表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/171

1-46 永遠の果てまで

よろしくお願いします。

 それはさながら、自身の誕生日に親の帰宅を待つ子供の如く。

 あるいは、散歩の準備を始めたご主人様を待つ犬の如く。


 俺は寝室へ続くドアを見つめながら、正座して待機していた。

 まだかなまだかな!?

 心が7歳児にでも戻ったようにピョンピョン跳ねまわる。


 そしてついにその時が来た。


 ガチャリと寝室のドアが音を鳴らす。

 ちょっとだけ開いたドアの隙間から、まずはぴょこんと可愛いネコミミが。

 そうしてわずかに遅れて、少しはにかむような綺麗なお目々。


「にゃー」


 猫が鳴いた。


「かは……っ」


 俺は口を押えて床に片手をついた。

 生まれてこの方、これほど可愛い生物を見た事があっただろうか?

 断言できる! 否だ!


 ところが猫さんはササッとドアの陰に隠れてしまった。

 おいおいおい冗談止めてくれよ。


「ほ、ほら、猫さん出ておいでぇ。にゃんにゃーん」


 怖がらせないように優し気な声色で言う俺だが、おそらく他者から見れば相当に必死な様子に見えるだろうな。ああ、必死だ。


 俺の呼び声に、ススゥッとまた猫が出てきた。

 今度はさっきよりも顔が出てる。

 さらに、ドアの縁にちょこんと掛かっているのは可愛いもこもこ猫ハンド。


「にゃー? にゃっ」


 ササッ!

 じ、焦らしおるわ……っ。


「ロロ、おいで。プレゼントつけたところ、見せて?」


 早々に我慢できなくなった俺は、遊びを終了した。

 するとドアがスッと開いて、ロロがもじもじしながら出てきた。


 毛先にすこしばかり朱が混じった翡翠色の髪の天辺には、三角に尖ったネコミミがぴょこん。

 身体のラインが分かるノースリーブのセーターから伸びる首には、首輪というには愛らしすぎるリボンのような首輪。

 太もも輝く白のショートパンツの後ろから、ふらりふらりと揺れるネコのシッポ。

 しなやかな四肢から末端へ辿れば、そこにはもこもこの手袋とブーツ。


「に、似合うかな?」


「テフィナ中に自慢したいほど似合う」


「はぅ……コウヤ」


「な、なに?」


「しゅき。にゃん」


 なんだこれなんだこれなんだこれ。

 大変だ、あにもーらんどのBGMは本当だったのだ。

 しゅきっしゅきっじゃないですか!


 ちょっともう我慢できないかなぁ!?

 俺はロロを抱きしめた。

 ロロも抱きしめ返してきた。と、思えばすりすりと俺の頬や首筋に自身の頭を擦りつける。


 はわぁ可愛い、この行動は何だろうか?


「猫さんはそれなにしてるの?」


「私のね、匂いつけてるの」


 ぎゅーっ!


「んふふふっ。好き」


「俺も好きだよ。大好きだよ」


「ふふふふっ。はーそうだ。コウヤ、あのねあのね。恋人が出来たらしたいなって思ってた事があるの」


 ハッ!?

