1-24 鬼
よろしくお願いします。
ルシェの街の建物は木の梁にデザイン性を求めたお洒落な雰囲気の建築物で統一されている。
それは冒険者協会も例外ではない。
しかし、冒険者協会の建物はかなり大きく、それにデザイン性が合体すると、一種芸術的な魅力を感じる迫力があった。
そんな建物の門構えは、西部劇に良く出てくる外界との隔離性ほぼなしの両開きの小さなスイングドアだ。
俺の中でこのタイプのスイングドアは、酒気とタバコの煙が蔓延するアンダーグラウンドへの入り口という印象が強かったが、こういった建物に組み込まれているとなかなかどうして洒落乙である。
ちょっと思っていた冒険者の印象とは違うものの、まあ超文明だし、きっとクリーンな組織なのだろう。
レオニードさんは何の躊躇いもなく、スイングドアを開けて中へ入った。
俺は少し緊張しつつ、その後に続く。
「むぎゅぅ! あ、ああああっ!? ふぇ、ちょっ、コウヤ、ちょっと!」
唐突に背後で悲鳴が上がった。
その瞬間、俺の脳内に遠近法を無視したようなクソでかい無法者に荒々しく抱き寄せられるロロの姿が過る。
しまった、めっちゃクリーンな印象の建物だから油断した!
俺は慌てて振り返った。
そして、目を疑う。
「ふ、ふぐぅ……た、助けてぇ」
そこには悪漢などおらず。
代わりに、スイングドアに身体を挟まれたアホ女の姿があった。
「待て待て待て。お前、どうしたらそんな器用な真似ができるんだよ」
「ひ、ひっくぐずぅ……わかんない……だけど取れなくなっちゃったよぅ……うぐぅう」
おっと、ここでソレか。
これは早く助けないと大惨事に発展しかねん。
そもそも、スイングドアは自動で元の場所に戻るわけだが、構造上、元に戻ろうとするドアに逆らう方向へ進めば挟まることはない。
つまり、ドアを押しながら進めばまあ滅多に挟まることはないのだが、逆にドアを引きながら進めば挟まる可能性が若干生じる。若干な。見るに、ロロはこれをしてしまったようだ。
俺はスイングドアの片側を外してやった。実に簡単な救出劇だ。
呪縛から解き放たれたロロは、俺にお礼をするどころかすぐさま手のひらを返した。
「アンタの開け方が悪いんだし。あとの人のことも考えなさいよね!」
「レオニードさん、コイツはこう言う奴なんですよ。引っ叩いても大丈夫ですかね?」
俺の言葉にロロは慌てて頭を押さえた。
そんな俺達のやりとりを、レオニードさんはニコニコしながら見ていた。
「まあまあ。無事中に入れたことだし、行くよ」
きっとこの兄ちゃんは冒険者協会に入る際の言葉に、『無事』という単語を入れたのは初めてだろうな。
協会の一階は広いラウンジとなっており、A4サイズ程度の薄い端末が置いてある4人掛けのテーブル席がいくつかあった。そこでは冒険者らしき人達が、端末を操作しながらあれこれ話し合っている。
また、奥へ進むと受付嬢がお仕事をしているカウンターがある。客が来るまで立っているとかではなく、普通にお仕事をしているな。
壁には、無数の点が光っている巨大な世界地図があり、時折、上級冒険者と思しき大人たちがその地図を見て、何事か確認をしているようだった。
何をしているのかさっぱり分からないが、冒険者達の目はプロそのもの。
そこにラノベで散見しているような享楽的かつ刹那的な雰囲気は一切感じられない。
一方の俺は義務冒険者。気楽なもんですわ。
俺が物珍しく周りを見ている内に、レオニードさんが話を進めたようで、俺達はそのまま応接間に案内された。
座ってお待ちください、と案内してくれたお姉さんがソファを勧めてくれたので、俺達はソファに腰を下ろす。
俺はお姉さんが手で促したソファへ。
ロロはテーブルを挟んだ向かい側のソファへ。
このソファはテーブルを挟む形で並行に3席ずつの計6席。
案内人であるレオニードさんならまあ良いとしても、顔合わせに来た客である俺とロロが向かい合って座ると、どう考えてもおかしなことになる。案内してくれたお姉さんも困り顔だ。
「ロロ、お前はこっち側に座るんだよ」
言われたロロははっとしたような顔をして、俺の隣に移動して座った。
そして、恥をかいた腹いせとばかりに俺の太ももをバシッと叩く。
スキンシップチャンスを小まめに拾う俺は、すぐさまロロの太ももを軽く叩いた。芸術品と見紛う綺麗な肌ゆえに、赤くならないように軽く、それでいて押し込むように。もにゅんと魅惑の感触だ。
しかし、あんまりそういう事をしていると大変な事態になるので控えておく。ここには炬燵バリアがないのだから。
客室に通され、待つ事5分。
ロロはコートから取り出したゼットでゲームを始め、次の瞬間終わるとも知れないわずかな暇を潰している。世界が世界ならDQN認定待ったなしだ。いや、テフィナでもか?
