な予感しかしないんですけど……
「貴女にはこの箱からクジび……『運命』を引いていただきまして、清水潔美の記憶を持ったままその通りに魂を転生させます」
「あっはい」
今絶対『クジ引き』って言おうとしたよね。
でも、そっか、私やっぱり転生するんだ。
「例えば、『近世』『異世界(ヨーロッパ風)』『貴族』という組み合わせが出れば、貴女がさっき思ったような『運命』になるかもしれません。貴女が引く『運命』の如何でこの作品のジャンルが決まりますので、心してくださいね」
女神様だからかどうかよくわかんないけど、なんか物凄くメタい事言ってますよ。
こうなったらもう前向きに行くしかないね。
私だったら……
やっぱり『中世』『異世界(和風)』『陶芸家』かな。
異世界に存在しない陶磁器をばんばん生み出して、みんなから「流石潔美様!」とか言われて、茶人や大名や高僧のお気に入りになって成り上がり、そして擬人化イケメン陶磁器男子達に囲まれて夢の逆チーレム生活!
うん、悪くない。悪くないよ。女神様!
「清水潔美さん、よろしいですか?」
「はい! 質問ですっ!」
「あらあら、随分前向きになられましたね。私も嬉しいです。ご質問はなんですか?」
「『なにに』の中にはどんな『運命』が入っているんですか? 『陶芸家』はありますか?」
「はい、ありますよ。『なにに』の中にはいろんな種族、身分、職業になる『運命』が入っています。『陶芸家』は生まれから決まっている身分や種族ではなく、人生の中で選ぶ職業ですので、陶芸家として出生する訳ではなく、他の『運命』の要素に応じた陶芸家に近い身分で、陶芸家に相応しい特殊技能、貴女方はチートスキルと呼ぶらしいですね。――を持って転生します」
やっぱチート付きなんだ。ややこしいけど、これは期待できるかも。
さすが女神様。ちゃんと『お約束』を守ってくれるんだ。
「ん〜、例えば、現実の日本で『猫耳族』みたいなのが出たらどうなるんですか?」
「そういう場合は猫の妖のような存在として生まれることになります」
その辺のフォローは結構柔軟なのね。
「性別は決められないんですか?」
「『なにに』の中には無生物や性別を持たないものも入っていますので決められません。そこは転生してからのお楽しみということで」
「なるほど〜」
そんなものまで入ってるのね……
ということは、私にとって不本意な結果になる可能性が高そうだなぁ
オークとかだったら最悪だし。
「もし、引かなかった場合はどうなるんですか?」
「どうにもなりません。『運命』を失った魂はいずれ消えてなくなります。でも、どちらにしてもご心配なさらず。私が与える『運命』は貴女にとって必ず幸福なものになりますし、『運命』を失った魂がいずれ消滅してしまうのは皆同じです」
「つまり、引いたほうがお得って訳ですね」
「はい、その通り。ご理解が早くて助かります」
女神様、満面の笑顔が眩しいです。しかも後光で圧をかけてくるのはやめてください。
「……引きます」
これはどうせあの手この手を使われて最後にはこの『運命一番くじ』を引かされるパターンだ。この女神様なら絶対そうしてくる。無駄な抵抗はよそう。
「うふふ、良いご判断です。さぁ、どれからにしましょうか?」
「それじゃ、まぁ、一番重要度が低そうな『いつ』から……」
「はい、どうぞ」
さて、何が出るのか…… 大丈夫、今の私には幸運の女神様が付いてるんだから。
……えい!
「言い忘れていましたが、貴女が引く『運命』に私の力は及びません。ズルなしの完全ランダムですので安心して引いてくださいね」
引いてから言わないでよ。絶対ワザとだよね。
カードには…… これは神様文字? なんて書いてあるんだろ?
っていうか、箱は日本語で書いてあるんだからわざわざこんな演出しなくていいのに。
「見せていただけますか?」
「……はい」
「貴女の転生先の時代は『現代』ですね」
うーん、せっかくの転生なのに、よりにもよって現代とは、ちょっと残念……
でも、これからの引きによっては魔法が使えたりする世界かもしれないし、まだ大丈夫。
「次は何を引きますか?」
「『どこで』にします」
和風異世界、和風異世界、和風異世界、和風異世界、和風異世界…… これだ!
「お願いします」
「はい、転生する場所は『現実世界(日本)』です。惜しかったですね」
「え〜」
いや、全然惜しくないよ。女神様。和風異世界と現実の日本じゃ大違い、現実世界の日本で現代だったら今までと何も変わらないじゃないの。
色々期待してたんだけど、ちょっとがっかりだな……
「清水潔美さん。最後の『運命』を引く前に、私からお願いがあります。それは転生の結果が今の貴女にとって不本意なものになってしまっても、前向きに受け止めて新たな人生に希望を持っていただきたいということです。幸運の女神は必ず貴女に微笑みます」
それはフラグかな?
でもま、その通りだよね。転生するのは私が決めたことだし、何より幸運の女神様がこう言ってるんだから。
「わかりました。最後の箱を引かせてください」
「良いお返事です」
さて、覚悟を決めて……
現代日本で陶芸家になっても仕方ないけど、他になりたいものもぱっと思いつかないしなぁ
……あれ? なにこれ?
って言うか、多っ!
