1-2 なんちゃって混浴
よろしくお願いします。
「はぁ。服を着たままお風呂に入るなんて初めてだわ」
俺から一番離れる位置で入浴したロロティレッタは、独り言のようにつぶやいた。
彼女はコートを脱いだ服装だ。
コートの下は、なんとショートパンツにハイネックのノースリーブと極めてエロく、いっそ痴女と言って差し支えないかもしれない。
セット販売でもされていたのか、上も下も黒を基調に彼女の髪と同じ翡翠色で描かれた装飾が施されている。少し光沢を帯びた材質は、なるほど中世風ファンタジーにはなさそうな代物だ。
ロングコートもブーツも黒だったし、彼女は黒が好きなのかもしれない。
ロングブーツの下もやはり黒いニーソックスだったが、これはロングブーツやコートと一緒に今は脱いでいる。
この格好になり気づいたのだが、タオルで嵩増しするほど彼女は貧乳ではないのだ。大きすぎず小さすぎず。丁度いい塩梅。そうなると、あのタオルは何だったのだろうか?
まあそれはともかく、剥き出しになった脚と無防備な脇の下は完全に俺を殺しに来ているとしか思えない。死ぬほど悶々する。
「そんなの俺だって初めてだよ」
雨で体温が下がった体を風呂の中で伸ばして、俺は答える。
俺の服装は、制服のズボンとワイシャツだ。上着はさっき吹っ飛んで行ったからな。ケツのポケットに入れておいた財布だけは外に出した。
なお、俺達が脱いだ物は、脱衣所にある乾燥機にぶち込んでおいた。俺達が出るころにはアイロンがけまでしてくれているそうだ。凄い。
ロロティレッタは答えなんて求めていなかったのか、そのまま黙った。
しかし、今は話し合いが必要な局面だ。沈黙は認めない。
お風呂の中でゆらゆら揺れるワイシャツを弄りながら、俺は会話のチャートを構築する。
これから過ごすこの文明について知りたいことは山ほどあるが、まずは何を置いてもロロティレッタの心のケア。
魂の双子であることに絶望している彼女が、もうこれ以上絶望しないようにしなくてはならない。心を壊されたりしたら本当に困るのだ。
それを阻止するための質問はこれだ。
「ロロティレッタ。とりあえず、俺は魔力の受け渡しってやつを覚えたいんだ。そうすればお互いに離れても平気なんだよな? こうやって無茶苦茶な事せずに、普通に一人でお風呂だって入れるだろ?」
ロロティレッタは水面を見つめて、元気なく言った。
「……アンタは魂の双子になっちゃったのをすんなり受け入れるのね」
なるほど、ロロティレッタの目から見るとそう映っているらしい。
はい、まあその通りなんですがね! なにせ相手は美少女ですし。これが野郎だったら絶望してたわ、あっはっはっウケる!
俺は誠実さ溢れる仮面で絶賛爆笑中の内心を覆い隠した。
「俺だって戸惑っているけど、現実問題戸惑ってばかりじゃいられないからな。お前と仲良くやっていきたいと思うし、そのためにもお互いの時間が取れるようにしたいと思うんだよ」
見えない壁で緩和されてなお荒々しい嵐の音とは対照的な落ち着いたイケメンボイスが、浴場を満たす湯気の中に溶け込んでいく。
俺の素敵な声で鼓膜を揺すられたロロティレッタは、唇を尖らせて水面を見つめ続ける。
ぬぅ、難しい女だな。
まあ、女とか簡単、などと思った事など一度もないのだが。
しばらく沈黙が続き、ロロティレッタが口を開いた。
「アンタの言った通り、自分の時間は必要だわ」
この返答は予想通りだった。
俺の事が嫌いならなおのこと俺に魔力の扱い方を教えるのは急を要する。不貞腐れた挙句にこれを教えなかったら、この後トイレに行きたくなったら大変な事態になるのだから。
「ああ、うん。じゃあ、魔力の交換方法を教えて」
俺はそう言って、ロロティレッタの近くまですぃっと泳ぐ。
それを半眼で見ながらロロティレッタが言う。
「子供みたい」
これがおもちゃ売り場の前で駄々をこねるガキみたいなジタバタ泣きをしてた奴のセリフである。
俺は肩を竦めて答えた。
「17歳の男なんてガキだよ」
そんなことを言ってお茶を濁したけど、ぶっちゃけ、立ち上がれなかったんですけどね!