一方の俺は、結構緊張していた。
特別強化訓練の顔見せ、と言うけど、冒険者協会なんぞに来て、誰と顔を合わせることになるんだ?
これで、強面のおっさんが出てきたら声も出せないかもしれない。そして、「何だこのモヤシは、貧相な面構えしてやがるな。タマついてんのか!?」なんて言われたら……あわわわわ。
……って、いやいや。それはさすがにないだろう。
なにせ、この文明の男はカッコいいし。きっとレオニードさんみたいに一見すると普通のお兄さんに見えるイケメンが来るはずだ。あるいは強キャラ然としたエロい恰好の女性の可能性だってある。その可能性キボンヌ。
ガチャリ。
ドアノブが回る音と共に、扉が開いた。
俺はソファから慌てて立ち上がる。レオニードさんも同じように立ち上がるので、礼儀としては間違っていないようだ。
そして、俺は目を疑った。
お、お、おかしいな。
危険な魔獣は結界の中に入れないって話だったのに……
やってきたのは、鬼だった。
強面のおっさんどころの話じゃない。
身長は俺より頭二つ分は高く、恐らくラフな格好なのだろうが浮き出した筋肉の所為でちっともラフには見えない有様。
彫りの深い顔についた双眸は威圧的で、そして何よりもスキンヘッドってバカ野郎!
義務冒険の強化訓練に参加させてもらう程度の挨拶に鬼をよこす必要がどこにあるんだ。普通にカウンターに居たお姉さんで良いじゃないか!
コトン。
俺の隣で物音がした。
ロロがゼットを手から落としたのだ。
覗き見防止フィルターで隠れた画面の中には、『キラーンと俺様、またまた強くなっちまったぜ!』などと抜かす馬鹿野郎がいる。冗談はよしてくれ。
俺は光の速さでゼットを拾い上げて、スリープ状態にして、ロロが座っている横に隠した。
そして、し、失礼しました、と言いながら元の直立姿勢に戻った。
そこではたとする。
まずい、ロロはまだ座ったままだ。
俺は慌てて、蛇に睨まれたカエル状態のロロの腕を掴み立ち上がらせる。
ロロは一度立ち上がるが、すぐにペタンと腰を落としてしまった。腰が抜けているようだ。テフィナ人的にもこの鬼は相当やべぇらしい。
しかし、俺もロロにばかり気を使ってはいられない。
目だ。
鬼の双眸が俺の瞳をじっと覗きこんでいるのだ。
マジ無理。今すぐ謝って帰りたい。
あぁあぁ、俺はどうしてさっき強化訓練を受けるなんて決めたんだ。もう少し自分たちで頑張るって答えておけばこんな事になってないっつーか、顔が近い近いちかかかかぁわわわわわ……。
「……ほう。中々良い目をしてやがる」
俺から顔を離して、鬼が唐突にそんな事を言った。
い、生きてる?
お、俺は助かったのか?
