1-21 初クエスト 1
よろしくお願いします。
窓から入り込む陽光を浴びながら、俺は黒いジャケットに腕を通す。
一つ気合いを入れるように襟首をピッと整えた。
初クエストに挑戦する今日は俺にとって特別な日であるけれど、窓の外を行き交う人々には変わらぬ日常だ。
されど、諸君。
今日という日は、後に最強の冒険者と謳われる男がその道を歩き出す記念すべき一日となるのだ。
「テフィナよ、刮目して見るがいい」
ピィヨピィヨ!
ピィヨピィヨ……ピッ!
ふっ、言ってるそばからピヨピィが祝福に来たか。
窓辺に止まったシティバードのくせしてクソでけぇ二羽の鳥に、俺は微笑みかけた。
そうして俺は写真立ての中で香ばしいポーズを取っている亡き祖父に向かって宣言した。
「じっちゃんも見ててくれよ。俺の冒険活劇をさ」
香ばしいポーズを決める老剣士コスプレのジジイが、顔に添えられた手の奥で不敵に笑う。行け、洸也よとでも言っているようだ。俺も額に置いた二本指を、ピッと振るって応えた。
今日、俺は新たなステージに降り立つ。
ジャラララララララッ!
そんな風にアゲアゲなテンションだった俺の元に、クレイジーな音色が届いた。
寝室からだ。そこではロロがお着替えをしているのだが。
なぜお着替えなのに鎖の音がするのか。答えは簡単だ。昨日買ったダークネスルファードをロロは大変お気に召し、事ある毎にジャラジャラやっているのである。さすがに大鎌形態にはしていない。したら引っ叩く。
じっちゃん、俺の無事を祈っていてくれ……っ。
ほどなくしてロロが寝室から出てきた。
留め具がやたらとついたロングコートに、絶対領域なショートパンツとハイソックス。気持ち青い装飾が施されているものの、基本その全てが黒。ロロがよくしているコーデだ。
しかし、いつもと違う点が一つ。
その腕に、紫と黒のオーラを纏う鎖が巻かれているのだ。
そして、そのなんか感想を言って欲しそうな目……っ!
「おお! 凄く似合ってるな、超カッコいい!」
俺は無理やりテンションを上げて褒めた。
事実、魔王軍の女幹部とかやってそうなスレンダー美女なので、闇オーラの鎖は凄く似合ってはいる。
だが、現実は残酷だ。心底その装備は止めてほしい。されど、それを言えば泣くか拗ねる。
ならば、もう褒めるしかないじゃない……っ! これが女の子のお気に入りを意に反して褒めるという苦行なのか、俺はまた一つ大人になった。
俺の言葉にロロは大変満足そうな顔をする。口が大きい女の子の三日月ニッコリに、思わず俺の心もほっこりしちゃダメだ危ない! お、おのれぇ、気を緩めるな俺。
俺は昨日買ったイージス・フロンティアをギュッと握った。
「さあ、冒険の始まりよ!」
ロロが気合の入った号令を出し、俺達は家を後にした。
今回、俺達が請け負った『コノハスライムの討伐』は団体討伐クエストだ。
別にレイド戦というわけではなく、お前らまだまだザコだから一緒に行けや、みたいな感じ。
集合場所である町の外へゲートを利用して向かうと、そこには100人くらいの少年少女がわらわらと居た。
グループになっている者、ボッチプレイヤー、ここにいる若い奴らはみんな義務冒険者だ。
定員は200人なので、俺達の後にも続々と初心者共が集まってくる。
みんなおニューの武器を腰にぶら下げたり、手に持っていたり、とても初々しい。まあ、俺達よりも数日は早くクエストを開始しているんだけどね。
はっ!? ルファード使いが居る。
10メートルくらい先からロロと何か電波を交信しあって、お互いに香ばしいポーズを取って何事もなかったように別れる。もしかして、ルファード使いはこんな奴らばっかなのか?