服を着ているとは言え、美少女との混浴初体験だ。妄想多き高校生男子のアレがこのシチュエーションで、出番? ってならないわけがない。しかも相手は露出度高めだしな!
「それよりも教えてくれ」
「別に口頭で説明できるから近づかなくていいんだけど。まあいいわ。魂の双子の魔力交換は、純魔力の放出と同じらしいわよ。純魔力を放出している状態の相手の肌に触れていれば、勝手に吸収するそうよ。ちなみに属性魔力はダメよ」
温かい風呂が心の氷を溶かしたのか、説明を始めたロロティレッタの口は敵愾心を感じさせず滑らかだ。
そんな彼女の様子を少し嬉しく思いつつ、さらに質問を重ねる。
「あの、純魔力の放出ってのはなんですか?」
俺の質問に、ロロティレッタは怪訝そうに俺を見る。
「ちょっと待って。アンタ、純魔力の放出もできないの?」
「ごめんね。俺は魔法が無い世界から来たからさ」
「は? え、ということはアンタ5型世界の人なの!?」
「5型世界が魔法のない世界を指すなら、そうなるな。もしかして問題があるのか? 一応、ルーラさんは俺をテフィナ人と同じ身体にしてくれたみたいだけど」
あれ、でも俺が魔法のない世界の出身だって導きの群島でちょっと話が出たと……いや、ただ単に地球と言われただけでどういう世界か言及はされてなかったか?
俺がテフィナ人の身体にされている説明をされた時は、ロロティレッタはサイレントジタバタ中だったのは覚えている。ルーラさんの防音の魔法がどういう仕様か分からないし、一応ルーラさんが俺の身体を改造したことは教えておいた。
「うーん。それなら……大丈夫、かな?」
「5型世界の人だと問題があったのか?」
「マニアックな世界の事だから私も詳しくは知らないけど、5型世界っていうのは魔素が存在しない世界を指しているわ。魔素がない世界で進化を重ねた動物は、大気中や食物に含まれる魔素を魔力に変える機能が身体に備わっていないそうなのよ。だから、色々大丈夫かなって」
「あーなるほど。ルーラさんも俺が前の身体だったら、この世界に渡ったらすぐに死ぬって言ってたな」
「ふーん、じゃあ生きてるから大丈夫ってことね。それにしても5型世界でも魂の双子って発生するのね」
「まあそこら辺はよく分からんけど。とにかく、そういうわけだから俺にも魔力があるみたいだし、後はやり方だけなんだよ。教えてください」
話が少し脱線したが、純魔力の放出についてだ。
「えーっと、どう説明したらいいんだろう。んーっ、てやるのよ」
「いやいやいや。感覚的過ぎて分からねえよ」
「仕方ないじゃない。純魔力の放出なんて親がやってるのを見て、4、5歳で勝手に覚えるものだもん」
「え、これってそう言うレベルの話なの?」
「うん」
それなら彼女が感覚的にしか説明できない事も頷ける。
親が使う言葉を幼児が勝手に吸収するが如く、いつの間にか勝手に出来てしまう技能なのだから、これを説明するのは割と難しいはずだ。
「待てよ。子供が見て覚えるってことは、つまり純魔力の放出は目に見えるんだよな?」
「見えるわ」
ふむ、それなら、テフィナ人と同じ体になっているはずの俺にも見えるはずだ。
「ちょっとやってみてよ」
俺の要請で、ロロティレッタは水面から手を出し、指をピンと立てる。
お湯でほんのりピンクに染まった指の先から、すぐさま青白く薄い色の靄のようなものが放出され始めた。こんにちは、ファンタジー!
「ふぉおお、それが純魔力か! なあ、触っていいか?」
俺は興奮気味にロロティレッタへ尋ねた。
その言葉に、ロロティレッタは手をお湯の中に隠してしまった。ダメらしい。
しかし、ここで逆転演出。ニュニュッと水面から手が出てきた。
ロロティレッタはつまらなさそうに唇を尖らせ、手をこっちに差し出した。
はいはい、不承不承ね。分かります。
ロロティレッタの手に触れると、青白い靄が体の中へ流れ込んできたのが分かった。
それが瞬く間に体中に広がったのも分かったが、それっきり特に変化は起こらない。終わりか?
「へぇ、なるほど、これが魔力って奴か。……ん?」
舌を動かした拍子に、口内に違和感を覚えた。
厳密にいえば、味覚にだ。
なんだろう。
凄く苦い薬を飲んだような、そんな味がする。
「なんか、凄く苦い味がするんだけど」
そう言いながらロロティレッタを見れば、彼女は目をギュッと閉じて頬を膨らませて横を向いていた。
その態度は、この現象について触れるなと語っているよう。
いや、気になるんだが。なにこの仕様。さすがに、毒魔力を注入されてたりしないよね?
