2-19 2日目の朝
よろしくお願いします。
ピヨピィ、ピヨッピィ! ピヨピィ、ピヨッピィ!
瞼の向こうに透けて見える陽の光とぬくぬくした感触に包まれて、俺は微睡むように目を覚ました。
……あれ……今は……?
俺の未完成な胸筋をハムハムしながら、膝の裏で首隠し亀を行使しているロロ。
そんなロロの翡翠色の髪を見つめながら、幸せだななんてぼんやりと思う俺の耳に、どこからともなく。
ピヨピィ、ピヨッピィ! ピヨピィ、ピヨッピィ!
はわぁー、そうだ、ロロを楽しませないと。
「うぁ……ぴ、ピヨピィッピッピ……」
「っっっ! ゃらぁっ、ぶぅぶぅらめらってぇええ!」
ビビビビクンッ!
ロロの身体が跳ねたせいで首隠し亀が解除され、亀さんが太ももに押しつぶされる。ビクンと震えるたびに、絶妙な感触の太ももの圧がわずかに抜け、そしてまた圧迫する。
うん、完全に寝ぼけてた。
「もうもうっ! なんでアンタはすぐそうやって意地悪するのよ!」
「ごめんね、寝ぼけちゃった。おはよう」
「おはようっ! もうーっ……チューして!」
起床した俺はそれから脳の準備体操を始めた。
男の子ってのは、特大の必殺技に憧れるものだ。
敵の攻撃にじっと耐え、ひたすらエネルギーを溜め、敵を一撃で倒す強力無比な必殺技をぶっ放す。
一周回って小さな炎が最強の技なんて発想もあるけれど、やはり特大の必殺技は放出量が凄くてなんぼだと思う。なにせ爽快感が違うからな。
今日はなんと0時から5時まで眠れた。5時間睡眠だ。
最近のシャイブラ工場は生産量が凄まじく上がっているために、5時間も眠るとシャイブラ保管量が凄い事になる。割と漫画の世界だ。
というわけで。
シャイニングブラスタァアア! ニャーッ、一番搾りっ!
「ふにゃーん……うにゃーん……ちゅきぃ、コウヤ、ンチュー」
「ちょ、今キスするのはやめんぐぅ……っ」
可愛い彼女とイチャコラする最高の朝が一転してテンションだだ下がりの朝となる……そんな時もあるさ。
玄関でイチャコラしてから外へ出る。
友人と数分後に会うのにモモニーするのはどうかと思うぞ。
起床してからもう何度も遊んだじゃないか、まったく、まったくっ。
仕方ないので俺はロロの肩甲骨にピヨピィビートを刻み込む。
くたっとした。
外へ出ると、フィーちゃんが我が家の庭先に咲いている花に向かって寸止めパンチしてた。
可愛らしいピンク色の花が強風に煽られたように斜めになる。
これで、お花さんに力を借りるなんて、妖精はふてえ奴らだ。
「おはようフィーちゃん、お花さん虐めてるの?」
「おはようございますぅ。うふふ、やですねぇ、虐めてないですよぉ。こうやってお花さんを鍛えているんですぅ」
そう言ってフィーちゃんはお花さんに向かって上段回し蹴りをした。
風圧で花弁が千切れ飛びそうになるがセーフ。
俺にはピンク色の花がガクブルしているように見えるんだけど。
「そ、そう。その鍛錬方法は絶対に人にはやらないでね?」
「やりませんよぉ、あははっ!」
陽気に笑うフィーちゃんはそこでロロに視線を向けた。
「おはようございます、ロロちゃん。今日も全力でトロトロですね!」
「おはよう、フィー。ラブラブなのは認めます、コウヤにゃん、しゅっきぃんっ」
「完全にメスの顔ですぅ!」
「コウヤにゃんのメスに成り下がっているのは認めます。だって愛しているもの」
「俺もロロにゃんだけのオスだよ。だって愛しているもの」
「コウヤにゃん……」
「ロロにゃん……」
「フゥーフゥーッ、頭がおかしすぎて辛いですぅ!」
自分でもそう思うぞ。
家に帰ろうとするロロを必死で宥めて、本日もクーファ家へ。
謎の音が鳴るインターホンを押すと、すぐにガチャッとドアが開いた。
出てきたのはいつものようにクリスちゃんだった。
クリスちゃんは俺の顔を見上げて、いつものように素っ気ない反応を……
「みゃー」
眠たげな眼をしながらそう鳴くと、ふかーっとモモパンしてきた。
そうしてすぐにロロへピットイン。あーっ、そこら辺についさっきシャイブラ……幼女には教えられないし黙ってよう。
そして、ピットイン体勢からチラッと俺を見て、また顔を埋めながら、みゃー。可愛い。
「やっほー、コウヤ君!」
「おはよう、ロロちゃん、フィーちゃん」
レオニードさんとステラさんも合流して、俺達は昨日と同じように移動を開始した。
海遊びの町ガルファドは、昨日よりもさらに混雑していた。
海で遊べる町だけあり、露出の多いねーちゃんが増えて目のやり場に困る。
「今、あの人の太もも見てたでしょ」
確かに見てた。
だってぇだってぇ……ほとんど下着姿なんだもん。
「見てたけど、ロロの太ももの方が遥かに綺麗だな」
「にゅぅ……今日帰ったら水門竜いっぱいしてあげる」
俺がキリリとして言うと、ロロは太ももをもぞつかせながら耳元で囁いてきた。
今夜のバハムートは秘密基地から発進する戦闘機みたいに、水滴る門から顔を出すぜ。そんでまた引っ込める。その連続。水門竜は楽しいのだ!
