2-34 両親へご挨拶
よろしくお願いします。
通されたのは炬燵のある居間だった。
1、5メートル四方はあろうという結構大きな炬燵だ。
そんな大きな炬燵はあるけれど、座っているのはロディナさんだけだった。
ロロの2Pカラーみたいなロディナさんは頬杖をついて、入ってきた俺を見つめていた。
他に男性が1人いるのだが、彼は立って俺を出迎えてくれた。
その人物は、翡翠色の髪をした人のよさそうな男性だった。見た目は20代前半程度だが、20代やそこらでは纏えない貫禄のようなものが滲み出ている。
ロロに兄はいないはずだし、恐らくお父さんだろう。
そして俺の彼女は、炬燵から少し離れたフローリングの上に正座させられていた。
しゅんとしておる。可愛い。
俺は居間に入るなり、挨拶を始めた。
「始めまして、生咲洸也と申します! よろしくお願いします!」
俺はピシッとお辞儀をした。
ゴチャゴチャ言葉を重ねたら絶対に噛むので、簡潔な挨拶に留めておいた。ゴチャゴチャ言うのは後からでも出来るからな。
頭を下げる俺の肩に手を置き、男性が言った。
「コウヤ君、よく来たね。私はサイラス・ロマ。ロッテの父親だ。よろしくな。君を歓迎するよ」
やはりお父さんだった。
それに、歓迎するって……っ!
やった、マジで嬉しい!
なによりも想定していた険悪感が皆無なのが非常に嬉しい。
世間様じゃその最難関であると言われているお父さんから友好的な態度を頂き、俺は物凄く安心した。
「よ、よろしくお願いします!」
差し出された手を、俺は両手で握った。
めっちゃ手が震えてしまった俺の肩を、サイラスさんは再びポンポンッと叩いた。
「あの、ご挨拶が遅れてしまって、申し訳ありませんでした」
「あー、それはそうかもな。もう少し早くても良かったかもしれない。まあ、とにかく座りなさい。外は寒かっただろう」
「は、はい。あ、あの、その前に一つだけお聞きして良いでしょうか?」
「なんだい?」
「ロロは……ロッテさんはなんであそこに座っているんでしょうか?」
「あ、あー、お姉ちゃんに八つ当た、いや、嘘です。何でもないです。え、えっと、ロッテはお姉ちゃんに怒られているんだよ。連絡をしなかったり、魔王イベントでイチャイチャしていたから」
本当のことを言おうとしたサイラスさんは、ロディナさんが目をスッと細めたことで、セリフを言い換えた。
この時、サイラスさんは背後のロディナさんを見てなかったのに。もしかしたら殺気を浴びたとかそういう事だろうか?
なんにしても、そう言う理由なら俺は……
サイラスさんが炬燵に入ったのを見てから、俺はロロの横に正座した。
きょとんとするロロに、俺は笑いかけた。
「コウヤ君は炬燵に入って良いんだよ?」
「いえ、魔王イベントでロッテさんとイチャついていたのは僕ですから、彼女が叱られるのなら僕も同じように叱ってください」
「は、はわぁ、コウヤにゃん……みんな見て見て、この人が私の彼氏ですぅ。最高の彼氏なんですぅ!」
お姉ちゃんがビキビキと額に血管を浮かせ、お父さんは感心したように俺を見つめる。
お姉ちゃんはともかく、サイラスさんの好感度が+5した予感。
「あー、やってらんないわー」
ロディナさんが炬燵に横になり、腕を額に乗せた。
ロロと出会った頃に、ロロが同じような寝転がり方をしていたな。
ロロの場合は脇の下全開だったけれど、ロディナさんは七分袖だ。
「まあそう言うなよ、お姉ちゃん。二人は魂の双子なんだし、仲が悪いならともかく、仲良しなのは家族として喜んであげるべきことだ」
サイラスさんが言う。
マジで全肯定してくれていて逆に驚くな。
まあ、サイラスさんが言ったように、魂の双子は結ばれるのがベストではあるのだ。別の人と結婚するなら、ちゃんと理解ある人を選ばないとこじれる可能性が十分にあるしな。
「そりゃそうだけど。ちくしょう、労せず運命の人と出会えるなんて……ふぐぅ、羨ましい羨ましい羨ましいっ!」
炎で出来た刀剣を思わせるクールビューティな顔立ちのロディナさんが寝転がってジタバタした。
あー、ロロのお姉ちゃんだなぁと俺は少し萌えた。
「あっ、今お姉ちゃんに萌えたでしょ!?」
「ちょっとだけ。ロロに似て可愛いなって思っちゃった。ごめんね?」
「むぅ、ホント、コウヤにゃんは、私の顔が大好きね」
「違うよ、全部好きなんだよ。顔ももちろん好き」
「んふふふぅ、私もコウヤにゃんの全部が好き。もちろん顔もよ? んふふっ」
「お父さん、ちょっとコイツらぶっ飛ばして良いかしら?」
俺がお姉ちゃんに萌えたことを敏感に感じ取ったロロとイチャコラし始めると、起き上がったロディナさんが本気な声でそんな事を言った。
「ま、まあまあ。娘のイチャイチャシーンを見せられている僕が我慢しているんだから、お姉ちゃんも我慢しなさい」
ハッ!?