う、ううむ、じゃあなんだろうか。
ロロティレッタの反応から鑑みて、これはもしかしてロロティレッタの味なのか? なにそれエロいんだけど。
ふむ。まあ、とにかく今のが魔力って奴だな。
「あー、ちょっと練習してくるよ」
俺はすいっとお風呂を泳ぎ、元いた場所に戻った。
そして、手を水面から出して。
「んー!」
出ない。
「んー!」
むぅ、出ないな。
俺はアドバイスを求めて、ロロティレッタへ顔を向けた。
彼女は目のすぐ下までお湯に浸かり、ぶくぶくと泡を立てながら俺を見ていた。
お風呂の隅っこで翡翠色の長い髪がお湯の中で広がる様は、若干水槽の植物に見えなくもない。毛先は少し赤いし、グッピーとか隠れてそう。
「な、なんだよ」
「なんでもない」
くっ。
女の子は細かくサインを出す生き物だとどこかで聞いたことがあるが、このサインは何なのだろうか。
もう分からないよ!
「なんかアドバイスとかないの?」
「……頑張って?」
「それは巷じゃエールというんだ」
仕方がない。もう少し自分でやってみよう。ファンタジーを読みふけった俺ならやれるはず。
魔力。魔力。
思い出すのは、さっきロロティレッタの手に触った時に入ってきた重く感じたあの波動。そして、ぶわりと広がった感覚。
アレを指先に集めて、体外に放出すればいいんだろ。たぶん。
とりあえず、その案を試してみるか。
俺は悟りを開く人みたいに薄目を開けて、身体全体に意識を集中する。
ロロティレッタから魔力を貰った時のあの感覚を、逆再生する感じ……
少しでも先ほどの感覚を思い出そうと、俺は口の中で舌を動かし、苦い味を絡めとる。
ゆらり。
俺の指先から、青白い靄が出てきた。
ロロティレッタが見せたものよりずっと弱々しいものだが、確かに同じものだ。
「お、おお! 出来た!」
す、すげぇ。魔法使っちゃったよ!?
っていうか、簡単だな!
俺はこの喜びを自慢したいとロロティレッタを見る。
ロロティレッタはまた顔の半分をお湯に浸してぶくぶくしながら俺を見ていた。
だから、なんだよ。そんなに見るなよ。うぅうう、なまじ綺麗すぎるから、見られていると凄く恥ずかしいんだよ!
しかし、照れていると悟られたくないのが男心。俺はお湯を顔にかけて火照りを誤魔化し、ロロティレッタに向き直った。
「で、これをどれくらい交換すると、5分持つんだ?」
俺の現在魔力では最大30分という話だが、まずはトイレが済むレベルで十分だろうということで5分としておく。
しかし、ロロティレッタは難しい顔。
「分からないわ」
「え、なんで?」
「純魔力は普通、他人の身体に入れられないのよ。他人と純魔力を交換できて、その純魔力が身体に馴染むのは魂の双子だけなのよ。でも、どのくらい交換すれば何分持つかまでは知らないわ」
「ふーん、なるほどな。ところで、魂の双子っていうのは、お前らの世界ではそんなに有名なのか? お前、随分と詳しいよな」
魂の双子なんて体質がポピュラーとは思えない。それなのに、まるで一般常識みたいに語るので、不思議に思って聞いてみる。
「有名よ。普通の魂の双子はテフィナ全体で見ても十年くらいに一組は生まれるもの」
「普通の?」
「魂の双子は基本的に同じ世界で生まれるのよ。私とアンタは別の世界だから同じ魂の双子だけどちょっと特殊なの。私達みたいな魂の双子は、大昔の伝説的な冒険者夫婦が設立した冒険者パーティーの名前に因んで『フェーディ型』っていうの。その夫婦もフェーディ型だったのよ」
「フェーディ型…ああ、そういえばルーラさんも言ってたね」
俺はそう答えつつ、ロロティレッタの変化に気づく。
元気が回復したってわけではなさそうだけど、凄く饒舌になってるぞ?