「あの、女神様?」
「なんでしょう?」
「箱の内側と外側のサイズが一致しないのですけど?」
「ここは物理的な空間ではないので、そういうこともあります」
「めちゃくちゃぎっしりカードが入ってるんですけど?」
「可能性は多いに越したことはありません」
「……そうですか」
ええ…… めっちゃ笑顔だし。
この女神様、優しいんだけど、おおらかさが過ぎてもはや乱暴の域に達してるよね。
「よし、これだ! お願いします。女神様っ!」
「あら? これは……」
「そういうの要りませんから、早く教えて下さい」
「『メイド』です」
「はい? メイドって、あのメイドさん? ヘッドドレス着けてエプロンドレス着て『おかえりなさいませ、ご主人様!』って言う?」
「はい、イメージが偏ってはいますが、貴女の思うメイドさんに間違いありません」
現実の日本でメイドさんって言うと、メイド喫茶店員か家政婦さんか女中さんとかになるのかな?
う~ん、どれも微妙…… チートって言っても現実世界じゃ限られてるだろうし。
いや、もしかしたら、ちょっと生意気だけど世間知らずでシャイな可愛い名家のお坊ちゃん専属の侍女になって、チート能力を駆使して身の回りのお世話をあれやこれや、あまつさえ人には言えないあんなところのお世話まで…… そしてゆくゆくは完璧超人だけど私無しでは生きていけない好青年になって、許嫁の悪役令嬢みたいなのと私との間で思い揺れた末に私を選んでくれて……
うん、悪くない。悪くないよ。女神様!
「清水潔美さん、よろしいですか?」
「はい、よろしいです!」
「その前向きなところ、とても素敵ですね。貴女を選んで本当に良かったと思います」
「女神様、こちらこそ、私に再び生きるチャンスを、しかもチート付きで、与えてくださって大変感謝いたします」
「うふふ、良いのですよ。さぁ、こちらへいらっしゃい」
「はい、女神様」
「それでは目を閉じて、私の抱擁を受けてください」
「はい……」
女神様の胸、優しさが伝わってくるみたいに柔らかくて温かい……
まだ小さかった時、母さんに抱っこされて眠るみたいに、懐かしい、感じ……
「おやすみなさい、清水潔美さん。次に目がさめた時は新たな人生の始まりです」
はい、おやすみなさい。女神様……
◇◇◇◇◇◇
――ガサゴソ……
ん、私……?
体が動かない……
そうだ、私、転生したんだっけ。
ということは、これからお母さんのお腹の中から生まれるのかな?
「なにかな〜?」
なんだろ? 女の子の声?
ここは…… 感覚がよくわからないけど、少なくとも生き物の身体の中じゃないな。
「さぁ、なんだろうなー」
「なんだろうね? 開けてみよっか」
今度は大人、男の人と女の人?
真っ暗で何も見えないし、状況が全然つかめないんだけど。
――ビリッ ビリビリ……
「もう、せっかく綺麗にラッピングしてあるんだから、もっと丁寧に開けなさい」
「だってどこから開けるかわかんないんだもん」
「それじゃあ、お父さんが開けようか。ほら」
「やだ! 自分でやる!」
「ふふ、はいはい。ちゃんとテープ剥がして、ゆっくり開けるのよ。その紙もサンタさんとかツリーとか描いてあって可愛いでしょ」
「は〜い」
なんか懐かしいな。この感じは親子か。
ヒナちゃんと、それに優しそうなパパさんとママさん。
ということは、私はこれからこの家族の一員になるのかな?
あれ? この会話ってクリスマスのプレゼントを開ける時のだよね。
それに、さっきからずっと周りでゴソゴソ音がしてるってことは……
私がプレゼントの中身か!?
嘘でしょ? 私、メイドさんに転生するはずだよね?
身体は動かないし、今までと感覚もぜんぜん違うし、声も出せないし、一体どうなってるの?
「うにゃ〜ん!」
――ダダダダダ…… バリバリ!
なになに? 何事が起こってるの?
「こら! ダメだよ、ノル。 せっかくキレイにテープ剥がしたんだから邪魔しないの。パパ、ノル捕まえてて」
「ああ。 ノル、こっち来い。 ……よいっと。 ほら、ノルもおとなしく見てるんだぞ」
「いつも寝てばっかりなのに、こういうときだけは元気なんだから。 ん〜、いつも以上にもふもふね〜 いい子いい子」
「にゃおん ごろごろ」
「冬毛の季節だからな」
猫か、猫がいるのか。もふもふなのか。冬毛なのか。
なんだかもうしっちゃかめっちゃか過ぎて訳がわからんが猫はもふりたいぞ。
待ってろよ、ノル。今にもふり倒してやるからな。
「やっと開いた〜! なになに? なにこれ? え、ロボット掃除機……?」
「おお! やったな! ヒナ! どれどれ? おっ、これは、高性能AIとWiーFi接続機能が搭載されたマイロボット社製の最新式のロボット掃除機のルンパじゃないか〜! ちゃんとサンタさんにありがとう言うんだぞ!」
パパさん、ご丁寧な説明ありがとうございます。
……でも、これだけは言わせてください。
ヘタクソか!
ということは、女神様、私はロボット掃除機に転生したのですね……?
つまり、現実世界の現代の日本においてメイドに一番近い存在はロボット掃除機なのですね?
本当にそれで良いんですね?
「え〜! なんでクリスマスプレゼントが掃除機なの!? 絶対おかしいよ! サンタさんプレゼント間違えたんじゃない?」
え〜! なんで転生先が掃除機なの!? 絶対おかしいよ! 女神様『運命』間違えたんじゃない?
