2-3 祝福
よろしくお願いします。
その後、バルガの町でラーメンを食べて、ルシェへ帰って解散だ。
ルシェは今、15時を過ぎたくらいの時間。
「じゃあ、お役所に行きましょうか」
俺達はフィーちゃんと別れて、今日の用事を済ますことにする。
今日はレオニードさんのところに行く前に、お役所に用事があるのだ。
役所前ゲートを使って、お役所へ。
テフィナで保護してもらった立場にありながら、俺はお役所に入るのが初めてだった。
日本でも数回しか入ったことがない。高校生の俺には、仕事している人も利用している人も何をしているのかさっぱり分からなかったものだ。
さて、異世界のお役所にやってきたわけだが。
うん、やっぱりみんな何をしているのか分からないな。
ただ、利用している人はどうにも困っている感じはない。日本の時は、ソファで待っている人などは少し疲れた顔をしている人が多かったけど。何が違うのだろうか?
「え、えっと、彼氏さん。私、こういうところ初めてなんだけど」
出来る女系の美少女が場の空気に当てられて、不安そうにして言った。
普通に署長室で秘書とかやってそうなのに、全く残念可愛い彼女だ。
「任せろ」
俺は力強く頷き、インフォメーションへ行った。
いや、こういうのはこうするのが一番良いんだって。こちとらちょっと前まで高校生やぞ!?
受付のお姉さんがにこやかに対応して……カッと一瞬目を見開いたけどなんだろうか?
「こんにちは。本日はどうなさいましたか?」
「はい。恋人申請をしに来ました。どうすれば良いでしょうか?」
そう、テフィナの男女は恋人になるとお役所に申請する。
これには理由があるのだが、それは後述しよう。
俺の言葉に、お姉さんはまたカッと目を開いて、すぐににこやかになった。
「わぁ、おめでとうございます。それでは、3階にある恋愛課の窓口をご利用ください。こちらになりますね」
お姉さんは立体地図型のホログラムで場所を示してくれた。
俺はそれをしっかりと覚えて、お礼を言う。
恋愛課なんて部署があるのか……
どんなことを処理するんだろうか?
まあ、他の部署が何を処理してるのかも分からんけど。
なにはともあれ、恋愛課なる場所の窓口に行くのだから、手は繋いでおかないとな。
俺はロロと手を繋ぎながら3階へ。
3階のそのゾーンに行くと、ハートが飛び交っていた。
待合いソファでイチャコラしているカップル達が凄い甘いオーラを発しているのだ。
テフィナと地球では当然のことながら価値観が違う。
誰かと恋人になる、という感覚もきっと全然違うのだろう。
役場に恋愛課なんてものがある事からも、地球より重大視していることが伺える。
俺達は窓口で整理券を発行。
俺達の前には8組ほどいるみたいだ。
その数を2倍した人数が、待合いソファで手を繋いだカップルの数だ。
俺達くらいの歳のカップルもいる。たぶん、義務冒険者か、その後に行く専門学生だろう。
「凄い空間だね。みんなラブラブ」
「俺達もラブラブだね」
「んふふふっ、そうね。好きよ」
「俺も大好きだよ」
こんな事を近くで言う奴がいたら、死なねえかなって確実に思っていたであろう少年の1か月後の姿が今の俺だ。最高に楽しいぜ。
そんな俺達の会話を聞いていた女性が、彼氏の耳元で、好きよ、と囁く。
彼氏は顔を真っ赤にして、ぼ、僕も、とごにょごにょ言っている。
雑魚が。彼女を喜ばせたいなら胸を張って愛を叫べよ。
そんなことをしていると、人はどんどんはけていき、代わりに俺達の後にも少しばかりカップルがやってくる。恋愛課の窓口は人気のようだ。
俺達の番になった。
俺達は指定の番号の個室に入った。どうやら個別に対応されるみたい。
中に入ると、にこやかに笑う職員のお姉さんがテーブルを挟んだ向こう側に立っていた。
「こんにちは。どうぞおかけになってください」
職員さんに言われて俺達は二人掛けのソファに並んで腰を下ろした。
……っていうか、このソファ狭くね? ロロと半身が密着するくらい狭いんだけど。いっそ大きな一人掛けソファと言った方が正しいような気がする。たぶん、恋人仕様なんじゃなかろうか。
一方の職員さんは一人掛けのソファで悠々としている。どちらが良いかは人によるだろう。
俺達が座った後に職員さんも座る。
「まずは、おめでとうございます」
職員さんがにっこりと祝福してくれた。
凄く照れくさかったけど、頼りがいのある男を演じたい俺は、ありがとうございます、とロロの手を握ってしっかりとお礼を言った。ロロは、照れ照れしながら手を握り返してくる。
「それでは、手続きに入りましょう」
というわけで、手続き。