しししししまった、俺は馬鹿か!?
たとえ魂の双子だろうと、自分の娘が男とイチャコラして愉快なわけがないじゃないか。
そんな俺の焦りなど露知らず、ロロは正座したまま俺にピトーッとくっついてきた。
んふふふぅ、とさらには腰に手を回して、笑いかけてくる。あー、超可愛い、なんだこの生き物。
「はぁー、アンタ達ね。特にロッテ。時と場所を考えなさいよ。魔王イベントをベース基地でみんなと見ていた私がどんだけ恥ずかしかったか分かる? お前の妹メッチャチュッチュッしてるな、って言われたのよ?」
「だってコウヤにゃんが……」
ロロはぷくぅと頬を膨らませた。
いや、ご家族の前で俺のせいにはしないで欲しいかな。まるでカメラに向かって見せつけプレイを強要する彼氏みたいになっちゃうよ。
「それじゃあコウヤ君を叱っても良いのね?」
「ダメ。コウヤにゃんはいつも一生懸命だから叱らないで。だけど私も叱らないで。怖いから」
ロロのセリフに、ロディナさんは諦めが混じったようなでかい溜息を吐いた。
そこで俺はふと視線に気づいた。
居間から続く部屋のドアが少しだけ開いており、そこから誰かが俺を見ていたのだ。
俺は軽くビクつき、目が合った相手もササッと顔を引っ込めてしまった。
あと残るのはお母さん、あるいは祖父母くらいだと思うけど、誰だろう。
「お母さん、何やってんのよ。出てきなさいよ」
ロディナさんが頬杖をつきながら半眼で言った。
お母さんだったらしい。
「お母さんはね、恥ずかしがり屋なのよ。コウヤにゃんがカッコ良すぎるから、きっといつもより恥ずかしくなっちゃってるんだわ」
ロロが俺の腰に回した手をゴシゴシしながら、教えてくれた。
だけど、お父さんとお姉ちゃんの前でベタ褒めは止めないかな? さすがの俺も恥ずかしいぞ。……え、俺がロロを褒めるのは良いんだよ。ロロが可愛いのは事実なんだし。
ほどなくして、お母さんがすすぅと出てきた。
お母さんもロロの2Pカラーだった。
真っ赤な髪に切れ長の瞳。けれど、ロロやロディナさんにはない色気のようなものを纏っているように思える。
お母さんはすすぅとサイラスさんの隣に座ると、ぴとっとくっついた。
それを見たロロは、俺にぴとっとくっついた。
ロディナさんの額にビキビキと青筋が立った。
とりあえず、ロディナさんは危ないので触れない事にして。
俺は正座のまま礼をして、お母さんに挨拶した。
「生咲洸也です。ロッテさんとお付き合いさせていただいています。よろしくお願いします」
あまり頭を下げ過ぎるのもダメかなと思って、ほどほどにして顔を上げると。
お母さんが何やらサイラスさんにこしょこしょと耳打ちしていた。
「セリスです、よろしくね。と言ってるね。ごめんね、妻は恥ずかしがり屋さんなんだ」
通訳したサイラスさんは、セリスさんの鼻をむぎゅと抓んで悪戯した。
目を『><』みたいにしたセリスさん。どうしよう、彼女のお母さんにかなり萌えてしまった。
「あーっ! 今お母さんにも萌えたでしょ!?」
俺はロロに指で作ったCの字を見せた。
「むーっ、じゃあ私の鼻もぎゅってして!」
ロロの『><』か。絶対可愛いじゃん。
おもむろにロロの顔へ手を向けた俺だったが。
「ははっ、なんだこれ!? よしっ! みんなぶっ飛ばそう!」
「じょじょじょじょ冗談だよ!」
「冗談冗談! お姉ちゃん座って、ほら座って!」
サイラスさんとロロが声を揃えて宥め始めた。
もはや両者共に鼻ギュッどころじゃない模様。
なんとか怒りを抑えてもらい。
ついでに俺とロロも炬燵に入れさせてもらい、改めてご挨拶がスタートした。
「実はな、ロッテとコウヤ君のことは出会った当初から知っていたんだよ」
「え、そうなの!?」
サイラスさんの告げた事実に、ロロが驚きの声を上げた。
ビックリしつつ、されどロロにゃんは炬燵の中で俺の太ももをさすさすと触りまくっている。
絶対にアヘってはいけないご挨拶イベントが幕を上げた。
「そりゃそうさ。魂の双子、それもフェーディなんて伝説的なものになったんだから、連絡くらいくるよ」
「それなら電話くらいしてくれても良いじゃん。そうすればコウヤだってもっと早く安心できたと思うわ。コウヤは、出会った次の日にはお父さんたちに挨拶した方が良いよねって言ってくれてたんだよ?」