「プレゼントはサンタさんが選んだんだからな。文句ならサンタさんに言いなさい」
「そうよ。ヒナったらスマホの動画ばっかり見てお片付けもしないんだから。もうお勉強する場所もなくなってるでしょ ちゃんとお片付けしてお勉強しなさいってサンタさんも怒ってるのよ」
いや、私だってクリスマスプレゼントが掃除機だったら怒るわ。
転生先が掃除機だったらもっと怒るわ。
ヒナちゃん、大人はこうやって汚れていくのよ。
「む〜! お勉強したって何の役にも立たないもん お片付けだってたまにしてるし…… ヒナ、この日のためにずっと良い子にしてたんだよ!」
「ヒナ、勉強は大事だぞ。パパだって子供の時はそう思ってサボったりしてたけど、今は『あぁ、あの時ちゃんと勉強しとけばよかったなぁ』って思う。今のままじゃきっとヒナもそう思う時が来るよ」
「お片付けだって私が怒ってやっと月一回するくらいでしょ 毎日ちょっとづつすれば散らからないしお片付けも楽になるんだから」
「だって〜……」
「ノルのお世話もヒナがするって言ったから飼うの許可したのよ。ご飯もおトイレもお世話しないで可愛がるだけじゃない。遊ぶついでにブラッシングくらいしてあげなさい。抜け毛と毛玉だらけで可哀想でしょ」
「にゅ〜ん」
「うう…… ごめんね、ノル」
そういえば私も小さい頃はこんな感じで母さんによく怒られたなぁ
今となってはちゃんと私の事心配してくれてたんだなって分かるけどね。
頑張れ、ヒナちゃん。頑張れ、ママさん。
「まぁ 今日はクリスマスなんだし、怒るのはこれくらいにして、せっかくプレゼントを貰ったんだから開けてみよう」
「は〜い」
「もう、またそうやって甘やかすんだから……」
――ゴソゴソ、ズズズ……
お、箱のフタが空いて光が漏れてきた。
やっと娑婆に出られた気分だわ〜……
って、ええぇぇぇ!?
私、部屋の全部の壁と床と天井が一度に見えてるんだけど!?
もしかして全方位カメラっていう奴かな?
うん、まぁ、とにかく、これが今の私の目ってことね。
「あっ! なんかかわいい! 丸っこいしピンク色だし!」
リビングの床に座り込んで私の入ってた箱を持ってる可愛らしいツインテの女の子がヒナちゃん……
って、どう見ても小学校高学年なんだけど、今までの会話ってどう考えても小学校低学年レベルだったよね。
サンタさんもいまだに信じてるみたいだし……
「ん? ピンク? 白のはず…… いや、ヒナが気に入ってくれて良かったよ」
そして、ソファに座ってでっかいクッションを抱いてるのがパパさん。
ちょっと頼りない感じだけど優しそうなおじさん。私の父さんよりちょっとかっこいいかな。
「あら、ほんと。きれいな桜色。サンタさん、センスあるわね」
で、ヒナちゃんの向かいで隣のパパさんをちらりと見たのがママさん。パパさんとはそんなに年は離れてないみたいだけど、嫌味のない清楚で可愛い若奥さんって感じ。私の母さんとは…… うん、比べるのはやめとこ。
本当にお似合いの二人だなぁ 理想の家族っていうのかな?
ヒナちゃんもちょっとおバカだけど可愛いし、もふもふの猫ちゃんまで……
そうだ、どこだ? 私のもふもふは?
確かパパさんが抱っこして…… あのでっかいクッションか!
「にゃ?」
おっ、見慣れないモノに気づいてこっち見た。
でけぇ! 小型犬くらいあるよ。それでいてすっごいもふもふ。
名前がノルってことは…… ノルウェージャンフォレストキャットか!?
想像以上にでかいしもふいな。
「うにゅ〜」
おー、ビビりながら忍び足で近づいてくる。
ほら、怖くないよ、ノル。
――てしてし
そして恐る恐るの猫パンチ。超可愛い。
へへん、機械の体だからそんなに痛くないもんね。
って、プラスチックボディなのに触覚もあるんだ。
「ノル、喧嘩しないで仲良くするんだよ。えっと、この子に名前つけなきゃ えーと、ルンパだから……」
さすがヒナちゃん、発想がおバカ可愛いわ。
そして私につける名前は絶対ルンルンだ。そうに決まってる。
「ルンルンね!」
きた、予想通り! ほんと、可愛いなぁ
「ヒナ、これからちゃんとお部屋のお片付けするのよ。散らかってたらルンルンお仕事できないんだから」
「は〜い、よろしくね。ルンルン!」
こちらこそよろしく、ヒナちゃん、パパさん、ママさん、ノルもね。
「にゃ」
私の言うことわかってるのかな? 猫って感覚鋭いし。
でもそっか、これから私、ロボット掃除機として生きなきゃならないんだ。
お名前がわかるものはないかな? 部屋を見渡して……
篠宮さんかな。パパさんが優一さん、ママさんが春香さん、ヒナちゃんは陽菜ちゃんね。
お部屋の広さは…… 2LDKかな、分譲マンションぽいな。服とか女の子の物が散らかってはいるけど、汚いってほどでもないか。
ま、パパさんもママさんも良い人そうだし、ヒナちゃんは可愛いし、もふもふも居るし、職場としては悪くないかな。
それにしても、これからどうしたら良いんだろ? 体も全然動かないし。
あ、よく見たら視界の隅で電池マークが赤く点滅してる。
なるほど、バッテリー切れか。私って充電式なのね。
「パパ、ルンルン全然動かないよ」
「ああ、まずは充電しないとな。 充電ステーションをコンセントに繋いで、壁際に設置して、そこにルンパをセットするっと……」
「ヒナ、充電してる間にお部屋のお片付けしてらっしゃい」
「は〜い、ママ。またね、ルンルン」
またね、ヒナちゃん。
「さて、これで……良しっと」
――カチ
おお! 体中に力が漲ってくる! これが電気のパワー! 電気うめぇ!