と言っても、結婚届ならぬ恋人届に、俺とロロの名前、年齢、恋人になった日を書いて終わり。
「それではこちらがキスリングになります」
そう言って職員さんが一つの箱をテーブルに置いた。
職員さんは俺達に見えるように箱を開けると、そこには二つの指輪が納まっていた。
これが恋人申請をする理由だ。
恋人申請をすると、このキスリングが無料で配布してもらえる。
そしてこのキスリングの効果は。
「ご存知かもしれませんが、キスリングをお互いに嵌めると、愛月が深まったことを知ることが出来ます」
愛月というのは、例の男女の約1か月間の唾液交換期間のことだ。
愛月が『終わった』と言わない辺り、なんか日本と同じような言葉への配慮を感じる。
昔の人は勘で愛月が深まったことを察知していたけど、今はこのキスリングを使ってしっかりと確認することが出来るのだ。
また、このリングをつけると、愛月が深まるまで盛り上がりすぎても一線を越えられないようになる超小型結界が張られるようになる。どこに張られるからは想像に任せる。愛の果てにカウンセリングを受けるようになるのは悲しすぎるから、そういう仕組みが内蔵されているのだろう。
他にも【愛月の過ごし方】なる冊子を貰った。
可愛らしい絵柄の男女が彼氏座椅子している表紙である。
とても参考になるのでぜひ読んでくださいね、と職員さん。俺としては、ふーん、と言った感じだった。
「これで手続きは終わりです。お疲れさまでした」
「はい。ありがとうございました」
「お二人に、愛に包まれた人生があらんことを」
それはこの部署の決め台詞なのかもしれないけれど、言われた俺は凄く感動してしまった。
ロロも同じだったのか、繋いだ手がギュッと握られる。
次はクーファ家のみなさんに報告だ。
ロロとイチャイチャしながらクーファ家へ。
事前にアポは取ってあるので、家にはいるはずだ。
インターホンのボタンを押すと、チャムチャムチャムチャム、と俺達の家よりも謎の音が家人に来客を知らせる。
すぐにカチャリとドアが開いた。
ぴょっこりと顔を出したのは、クリスちゃん。
クリスちゃんはまず俺の顔を見上げて、あ、こっちじゃねえや、みたいな感じで、俺の隣を見上げる。
そうして眠たげな眼をキラキラさせて、ロロの股にピットイン。
「おねえちゃ!」
「ふぅにゃにゃにゃにゃにゃーっ、クリスちゃんこんにちは!」
「ふにゅふにゅぅ、こにちは!」
キャッキャッとじゃれ合いだした二人の姿に俺はニッコリ笑い、挨拶で上げた手をスッと下した。
……異世界に行くと幼女に好かれるという話は都市伝説だったようだな。
「やっほーっ!」
そう言って登場したのはレオニードさん。
相も変わらず爽やかなイケメンフェイスだ。
幼女からは空気扱いだが、レオニードさんの好感度は高いぞ、たぶん。
「さあさっ、上がってよ。30分くらい良いだろ?」
レオニードさんは後半はこそこそと俺に耳打ちしてウインク。
お前ら一秒でも早く帰りたいだろうけどさ、みたいな感じである。
居間に通された俺達は、ソファを勧められる。
すかさずロロのお膝に乗ろうとしたクリスちゃんをレオニードさんが回収した。
すんごいジタバタしてる。
さらに、ロロが座ったことでロロの頭についているネコミミに気づいたようで、眠たげな眼をかっぴろげてキラキラし始める。
「クリスちゃん、どう似合うかしら?」
ピコピコとネコミミを動かすロロ。
「ニャーニャー!」
クリスちゃんは、そう鳴きながらパパの腕の中で必死に手をニャンニャンしている。テフィナの幼女が無意識にやるという猫っ気という動作だな。可愛い。
さて、クリスちゃんを回収したってことは、さあどうぞ、ということだろう。
俺は席を立ち、ロロにも立ってもらい、手を繋ぐ。さすがにレオニードさんの前だと恥ずかしい。
「レオニードさん、ステラさん、それからクリスちゃん。おかげさまで、ロロと恋人になることができました。若輩者ですが、頑張ってロロを幸せにしていきたいと思います。応援してください」
俺は照れつつも前を向いて、報告した。
そうして、ロロに顔を向ける。顔が蕩けていた。
「にゃぁ……しゅ、しゅきぃ……この人が私の彼氏でしゅぅ……」
ひでぇ挨拶だ。
ロロのメス猫化が留まるところを知らない。
余所様のお宅なのに隙あらばキスされそうだ。
「ひゅーひゅーっ! おめでとう!」
「おめでとう!」
レオニードさんとステラさんが祝福してくれる。
結婚したんでもあるまいし恋人になった報告なんて変かなとチラリと思わないでもなかったけど、我がことのように祝福してくれるクーファ夫妻を見て、報告に来て良かったなと俺は思った。
ロロと言い、レオニードさん達と言い、俺は良縁に恵まれたな。
