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1-35 捕縛師訓練 3

よろしくお願いします。


「来たか」


 男子トイレの横の壁に寄りかかり、そう声を掛けてきたのはガリオン教官だった。

 今の俺は不始末すぎる不始末をやらかした後なわけで。

 俺は、強面のオッサンの便所前待機を全身から血の気が引く思いで見た。


 しかし、ガリオン教官は怒るでもなく、俺に紙袋を一つ渡してきた。


「コイツを穿け。その様子じゃ持ってないんだろ?」


 はて、と思いつつ受け取った紙袋の中には一枚の布切れ。


「紳士の下着だ」


「しんしのしたぎ」


「うむ。それを穿いておけば、決して他者からは悟られない。さらにロッテと密着しても大丈夫だ」


「なん……ですって?」


 俺は驚愕した。

 そんな凄いアイテムがあったのかよ! まさに紳士の必需品!


「急な事だったからな。悪いがそれは俺のだ。ちゃんと洗ってあるから安心しろ」


「は、はい。ありがとうございます。かならず洗って返します」


 家族ならいざ知らず、赤の他人の下着を着用することになるとは。なんでこうなった。

 しかし、背に腹は代えられない。


 胸に紙袋を抱く俺の肩をガリオン教官がポンと叩く。


「男なら誰しも通る道だ。気にするな」


 ガリオン教官はそう言って去って行った。

 スキンヘッドの横に手を添え、振り向かないままピッと二本立てた指を振る。

 その後ろ姿に、俺は深々と頭を下げた。


 でかい。

 俺は遠ざかっていくその背中を見て思った。実際にでかいし。




 トイレから帰ってきた俺は自信に満ち溢れていた。

 圧倒的無敵感。

 今ならいつぞやのゲームのショタキャラみたいに、ロロに猛烈乳首タップをされても大丈夫だ。


「お、お待たせ」


 ロロもおトイレから帰ってきた。

 抱きしめられたのがよほど恥ずかしかったのか、未だ顔は赤く、俺を上目遣いでチラ見する目は少し潤んでいる。顔が心なし艶やかに見えるのは、俺の心的要因だろうか。


「れ、練習……続ける?」


 ロロが言う。

 答えはもちろん。


「続ける!」


 がっついた。

 紳士の下着を着用しているせいで心が緩んでいる。もっと紳士的に行け。


 アクシデントにより中断したイチャラブタイムが再開される。

 しかし、今の俺は凄く余裕がある。なにせ、現在進行形でヤバい事になっているのに、ガリオン教官の言っていた通り、見た目も触感もいつも通りな感じなのだ。

 すげぇ、すげぇぜ紳士の下着! 絶対に買おう。ロロとの生活では本当に必需品だ。


「じゃ、じゃあ、どうぞ」


 ロロが後ろを向く。


「ちゃ、ちゃんと真面目に練習するのよ?」


 むっ、真面目ぶりやがった。

 まあ、確かにその通りではあるけど。ガリオン教官も、俺が練習に支障をきたさないようにパンツを貸してくれたはずだ。ドキドキは凄いけど、ちゃんとやらなくてはな。


「じゃあ、いくよ?」


「う、うん」


 腕を胸の前で畳んだロロの身体を片腕で抱く。

 無敵モードなのでさっきよりも身体を密着させてみる。圧倒的な柔らかさが俺の身体前半分に熱と共に襲いかかった。

 俺は捕縛師とかいうよく分からん戦闘職を勧めてくれたガリオン教官に心からお礼が言いたくなった。


「まずは左に移動するからね」


「わ、分かった。コウヤ、あ、あのね。私、初めてだから優しくしてね?」


「……」


 この子は俺を暴走させたいのかな?