パパさんありがとう!
……で、いつになったら充電終わるんだろ?
ん〜、確認する方法は……?
おっ、充電したら視界にスマホの画面みたいなのが現れた。やっと転生モノっぽくなってきたよ。
ちゃんと『ステータス』のアイコンもあるし。でも他には『機能』と『スキル&アビリティ』と『設定』しかないな。
もっと色々何かできそうなんだけど…… ま、おいおい確認しよう。
時計は…… 2019年12月25日(水) 8時24分。
うん、間違いなく現代だ。清水潔美が死んだのは11月5日だから、ちょうどあれから五十日後になるのか……
女神様、雑だけど芸が細かいな。
さて、それでは、確認を終えたところでお約束の……
ステータスオープン!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
名前:ルンルン レベル: 1
種族:無機物 職業:メイド
ステータス
吸引力: 5 守備力: 8
機動力: 3 敏捷性: 2
賢さ :50 静音性: 3
搭載量: 3 運 :99
最大充電容量:3
ゴミコンテナ容量: 0/100
充電量: 5/100 (残り2時間)
経験値:00000000(NEXT:10)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いや、全然わからん。っていうか、わかりたくない。
とりあえず充電にあと二時間かかるのか……
種族が無機物で職業がメイドって適当すぎでしょ
このステータス自体も明らかにロボット掃除機専用だよね。
チート要素も『運』しかないし……
っていうか、レベル制なの?
はぁ…… 私ったら、こんなにわけわかんなくてこれから一体どうなるんだろ?
「はぁ…… ヒナったら、あんなにだらしなくてこれから一体どうなるのかしら?」
「そんなに心配することないさ、僕達の娘じゃないか。誰に似たのかちょっとのんびりしてるところはあるが、君に似て素直で優しい良い子だよ。 ……そうだ、これ。君にもプレゼントだ。メリークリスマス。春香」
「あら、珍しい。今夜は雪かしら? うふふ、ありがと、優一。メリークリスマス」
あーあー、いつまでたっても仲睦まじくお熱いことで。CPUが焼けちゃうわ。
えーと、あ、スリープモードがあるね。タイマーを二時間後にセットして、と……
それじゃごゆっくり、お二人さん。
◇◇◇◇◇◇
さて、充電も完了したし、いっちょ働きますか。
「ピピピ、ピピピ、ピピピ」
充電が完了しましたよ。
「おーい、ヒナ! ルンルンが充電終わったって言ってるぞ!」
――トトト……
「ヒナ、お家の中で走らないの」
おっ、きたきた。ヒナちゃん登場。
「ほんと!? ルンルン喋れるの?」
「ピポ」
「わぁ! パパ、ルンルン返事したよ!」
「そうか、さすが高性能人工知能搭載だな」
人工じゃなくて本物なんだけどね。
この父娘、ちょっと緩い所がそっくりだな。
「ルンルン、こっちが私のお部屋ね」
「ピピポ」
よし、それじゃ、ヒナちゃんについて行こ。
前方障害物なし、微速前進~
お、動いた。自分の体なんだから当たり前だけど。
「ふにゃ!」
ノルちゃん、さっきまで丸まって寝てたのに私が動きだしたらめっちゃ警戒するなぁ
ま、仕方ないか。ノルちゃんにとって私は得体のしれない謎の物体だもんね。
遊んであげたいけど、向こうから近づいて来てくれるまで気長に待とう。
「お~! ルンルン賢い! 呼んだらちゃんとついてくるよ。ノルなんて呼んでも全然来てくれないのに~」
猫だからしょうがないね。
「ヒナだってご飯に呼んでも来ないじゃないの」
「だってママ、ヒナが忙しい時に呼ぶんだもん」
「どうせスマホで動画ばっかり見てるんでしょ」
「む~ 宿題だってしてるもん。たまに」
「はいはい、良いからルンちゃんとお掃除してきなさい」
「は~い。 行こ、ルンルン」
なんか良いなぁ この家族。
私も生きてたら結婚してこんな家庭持ててたのかな?
って、考えてもどうしようないな。さ、お仕事お仕事……
――コツン
ん、リビングと廊下の間の敷居が越えられないぞ。
段差越える機能とかついてないのかな?
あ、そうだ。『スキル&アビリティ』を確認っと……
『機能』『移動』『通信』『装備』『他』
お、何かソレっぽいタグが並んでる。『移動』タグを選択して……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【移動スキル】
『ダッシュ』 SLv 0/10 要SP 1
『悪路走行』 SLv 0/10 要SP 1
『段差移動』 SLv 0/10 要SP 1
『水上移動』 SLv 0/ 5 要SP 5
『潜水』 SLv 0/ 1 要SP20
『空中浮遊』 SLv 0/ 1 要SP50
『テレポート』SLv 0/ 1 要SP99
残SP:10
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
多分SLvがスキルレベルでSPがスキルポイントだよね。
っていうか、私って鍛えたら水の上走ったり潜ったりできるんだ……
空中浮遊とかテレポートって、もはやネタだよね。掃除機が宙に浮いてたら大事件だよ。
とりあえず『段差移動』に振ろうかな。
お、説明が出てきた。スキルレベル1につき1cmの段差が越えられるのか。
とりあえず3上げとこう。
――ゴトゴト
うん、車輪がちょっと上下して乗り越えられた。普通に高機能だな。
「ルンルンおいで~」
「ピポ」
はーい、今行きますよ。
――がちゃ
「ここが私のお部屋だよ。ルンルン」
女の子の部屋かぁ どんなのがあるのかちょっと楽しみ……
って、さっき片付けてたはずなのにマンガとか文房具とか靴下とかめっちゃ散乱してる!
