1-25 強化訓練 1
よろしくお願いします。
今日から強化訓練が始まることとなった。
「はぁ、最近の私、頑張りすぎ」
指定された場所に向かう道すがら、ロロが『今の私、苦労してるわぁ。だけど頑張ってるんだ』みたいな面をしながらそんなことを宣う。
基本的に週休3日制のテフィナでは、地球で言うところの、水、土、日曜日が休みな場合が多い。
この間まで学生だったロロは、2日学校へ行けば1日か2日休みになるスケジュールで生活していたため、ここ最近の活動はロロ的に超頑張っているレベルの苦労度らしい。
特別強化訓練の日程は3日間で、参加者を変えて5回行う。俺達が参加するのは2回目の日程だ。
俺達は昨日、一昨日とクエストに出ていたので、連続5日間休みなしになる。『基本的に』週休3日制なので、時と場合によりこういう事態も起こり得る。
ロロの先ほどの発言は、この辺りからくるのだろう。
一方の俺は、異世界生活が楽しいので今のところ休日は週1で良いのだが、きっとそれはロロが耐えられないだろうから彼女に合わせている。
そんなこんなで指定された場所である『ルシェ冒険者学校』に到着。
冒険者学校は、義務冒険が終わった奴らが通うことになる専門学校の一つだ。
ここを卒業すると、上級冒険者の資格が手に入り、魔境の奥に行けるようになったり、未開世界調査団に参加出来たりするみたい。
強化訓練はこの冒険者学校の一部を借りて行うそうだ。
指定された教室に行くと、30人強の少年少女が集まっていた。
彼らは俺達と同じく、義務冒険が始まったけどクエストが上手くいかない奴らで、みんなのっけからしょんぼりしている。
これから行事に参加するってのに、参加者全員がしょんぼりしてる光景とか中々見ないので、俺は微妙な気持ちになった。
ロロは教室の空気に当てられたのか、不安そうに胸の前で指遊びを始めた。
充実した仕事の日々を送っているキャリアウーマンみたいな表情をしていた女は、もはやどこにもいなかった。
しかし、教室の雰囲気と俺の顔を見比べて黙っている姿は、なかなかどうして保護欲を誘う。
教室は後ろに行くほど高くなる所謂階段教室ってやつで、俺達は後ろから三番目の席に座った。
「ねえねえ、強化訓練ってなにするのかな?」
ロロが不安を紛らわせるように話しかけてきた。
しかし、今の俺は割とそれどころじゃなかった。
隣の席にいる子がめっちゃ気になるのだ。
彼女は、中学生女子を体長50センチくらいの縮めたようなボディをしており、背中には青白い光で構成されたトンボの翅みたいな物をくっつけている。
妖精族である。
ルシェの町でも遠くから見たことは何度かあるけど、近くで見たのは初めてだったので、俺は興味津々だった。
ちょっとここでテフィナに住んでいる種族について説明しよう。
テフィナには、知的生命体がテフィナ人の他に、機人と妖精族とモグブシン族が住んでいる。
機人はテフィナ人がかつて作り上げた奴らだ。彼らの説明はまあ良いだろう。
モグブシン族は、端的に言えばモグラの獣人だ。二足歩行のモグラである。
彼らについては機会があったら説明しよう。
そして、妖精族。
妖精族はテフィナ文明が他の世界に進出した際に仲間になった種族である。
なお、俺みたいな迷い人は、ルーラさんの手によってテフィナ人の身体にされているのでテフィナ人枠だ。遺伝子もテフィナ人だしな。
テフィナが他の世界に進出する際に、一つの条件として、他の人類がいない世界を選択している。
これは他の文明を併合する旨味がテフィナにはないからである。
元々テフィナが他世界に進出した大きな理由が人口増加なので、人口が一気に膨れあがるのは歓迎できない。
さらに、併合したとしても、文化や遺伝子の壁で面倒くさい事態に陥る可能性が高い。
幸いにして、人類が存在しない世界というのは、人類が存在する世界に比べて圧倒的に多くある。
魔獣が強すぎるために、テフィナのように文明が成熟する前に絶滅してしまうからだ。