おお、覚えていてくれたのか。
ちなみに、その時ロロは、別に必要ないわよ、と断ってきた。
そんな風に俺の株を上げてくれるロロにゃんだが、炬燵の中では虎視眈々と俺を辱めようと太ももをさわさわしている。
そのタッチが上手すぎるので、俺は悪戯するその手を握ることで封じた。
ロロにゃんはぎゅっぎゅっと俺の手を握って、満足してくれた。
「その時にはもうロッテの義務冒険も始まっていたからな。こちらから電話するのも違うと思ったんだ。もしコウヤ君の事が気に入らなかったら、ロッテは俺達に電話して相談しただろう?」
「うーん……うん。したと思う」
「だけど、ロッテはしてこなかった。ちゃんと自分の判断で彼と関係を築いていこうと決め、彼の良いところをいっぱい見つけることが出来た。それなら外野が電話越しにあれこれ言うのも変な話じゃないか」
「……そうかも」
「もちろん、俺達だって心配だったよ。けれど、電話で親の心配話を聞いたロッテが、コウヤ君の悪いところばかり見つけ始めてしまうかもしれないという懸念もあったんだ。それは魂の双子にとって幸せな事ではないからな」
あー、そういうの地球でもありそうだな。
他者の悪気の無い言葉に翻弄されて、好きな人の悪いところが目につき始めて、破局する。
いかにもありそうな話だ。
「まあ、何にしても、こうしてロッテ達は恋人になり挨拶に来てくれた。それで良いじゃないか」
「うん。この人が私の好きな人です。みんなよろしくね?」
「改めてよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしくな。ロッテを大切にしてあげてくれ」
「はい。もちろんです」
俺は神妙な顔で頷いた。
それから談笑が続いた。
俺はサイラスさんと話し、女性陣は3人で話している。
サイラスさんは学者として未開世界調査隊に参加していると、前にチラッとロロが言っていたけれど、どうやら動物学者をやっているらしい。
そんな職業なので、地球の生物に興味津々だった。
俺の知っている動物の知識なんてたかが知れているのだけど、サイラスさんからしたら面白いらしかった。
なにせテフィナと地球では魔素の有無という大きな違いがある。
魔素があるテフィナでは、ある程度の大きさの生き物なら何かしらの魔法を使ってたくましく生きている。
それに対して、魔法のない地球の生物がどうやって自然界で生きているのか、そういうのが気になるみたいだった。
テフィナは魔素のない5型世界にも調査に行けるらしいのだけど、それはあまり行われておらず、行くとしても専ら機人さんたちの領分らしい。テフィナ人は魔素がない世界だと生きていけないので、半分メカな機人さんが行くんだとか。
だから、5型世界から来た俺はサイラスさんの琴線に触れているのだろう。
女性陣の方は。
ロディナさんがロロのほっぺを抓ったり、ロロの自慢話に精神的ダメージを負ったりしている。
セリスさんはあまり話さず、ロロへボディタッチしているな。
俺は、自分の好きな人の家庭の空気を感じて、胸がいっぱいだった。
俺のじっちゃんは、祖父であり、父であり、悪友であり……そんな人との二人暮らしだった。楽しかったな。
そんな時間が過ぎて行き。
「ちょっとコウヤにゃんに私のお部屋見せてくるね?」
「えー、コウヤ君ともっと話したいんだけど」
「何言ってんのよ。コウヤにゃんは私のだし」
「いや、今良いところだったんだって!」
や、やめて、俺のために争わないで。
サイラスさんの好感度が高い件。
「義務冒険者は実家に長くいちゃダメなのよ? 知ってるでしょ?」
ロロが義務冒険のルールを盾に取った。
ロロの言う通り、義務冒険者は実家にあまり長く居てはダメなのだ。一晩くらいのお泊りは良いけれど、自活を促すためにも長居は推奨されていない。
また、金銭的・物品的援助は原則許可されていない。結構厳しいのだ。
それを聞いたサイラスさんはぐぬぬっと呻いて、身を引いた。
そうしてやってきたロロの部屋。
そこは、ガランとしていた。
「ほとんど何もないな」
「うん。亜空間収納があるから、義務冒険に行くときにほとんど中に入れちゃったのよ」
あるのはベッドや細々したものばかり。
「ここにね、居間で使ってるテーブルがあったのよ。で、こっちの壁にはあの部屋にあるフィギュアケースが並んでたの」