 俯き加減でロロが口にしたセリフに俺の脳がクラッと揺さぶられる。

 ああ、優しくするよ、とか言いながら後ろ髪にキスしたい。それが可能な距離にそれはあるのだし。


 いや、いやいやいや。

 ガリオン教官がどこで見ているか分からん。事実、パンツくれたし。


 俺は頭を振って煩悩を遠ざけ、練習に集中した。


 まず、俺は鎖を左の土柱に絡める。

 そして、鎖を伝って……移動!


「おぼぉっ!」


 ガッチガチに身体を強張らせていたロロは、腕に回された俺の腕を支点にして身体をくの字に曲げ、俺と一緒に移動した。

 その様はまるで幼女に振り回される人形のよう。


「あーわわわわ、ごごごごめん!?」


「うっくぅ……」


 移動した先でロロは両膝をついて、えづく。

 ゲロまで吐かなかったが、涎がダラダラと地面を濡らす。


「ロロ、ごめん! ごめんな!」


 慌てて謝る俺をロロは涙目でキッと睨みつけてきた。

 涎で唇がてかてか。


「初めてなんだから優しくしてって言ったのになんで激しくするのよ! ばかばかばかぁ!」


 ぽかぁ!

 ガチで怒った声色と共に鉄槌が俺の太ももに突き刺さる。


「本当にごめん! お腹痛くないか!?」


 眉間に皺を寄せたロロは、唇をギュッと噛んだ後に、はぁっとため息を吐く。


「大丈夫よ。次からはちゃんと優しくしてよね」


 許してくれた!

 俺は心底安堵して、わかったと頷く。


 テイク2……いや、暴発事件を入れればテイク3。


「俺、思うんだ。きっと、この体勢が悪い」


 プンプン怒った素振りなロロの後ろ姿に、俺は語り掛ける。


「じゃあ他にどうすんのよ」


 半身を翻してロロが問う。


「後ろ向きが悪い。前向きにしよう。それでお前もちゃんと俺に掴まってくれ」


「ま、前からするの……っ!?」


 ロロは半身を前に戻し、しばし身体を強張らせると。


「そ、そうね。今後ろからしたから、今度は前からね」


 俺の頭がおかしいのかなぁ。

 どうにもロロのセリフがエロく聞こえるんだ。


「そそそ、それじゃあ、はい。れ、練習だから! ねっ!?」


 本当は嫌なんだからね、とばかりに横斜め上を見て目を瞑るロロ。

 い、いただきますっ!


 俺はロロを抱きしめた。

 ロロも俺の腰と背中に腕を回す。

 俺とロロはほとんど身長が変わらないので、お互いが顔を交差させる。それはもはや完全密着である。


 後ろから抱きしめた感想は極上だった。

 しかし、前から抱き合うのはそれ以上の幸福感が心に広がっていくのが分かる。

 ぬっくぬくでやっわやわで。場所によってはロングコートの金具がもどかしさを増長させ。そうかと思えばロロの長い髪が擽る様に俺の手をさらりさらりと撫でて。


「は、ははっ、なんだろうね、これ」


「っっっ」


 俺の上擦った声に、ロロはギュッと腕に力を込めて答える。

 うわっ……うわっ!?

 俺もギュッとロロを抱きしめた。


「ろ、ロロ、俺は……っ」


 ガチャッ。


 沸騰した気持ちが口を吐きそうになったその時。

 俺の視線の先のドアが開き、でかい筋肉が現れた。

 でかい筋肉は、自らのスキンヘッドをペシッと叩き、ごめんねっとばかりに手を振る。

 そうして、そっとフェードアウト。


 俺は一気に冷静になった。


「練習しようか?」


「う、うん!」


 俺の言葉に、ロロの腕の圧が弱まる。


「じゃあ今度はお前もギュッて掴まっててね?」


「あ、アンタも今度は優しくしてね? お願いよ?」


「うん、優しくする優しくする」


 改めて腕に力がこもった事を身体で確認し、いざテイク3。


 さっきはぶっちゃけ頭が蕩けすぎて力の制御が出来なかった。

 優しくしてと言われたのに、激しくしてロロに無理をさせてしまった。

 ……変だな、卑猥に聞こえるぞ?