さて、クリスちゃん。
眠たげな眼で、ロロの顔、俺達の間で繋がれた手、俺の顔、ロロの顔と見比べて行って。
その目からハイライトが消えた。
そうしてパパのお腹に顔を埋めて、メソメソし始める。
大好きなお姉ちゃんがどこぞの馬の骨とくっついてショックなご様子である。
「おーよしよし、大丈夫! ロロちゃんはクリスのことが大好きだから、また遊んでくれるよ。ほら、大好きなお姉ちゃんが幸せになるんだから、おめでとうって言ってあげなきゃね?」
レオニードさんがちっちゃな背中をよしよしと摩りながらそう語りかけた。
クリスちゃんは腕の中で、こくりと頷くと、眠たげな涙目をロロに向ける。
「おねえちゃん。おめでとう」
舌っ足らずのクリスちゃんが、そうしっかり口にしたことに、その場にいる全員がわずかに目を見開き、微笑んだ。
それからクリスちゃんはロロに預けられ、ステラさんを交えて三人でキャッキャッし始めた。
俺達男二人は別室に。
「さて、まずは改めておめでとう。やったじゃん! ふぅーふぅー!」
「にゃふふーっ! ありがとうございます!」
ハイタッチ。
「まあ、僕は100%成功すると思ってたけどね」
「マジですか?」
「彼女には魔力交換の味で君の好意が筒抜けなんだもん。彼女には特に好きな男子もいなかったみたいだし、君は優しくて誠実な少年だったし、そんな条件で同じ家に突っ込んでりゃ、まあそうなるよ」
俺の評価はともかく、確かにそんな条件なら好感も抱くようになるかもしれない。
「とはいえ、わずか二十数日で恋人にまでなれるとは思わなかったけど。君が頑張ったからだね。よくやった!」
「はは、ありがとうございます」
確かに頑張ったなぁ俺。
特に、手をモミモミし始めた俺の勇気は、人生で一番のものだった。異世界に来て浮かれた精神が背中を押した面も否定できないけどな。
「とはいえ、まだ始まったばかりだからね。お楽しみはこれからだよ」
レオニードさんはニヤリと笑う。
「恋人申請には行ってきたんだろ?」
「はい」
「じゃあまずは貰った冊子を二人で読みな。もちろん彼氏座椅子で」
「冊子というと『愛月の過ごし方』ってやつですよね。そうするとどうなるんですか?」
俺は駅だとかお店だとかで貰った冊子は、表紙のタイトルを見るだけで読まずに捨てるタイプの人間なので、役所で貰った『愛月の過ごし方』にそんな興味はなかった。
しかし、レオニードさんはニヤリと笑みを深めてこう言った。
「もっと仲良くなれる」
「っっっ!」
「凄い食いつき。君のたまに見せる思春期の少年らしさ、僕は好きだな」
おっとレオニードさんから、好きだな、頂きました。
これはロロには聞かせられんな。
「おっと、取り出さない取り出さない。二人で一緒に読むんだ。一人で先に読んじゃダメだ。いいかい、二人で読むんだ」
なんだよ、凄い気になる。
凄いテクとかが書いてあるのかな。今日帰ったらさっそく二人で読もう、と亜空間収納へ『愛月の過ごし方』を仕舞い直した。
その後、少しばかり会話を交わす俺達。
そわそわしだす俺を見て、レオニードさんはフッとイケメンな笑い方をした。
「愛月のカップルをあまり引き留めちゃダメだね。クリスも落ち着いただろう。今日のところはここらにしようか」
「はわ、す、すみません。俺の方からお時間を貰ったのに」
「ははっ、君は変な事を気にしすぎだ。恋人になった報告に我が家にすぐに来てくれて、僕は嬉しいんだよ。それに僕たちは歳は離れているけど、友人なんだ。気にしないでよ」
「レオニードさん……は、はい!」
どうしよう、凄く嬉しい。
兄さんとか呼んでいいだろうか。いや、それをするとロロに疑われかねない。
ロロと合流し、お暇させてもらう。
クーファ家総出で玄関までお見送りだ。
「またご飯でも食べにおいで。みんな喜ぶからね」
「はい、その際はぜひ」
「じゃあね、クリスちゃん。また遊ぼうね?」
「うん。またおミミしゃわらせてね?」
「ふふふっ、もちろん」
クリスちゃんはロロのネコミミを触らせてもらったらしい。
そんなクリスちゃんの頭をナデナデしてお別れするロロは、すっかりお姉ちゃんの顔。
ステラさんにも挨拶をして、俺達はクーファ家を出た。
その足で、今日はお惣菜を買って帰る。
自炊すると決意して一体いつまで自炊しないのか、それは俺も分からない。新しい事を始めるのはタイミングが難しいのだ。
なんにしても、今日の夕食はお惣菜だ。
何故かって? 家でイチャイチャしまくるために決まってるだろうが。
外食の時間すら惜しい。
さぁて、帰ってロロと一緒に『愛月の過ごし方』を読むぞぅ!
読んでくださりありがとうございます。