俺はそれ以降、眼球に掛った重力魔法と戦いながら紳士を貫いた。
昨日と同じ会場に入ると、昨日よりも参加者は少なくなっている代わりに、観戦客が多くなっていた。
俺達は昨日と同じように出店で朝飯を買い、テーブルに着いた。
俺とロロの正面にクーファ一家。フィーちゃんはテーブルの上だ。
俺は焼きそばとレタスをナンで巻き込んだような物を食べ、ロロはホットドッグみたいなの。
ロロは、ホットドッグのウインナーを見つめ、俺の顔を見て、クリスちゃんの顔を見て。
そうしてから、ホットドッグを食べ始めた。さすがにクリスちゃんの前では控えるらしい。
「それにしても、すげぇ人だな」
「魔王ちゃんのイベントは子供でも理解できるレベルだし、人気あるからね」
俺の呟きをレオニードさんが拾い、説明してくれた。
それによると、上級冒険者は生放送だと子供の目では何をしてるのか分からないらしい。
動画で見るなら低速処理なりをすれば良いけれど、生放送だと動きが速すぎるのだ。
その点、魔王ちゃんのイベントは義務冒険者と中高生しか出ないので、超スピードで動くこともない。
しかも、敵がいっぱい出てきて見てても楽しいし。魔王ちゃんは可愛いし。
「その中でもコウヤ君の活躍は良い感じだったね。スピードも目で追える範囲だし、活躍が派手で分かりやすい。たぶん、君の活躍を見た多くの子供が捕縛師に興味を示したと思うよ」
「そ、そうですか、あ、あははっ」
「しゅぐ照れるぅ、ホント可愛い」
「確かに可愛いですぅ」
ロロに言われるならともかくフィーちゃんに言われるとは。
君なんて50センチのちょっとでかい人形サイズじゃないか。
「だけど、捕縛師って大昔からあるんですよね? カッコいい人の一人や二人絶対にいたでしょ?」
「うん、もちろん。一人や二人どころじゃないよ。テフィナは動画技術が発明されてから歴史が長いからね、流行が何度も何度も巡るのさ。君たちもその流行の一つを発信したかもしれないってわけだね」
「ぬぅ、流行の発信ですか……」
恥ずかしいなそれ。もしかして街中でサインとか求められるのか?
だけど今歩いている限りでは、たまに俺やロロを見て騒がれるだけで、サインとかは求められないな。
テフィナは顔出し余裕な文明なので、もしかしたら好き勝手サインを求めるようなことはしないのかもしれない。だってそれが起こるなら有名人が自宅までの経路を動画で載せたりは絶対にしないはずだし。
民度が高いのか、それとも淡白なのか。
「コウヤ君も自身で動画を配信してみたらどうだい?」
「え」
「色々な動画サイトがあるから、それに登録してさ。みんなが見てくれれば、そこそこの稼ぎになるよ」
「良いかも」
レオニードさんの言葉に反応したのは、ロロだった。
ロロは俺の顔をジッと見て、ポンと顔を赤らめて、キスしたそうな顔をした。
待て待て、目を瞑るな。キス口を作るな。ムラムラするだろうが!
子持ちパパなレオニードさんが咳払いすると、ロロはハッとしてテーブルの下で繋いだ手をニギニギしてきた。
「『俺のサーガ!』っていう義務冒険者に人気の動画ブログがあるから、それやりたいな」
ロロが言う。
「だけど、配信するならイチャイチャするのは控えないとダメだぞ?」
「え、なんで?」
「さすがにイチャコラ動画を配信するわけにもいくないだろ? 見る人に配慮するというよりも、ロロの可愛い顔を他の奴らに見せたくないし」
「……っ」
ロロがもじもじし始めた。
繋いだ手を必死でニギニギし、おずおずと自身の股の方へ持っていこうとする。
いやいやいや、待て待て待て、ダメだって!