鬼が離れた事で身体に受けていた圧力がわずかに軽くなる。
それと共に、俺の中で疑問が生じた。
――中々良い目をしてやがる。
こちらとしては、は? であった。
絶対に俺は怯えた子猫のような目をしていたはずだ。目は逸らさなかったけど、それは単に怖すぎて逸らせなかったからである。
自分の事だし言いたかないけど、完全に見る目がない。言ってみたかっただけ、とすら感じられる。
それとも何かの隠語か? お前の態度次第ではその綺麗なお目々を抉るからな、的な……
「まあ、座れ」
鬼が言う。
尋常なく震える俺としては願ってもない。
すぐさま腰を下ろした俺だったが、そこではたとした。高校の面接を思い出したのだ。まずは名乗ってから座るのが礼儀だったはず。
拙い事をしたと思ったが、鬼は別段気にした風でもないのでセフセフ。っていうか、俺が気にしすぎかもしれない。
「お久しぶりです、ガリオンさん」
鬼の名前はガリオンさんらしい。
強面のおっさんの名前には濁点がつく例が物語では多数報告されているので、納得の名前だ。
「おう。久しぶりだなレオニード。たまには仕事以外で来い」
どうやら二人は知り合いらしい。それも結構親しそうだ。
「そうします。二人とも、この人は色々な町の冒険者学校で教鞭を振るっている、ガリオンさんです。戦闘学の教授をしています」
教授なの!?
ま、まあ戦闘学とかいう初めて聞く物騒な学問の教授らしいし、それらしいっていえばそれらしい。
「で、この二人がフェーディ型の魂の双子のコンビです。こっちの子が迷い人ですね」
「ガリオンだ。坊主、名前は?」
「はい! 生咲洸也です。生咲が苗字で、洸也が名前です。よろしくお願いします!」
思いの外スムーズに出た言葉に、俺は内心でびっくりした。
「生咲洸也か。良い名前だ」
良い名前……良い名前か。始めて言われたわ。
俺の名前を続けて読むと、イクサキコウヤ、つまり『行く先荒野』になるのだ。このおかげで小学校の頃はガンマンとか呼ばれていたっけな。
ちなみに、名づけ親はじっちゃんだ。じっちゃん曰く、俺の名前は闇と光を併せ持つらしい。じっちゃんは重度の中二病であった。
「そっちの嬢ちゃんは?」
次に問われたのはロロ。
それに対して答える者は誰も居ない。
代わりに答えてあげたいが、それは地雷になりかねない。「誰が貴様に答えろと言ったんだ?」とか言われたくない。
頑張るんだ、ロロ。鬼の怒鳴り声とか俺は聞きたくないんだよぅ!
ロロは恐慌状態から何とか抜け出して、口を開く。
「ロ、ロロ、ロロロ、ロロティレッタ・ロマです! よ、よろしくねっ!」
「……っ」
サッと俺の中で血の気が引いていく。
名前を言えたのは花丸を上げたいが、その後がぶっちぎりでマイナスだよ……っ!
よろしくねって、友達か! レオニードさんにはちゃんと敬語を使うのに、どうしてここでそんな冒険をする……っ!
シンと静まりかえる室内。
どれほどの怒声が飛ぶのか考えただけで身が強張る。
スッと俺の前にお茶が置かれた。
いつの間に来たのか、秘書っぽいお姉さんがお茶とお菓子を持ってきてくれたようだ。緊張のあまり、俺の視野は極端に狭くなっていたようだ。
視界外からの配膳にちょっとビクついてしまったが、それはそれ。正直、これはありがたかった。緊張のあまり喉がカラカラなのである。
だが、この状況で一体誰がお茶に手を付けるというのだ。それが出来るのはこの場の王であるガリオンさんだけ……
「んふぁーっ。こえほいひい!」
俺は息をするのも忘れて、満面の笑顔でドーナッツっぽいお菓子を頬張る女を凝視した。
コイツはお菓子を上げれば前後のことを忘れてニコニコできる女だったが、まさかこの状況でまでこの法則が通じるとは思わなかった。
残念美人だとは思っていたが、ここまで来るといっそ頼もしい……いや、すまん、嘘だ、今はそういうのいらないから本気で止めてくれ。
「ふ……」
鬼が口を開くのに合わせて、俺は反射的に肩をビクつかせる。
「ふはははははっははは!」
鬼が大笑いし始めた。
これはロロを気にいったパターンか。
あるいは安心させておいてテーブルを叩き壊すパターンか。
どちらも大いに考えられる。