そんな風にして、ロロがどこに何があったのか教えていってくれた。
「そうだ、動画撮っといたんだ。ほらほら、こんな感じ」
ロロが撮った義務冒険が始まる前の動画を俺達はベッドに座って鑑賞した。
引っ越した経験がない俺には分からないけれど、長年過ごした部屋から出て行くってのは、こうして動画を撮るくらい感傷的になるのかな。
「んふふふっ、この数日後には運命の人と出会うのよ。この子、まだ知らないんだよ。義務冒険頑張ります、なんて言っちゃって。んふふ、おかしいわ」
ロロが動画に映っている女の子を見て笑った。
俺は、そんなロロの腰を抱き、軽いキスをした。
ロロは幸せそうに笑うと、コテンと俺の肩に頭をのっけた。
「ロロ。いつか、あの家から引っ越す時にさ、こうして動画に残しておこうね」
「うん。それまでにいっぱい思い出作ろうね」
「ああ、幸せな思い出をたくさん作ろう」
今度はロロが俺にキスをする。
愛していると囁くような甘い甘い口づけを。
「それじゃあ目的も果たしたし帰ろっか」
「うん」
「休憩休憩っと」
「ロロにゃんは休憩が大好きですねぇ」
「違うよ。コウヤにゃんが大好きなのよ」
「くそ可愛いな、俺の彼女」
「でしょーっ!?」
キスで火照った顔を冷まし、二人で一階へ戻る。
炬燵では、お父さんとお母さんが仲睦まじく二人で一つのゼットを眺め、お姉ちゃんは打ちひしがれたようにグデッと寝そべっていた。
「それじゃあ、みんな、私達帰るわね」
ロロの一声で、全員が玄関までお見送りをしてくれた。
これから娘さんと休憩するんで、こんな大それたお見送りされると申し訳なくなる。
「ロッテ、愛想つかされないようにちゃんとお家の事やるのよ? ぶっちゃけアンタ、コウヤ君に愛想つかされたらもう詰みだからね?」
ロディナさんが言う。
食器洗いすら自信がなかったロロだからな、心配なのだろう。
「大丈夫よ。最近、コウヤと一緒にお料理作ってるから。もちろんお片付けも」
「マジか。あのロッテが……変われば変わるものね。良い変化だし、そのままちゃんとしなさいよ。コウヤ君も甘やかしてばかりじゃなくて、ビシバシやって良いからね」
「はい。だけど、ロロは素敵な女の子ですから大丈夫ですよ」
「最後になるけど、ぶん殴って良いかしら?」
どうどう、とサイラスさんがロディナさんを止めた。
「ロッテは、うん、まあ頑張りなさい。コウヤ君、義務冒険の期間は時間にとても融通が利く。将来のことを踏まえて、その時間を有効に使いなさい」
「はい。僕はまだまだ知らない事ばかりの未熟者です。ですが、近い将来、サイラスさんやセリスさん、ロディナさんの下へ胸を張って会いに来るためにも、決して努力を怠りません」
「「「……」」」
俺の言葉に3人がポカンとした。
そうして。
「ロッテ、絶対にしっかりするのよ!? 炬燵で寝転がってゲームばかりしてたら絶対にダメだからね!?」
「ロッテ、本当に頑張れよ!? ゲームしてお菓子食べてればいい年齢は過ぎてるんだからな!? 良いな、絶対にちゃんとするんだぞ!?」
「ロッテ、蜜技、蜜技を駆使しなさい」
ロディナさん、サイラスさん、セリスさんの順にロロへ必死に言い聞かせた。
俺は優良物件と思われたらしい。
ふふっ、昔から外面の良さに定評があるのだ、俺は。
もちろん、俺の人生は、もうロロしかいないと思っているので、本心ではあるのだが。
テフィナで義務教育を受けられなかった俺は、他の奴らより努力する必要があるんだよな。
「大丈夫、だーいじょうぶだって! コウヤにゃんは私の全部が好きなんだから。お菓子食べてても可愛い可愛いって撫でてくれるし、ゲームやってても可愛い可愛いって撫でてくれるし。ねーっ!?」
ねーっと大きな口を横に広げたロロの頭を俺は、なでなでした。マジ可愛い。
サイラスさんとロディナさんに、うわぁって目で見られた。解せん。
セリスさんだけが、蜜技よ蜜技で離れられなくするのよ、と小声でロロに一生懸命アドバイスしていた。
この人はきっと、恥ずかしがり屋さんだけど一生懸命蜜技を使ってサイラスさんを離れられなくしたんだろうな。萌える。
読んでくださりありがとうございます。
なんかエンディングっぽい流れですけど、別にそんなことはありません。




