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1-1 嵐の中で

 よろしくお願いします。

 あんな風に、さようならーとか気持ちの良い素敵な別れを告げたのだから、その後にはゲームならタイトルと共にOPソングが挿入されるような、異世界情緒溢れる光景が俺を迎え入れてくれると思っていた。

 例えばそう、丘の上から一望できる城壁に囲まれた煉瓦屋根がひしめき合うノスタルジックな城下町とその中央に聳え立つ王城。そんなロマン溢れる壮大な光景がさ、網膜にこう、ズドンと。


 しかし、現実は。


「なっ!?」


「ひゃぁああああああああ!?」


 視界情報が一瞬にして様変わりした経験などない俺は、次の瞬間身体に襲いかかってきた強い力に押されて、チンピラに突き飛ばされた町娘みたいに横倒しで倒れた。

 その時になって初めて、俺は大暴風雨の中に送り出されたのだと理解した。


 鈍い灰色に染まった世界で、雨は機関銃のように下界の全てを殴りつけ、風はあらゆるものを吹き飛ばさんと荒れ狂う。

 俺達が降り立った場所は、最悪な天候だった。


 ら、らめぇ! そんな強くしたらヤシの木さん抜けちゃうよぉおお!


 地面に倒れこんだ体勢のままヤシの木が乱暴される様を見つめる俺はしばし現実逃避に走るが、すぐ近くから聞こえる悲鳴にハッと我に返った。

 見れば、2メートルも離れていない場所で、座り込んだロロティレッタがパニック状態に陥っていた。襲い来る雨を払いのけるように手を必死になって振っている。こっちはこっちで冗談じゃなくらめぇだった。


 そんな彼女の背景に明かりが灯る何かがあることに気づく。

 視界にノイズを走らせたような豪雨の中で目を凝らしてみれば、それが看板であることに気づいた。


 俺はすぐさま立ち上がり制服を脱ぐと、彼女の頭からそれを被せた。

 ずぶ濡れな制服だが雨を遮断する程度には役立つだろう。


「やぁあああああああ!」


「大丈夫だ! 大丈夫だから落ち着け!」


 雨から守るつもりだったのだが、制服を被せたことで驚かせてしまったようで逆にパニックが深まる。

 そんなロロティレッタの二の腕を被せた制服ごと掴んで、俺は大声で呼びかけた。

 二度、三度と声を掛けると彼女は我を取り戻し、手をばたつかせるのを止めた。しかし、制服から覗かせる瞳は、ありありと恐怖の色が滲んでいた。


 やや過呼吸気味ではあるが、それを治すより、とにかく明かりの元へ行く方が優先だ。

 俺は、あっちだ、と大声で叫ぶと共に方向を指で示す。大声じゃないと聞こえないのだ。

 ロロティレッタは俺の意図を把握し、ひうひう言いながら必死な様子でコクコクと頷いてみせた。


 ところが腰を上げようとしたロロティレッタはすぐさま転んでしまった。どうやら腰が抜けているようだ。

 そして、転んだ拍子に俺の制服が暴風に攫われる。


 マジかよ。物を貸して20秒もしない内に紛失とか中々ないぜ?