「フェーディは歴史の教科書にも載っているし、その重要なキーワードである魂の双子って名称くらいなら私ぐらいの年齢にもなれば知らない人なんていないわね。それに色々な物語の題材にされてるし。私はゲームや小説が好きだから、そういう関係で普通の子よりも詳しいかもしれないわね」
思いのほか俗な知識だった。
そして、その俗な知識を披露するロロティレッタはどこか得意げである。なるほど、だから饒舌になったのか。
……っていうか、魂の双子の特性を考えるに、絶対そのゲームや小説は恋愛物じゃん。
んで、どうせ相手の男はイケメンなんでしょ? そして、コイツは、ふわっ素敵な恋、ってなるわけだ。
しかし、いざ自分が魂の双子になっちゃって、相手が俺だと知ったロロティレッタは。
『やだやだやだやだぁあああああ!』
俺は導きの群島で癇癪を起したロロティレッタを思い出す。
そして、現在も元気なさげな感じ。
「……」
お、おのれぇ。そう言う事か。
全ての点と点が線で繋がった。
コイツはただ単に魂の双子が嫌だったわけじゃないのだ。
むしろ、アニメキャラのような超絶イケメンだったらウェルカムだった可能性が高い。
そう、俺だから嫌だったのだ。
ちくしょう、ちくしょう。
いや、断っておくが、俺はそう悪い顔じゃない。
事実、俺は隣の席でバカ話をするギャルたちにこう言われたことがある。
『生咲ってさぁ、リョウサンダカ男子って感じだよねぇ』
『わかるぅ、リョウサンダカのダイイチリンシャって感じするぅ』と。
リョウサンダカ―――量産高。
つまり、量産型の上位互換ということだろう。ニュアンス的には、一般的な美的センスを持った女性の10人中3人がカッコいいと答えるくらいの準イケメン。己を磨けば、しっかりとしたイケメンになるレベル。彼女たちは俺をそう評価したわけだ。
まあ、俺の評価をしているのに大一輪車という関連性絶無な単語が出てきたのは理解できなかったが、奴らはすぐに新しい言葉を作る生き物だ。ギャル語の更新を止めて久しい俺の理解が及ばなくても仕方がない。
そう言うわけで、俺はロロティレッタに言いたい。
俺はイケメンになれる器の男だと。
確かにお前はスーパー美人さんだが、俺がその隣にいてもそこまでおかしくはないのだと。
……ギャルズ、そうだよね!? 信じてるよ!?
「ねえ、聞いてるの?」
ややダークサイドに堕ちかけていた俺の心情など露とも知らないロロティレッタが言ってきた。
どうやら、何か説明してくれていたようだ。まったく聞いてなかったぜ。
「悪い、ちょっとのぼせたかも」
好感度上げ中の俺は、すかさず誤魔化した。
「あ、うん。確かにちょっと長湯かも。身体も洗えないし……もう出ましょう」
ロロティレッタはそれで納得し、んーっはぁああ、と一つ伸びをしてから立ち上がった。
お湯から上がったその体は服を着ていることもあり、ジョロジョロと色々なところからお湯が流れ落ちる。ついつい股の下から流れるお湯の束に目が行ってしまうのは仕方がない事である。
さらに、お湯に浸されたノースリーブは生地の関係からブラ透けこそしていないものの、お湯に濡れているという特殊効果だけで俺の理性を蝕むには十分な魔性を帯びてしまっている。
さらにさらに、黒いショートパンツから伸びる注目の太もも様は、ほんのりと桜色に染まっているときたもんだ。RECREC!!
濡れた服に少し不快さを見せたロロティレッタはそのまま湯舟から上がると、ドライヤー室へ歩いて行く。
ショートパンツに包まれるキュッと引き締まった小尻が細くてとても長い脚と連動し、張った状態と膨らんだ状態を交互に見せつけてくる。
左足を前に出せば、右のお尻の付け根がニッコリ。
右足を前に出せば、左のお尻の付け根がニッコリ。
そこは魅惑のスマイル天国。RECRECッッ!