 ほ、本当に来た。


 俺はすぐさま正気に戻り、ロロを少しだけ引き離す。

 しかし、腰には手を回し、顔だけ離れた状態。ずっとくっついていたい俺の心理がそのまま行動に反映されていた。


「ロロ。大丈夫だよ。ちゃんと調べてきたから」


「わっ、ホント?」


「うん。星玉の森でしょ?」


「うん! やってくれる?」


「いいよ。やろう」


「じゃあ寝室いこ」


 ロロに手を引かれ、俺達は寝室に移動した。

 恋人になったらやりたいこと。場所は寝室で。


 俺は心の底からガリオン教官とレオニードさんに感謝した。

 本気で危なかった。

 知らずにいたら、高確率で違う事を始めていただろう。




 テフィナの女の子は、一つの憧れがある。


 次元を越えた大恋愛の代名詞、ルゥとリーゼルナ。

 二人が星玉の森の大樹に寄りかかってやったという伝説の儀式。

 これをテフィナの女子はみんなして憧れるのだ。


 しかしてそれは、男にとって試練の場となる……その名を『彼氏座椅子』という。

 地球ではなんてことの無い、俗に恋人座りとか言われるポーズだが、テフィナの女子は、凄まじく憧れるのだとか。

 余談だが、逆にお姫様抱っこはまったく憧れない。普通に誰でも出来てしまうから、男の逞しさなどの表現方法にならないのだ。


 やってやらないと物凄くガッカリされる、とガリオン教官に忠告された俺は、その恋人同士の儀式について、その日のうちにレオニードさんに相談した。


『おお、ついに我慢できなくなったんだね!』


 告白します、とレオニードさんに告白した俺に、彼は自分の事のようにテンションを上げた。

 そうして、レオニードさんは俺にソレのやり方、注意点を事細かに教えてくれたのだった。


 実を言うと、今から始まる彼氏座椅子は、俺のゼットでは検索できなかったのだ。

 たぶん、ルゥとリーゼルナが始めた事なので、魂の双子について調べられない俺のゼットでは検索できなかったのだろうと思う。




 いつも俺達が一緒に寝ている二つのベッド。

 今までも特別な風景に見えたけど、今の俺には殊更輝いて見えた。

 今日から、どうやって寝るんだろう。くっついて寝るのかな?


 いつもロロが寝ている方のベッドの背もたれに、枕が立てかけてある。


 さ、さて……行ってみようか。


 俺は緊張しながら、ベッドに上がり、枕に背中を預けた。

 もじもじと身体を横に揺らしながらそんな俺を見つめ続けるロロに、「おいで」と告げる。

 ロロは唇をむにゅむにゅと動かし、緊張した様子でベッドに膝をかけた。

 

 四つん這いでベッドを軋ませながら俺の下にやってくるロロ猫は、見ているだけで鼻血が出そうなくらい色っぽい。


 たっぷり時間を掛けてやってきたロロは、股を開いて待っていた俺の身体の前に腰を下ろし、背中を預けた。

 お尻が問答無用で俺の股間部分に押し付けられたが、ご安心。紳士の下着がとてもいい働きをしてくれている。

 ロロが、猫セットを大切そうに亜空間収納にしまった。ノーマルなロロでやりたいのだろう。


「明かり消すよ?」


「う、うん」


 俺は明かりを消した。

 ロロは、いそいそとゼットのアプリを起動した。


 すると、部屋の風景が満月が映りこむ湖を望む森林の映像に変わる。

 俺の背後には大きな樹があり、ベッドは芝生へ。だけど映像だけで感触はそのままだ。

 さらに少しだけ弄ってから、ロロはゼットを俺達の頭の上に浮遊させた。きっと邪魔にならないようにしたのだろう。


 さて、準備は整った。


『コウヤ君、良いかい。準備が整ったら今度は身体の重ね方だ。右腕は相手の右腕を包み込むようにして左肩へ置く。左腕は腹部から右の脇腹に回す。これが基本形、源流だ。亜流は多くあるけど、好まれない場合もあるからまずはこれを覚えるんだ』


 レオニードさんの教えをしっかりと思い出しつつ俺は、その通りの体勢になる。

 お互いの熱が上がったように感じた。


 さらに重大な教えが一つ。

 彼氏座椅子は、おっぱいを揉む等のエロい事を決してしてはいけない。彼氏座椅子をするくらいの仲なら笑って許してくれるだろうけど、内心では少しガッカリされてしまう事もあるのだとか。

 俺は、鋼の意思で両手を定位置に固定した。


「はぅ」


 ロロの左手が俺の左手を、同じく右手が右手を包む。


 ここからは雑談タイムだ。

 まず切り込んできたのはロロだった。


「わ、私、背が高いからかっこつかないかも……」


 ロロが不安げに言う。

 たぶん、ロロは男の胸に頭を預けられる小柄な女の子の方が絵になると思っているのだろう。

 ロロの場合は、普通にすると俺の鼻面に後頭部がぶつかる。それを気にしているみたいだ。そんなわけで、俺達は少しだけズレて座っている。


「そんな事ないよ。前から抱きしめる時もこうやって抱きしめる時も、お互いの顔が交差して凄く愛し合ってる感じがする。ロロはそう思わないか?」


 俺は耳元で囁いた。

 正直、死ぬほど恥ずかしいが、レオニードさん曰く、普通の会話をしつつ、泣かせるつもりで良い感じのセリフを混ぜ込め、とのこと。

 ただし、本当の全力はクライマックスまで取っておくこと。そこで全てを解放しろ、と。爽やかイケメンが俺に指南してくれた。


「ひぅうう……おもうぅ……しゅ、しゅきぃ……」


 しゅきぃ頂きました。

 さあ、ロロをどんどん喜ばせろ!