そういった世界や、そもそも人類が発生してない世界を選んで、テフィナは生存圏を広げているわけである。
そんな他世界の一つで発見されたのが妖精族である。
妖精族の価値観はテフィナ人とよく合い、さらに小さいために食糧や土地の問題も誤差の範囲だったために、例外的に一緒に暮らすことになったみたいだ。
っていうか、何よりも可愛いからなぁ。テフィナ人の保護欲にドストライクだったのだろう。
そんな妖精さんが隣の席に座っている。
感動であった。
「ねえねえ、ねえねえ」
ロロがしきりに俺に声を掛けてくる。
寂しがり屋さんかよ。俺は今忙しいんだよ。
「なに?」
「だーかーら、強化訓練ってなにするのかな?」
はいはい、クソスレクソスレ。
そんなこと知らんがな。むしろ現地人のお前の方が知ってるだろうが。
「知らない」
俺はそう答えて、妖精さんに意識を傾けた。
妖精さんは中学生を50センチくらいに縮小したような体形だ。
しかし、幼児体形とかデフォルメされた人類ってわけではない。ただ普通に女子中学生をそのまま縮小した感じ。
そんなだから、若木を彷彿とさせる肢体は頼りなさがマッハ。
背中には青にも緑色にも見える淡い光を放つトンボみたいな羽が生えている。
オレンジ色の髪の毛はショートカットで、ただし前髪が目を隠すまでに長い。
そんな髪の上には花冠が乗っており、可愛らしさに拍車を掛けている。
服は若草色のこれぞ妖精といったフォルムのものだ。
目が隠れてしまっているが、口や鼻の造りから彼女が大層な美少女さんであることが伺える。
彼女は背が低いので椅子に座るわけにもいかず、机の上にちょこんと座っている。
こんな場所に来ているという事は、彼女もまた義務冒険者であり、かつ落伍者なのだろう。
妖精も義務冒険することを初めて知った。
お喋りしてみたい。
テフィナに来て一二を争うレベルでファンタジーな出会いなので、俺の中でそんな欲求が高まっていく。
隣の席の美少女に話しかけるなんて、2月前の俺だったらまず無理だっただろうけど、今の俺は傾国レベルの美少女と同棲をしているネオ洸也だ。いけるいける。
いざお喋りと口を開こうとした俺だったのだが、さわさわっ、と膝小僧がソフトタッチされた。
ビビクンッと俺の身体が跳ねる。
犯人はロロであった。
寂しがり屋さんかよ!
「何すんだよ」
「え? 何のこと?」
そう答えたロロはいつの間にかゼットでゲームをしているのだが、育成画面でイケメンと戯れる指先に反して、その頬はプクッと膨らんでいる。
クソッ、なんだこの可愛い生物は。
妖精さんは名残惜しいが、俺の中でロロの攻略が最優先事項。
どうちょっかい出そうかと考えていると、ロロのゼットに目がいく。画面はまたもや覗き見防止フィルターが解除されていた。昨夜、俺にゼットを見せた時に忘れたのだろう。
俺はロロのゼットで育成されているイケメンにペッとタッチした。ハートが飛んだ。これじゃあBLじゃんね。
「ちょっと、私のエルガー君に何すんのよ! もう、もう!」
そう言ってロロはまるで消毒とばかりに俺が触った箇所をタッチする。
するとエルガー君が、『やめろよ、触りすぎだ!』とキレた。
どうやら触りすぎると好感度が下がるようだ。嫌なゲームである。
ふわっ!? とロロが目を丸くして驚いたところで、教室に3人の男女が入ってきた。
テフィナ人は見た目で年齢が測りかねるが、完成された大人の雰囲気から恐らくこの強化訓練を担当する人達だろうと察する。教師なのかな、それとも教官か?
「ロロ、始まるみたいだから仕舞え」
「なによその言い方。アンタは私のお姉ちゃんかっての」
ロロはプクッと頬を膨らませてゼットを仕舞うと、俺の太ももにグワシと指を立てた。
そのダイナミックな攻撃が織りなす絶妙な痛気持ちよさに、すぐさま下半身に潜む獣の瞼が開く。落ち着け、今は眠っていろ。俺はジャケットの裾で上手い事隠した。
それにしても、だんだんボディタッチが大胆になっている。
果たして、俺がロロを調教しているのか、ロロが俺を調教しに掛かってきているのか。ま、負けない……っ!