そのままロロティレッタはドライヤー室に入り、長年繰り返してきた動作からか普通にドアを閉め……ない。
彼女はハッとしたような顔をして、慌ててドアをフルオープンにした。
ロロティレッタの後姿にボーっと見惚れていた俺は、ねえ、と声を掛けられてハタと我に返る。
「えぁあ、な、なに!?」
「アンタが来ないとドア閉められないんだけど」
憮然とした表情で告げるロロティレッタに、魅了から立ち直った俺はそう言えばそうだったと思い出す。
魂の双子は5メートル離れていなくても、壁などで遮られると転移が始まってしまうのだ。
よく気づけたな、アイツ。
「ごめん。今行くよ」
催促されて立ち上がろうとした俺だが、腰を少し上げて不味い事に気づいた。
今なら釘が打てるんじゃないかと思うくらい、全力全開だった。
くそっ、これだから思春期はままならねえ……っ。っていうか、お風呂に入ってからずっとこうだがな! ポカポカあったかいんだもの。
しかし、のぼせたと言った手前、風呂から出るのをためらうわけにはいかない。
俺は、うわっすげぇぐしょぐしょ、などと言いながらワイシャツの下部を前に引っ張る。
そう、俺は濡れたワイシャツが肌に引っ付くのが嫌なのだ。嫌だから前屈みにもなってしまう。実際問題、俺のワイシャツは水に濡れて乳首が透けて見えちゃうし。男子でもこれは恥ずかしい。
ロロティレッタはそんな俺に一瞥をくれると、ドライヤー室の中で背中を向けた。助かるぅ。あと後ろ姿エロ過ぎぃ!
そんなエロい恰好をした女の待つドライヤー室にピットイン。
さて、ドライヤー室だ。
元々一人で入ることを前提に設計されているのか、その大きさは直径1メートルといったところ。
しかも四方八方の壁から温風が出てくる仕様なので、お互い壁際に居るわけにもいかない。
当然、俺達の距離は、触れても居ないのに火照った身体の体温をお互いに感じられるほどに近かった。
そんな距離だが、出会ってまだ3時間も経っていない俺達だ。向かい合っているはずもなく、お互い背を向けて無言である。
ごく狭い空間をあっという間に支配した女の子の香りと、ゴォオオオと音を立てる全身ドライヤーがもたらす心地よい温風。
ドライヤーの音は賑やかなれど、耳に入り込んでいた湯気が未だ乾いていないからか、どこか風呂場特有の湿ったような静寂を感じる。
コイツは頭がおかしくなる。
のぼせたという誤魔化しは、風呂から上がった今になって別の力で現実になりつつあった。
そんな中で、俺の背中の向こうでロロティレッタがポツリと言った。
「……ねえ」
「へぁん!? なな、なに!?」
思わず変な声が出た俺は、何を隠そう一杯一杯だった。
「気分が悪いの? 大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫。それよりも何?」
「え、うん、その、あのね……馬乗りになったこと、謝って」
お、おう。
ここでその話を蒸し返してくるの?
割と凄いタイミングなんだけど。
これは、お前っ! とか言って壁に押し付ければいいのかな? もちろん、それをやった俺は辛そうな顔だ。
いや、待て待て。早まるな。それは少女漫画の読みすぎだ。それに今の状況でコイツにそんなことしたら、そのまま押し倒す自信がある。
……どうすればいいのか。う、うーん、わからねえ。
「怖がらせて、ごめんな」
女の子の甘い香りのせいで理性が消し飛びそうな俺は、とりあえず謝罪を口にした。俺にとって謝罪自体は実のところ敷居が低い。
それに対して、ロロティレッタは、うんと静かに返事した。
そして、しばしの間を置いてから彼女は続けた。
「……わ、私も……その、ルゥ様を殺したの、アンタだって疑ってごめんね。あと、服を飛ばしちゃったのもごめん」
「へ? あ、ああ」
背中越しから飛んできた予想外の謝罪に、俺は目を白黒させた。
どういう心境の変化があったかを考えるには、この空間は酷く向いていない。むしろ、本能を爆発させるのに最適な空間だ。
俺は深く考えるのやめ、とりあえず、良い感じのセリフを言っておくことにした。
「あの状況だし、俺がフィギュアを壊したって勘違いしたのは無理ないよ。だけど、謝ってくれてありがとう。服は……あれは事故だ。お前にケガがなくて良かったよ。痛いところとか無かったんだよな?」
「う、うん。平気」
「そうか」
我ながらこのピンク空間でよくぞすらすら出たと称賛したいイケメンなセリフ。
しかし、この追い風に乗ってさらにペラペラ喋れば確実に失敗する。この空間は、下半身を活性化させ、脳をダメにしていると俺は分かっているのだ。
それからロロティレッタはまた沈黙し、俺も煩悩と戦う作業に戻るのだった。
『こんなエロい格好してんだからコイツは俺を誘っているはず』という悪魔の囁きと、『誘っている女の子に恥をかかせてはいけません』という天使の力説が脳内で飛び交う。
太もも剥き出しショートパンツとおっぱいくっきりノースリーブってお前……ちくしょう、ちくしょう!
読んでくださりありがとうございます。