 ロロを喜ばせるだけの存在になるのだ!


「俺も好きだよ。今日は色々あったけど、こうやって思いが通じ合って最高に幸せだ」


「あぅ、今日は我儘言ったり、怒ったふりしてごめんね?」


「いいよ。そういうのも可愛い。特に俺の後をつけてきた時は本当に可愛かったよ。そのままどこかへ遊びに行こうかって悩んだほどな」


「良かったね、私。連れて行ってもらわなくて。ふふっ、変なの」


「ははっ、変だな。だけど、そう思ってくれるなら嬉しいよ」


「ねっ、ギュッてして?」


「うん」


 俺は苦しくない程度にギュッと抱きしめた。


「ロロ。さっき、俺の魔力を味わった時、どうして泣いちゃったの?」


「あれは……コウヤの味が苦くなっちゃったから。いつも凄く甘かったのに、半分くらい苦くなって。私が怒ったふりしたから、嫌われちゃったっかもって。だから悲しくて怖くて……」


 あー、やっぱり俺の純魔力は甘かったか。そりゃそうだよな。

 しかし、そうか、ロロはそんなに慌てたのか。可愛い。


「そんなに怖かった?」


「この私が泣いちゃうくらいだもん。すんごく怖かったわ」


 泣き虫のくせにたまに言うんだよな、これ。

 もしかして冗談なのかな。


「苦さは恐怖心、辛さは怒り、無関心は無味、甘さは好意って、ゲームの説明に書いてあったけど、たぶん意味はそれだけじゃないんだろ? 結局、魔力交換の味って何なんだ? もうロロの味は苦さがほとんどなくなったんだ」


「魔力交換の味は、大まかな感情の方向性とその想いの強さしか分からないのよ。コウヤが感じた私の苦さは不安だと思うわ」


「不安も恐怖の括りなんだな……あー、そうか。俺の味も苦くなったって言ってたね。どうして不安に思ってたの?」


「……言わないとダメ? 恥ずかしいんだけど」


「言って? 俺も恥ずかしい思いしたでしょ?」


 意地悪、ともぞもぞ動いたロロは、しばし沈黙しつつ俺の左手に指を絡めてきた。


「ずっと不安だったのよ。コウヤは私のこと凄い好きだって分かってたけど、どういう種類の好きか分からなかったから。友情なのか、家族みたいに慕っているのか、恋愛感情なのか、もっと他の好きなのか」


「いや、どっからどう見ても一目瞭然だったと思うよ? レオニードさんやステラさん、ガリオン教官だって気づいてたし」


「ウソでしょ!?」


「いや、ホント」


「ふ、ふぐぅ……わ、私、男の子とこんなに親しくしたことないし、分からなかったのよ! それで……どんどんコウヤのことが好きになってるのに、私ばっかり好きになって、最終的に実はコウヤの方は恋愛感情じゃありませんでした、なんて事だったらどうしようって……」


 この文明の女子は俺からするとみんなして凄まじい美女だ。

 ロロもやはりテフィナ一可愛い女の子だ。

 だけど、以前、ロロは自分はモテ顔ではないと言っていた。

 つまりは、自信がなかったのか。


「そんなに想ってくれてたんだな。嬉しいよ」


「ふふ、私、コウヤを喜ばせる天才ね。好きよ」


「俺も好きだよ」


「あとね、他にも謝らないといけないの。私、ズルしてたの」


「こっそり自分だけ俺の気持ち知ってたこと?」


「それもだけど……あのね、言っても怒らない?」


「全部俺の望み通りになったのに、今更何も怒る事ないよ」


「ホント?」


「うん。大丈夫。こんなに好きだもん。怒らないよ」


「じゃあ言うけど……コウヤのゼットに細工したの」


 おっと、とんでもねえことしてやがった。

 たぶん、普段の俺なら頭引っ叩いてるな。


「そ、それはどういう?」


「私の気持ち知られるの恥ずかしいから魔力交換が一切調べられないようにしたの。あと、チャイルドロック掛けた。そしたら連鎖的に色々調べられなくなっちゃったの。魂の双子のこととか」


「ほ、ほう? それはいつ?」


「ゼット買った日」


「最初っからじゃん!?」


 ビビるわ!