入ってきた男女は、男一人に女二人。
女性の一人が、教卓の前に立った。褐色肌でおっぱいが大きな女性だった。
少し光沢があるボディスーツと各部位を守る装甲を纏った若干エロい恰好の姉ちゃんである。
彼女は俺達を見回して言った。
「ゴホン。これから特別強化訓練を始める。3日の付き合いになるが、私は副教官のサーシアだ。まず始めに出席確認だ、始めてくれ」
どうやら呼び名は教官らしいな。
男っぽい口調のサーシア教官の指示で、しょんぼりクラスメイト達は机の右上にある枠の中に身分証を押し当て始めた。隣ではロロも、妖精さんも同じことをしている。
「身分証をここに当てればいいのか?」
「知らなーい」
ツンッと横を向いてそんな事を抜かしたロロはご機嫌斜めなご様子。
ロロが訳分からんプレイを始めたので、仕方がないから隣の席の妖精さんに尋ねることにした。
「すみません。ちょっと教えて欲しいんですけど、身分証をここに置けばいいんですか?」
どう考えてもそれで正解だろうけど、テフィナに来てからこういう会話のチャンスを俺は見逃さないことにしている。昔の恥ずかしがり屋さんな俺とはおさらばなのだ。
「ふぇ? え、は、はい。そうですよ?」
可愛らしい声で妖精さんが答える。身体が小さいからか少し甲高い声だ。
一般常識レベルだろうことを質問されて、その理由を知らない妖精さんは戸惑った様子だ。
俺はスペシャルイケメンスマイルを添えて、教えてくれてありがとう、と言った。
俺もしょんぼりクラスメイトに遅れて、身分証を枠の中に置く。
すると、枠が緑色に一瞬だけ光った。これでいいらしい。
と、ロロが俺を見ながらあわあわしている姿が目の端に映った。
そちらに目を向けると、頬プクモードで俺の膝をさわさわ、さわさわと擽ってきた。
ちょ、なんだコイツ。昨日に続いて今日もスキンシップが多いんだが。ご褒美強化週間でも始まったのか?
よく分からないがご機嫌斜めの様子なので、俺はその手を捕まえて片手でムニムニし始める。もちろん、サーシア副教官から見えないように机の影に隠してだ。
ロロはそれで機嫌が直ったのか、ぷしゅんと頬を元に戻した。簡単である。
サーシア副教官は手元の端末を見て頷くと、俺達に目を向けた。
「申請通りの人数の出席が確認された。それではこれから説明を始めるぞ」
ふーむ、身分証で出席確認できるのは凄いな。地球でもいずれは学生証とかで同じことが出来るようになるのかな? それともスマホなんかで既に同じようなことをしているかもしれないな。
もう戻ることのない故郷の未来を想像ながら、俺は絶世の美少女の手をムニムニする。幸せ過ぎる。
さて、サーシア副教官の説明が始まった。
「まず、この特別強化訓練に参加することになったという事は、諸君はあまりクエストが上手くいっていないという事だろう」
その言葉に、俺を抜かした全クラスメイトがズンとしょんぼり具合を深くした。
俺?
俺はだってしょうがないじゃない、ねぇ? まあ、言い訳臭いし実際には口に出さないけど。
俺の相棒もしょんぼり具合を深め、まるで甘えるように手の腹をムニムニする俺の親指をきゅっと握ってきた。はわっまたぁ!? 昨日のシュコシュコが脳裏に過る。
俺とクラスメイト達のテンションには物凄い隔たりがあった。
「そう落ち込む必要はない。義務冒険を始めたばかりの子供なんて、あまり差はないのだから。では、差がないのにどうして失敗を続けてしまったのか、それを教えるのがこの特別強化訓練というわけだ」
ふむふむ。
俺はロロが作った手筒の中で指をウニウニ動かしながら、真面目な顔でサーシア副教官の話に耳を傾けた。非常に忙しい俺である。
「さて、次にこのクラスの教官を紹介する。さっきも言ったが私は副教官のサーシアだ。同じく後ろの二人も副教官になる」
男女二人が続いて名乗り、挨拶をした。
挨拶が終わると、サーシア副教官が説明を再開する。
「最後に、教官の紹介だ。教授、お願いします」
サーシア副教官は教室の入り口を見て言った。
教官なのに教授なのか、なんてチラリと思うも、親指を包み込むロロ筒のホカホカ具合にそんな事すぐにどうでも良くなった。お互いの体温でちょっとしっとりしてるんだもの。
しかし、入ってきた人物を見て、一気に現実に引き戻される。
それは俺だけじゃない。しょんぼりしていた訓練生たちの背筋がピンと伸ばされたのだ。
身の丈2メートルはあろう筋骨隆々な肉体を覆うのは、サーシア教官と同じようなぴっちりしたボディスーツと急所を守るプロテクター。エロさは皆無。
彫りの深い顔立ちに納まる双眸は、人を殺せるんじゃないかと思えるレベルで鋭い。
そして、なによりスキンヘッドって……っ!