 とにかく、前回の失敗を反省し、優しくやろう。

 もう俺だって初めてじゃないのだから。


「右前方……ロロにとっては左後ろに移動するからね」


「うん」


 鎖を張り、行くよ、と声を掛けて移動する。

 すすぅと自転車が移動する程度の速度で移動。

 移動を開始した瞬間、怖かったのかロロの腕に力が籠る。


 しかし、テイク3も失敗に終わる。

 ロロのカカトがガリガリと地面を削ったのだ。


「スピードが遅いと足を削っちゃうな」


「うん」


 お姫様抱っこならそうならないんだけど、お姫様抱っこだと今度は両手が塞がって鎖が出せない。

 うーむ、どうすれば。


 ロロに前から首に手を回してもらい、さらにカカトを引きずらないように腰に足を絡めてもらうか?

 そうすれば安定感抜群だ。


 だいしゅきホールドじゃねえか……っ! 


 さすがにそれは不味いだろう。

 いや、今更か?

 う、うーむ……


 要はこの訓練はロロをスピードに慣れさせる訓練なのだ。

 高速移動に慣れれば、身体の預け方とか分かるだろう。


「ロロ、おんぶしよう。それでスピードに慣れよう」


「わ、分かった」


 というわけでおんぶ作戦。


「俺は両手を使いたいから、お前はがっちり掴まってね?」


「分かったわ」


 前から抱き合ってしまったので、それに数段劣るおんぶではロロももう恥ずかしがらない模様。

 俺の腹部にロロの長い脚ががっちり挟み込み、首に腕が巻かれる。


 ……数段劣る?

 いや、そんなことは全然ない。

 これは完全に別の物だ。同じカテゴリーでは計れない。


 首筋を燃やすような吐息。

 背中に押し付けられるおっぱいの感触。

 いつもはロングコートでチラ見せしている太ももが脇腹をむにゅッと挟み込む圧迫感。


 無敵って素晴らしい。


 スンスン。


「確かにホッとするかも」


「え、ホッとするの?」


 この体勢でホッとしちゃうの?