なお、クリスちゃんはステラさんに口を拭いてもらいながら、ロロと一緒でホットドッグを食べているぞ。
「じゃ、じゃあ止めようかな?」
「くははっ、胃もたれしそうだよ。まあそういう事も出来るってことだけ知っておくと良いよ。自身の活動をマナネットに残しておくのは、歳を取ってからかけがえのないものになる。君たちが亡くなった後にも、永遠に二人の活躍が見てもらえるのは素敵な事だしね」
「あ、あー、そっか……そういうこともあるのか」
テフィナでは、ずっと昔から人々がそうやってマナネットに人生を刻んできたんだな。
地球での動画やネット文化は最近始まったばかりだし、俺には思い至らなかった。
地球人はまだそう多くの人が意識してないと思うけれど、ネットの中に自分の人生の一ページを残す事がこの先確実に多くなるだろう。
それは動画であったり、ブログであったり、人生で得た知識の結晶であったり、小説であったり、絵であったり。
歴史に名を刻むというには大げさだけれど、自分が生きていた痕跡を手軽にこの世へ残すことができる時代になったのだ。
100年後、200年後には、自分ちのご先祖様はこんな活動をしていたのか、と不思議な気持ちで眺める未来がきっと来るだろう。
俺はじっちゃんの事を思い出した。
じっちゃんはアニメや漫画の評価ブログを運営していた。
歳をとり、自分自身の何かをこの世に残したかったのかもしれない。
俺はまだ17歳だけれど。
まだ日本での感覚が残っている今の俺と。
テフィナに慣れ、日本のことが遠い昔の事となった未来の俺。
それまでの過程を記録していくのは素晴らしいことかもしれない。
「やっぱりやってみようか?」
俺は意見を翻した。
「えぇええ? わ、私のか、か、可愛い顔見られちゃうよ?」
ロロは自分で自分のことを可愛いと言うのが恥ずかしいのか、その部分だけ小声で言った。
「まあ、俺だけ知ってる可愛い顔もたくさんあるし」
絶品してる顔とか、お花に水をあげてる優しい顔とか、犬殺し千手してるだらしない顔とか。
それらの顔を思い出した俺は繋いだロロの手をニギニギした。そうしてバハムートの方へってバカぁ!
「じゃ、じゃあ、明日にでも登録しよっか?」
「うん」
今日にでも、と言わない辺り、ロロも今日帰ったらどうなるか分かっているのだろう。
玄関閉めて即である。分かりきっている。
「運営は私がしたげるね?」
「なにそれメッチャ助かるんだけど」
ロロの方がマナネットについて詳しいし、俺は他にテフィナについて覚えなくちゃならないことが山ほどあるしな。
ロロがやってくれるなら万々歳だ。
そんな会話をしながらの食事も終わり。
『この後、ガルファド時間10時より、魔王城攻略戦が始まります。魔王城攻略戦に参加する方は、ガルファド時間9時までに公園内東にある浜辺エリアにお集まりください。繰り返します――』
集合から開始まで1時間の余裕があるという事は、またインタビューがあるのだろう。
胃がほんのり痛む。
「じゃあ三人とも、今日も頑張ってね」
「応援してるからね、頑張ってね!」
レオニードさんがニコニコと良い、ステラさんが手をグッと握っていった。
ステラさんのファイトポーズは上級冒険者してただけあって、どこか強そうだった。
ロロが拳を作ると、親指が拳の前に出て手首が反っちゃうんだよな。超可愛い。
「おねえちゃん、フィーちゃん、頑張ってね」
クリスちゃんが二人に、それぞれ応援の言葉を送った。
おい、幼女、俺は!?
幼女は俺の顔を見上げると、みゃーと鳴いた。
くそ、可愛いな。
出来るお兄ちゃんな俺は、クリスちゃんの頭をガシガシ撫でた。
すると、モモパンからの綺麗なローキックコンボが俺の右足を襲った。
そして、ママのデルタゾーンにピットイン。どうやら幼女に帰巣本能が芽生えた様子。最低な思考だな、俺。
「あははははっ! ごめんね、コウヤ君」
「いえ、それじゃあ行ってきますね」
パパの謝罪を受け、俺達は集合場所へ向かった。
そんな道すがら、ロロが言った。
「たとえクリスちゃんでも渡さないけどね?」
「やっぱりアレはそうなのか……」
普通の男は女の子の仕草に注視する生き物だ。
注視して正しく処理できるかは個々人の性格によるけれど。
それはたとえ相手が幼女の行動だとしても例外ではない。
猫みたいな鳴き声をして、モモパンしてくる幼女は。
「モモパンしてたお兄ちゃんが思いのほかカッコよくて驚いちゃったのよ」
そういう事らしい。
同じ女の子のロロが言うのだから間違いではなさそうだ。
「また照れてるぅ!」
「ホントですぅ!」
「ぐぅ、やめて……っ」
両手で顔を隠した俺の顔は真っ赤だった。
相手が幼女であろうと、大好きな彼女がいようと、嬉しいものは嬉しいし、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
そんな俺の肩にフィーちゃんが合体し、きゃっきゃっしながら耳たぶをもにもにしてきた。
からかっているつもりだろうけど、フィーちゃんの気分次第でそのまま耳に指を突っ込まれて頭を爆散させられそうで少し怖かった。
読んでくださりありがとうございます。