 っていうか、あの時か!


 ロロとレオニードさんのアドレス登録をしていた際、何故かロロが代わりにやってくれたのだ。

 出会って2日目だったから、世話を焼いてくれたのが嬉しくて、全っ然疑いもしなかった。


 そのおかげで、俺は今日までずっと魔力交換に紐づけられる事柄が調べられなかったのだ。そう、魂の双子についても調べられなかった。

 そして何より、チャイルドロック! だから俺は17禁動画が見られなかったのだ。

 こ、コイツ……っ!


「コウヤ、ごめんね? 好きよ。大好き」


 ロロはそう言って俺の顔の側面に髪を擦りつけた。


「許す! 俺も大好きだよ」


 俺は相当なチョロ男であった。

 まあ、実際問題、今現在こうしてロロとイチャコラできているのだから万事オッケーだ。

 もしかしたら、ロロがそれをやらなかったらこんな風になってなかったかもしれないしな。


「だけど、なんでチャイルドロックを掛けたの?」


「ふふ、好きよ、コウヤ。大好き」


「あ、ああ、俺も好きだよ。それでなんでチャイルドロック掛けたの? 教えて?」


 もじもじもじもじ。

 言いたくなさそうだな。

 今は無理強いしなくてもいいか?


「あぅ、え、えーと、それは……そうそう、えっとね、エッチな動画見てほしくなかったから」


「は、ははっ、バカだな。俺はずっとロロが好きだったから、そんな動画欠片も興味がなかったよ。ロロ、好きだよ。大好きだ」


「ふふっ、私も大好き」


 俺はギュッと抱きしめた。


 そんな風に会話していると、ゼットが見せる幻の風景に変化が訪れた。

 それはかつて、ルゥとリーゼルナが二人で見た、星玉の森の幻想的な風景。


 丈の短い草に覆われた地面から、ぽわりぽわりと蛍のような光が現れては、空に向かって緩やかに上昇していく。その様は、まるで、夜空に瞬く星々が生まれているような幻想的な光景だった。


 いよいよクライマックスか。

 俺は、ロロの身体を抱きしめた。

 ロロもギュッと俺の手を握ってくる。

 そうして、俺はロロの耳元で一生懸命考えた愛の言葉を囁く。


「ロロ。導きの群島で君と出会って、俺は一目で恋に堕ちたんだ。笑った顔も、怒った顔も、泣いた顔も、全部が全部愛おしい。テフィナで一番の女の子ロロティレッタ。愛してるよ。永遠の果てまで、ずっと一緒にいよう」


「にゃ……あぁ……」


 俺の渾身の愛の言葉に、吐息を漏らしたロロは。

 俺の腕の中でスッと身体を横たえた。


 ロロの涙で潤んだ瞳が見つめる先で、俺は優しくその瞳を見つめ返した。


 俺はロロの唇にキスをする。


 心の準備を終えた確認をするかのように、お互いが唇を離して見つめ合う。


「私はどんどんコウヤに惹かれていったわ。優しくしてくれて、楽しませてくれて、好きって気持ちを与えてくれて。コウヤ、私を好きになってくれてありがとう。愛してます。永遠の果てまで、ずっと、ずっと一緒よ」


 あぁ、愛しい……

 じっちゃん、これが俺の運命の人だ。

 どうだ、凄いだろ?


 俺達は唇を重ね、舌を絡め合う。

 そうして、お互いに純魔力を交換し合った。


 口内で混ざり合った純魔力の味は、この世で最も甘美なる味わいだった。

読んでくださりありがとうございます。

評価、ブクマありがとうございます。励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