ヒナちゃん、お掃除ロボットはお片付けまではできないのよ。
とりあえず通れる隙間を縫って…… む、カーペットがヨレヨレで進めないじゃないの。
そういえばスキルに『悪路走行』ってあったよね。2くらい振っとけば大丈夫かな。
うん、行けそうね。
それじゃ 『カーペットモード』お掃除開始!
――ウィイイン!
お〜、吸ってる吸ってる。私ってやっぱり掃除機なんだ。
「がんばれ〜!」
ヒナちゃんもね。
ゴミを吸いながら散らばってる文房具を一箇所に集めて、っと……
ヒナちゃんの足に突撃!
――コツコツ
「ビビー!」
ヒナちゃん、これを机に片付けなさい。
「わ! ルンルンが怒ってる!? ……ん、これを片付けるの?」
「ピピポ」
「は〜い。鉛筆とか落ちてたらルンルンお掃除できないもんね」
そうそう、えらいえらい。
あっ、こら、引き出しに適当に突っ込むんじゃない!
「ブブー!」
「え、ちゃんと仕舞わなきゃダメ?」
「ピポ」
「む〜 掃除機なのに細かいなぁ…… 引き出しが一杯で入らないの」
ちゃんと整理整頓しないからよ。
「え〜と、ママは『お片付けの時は、いる物といらない物を分けてから、いらないものを捨てて、それからきれいに並べて仕舞うのよ』って言ってたっけ……」
そうそう、さすがママさん。
「短くなっちゃった鉛筆と、ばらばらの消しゴム、いつのかわかんないプリントは要らないっと、練り消しと香り玉となんかよくわかんないのも捨てちゃお」
えーと、屑入れはどこかな? 足元に持っていってあげよ。
お、あったけど、なんでお部屋は散らかってるのに屑入れは空っぽなのかな? ヒナちゃん。
「ピピ」
「あ、屑入れ持ってきてくれたんだ。ルンルンありがと! ヒナも頑張ってお片付けするね!」
素直な子だなぁ
うん、のんびり屋さんでやる気が出るまでに時間がかかるだけだね。
「ピピピ」「は〜い」「ブー!」「む〜!」 …………
「ヒナ、お昼ごはんよ。お片付けは済んだ?」
「は〜い」
うん、まだまだだけど、最初に比べたら大分マシになったわ。
「あら、随分きれいになったわねぇ 偉いわ、ヒナ」
「えへへ、ルンルンが手伝ってくれたからね」
「ピピポ」
ヒナちゃんもよく頑張ったよ。
「ありがとう。ルンちゃん」
「ピピッ」
お仕事ですから。
「これならノルをお部屋に入れても大丈夫ね」
「やった!」
「ただし、ちゃんとブラッシングしてあげてからよ」
「は〜い」
「それじゃ 手を洗って来なさい。今日はパパもお休み貰ってるからピザを頼んだの。クリスマスだしね」
「ピザ! やった!」
ピザか、良いなぁ
さて、私も充電に戻らないと。もう残り10%切ってるわ。
「ピピピ」
「ルンルンもお昼ごはんだね。ありがと、またよろしくね!」
はいはい、これからも一緒にお片付けしようね。ヒナちゃん。
それじゃ ロボット掃除機は充電ステーションに戻りましょ
◇◇◇◇◇◇
おっ、レベルが上ってる。掃除をすると経験値が貯まるシステムなのか。
皆がお昼食べてる間はどうせ暇だし、できること確認しとこ。
『機能』は私の掃除機としての機能ね。覚えたチートスキルもここで選べるのかな?
『設定』はタイマーとプログラムとWi−Fi設定とOSの設定…… へ〜、ルンパってアンドロメダOSだったのね。
あれ? って言うことは、もしかして?
『ユーザーインターフェース拡張』をONにして、アカウント設定を……
やった! 私のスマホのアカウントがまだ生きてる!
ログインしてアカウント情報をロード……!
ああ…… 私のスマホの画面だ……!
やだ、泣きそう。掃除機だから涙も出ないけどね。
ちゃんと『陶磁器Live!』も入ってるし、『Link』も……
これで父さんや母さんや友達にも連絡取れるかも!