 ルーラさんを信じるならここは異世界である以上、あれは日本の思い出の品なのだが……


「気にするな! ほら、頑張れ!」


 しかし、制服一枚で好感度マイナスの美少女に罪悪感を与えられるなら安いものだ。

 俺は瞬時に計算し、ロロティレッタを支えながら立ち上がる。


「あ、あ……」


 ロロティレッタが飛んでいった制服と俺の間で視線を動かして何事か呻くが、暴風雨が強すぎてマジで聞こえない。

 俺はそれに対して、大丈夫だから、怖くないから、と励ます。


 明かりを灯す看板までそう遠くなかった。

 距離にすれば5メートル程度。そのわずかな距離を、俺とロロティレッタは息も絶え絶えで辿り着く。

 近づいてみると、看板は切り立った岩壁に埋め込まれていた。


『ウェルク・東ルート 1番宿泊所6名用 一泊15000テス 宿泊可』


 看板には見知らぬ文字でそう書かれていた。

 見知らぬ文字なのに難なく読めるのは、きっとルーラさんのおかげだろう。

 看板から少し視線を横へ向ければ、薄明りを灯す洞窟が口を開けていた。

 どうやら、この洞窟が宿泊所のようである。

 宿泊の注意事項みたいな文言が小さな文字でたくさん書かれているが、それを読んでる暇などない。


 俺はロロティレッタの肩を抱き、宿泊所に向けて歩を進める。

 字面だけ見れば如何わしいネオンが光る街でのワンシーンのようだが、実際には豪雨の中、恐慌状態でふらふらな女子をどうにかして安全な場所へ誘導しようとしているだけだ。俺は真剣そのものだった。もちろん他意はない。ないったらない。


 しかし、いざ洞窟に入ろうとしたのだが、ここで緊急事態。

 中に入れない。

 見えない壁が洞窟と外の境界に張られているのだ。


「なにこれバリア!? 冗談だろ!?」


 超文明ぇ……っ! そういうワクテカ技術はもうちょっと余裕がある時に出せや!

 安堵した分、入れないと分かると先ほどより強い焦りが襲ってきた。

 すると、愕然とする俺の腕からロロティレッタが抜け出し、どこからともなく取り出したカードを見えない壁に押し付けた。


「に、認証! 決済!」


 そう叫んだロロティレッタは、次の瞬間、支えを失ったように洞窟内部へ倒れ込む。

 事実、支えであった見えない壁が消えたのだろう。


 そうか、料金を払わないと内部に入れないのか。

 ということはテスというのは通貨単位? いや、考えるのは後だ。


 俺も急いで洞窟の中に入……れないよ!? ぇえええええ!?


「ちょ、もしかして一人価格で15000円!? いや円じゃないけどさ! い、入れてぇ! 俺も中に入れてぇ!」


 つい癖で日本の通貨単位が飛び出て、一人ツッコミ。俺は混乱していた。


 しかし、次の瞬間、俺の見ていた景色がほんのわずかズレた。

 と同時に、身体を打っていた雨の弾丸がピタリと止む。


「なっ!?」


 気づけば俺は洞窟内部に立っていた。

 見えない壁を叩いていた腕が空を切り、俺は目を白黒させた。


「何が起こったんだ?」


 キョロキョロと周りを見回す。


 見えない壁に隔たれた内外の変化の落差は凄まじかった。

 見えない壁は豪雨の侵入を許さず、咆哮染みた暴風の音も随分静かに聞こえる。


 床ではロロティレッタが腕をプルプルさせながら起き上がり、壁を背にしてもたれ掛かるところだった。

 そんな彼女を見て、俺は今の現象が何だったのか思い当たる。


 魂の双子は、5メートル以上離れられない。

 また、壁に隔たれるのもダメ。

 これらの決まりが破られた時、魂の双子は強制転移を起こしてしまう。


 つまり、俺とロロティレッタが見えない壁に隔たれたから、俺は見えない壁の内部へ転移したわけだ。

 転移する方は特定条件を満たさない限りランダムとも言っていたし、運が良かった。この豪雨の中、へろへろなロロティレッタが何度も豪雨の中に転移して来たら、それはもうギャグの領域だった。


 何はともあれ。

 俺はドッと息を吐いて、その場に座り込む。

 ずぶ濡れの服から流れる水が瞬く間にお尻周辺の床の色を変えた。


 もう何もしたくないほど安堵しちゃっているが、しかし、状況がそれを許さない。

 俺は冷えた体に喝を入れた。


 さて、まずは何を置いてもロロティレッタだ。

 コイツとは長い付き合いになるのが確定しているのだから、要所要所でポイント稼ぎをしておかなくてはならない。


 努力を怠った結果、結婚したロロティレッタの幸せな家庭に、赤の他人な俺が交わる歪な共同生活が始まってしまったら……っ。

 だからこそ、俺は勇気を振り絞ってこのとんでもない美女に立ち向かわなくてはならないのだ! クラスの女子から会話を振られてもろくな返事が出来なかった過去の俺とは今日でお別れするんだ!