 こっち隠蔽されてるけど内部ではギンギンだからね。なんならパンツを買い直さないとさすがにダメかもって事態になりかねない勢いだから。17歳だもん。

 それなのに女子はホッとするという、これ如何に。


 ロロが耳元で説明し始めた。綺麗な声色に背筋がぞわぞわして、涎が出そうになる。


「あーうん。あのね、アンタの使ってるお日様生活ってシャンプー。あれの売りがホッとする香りなんだって。確かにホッとする匂いかも。スンスン」


「あの、あまり嗅がないでくれる? 凄く恥ずかしいんだけど」


「良いじゃないちょっとくらい」


「じゃあ、お前の匂いも嗅いでいいの?」


「は、ダメに決まってるでしょ? バカなの死ぬの?」


「移動しまーす」


 匂いを嗅がれるとか無性に恥ずかしいので、俺は練習を再開して打ち切らせた。


 テイク4は問題なくクリア。

 おんぶなのでロロの負担は凄く少ないし、当然カカトを引きずる事もない。


「おー、あははははっ! 良いわね、これ、速い速い!」


 耳元でロロが無邪気に笑う。

 さっきまでの色っぽい雰囲気はなりを潜め、俺もその声に楽しくなってくる。


 右へ左へ、鎖を放出しては移動していく。

 ロロの絡める足が疲れたら、少し休憩してまた再開。


 最終的には俺の出せる最高速度までロロは慣れることが出来た。


「じゃあ、狼に追いかけてもらうから、ロロは攻撃してね」


「おー、シューティングね!」


「そうとも言うかも。狼先生、お願いします!」


 俺の命令に、狼が動き出す。

 狼は素早い動きで距離を詰め、俺達に襲いかかる。


 牙が届くよりも先に、すでに張っていた鎖を頼りに高速移動。

 柱に着いたら、ロロが魔法を連打。ビットオーブは使わないようだ。たぶん、スピーディな状況ではまだ使えないのだろう。


 狼は魔法攻撃にひるまず、再び駆け寄ってくる。

 俺はそれを同じように回避し、ロロも柱に着くたびに魔法を使う。


 そんな訓練を1時間ほど続け、前向きリベンジをすることにした。


 リベンジは中々どうして上手くいった。

 バイクの二人乗りは、後ろに乗った奴が操縦者を信頼し、一緒に体重移動するのがコツ、なんて話を聞いた事がある。

 それと同じで、ロロは運転者である俺を信用するということを覚えたようで、高速移動する最中、俺の身体をしっかりと抱きしめ、その上で足を空中に投げ出すという行動を取り始めたのだ。


 俺もロロに負担を掛けないように、左右へいきなり移動するのではなく、前方に移動するようにした。左に移動する時もまずは左を向いて前方へ移動する感じだ。思い返してみればガリオン教官もそうやって移動していたように思える。


 これによりカカトを引きずる事もなくなり、かなりのコンビネーションプレイを完成させることが出来たのだった。


「おお、上手く出来るようになったな!」


 そう言ってやってきたのはガリオン教官。

 思えば見本を見せてくれただけで放置されていたな、俺達。


「それだけできればとりあえず、移動術は良いだろう。あとは、お互いのレベルが上がり、筋力を上げればもっと無茶な事も出来るはずだ。ちょっと見てろよ」


 ガリオン教官はそう言うと、土柱に向く。

 そして、俺達でも見える速度で高速移動する。

 俺達がやっているのと変わらない、と思いきや、柱の上の方へ鎖を放出し、地面すれすれの移動ではなく上方での移動を始める。

 さらに、一か所に鎖を放って加速したと思ったら、すぐさまその鎖を消して別の柱に鎖を飛ばし、立体起動を描き始める。

 恐ろしくでかい男が、まるで羽が生えたように空を飛ぶ奇妙な光景がそこにあった。

 最終的に柱の天辺にベ○立ちして終幕。


 俺とロロは二人して夢中で拍手した。

 そんな俺達の下へストンと軽やかに着地する様は筋肉の天使が降ってきたよう。


「とまあ、鎖移動は色々なことが出来る。二人だと当然難易度は高くなるが、レベルとトレーニングで割とどうにかなるもんだ。ロッテは振り落とされないだけの筋肉を、まあ余裕があった方が良いな」


「は、はい!」


「コウヤは片手でもロッテを落とさない、いいや、逃げた先で魔法を使うロッテに無理をさせないような強い筋肉を養え」


「頑張ります!」


「うむ。ロッテの魔法攻撃については、特段言うことはない。義務冒険者になったばかりの子供としては非常に優秀だ」


「むふぅ!」


 褒められたロロは、ドヤァと報告するように俺を見てきた。

 聞いてたから。


「しかし、お前は状況判断力が足りていない。それがクエストの失敗に繋がりかねないから注意しろ」


「ひぅうう、はい……」


 ドヤ顔娘終了。


「だが、お前には相棒が居るからな。その穴を埋めてくれるだろう。とはいえ、少しずつ自分でもちゃんとした判断を下せるようになれ」


「あぅ、分かりました」


 自身の穴を埋めてくれる相棒が褒められたと見るや、ロロは相棒の脇腹をこそっと抓ってきた。皮は痛いんだよなぁ。


「それじゃあ今日の訓練は終わりだ。移動術に関しては、お前らの戦術の肝になるからな。ちゃんと訓練を続けろよ?」


「「はい!」」


 というわけで今日の訓練は終わったのだった。

読んでくださりありがとうございます。

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