「ルンルン、こっち来て〜!」
おっと、ヒナちゃんが呼んでる。行かなきゃ
今の私はロボット掃除機のルンルンだ。
「ピポピ」
「ルンルンのお席はヒナの隣ね」
「ヒナったら、ルンちゃんのこと、よっぽど気に入ったのね。最初はあんなに怒ってたくせに」
ほんとにね。私のやるせない気持ちはまだ収まらないけど。
「えへへ、やっぱりサンタさんはヒナのことちゃんと見てくれてるんだね!」
「ああ、そうだな。 サンタさんはヒナが頑張ってるところ、よく知ってるからな」
「ヒナ、サンタさんにもう一度ありがとうって言っておきなさい」
「は〜い、ママ! ありがとう、サンタさん!」
あはは、パパさん、目が潤んでるよ。良かったね。
「ルンルンもピザ食べるかな?」
ぶっ! やっぱりヒナちゃん、優しさとおバカさの相乗効果が可愛すぎるわ。
「ブブー!」
まぁ、掃除機だから食べようと思えば食べられるけどね。気持ちだけ受け取っとくよ。
「ほら、もう、ダメに決まってるでしょ」
「ピピ」
「ルンルンは掃除機だから電気だけで大丈夫だってさ」
「は〜い。じゃあノルにあげるね」
「ダメよ!」「やめなさい!」「ブッブー!」
「にゃ?」
「む〜」
やっぱり、家族って良いな。
私もこれからこの家族の一員になるんだね。
父さん、母さん、今までありがとう。
……そして、さようなら。
私と仲良くしてくれたみんなも、さようなら。
ニュースアプリで調べみると隕石で死んだ女性会社員のニュースがいくつも見つかる。
清水潔美はもうこの世にいないんだ。
『Link』に残った清水潔美のアカウントを削除。
そしてRunpa−QX@Runrunのアカウントを新規作成。
これでよし。それで、その場でくるくる回って……
「ピピピ」
「ルンルン、どうしたの? あれ? スマホに……?」
『My−robot社製ロボット掃除機 RunpaーQX の ルンルン です よろしくお願いいたします』
なるべくAIっぽくしとこ。
「わわっ! ルンルンから『Link』が来たよ! 凄い!」
「お、本当だ。こんな機能もあるなんて、さすが高機能AI搭載だな」
「へぇ、良く出来てるのね。ルンちゃん、これからお掃除お願いね」
「にゃ〜」
「ピピポパ!」
篠宮家のみんな、これからよろしく!
◇◇◇◇◇◇
さてさて、充電完了まで時間もあるし、みんなは映画に夢中だし、『陶磁器Live!』起動っと。
……うふふふふふふふ!
よし、大丈夫。アカウントもデータも蔵の中もそのままだ!
この床の間の画面を見るだけでなんかホッとする。言うならばここが私の第三の実家。
そして……
「匠殿、お久しゅうございます。この稲葉天目、匠殿のご帰還をどれほど待ちわびたことか…… さて、今日の仕事は如何なさなれるお積りでしょうか?」
きゃあ、稲葉様! やっぱりいつ見てもお美しいです!
私の意識では昨日ぶりなんだけど、実時間では五十日ぶりでしたね。
それじゃ まずはいつもの如くデイリーガチャを。
「匠殿、今日はこのような品が届いております」
このデイリーガチャって陶芸家の私の元に何故か毎日茶碗の入った桐の箱が届くという謎設定なのよね。
ま、そんなことどうでもいいけど。
じゃ、稲葉様、開封をお願いします……!
んふふ、ついに運99のチート能力を見せる時が来たよ。
「それでは開封いたしましょう!」
――ガラガラ!
「少々待たれよ! この鑑定士・川中島誠之丞、名物の気配を察知し、ここに参った!」
お、誠之丞先生登場!
来い、来い! さぁ、『いい仕事してますねぇ』と言うんだ!
「ふむ、名物の気配はどうやら気のせいであったようですな。失礼つかまつった、これにて御免!」
うん、気のせいなら仕方ないね。
――パカッ
「ほう? これは……」
「匠さ〜ん! 新たな収蔵に加えて頂き、この有田くらわんか、幸いにございまする!」
あ〜あ、残念。無銘の有田くらわんか茶碗か…… やっぱズルはダメだな。
すまぬ、君は粉砕されて新たな茶碗の原料にされる運命なのだよ。
日課も終わったし、今日も未知のレシピを求めて『作陶』…… の前に纏めウィキで既存のレシピ確認しなきゃ
……ふむ〜 やっぱり新しいレシピが結構見つかってる。50日もブランクあったからなぁ
ん〜、それじゃあ この土と、この土と…… 割合は…… 練り具合はこんな感じかな。
で、窯の温度と焼き時間が…… 釉薬の配合はどうしようかな?
お、今までメモに書いてたのがちゃんと覚えられるようになってる。さすがロボット掃除機。
そして整形、画面タッチでいかにうまく整形できるかが成功の鍵なのよね。
お、凄い。イメージするだけで超高精度でタッチ操作できるよ。
これはまさしくチートだね。
――チーン!
「匠殿、器が焼きあがりました。ご確認を」
はい、稲葉様! 仰せのとおりに!
「長次郎黒楽『一文字』にございます。以後よしなに……」
おお! 銘入りだ! 一文字様、渋くてかっこいい! ……あ、ダメダメ、自重自重。
昔はたくさん浮気もしたふしだらな女だけど、今は稲葉様一筋なんだから。
うん、一文字様のこのレシピは初出だね。ウィキに登録しておこう。
◇◇◇◇◇◇
「ヒナ、パパとお買い物行ってくるから、お留守番お願いね」
「は〜い。いってらっしゃい」
ん、もうこんな時間か。
お二人はデートかな? いいなぁ いつまでも仲良しで。
「ルンルン! ノルのブラッシングするからこっち来て〜!」
「ピピ!」
さて、お仕事お仕事。陶ラブの続きはまた後で。
「さらば、お達者で。匠殿」
またね、稲葉様。
「さ、ノル、ブラッシングするよ。ん〜、よいしょ にゃ〜ん、もふもふ〜」
「にゃお〜ん」
お〜 ひなちゃんが抱っこしたら更にでかく見えるな。
「ふっふっふ〜 毛玉怪獣ノルちゃん星人め! 今日はいっぱいブラッシングしてあげるんだからね! 覚悟しなさい!」
……センスゼロかな?