「大丈夫か? ケガとか、痛いところとかないか?」


 見てください。自分も酷い目にあったのに、真っ先に他者を労わるこのイケメン精神。

 ただ、雨水を弾いて球を作るロロティレッタの白い太ももをチラチラ見ているのはご愛敬だ。お前の太ももがエロいのが悪い。こんなにびしょびしょに濡らしやがって!


「ひっく、ひっく!」


 ロロティレッタは鼻を啜りながら袖で目を擦り、首を左右に振る。

 やや冷たい雰囲気の顔立ちで黒いコートを羽織っているものだから、秘密組織のナンバー3とかやってそうな印象を受ける彼女だが、内面は普通の女の子のそれである。ギャップが酷い。

 とはいえ、彼女がこうやって目を擦っているからこそ俺は太ももをチラ見できているんだけどね。ありがてぇありがてぇ。


 それにしても、出会ってからこれまで、コイツは泣いてばかりだな。

 まあ、無理もないと思うけど。


 訳もわからず変な場所で目覚め、変な猫と変な男に寝顔を見られており、気づけば大切なフィギュアが壊れていて、それにキレたら変な男に馬乗りになられて脅されて、その変な男が実は自分の人生に深く関わる魂の双子で、極めつけはこの暴風雨。

 うん、通常営業する暇とかねえな。ロロちゃんフルボッコの巻。彼女にとっては相当に最悪な一日であろう。


 しかし、その最悪な一日を、後々振り返れば最高の一日だったと思わせることはできるはず。それは俺の手腕に掛かっている。へへっ、どうしていいかさっぱりわからねえぜ!

 

「ひっく、うぐぅっく」


 さ、さて……

 とりあえず、すぐさま気遣いを見せた初手は間違っていなかったはず。

 しかし、続く二手目が分からない。


 元気づけようと冗談をぶち込むのがダメだと言うのは、小学校時代に何回か女の子を泣かせた経験から知っている。こっちは泣いてんのよ死ねよカス、みたいな顔をされるだけだ。挙句の果てには学級会で吊るし上げを喰らうという。


「ぐずぅうっく!」


 ぬ、ぬぅ、女の子泣き声がBGMだから、なにかしなくちゃと心が凄く急かされる。


 くそっ、どうする?

 じっちゃん、俺はどうしたらいい?

 俺は半年前に亡くなった祖父に心の小宇宙で問いかける。


 そんな俺の脳裏に、じっちゃんとの思い出がフラッシュバックした。


 ……そうだ。

 俺にはあの技術があったじゃないか。


 だ、だが、俺にやれるのか。

 いつからか女子と話す際にキョドキョドしちゃうようになったこの俺に、そんな大胆な事が出来るのかっ!?


 ……いや、だからこそだ。

 ここで古い皮を脱ぎ捨てられなきゃ新たな生活でもきっと同じままだ。


 今この時こそが分水嶺!

 ありったけの勇気を振り絞れ!

 色々疲弊している女子の心の隙につけこむんだ!