件の人物は教壇の前に立ち、腕組みをして言った。
「教官のガリオンだ。指導するのはこの中の数人となるが、よろしくな」
そうガリオン教授だった。
やはりテフィナ人的にもあのオッサンは相当にやべえのか、衣擦れの音一つしない。
俺もシュポンとロロ筒から親指を抜き、お膝の上に手を置いて真面目ぶった。
そんな時、唐突に出現したそんな重圧フィールドの中において、自由に動く存在が現れた。
そいつはまるで静寂が求められる場所で友人を見つけたかのように、静かにそれでいて陽気に手を振るった。
今の今まで俺の親指をしっとりホールドしていた手で、あっおっちゃんだ、みたいな感じで。
俺は横に座る勇者を驚愕の眼差しで見た。
というか、俺達より後ろの席の奴らはみんな同じような顔をしてロロを見ていた。それどころか、副教官ですら、え、あの子このオッサン怖くないの、みたいな顔をしている。
一方、ロロの暴挙を見たガリオン教授はニヤリと笑い、腕組みする手を片方解いて軽くロロに合図する。
その動作に、ロロの暴挙を知らない俺達よりも前の席の連中が全員ビクッと肩を揺らした。
「ご、ゴホン。それでは、これからグループ分けをする。このグループは、事前に申告された自己評価等を元にして分けられている」
サーシア副教官が場の空気を戻す様にして説明を再開した。
強化訓練への参加申請書には、クエスト履歴や使用武器、自己評価などを書く必要があった。
それを参照するみたいだな。
「今日のところはこの後発表するグループで行ってもらうが、各教官たちの判断により、明日以降違うグループに行ってもらう場合もあるので留意しておいてほしい。それではグループだが、今から読み上げる者はティーア副教官の班だ」
もう一人の女性副教官が一歩前に出る。
「名前を呼ばれたら、教室から出て行って待っていてくださいねぇ」
ティーア副教官が少しおっとりした口調で言った。
それから訓練生の名前が読み上げられる。
ロロ以外の恐らく全員の心はたぶん一つになっているはず。
すなわち、いずれかの副教官のグループであってくれ、と。
しばらくドキドキしながら名前を聞いていると。
俺はふとおかしなことに気づいた。
特別強化訓練とは何ら関係ないのだが。
ほぼ全員が、名前の最初の文字と苗字の最初の文字が同じなのである。
思い返してみれば、ロロもロロティレッタ・ロマだし、クリスちゃんも本名はクリスティナ・クーファだ。ロロの好きなシャーリーもシャーリー・シャリオンだし。
あれ、だけど、レオニードさんは違うな。レオニード・クーファである。奥さんもステラ・クーファだな。
だけど、ここのメンバーのほぼ全員ってのは偶然にしては多すぎるぞ。もしかして、テフィナには名前のつけ方に法則とか風習があるのだろうか?
しかし、無駄話していられる状況じゃないし、あとでロロに聞いてみよう。
と、そんな事を考えている間に、すっかりクラスメイトは掃け。
残っているのは3人だけとなった。
俺、ロロ、妖精さんである。
一方の指導者側で残っているのは、サーシア副教官とガリオン教授のみ。
そして、サーシア副教官は。
「それでは教授、私は行きます。あとは宜しくお願いします」
「おう、頑張れよ。サーシア」
「はい!」
そう言って教室の外に待っている訓練生の下へ行ってしまった。
というかサーシア副教官が若干メスの顔をしていた件。
「というわけで、俺がお前らを指導するぞ。よろしくな!」
ガリオン教授は俺とロロ、妖精さんを見回して言った。
軽く絶望した。いや、何となく途中から俺達はガリオン教授だろうな、とは予想できていたけど。
と、それまで大人しくしていた妖精さんが机の上でバッと立ち上がった。
すわ、何事だ、と彼女を見ると。
「お、押忍っ! 押忍押忍ぅ! ご指導よろしくお願いしますぅ!」
妖精さんはそんな叫びと共に、身体の前で十字を切った。
これにはさしもの俺も、ガリオンさんの存在を忘れてポカンとしてしまった。
え、この妖精さん体育会系なの?
「うむ。元気があって良いな。それじゃあもうそろそろ良いだろう。俺達も外に出るぞ、ついてこい」
ガリオン教授はそう言って教室の外に出て行った。
妖精さんがその後をピューンと飛んで出ていき、呆然としていた俺はロロに肩を叩かれて再起動する。
「何してんのよ、早く行くわよ」
「あ、ああ、だけど今押忍って……妖精さんが押忍って……」
「何言ってんのよ、そんなの普通じゃない」
「え、ええ?」
な、なんかイメージが違うんだが。
妖精さんって、甘いもの食べてニパァッて笑う可愛い存在じゃないの?
読んでくださりありがとうございます。
ブクマが増えました、ありがとうございます。