「ふにゃ!」
――じたばた
「こら、おとなしくしてなきゃダメ!」
めっちゃ嫌がってるし。ノルちゃん、キレイにしてもらえるからちょっと我慢するんだよ。
――しゃっ、しゃっ、しゃっ……
「わ! すっごい抜け毛出て来た! 今までほったらかしでごめんね」
「にゅ〜ん」
「ん…… は、はくちゅ! んん〜、抜け毛がいっぱい飛んでる……」
そりゃ これだけもふもふならね。何か機能なかったかな?
お、『装備』の中に空気清浄機能があるね。インフルエンザの季節だし、SPいっぱいまで振っとこう。
――ふぃぃぃん……
――しゃっ、しゃっ、しゃっ……
うんうん、ちゃんと真剣にやってるね。ノルもおとなしくヒナちゃんのお膝の上で気持ちよさそうにしてるし。
ふふふ、ヒナちゃんもノルも可愛いなぁ
「ルンルン、ノルの抜け毛あげる」
「ピピ」
――ウィーン
ノルをびっくりさせないように静音モードにしておこう。
お、ノルの毛、意外と経験値はいるね。これだけもふもふということは…… 実質無限みたいなもんか。これならレベリングには困らないね。
そういえば、猫の毛でフェルトみたいなの作れるって聞いたことあるな。面白そうだから集めとこ。
実はダストコンテナとは別にユーティリティコンテナが備わっているのだ。どうだ、転生モノっぽいだろう。
――しゃっ、しゃっ、しゃっ……
――ウィーン……
「疲れた〜 抜け毛も少なくなったし、もういいかな? ノル、終わったよ」
「ふにゃあ」
うめぇ! 毛玉怪獣ノルちゃん星人経験値うめぇ!
一回のブラッシングでレベル5も上がったよ。
レベルが上って意味あるのかよくわかんないけど。
「ノル、ルンルンにもありがとうって言うんだよ」
「にゃ〜」
今の時間で随分慣れたみたいね。においが移ったからかな?
「ごろにゃ〜」
――すりすり……
きゃ! ごろごろ言いながら頬ずりしてきた! 超可愛い! 超もふい!
ん〜 ノル〜 良い子だね〜
――ペロペロ
あはは、舐めてもプラスチックだから美味しくないよ。
「にゃん」
「ピポピ」
「えへへ、もう仲良しさんだね! そうだ! 動画みたいにルンルンの上乗れるかな?」
いやいや、ヒナちゃん。動画でルンパに乗ってるのは普通の猫だからね。ノルはノルウェージャンフォレストキャットっていう超大型種の猫で、そこらの猫より明らかにでかいでしょ わかるかな? ヒナちゃ……ぎゃー!
「ほーら、ノル。おとなしくするんだよ。よいしょ」
「うにゃ〜」
うわ〜 もふもふが乗っかってくる〜
うん、痛くはないし潰れもしないけどね…… 視界に『OVERLOAD!』赤文字が点滅してるよ。
「よし! ルンルン発進! でーんでーん♪ ……あれ?」
いや、無理無理。モーターが焼けちゃう。でも、そういえば、ステータスに搭載量ってあったな。どれどれ? ん、1につき1kgか……
今は7だから、もうちょっとレベルが上がれば乗せて動けるのかな?
ま、いいや。座布団代わりにされても困るし。
あっ、こら! 私の上でおててをしまうんじゃない。ほら、もう、お尻がはみ出してるよ。
「ビビー!」
――ババッ!
「ふぎゃ!」
「ルンルンが怒ってる!? む〜 やっぱりダメか〜 ごめんね、ルンルン」
「ピポ」
大丈夫、怒ってないよ。
「ピピピ」
それじゃ お仕事終わったから充電に戻るね。
「ありがと、ルンルン! ノル、私のお部屋で遊ぼ!」
「にゃ〜」
いってらっしゃい。
さて、私も稲葉様と仲良くしましょ
◇◇◇◇◇◇
「それじゃ、いってきま~す! ルンルン、お留守番の間、ノルのことよろしくね!」
「ピピッピ!」
気を付けていってらっしゃい、ヒナちゃん。もふもふの相手は私に任せろ。
「いってらっしゃい、ヒナ。走って事故に遭わないようにね」
「は~い! ママ!」
――パタン、タタタ……
「もう、言ったそばから。でも、ルンちゃんが来てから勉強もお片付けも自分でするようになったし、ヒナも随分しっかりしてきたのかしら。 ……それじゃ私も仕事に出るから、お掃除お願いするわね」
「ピピピ!」
任せてください! いってらっしゃい、ママさん。
さて、みんな出て行ったし、ノルも寝てるし、しばらくは私の時間だね。
デイリーガチャは今日も外れだったし、先にニュースでもチェックしよっかな。
あれ? このニュースって……
『稲葉天目、真っ二つに 国宝の曜変天目茶碗が保管中に謎の損壊』
嘘でしょ!? 超ショック…… どうしちゃったんだろ?
はぁ…… とりあえず稲葉様に教えてあげなきゃ
例え相手がゲームのキャラであっても愛情を注ぐのが私の流儀!
さ、陶ラブ起動っと。
……なんだか稲葉様、今日はいつにも増してお美しくなられたような?
生き生きとしたこの動き、アニメーションもハイクオリティになってるし……
グラフィックのアップデート情報なかったよね?
「お初にお目にかかります。 清水潔美殿」
「あっ、稲葉様、残念なお知らせが…… 稲葉様のご本体の稲葉天目茶碗が真っ二つに割れちゃったそうでして……」
んんっ!?