 俺は目を擦るロロティレッタの腕をそっと掴んだ。

 濡れそぼった彼女の顔が驚きを現わにする。

 驚かれちゃっているが、もはや賽は投げられたのだ、止まらない止められない。

 俺は彼女が驚きから拒絶へモーション変更する前に口を開いた。


「あんまり目を擦ったらダメだよ」


 あわあわする内心を隠し、俺は落ち着いた音色のイケメンボイスでロロティレッタの鼓膜を擽る。

 そして、俺はそのまま彼女の手を取り、大真面目な顔でムニムニと手をマッサージし始めた。


 そう、特に文武に優れた俺ではなかったが、ことこのマッサージって奴には自信があった。


 7歳で両親を亡くした俺は、引き取ってくれたじっちゃんに何か恩返しをしたいと思い、10歳の頃、整体院へ乗り込んだ。


 ―――育ててくれたおじいちゃんを上手にマッサージしてあげたいんです、やり方を教えてください。


 整体院のシステムとか何も知らないガキンチョがお小遣いを握りしめて来院した理由に、整体師のオッチャンはそりゃもう号泣した。

 それからオッチャンは2か月くらいかけて、小学校から帰った俺にマッサージの仕方を教えてくれた。

 もちろん治療目的の整体をガキンチョに教えるほど無責任なオッチャンではなかったので、あくまでリラクゼーション目的のマッサージの仕方だ。

 そういうわけで、本職には敵わないまでも、同年代と比べれば相当に上手くできると俺は自負しているわけである。


 さて、今日会ったばかりの男子にいきなり手をサスサスモミモミされたロロティレッタの反応は……

 逃げるなよ、逃げるなよぉ……せ、セフセフッ!


 拒絶される可能性が非常に高い賭けだったが、どうやらロロティレッタは相当に弱っているようで、俺の手を振りほどく元気すらないようだった。いや、ただ単に突然の事で反応できないだけかもしれないな。


「ひっくぐずぅ! な、なんでいきなり手を、ひっく、揉むの?」


 ようやっと状況に脳が追い付いたのか、ロロティレッタは少し手を強張らせた。


「落ち着くからだよ」


 俺は視線を手のひら一点に向けて、当然の法則であるかのように言う。


 実際、手当て、という言葉があるように手を当てる行為は大昔から沈痛効果や鎮静効果がある。

 ただ、手を当てる人との関係も重要なファクターだろう。

 嫌いな奴に手を当てられてもマジキモイってなるのが普通。そして、俺は彼女にとって嫌いな人間に分類されている可能性が極めて高い。イコールすると現状で彼女はキモイと思っている可能性が極めて高いわけで……は、早まったか?


 彼女の脳が状況に追いついた今、俺はいつ手を引っ込められて罵詈雑言を浴びせられるか冷や冷やだった。


「ひっく……ひっく……」


 しかし、どんな奇跡が起こったのか言葉の刃は飛んでこない。洞窟内にはロロティレッタの鼻を啜る音ばかりが響き続ける。

 ろくにリスクも考えずにぶち込んだ施術であったが、どうやら良い感じの選択だったようだ。ギャルゲーなら背景にハートが飛んでいるかもしれないぞ。


 それにしても。

 なんだろうか、この揉み心地。


「落ち着いたか? ほら、逆の手も少し揉んでやるよ」


 上から目線で言う俺だが、内心では料金を払ってでも揉みたかった。

 俺の申し出にロロティレッタは逡巡したような反応をみせたが、俺が反対の手の方へ身体を移動させると、おずおずと手を出してきた。わーい!


 クールな仮面の下で大はしゃぎな俺は、しかしてジッとこちらを見る視線の気配を敏感に感じ取っていた。

 それは友人の家に遊びに行った際、友人の歳の離れた小さな妹さんが俺や他の友人に向けていた視線に酷似していた。コイツは優しい人か、怖い人か。そんな風に観察する目だ。


 フィギュアを壊して、挙句の果てに馬乗りになって脅してくる凶悪な人間なのか。

 それとも、それらは誤解で、本当は良い奴なのか。

 あるいは、危機的状況で頼っても大丈夫な性根の持ち主なのか考えているのかもしれない。


 もちろん、俺に読心術の心得などないのでこれらはあくまで予想だが。

『キモ男に手を揉まれてるわー引くわー、私オワタWWW』とか思われている可能性だって多いにあり得る。


 何にしても、すげぇ見られてる。

 これにより、俺は美少女の手をムニムニしながらニヤケる事も、視界の隅でコートの陰に隠れて艶めかしく動くほっそりした太ももをチラ見することも出来なくなった。

 見たい。ガン見したい。さらに言えば太もももマッサージしたい。いや、直球で言えばエロいことをしたい!