男として、もしもロロが怒鳴られるようなことになったら、庇わないとならないだろう。アホな女だが、これからもずっと一緒にいる女の子なのだから。
だけど、このアイアンクローをそのままグゥまで持っていけそうな魔人に、俺は立ち向かえるのか。や、やれるのか俺に……っ。
そんな俺の葛藤など露知らず、当のロロはキョトンとしながら、口だけはもぐもぐと動かしている。俺の中のフェミニストメーターが音を立てて下がっていく。
ガリオンさんが笑いながら告げる。
「そうか、美味いか! もっと食え!」
「んふーっ、あいがとー!」
………………はぁー。そっちのパターンか。
ドッと身体から力が抜けていく。
だけどなロロ、タメ口はマジでやめろ。
安心したら喉がカラカラなのを思い出した。
俺は我慢できず、ティーカップに手を付ける。
ははっ、嘘だろ。これ本当に俺の手かよ。
ティーカップに手を添えた瞬間から、水面が滅茶苦茶に揺れてしまう。
俺はすぐさまティーカップから手を離し、喉を潤すのを諦めた。
ロロによって齎された和やかな時間がしばし続き。
ガリオンさんが口を開く。
「坊主。特別強化訓練に参加するって事は、クエストは難しかったか?」
ロロの態度はセーフだったが、奴は可愛い女の子。萌え萌えだ。人によっては唾を掛けても怒らないかもしれない。むしろ逆にお金をゲットできる可能性すらある超生物だ。
一方で俺は野郎、俺もセーフとは限らない。少なからず唾を掛ければボコられること待ったなし。
俺は人生の継続許可面接を受けている心境で、はきはき答えた。
「はい。コノハスライムの討伐に参加させてもらいましたが、僕の魔法では核を壊すまでに至らず、討伐に失敗してしまいました」
俺の返答にガリオンさんは大仰に頷く。いや、身体がでかいから普通に頷いているのが、俺には大仰に見えるだけかもしれない。
「魔法は苦手か。そうか、5型世界の出身だって話だったな。得物は何を使ったんだ?」
「イージス・フロンティアです」
「イージス? 魔法が苦手なのにか?」
ひぅううううううううっ!
違うんです。ロロがぁ、ルファードがぁ……
たぶん普通に疑問に思った程度だろうけど、尋問されているみたいな錯覚に陥る俺。
「ふむ。嬢ちゃんは何を使ってるんだ?」
俺が答えあぐねているのをどう思ったのか、ガリオンさんはロロに水を向けた。
ロロは口に物を入れながら答えた。
「らークネス・ルファーろれす! もぐもぐ、んふふぅ!」
お、おい、マジで挑発してんのか? それとも死にたがりなの?
引っ叩いてやりたいが、ガリオンさんはロロちゃん萌えの可能性があるので自重する。おい、と肘で突く程度にしておく。
なんだよ、何でもぐもぐしながら睨むんだよ。こっちが睨みてえわ!
しかし、やはりガリオンさんはロロちゃん萌えの気があるのか、大声で笑う。
「そうかそうか。ルファードか! ははははは……」
そして、俺に視線を向けた。
お前がなんでイージスを買ったのか察したぞ、そんな目をしている。
テフィナの男子が優しい件。
それから少しばかり世間話をする。
異なる文明から来た俺が生活に手こずっていないかとか、興味があることは見つかったかなんて話だ。
「おっと、もうこんな時間か。せっかく来てもらって悪いんだが、この後予定が入っててな。特別強化訓練の日程については彼女から聞いてくれ。まあ、坊主も嬢ちゃんも、訓練頑張れよ」
「はい!」
「もむ!」
俺達の返事にガリオンさんは満足したような顔をして、退室した。
ほんの少しの対話だったが、教授というだけあり忙しいのだろうな。
それならそれで最初から仕事を優先してくれてよかったのだけど。
人が一人居なくなるだけで、部屋に掛かっているGが和らぐという貴重な経験をさせてもらった後、お茶を持ってきてくれたお姉さんがこれからの事を説明してくれた。
お姉さんは穏やかな感じの人なので、今なら俺だってお茶やお菓子にも手を付けられる。
人を選んで飲食を開始する俺は、ロロに劣っているのだろうか?
いや、違う。
危険察知能力が優れているのだ。そう信じたい。
っていうか、お前一人でどんだけ食ってんだよ!? 遠慮しろや!
読んでくださりありがとうございます。