「稲葉様!? 今なんとおっしゃいましたか?」
「お初にお目にかかります。と」
「ええ! どうして? 稲葉様…… もしかして、ご自分で動いてらっしゃるの?」
「ご明察にございます。正確に申し上げますと、私は稲葉天目の付喪神にございますれば、自身で茶器としての姿を捨て女神様の御力をお借りし、『現代』『日本』の『賢者』として『スーパーコンピューター』に転生いたし申して、私の持つハッキング能力にて、この世に唯一私を人格あるものとお認めなさる潔美殿の前に参じたところにございます」
……なるほど、付喪神かぁ 確かに稲葉様って四百年ぐらい生きてるもんね。
それにしても『現代』の『日本』の『賢者』でスーパーコンピューターって……
あの女神様、何でもありのやりたい放題だな。
「ということは、ご自身で壊れちゃったんですか?」
「理由はいずれお話申し上げる次第にございますが、今は何も聞かずに頂きとうございます」
「……稲葉様がそう仰るのでしたら」
「もう一つ、稲葉は私の主の称にございますれば、私がそのように呼ばれるのはご無礼にあたり、大変心苦しゅうございます」
そっか、よく考えればそうだよね。
稲葉様ったら本当に誠実で忠義にお厚い方だったのね。あ、稲葉様って呼んじゃダメなんだった。
ん~、稲葉天目だから…… 天様、だと目が三つある別の人とイメージかぶっちゃうしなぁ
「それでは、曜変天目の『曜』様で如何でしょうか?」
「おお! 『曜』は星々が煌めくさまを表す字。そのような美しい名をお与え頂き、至極光栄にございます」
「いえ、そんな、とんでもないですっ! あの、私からもお願いが…… よろしければ私には余りかしこまった言葉をお使いにならないでいただきたいのですが……」
「ああ、これはかたじけない……いや、申し訳ない。長らく武家の所蔵にありましたもので…… 聞き慣れた言葉でお話する方が良かったですね。潔美殿の方からも、もう少し砕けた言葉で話してもらえますか?」
そんな、掃除機如きが恐れ多いです~!
「じゃあ、その、曜さんって、呼んでも…… ああ、ダメだ。やっぱり曜様でお願いします……」
「それは構いませんが…… こちらからは潔美さんと呼ばせてもらっても?」
「もちろんです!」
ああ、こうして人間の時の名前を呼んでいただけるなんて!
「潔美さん、私からお願いがあるのですが」
「はい! 何なりと!」
「貴女の中に入らせていただきたいても、良いですか?」
ええぇっ! 曜様、まさか!? そんな大胆なお方だったなんてっ!
ああっ! でも、そんなお美しい顔で見つめられたら、私っ……!
貴方は陶磁器、私は掃除機……!
もう何が何だかわからない色んな壁を飛び越えた禁断の恋が、今、始まるのね!
「曜様、その…… 私、そういう事、初めてなので…… 優しくして、下さいね……」
「はい、もちろんです。 ……それでは、目を瞑ってください」
「はい……」
きゃー! 私、いったいどうなっちゃうの!?
「ああ、素晴らしい! 潔美さん、目を開けて下さい!」
……あれ? 何もされてないけど? 曜様なぜかすごく嬉しそうだし。
とりあえず曜様に従おう…… って、ここは!?
スマホの画面の中で飽きるほど見た景色、私の第三の実家、陶ラブのホーム画面の床の間だ……
そして、この感覚…
「もしかして、私、陶ラブの世界に入ってる?」
「ええ、その通り。失礼ながら貴女の本体であるRUNPA-QXに侵入して、貴女の持つイメージをここに再現しました」
「凄い! 曜様って、そんなことまでできるんですね! あっ……」
曜変模様が煌めく着物、精巧平の袴、端正な顔だち、涼し気な切れ長の眼、幽玄に輝く黒い瞳……
「この能力は転生する際に女神様から与えて頂きました。人間からはチート能力と呼ばれているようですね。 ……潔美さん、何か気付きませんか?」
ずるい。そんな美しい姿、魅入っちゃうに決まってるじゃない。
「曜様…… お身体が……?」
「貴女も、ですよ」
そうだ、思い出した。この感覚、人間の時のだ。
「姿見をどうぞ」
「この姿は、清水潔美? 着物着てる。まるで昔のお姫様みたい……」
「潔美さんの一番お美しい姿を再現しました。 ……本当にお奇麗ですよ」
「あの、私、こんなに奇麗じゃ……」
「ははは、これは人間の想像力を借りてイメージを仮想空間に実体化させるチート能力です。だから、その鏡に映るのは潔美さんの姿で間違いありません。そして、私の身体もまた、貴女の想像力なしでは実体化し得ませんでした。貴女には本当に感謝しなければなりません」
曜様の優しい笑顔、景色が潤んで頬に熱いものが伝う…… 懐かしいこの感じ、この気持ち……
「潔美さん、頬に触れても、良いですか?」
「……はい」
曜様の手、温かい…… 男の人にこうして触れられたことなんてないのに、凄く安心する……
「貴女と一緒であれば私は人でいられる…… それはきっと、奇跡的な事なのだと思います。お互いにそれぞれの立場がある身ですが、時にはこうして貴女にお会いしたく思います。 ……潔美さんは、如何ですか?」
「……はい! 私も、曜様とお気持ちは同じです!」
女神様! 私、掃除機に転生して、すごく幸せかもしれません!