 思春期の心に潜むエロの蟲が欲望スイッチの周りでうぞうぞと動き回る。やめろ、それを押しちゃダメだ!

 俺はひっそり下唇の裏を強く噛んで色々と耐える。


 そんな俺の葛藤など知りもしないであろうロロティレッタは、コートの内側に空いている方の手を突っ込み、何やらごそごそと始めた。

 そして、そこからふかふかのタオルを取り出て、顔を拭き始めた。


「え」


 俺は信じていた神に裏切られた心境だった。

 彼女の上に馬乗りになった際に、俺の股関節にちょっと当たったあの胸の感触。アレは偽りだったのだ。なんという詐欺。


 だが、これから生涯を通じて深く関わりを持つことになる女の子だ。お前はタオルを胸の嵩増しに使っているのか、なんて口が裂けても言えない。

 むしろ、ここは彼女が貧乳にコンプレックスを抱いており、しかしながら胸パットを買うのが恥ずかしいのだと、早期に知れたことに感謝するべきだろう。


 それに俺は胸も好きだが、それ以上に太ももの方が好きだ。ロロティレッタの小ぶりなお尻とほっそりとした太ももは、個人的に極めてドストライク。この際、貧乳でも構わない。無論、おっぱいだって好きなので大きいに越したことはなかったんだけどな……っ。

 俺は真剣な顔で手をムニムニ揉みながら妥協した。


 手を摩って温めたり、ツボを軽く押したりするだけのマッサージは、そう長い時間必要ではなかった。

 名残惜しいが俺は、終わり、と言って手を離す。


 そして、ロロティレッタの顔を見た。

 運動終わりの女子がするみたいにタオルで口元を隠した彼女と視線がぶつかる。

 薄明りの中、まるで星を散りばめたように水滴が煌めく美少女と間近で視線が交わった事に心臓が跳ねるが、俺ばかりドキドキするのは悔しい。俺は平静な素振りをした。


「こ、ここは宿泊所らしいし、ここに居ないで奥まで入ろう」


「うん……」


 俺は先に立ち上がり、ロロティレッタを促す。

 彼女も壁を使ってよろよろと立ち上がって、それに続いた。

 本当のイケメンならここでさらりと腰でも支えて上げられるのだろうか? 女性との距離感が全然分からない俺は、胴体部分へのタッチには踏み出せなかった。




 さて、泣いていたロロティレッタにまず真っ先に対応した俺は、その優先順位が示した通り、現状に対してあまり危機感を抱いていなかった。

 それは、導きの群島なんて名称の場所にいる猫ちゃんが、まさか生存が危ぶまれる場所に送り出すとは思えなかったからだ。

 そりゃ最初はアホみたいな暴風雨にビックリしたが、こんな宿泊所の目の前を選んで送り出したという事は、つまり、そういう事なのだろう。


 ―――これはルーラさんのお膳立てだ。


 きっと俺とロロティレッタの仲の悪さを見かねて、こういうシチュエーションにぶち込んだのだと俺は推測した。そうじゃなければ、普通に街中に送り出してくれるはずだし。

 となれば、俺は今のシチュエーションを十全に活かすべきだ。他に頼る存在が居ない現状こそが、ロロティレッタの気を惹く最大のチャンスなのだから。


 グチャグチャと服や靴を鳴らしながら洞窟の奥に進む。それにつれて温かな光が強くなる。

 少しだけ湾曲した道を過ぎると、そこには洞窟をくり抜いて出来た広いリビングのような部屋があった。


 一枚の木で作られた六人掛けのテーブルと、丸太の椅子。

 壁の一面には大きな世界地図と地方地図が飾られている。

 置かれているオブジェは、絵のない額縁、模様の入ったキューブなど、用途が分からない物がいくつかある。異世界特有の物に強く興味を引かれたが、それを調べるのは後回しだ。


 リビングからは、キッチン、トイレ、6つの寝室へと続く通路、二階に上がる階段へ行けた。

 基本的に5メートル以上離れられない魂の双子である俺達は、それらを一緒になって一つ一つ確認していく。


 あとは二階部分だけだ。

 俺達は、べちゃべちゃと音を鳴らして階段を上り、それを発見した。


「お風呂だ」


 どこかホッとしたような声でロロティレッタが呟いた。

 厳密には風呂に続く脱衣所なのだが、まあ風呂の一部だな。

 脱衣所は広く、5、6人程度が同時に入れる風呂の規模だと分かる。


 ロロティレッタは脱衣所に入ると、一直線に風呂へ向かった。

 脱衣所と風呂の間には、人が一人余裕を持って入れる程度の円柱状の空間があった。その位置の都合、ドアが前後に二つある。

 何の部屋かは謎だ。タッチパネルがついているが、サウナだろうか?


 謎の小部屋のドアを潜ると、お風呂が登場。

 風呂は岩風呂で、温泉でも引いているのかすでに温かなそうなお湯がなみなみと浴槽を満たしている。

 壁は大きく長方形にくり抜かれており、外が一望できるようになっていた。ここもまた見えない壁があるのか外からの雨が入ってこないようになっているようだ。


 さて、風呂である。

 そして、俺達はずぶ濡れである。このままでは絶対に身体に良くないのは誰が見ても明らか。

 さらに、俺達は5メートル以上離れられないという忌々しい呪いが掛かっている。5メートル以内に居ても壁に遮られてはダメだ。


 やれやれ、これはもう止むを得ないだろう。

 はぁ、仕方がない仕方がない。あんまりこういうのは良くないと思うけどさ。仕方がないよなぁ。


 俺はチラリとロロティレッタを見る。

 俺は察した。

 物語のヒロインみたいに、『こ、これは緊急事態で仕方がない事だから! こっち見たら許さないからね!』なんつって一緒にお風呂に入ってくれる雰囲気じゃない。そう言う目をしている。しゅん。


「こっち来て」


 ロロティレッタはそう言うと、先ほどの円柱形の謎の空間に俺を誘った。

 彼女は俺が入ると、脱衣所と風呂に続く両方のドアを閉めた。半径1メートル半程度の狭い密室に俺達は二人きりだ。

 ふわわわっ、な、何が始まるんだ。俺は自分たちの間に起こったこれまでの出来事などすっぱり忘れて激しく期待した。


 ロロティレッタが壁にあるパネルをぴっぴっと操作した。

 すると、突然、四方八方から、ブォオオオオオと温かい風が体に吹き付けてきた。


 風呂と脱衣所の間にある温風が出る部屋。

 なるほど、これは全身のドライヤーなのか。

 俺は彼女の意図をすぐに理解した。この温風でずぶ濡れの服を着たまま乾かそうとしているわけだ。俺は激しく落胆した。


 ロロティレッタは下唇を噛み、パネルをジッと睨みつけている。

 俺と一緒にこの狭い空間にいるのが嫌みたいな顔だ。

 面倒くさい女である。さっきの手のマッサージで絆されてしまえばいいじゃないか。撫でポって言葉知ってるか? 一緒にお風呂入ろうよ。

 っていうか、さ。


「なあ、もうさ。こんな有様だから服着たまま風呂に入ろうぜ。これって、服を乾かそうとしてるんだろ? それなら一回温まってからの方がいいじゃん」


 そう、別に風呂は裸で入らなければ絶対にダメなわけではないのだ。そりゃ通常時にやるのはダメだろうけど。

 しかし、パンツまでぐちょぐちょなほど濡れている危機的状況の今なら、服を着たまま風呂に入っても何の問題もない。


 俺が言うと、ロロティレッタは、コイツ天才か、みたいな顔を俺に向けてきた。

 ロロティレッタは慌てて顔を逸らすと、つまらなそうに唇を尖らせてこう言った。


「別に良いけど……」


 どうやら、俺が天才なのが気に食わないらしい。

 張り切って仕事を始めた全身ドライヤーが、ヒュオォォンと悲し気に停止する。


 そんなわけで、俺とロロティレッタの混浴が始まった。


 読んでくださりありがとうございます。


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