そんな集合場所で、俺は一つ不思議に思うことがあった。
「なあなあロロ。ケモミミセットとか羽をつけてる奴が多くないか?」
そう、街中でもちょろちょろ見かける、悪魔っ子や獣人のなりきりアクセサリーをつけてる奴がかなり多いのだ。ちょろちょろどころじゃない、ここだけで8割くらい居る。
「ああ、あれはスキルアクセサリーよ」
「スキルアクセサリー?」
「そっ、身体能力や魔力効率を上げたり、魔力回復を早めたり、マシルドが張られない程度の攻撃に対してプチマシルドを張ったり。色々な効果があるわ」
「へえ、あれはただのオシャレじゃなかったのか。なんでお前は買わなかったんだ?」
「お金に余裕もないし、私には相棒がいるもの。今はまだ補助とかいらないわ」
ニッコリしながら、ロロが大変ドキッとすることを口にする。
だけど、その相棒っていうのは俺だよね? 胸の前で愛おしそうにさすさすしているルファードの事じゃないよね?
「お金がないなら、俺が買ってあげるよ? 一緒にクエスト受けるんだし、万全の方が良いだろ」
俺は親切心を前面に押し出して欲望を覆い隠した。
ケモ耳をつけてはにかんで欲しいんじゃあー! ケモ尻尾をふりふりしながらショートパンツを履いて欲しいんじゃあー!
そのためなら残金の半分くらいまでならプッシュできるから!
「え、ホント!? じゃあドラゴンウイング買ってもらっていい!? あとドラゴンホーンも!」
「は? ケモミミセットに決まってんだろそれ以外なら買ってやらないから」
「ふぇええええ!?」
悪魔もとい竜の羽と角……悪くはないがケモミミセットの前では一段も二段も劣る。実際、ここに集まる女の子たちの恰好を見ても俺的にはケモミミセットの方が断然に萌える。なんだよあのフサフサ尻尾。めっちゃトリミングしたいわ。
「それでは、時間になりましたのでお話を聞いてくださーい!」
集合時間になり、冒険者協会のお姉さんからお話が始まる。
「今回の討伐クエストの目標は、コノハスライムになります。レモンティーのような色のスライムですが、みなさんもゼットで特徴を調べておいてくださいね。冒険者は1に情報ですから、怠っては駄目ですよぉ」
ロロは腕組みしながら、うんうん、と頷く。まるでベテランのよう。
「コノハスライムは街から2キロ程度までの森の表層で大量に発生しています。今回は、ルシェルート1、2、3の周辺を討伐範囲に指定しました。ですから、これからグループ分けを行い、それぞれのルートに向かってもらいます」
ルシェの町は周囲を大森林で囲まれているのだが、その森に結界が張られた道を6本通している。
他の町も大体同じなのだが、そういう道は『ルート』と呼ばれ、『ルート』の前に町の名前、後ろに番号を振っている。ルートは何かしらの愛称もつけられているけど、正式名称は今言った簡単なものとなる。
ちなみに、ルシェの町周辺の大森林の中には、浮遊島から流れる川の水により出来た湿地帯や、樹木が水晶に変質した水晶樹林といった観光スポットがあるぞ。
グループ分けで、俺達はルシェルート1に振り分けられた。
依頼の受諾順とパーティを組んでる奴らの事情を加味して決められているみたいだな。
さて、そんなわけで団体さんでルート1を行軍だ。
この道を真っすぐ行くと水晶樹林という場所に行くらしいが、今回はそこまで行かない。
森を切り抜いた道は幅10メートルくらいあり、結界付き。
安心安全の行軍であるが、真面目な俺は予行練習として結界の向こうの森を眺めながら歩いた。生き物の気配とか森の雰囲気とか、道からでも学べることは多いからな。
一方、ロロは俺の隣でお菓子をニコニコしながら食べている。
さっきまで妖刀を手にした人斬りみたいに、己の腕に巻いたダークネスルファード(鎖)を触ってうずうずしていたので、生きた心地がしない俺は切り札であるお菓子を与えたのだ。コイツはお菓子を与えておけば気が紛れるアホの子の性質を持っているからな。
「ロロ、ほっぺにカスがついてるぞ」
「? んふぅ!」
俺の指摘にほっぺを摩ってカスを払ってから、またすぐにお菓子を口に入れて、んふぅ! 完全にアホの子である。
「俺にも一個ちょうだい」
「……はい」
そう要求すると、ロロはお菓子の箱を揺すって中身があとどれくらいあるか確かめてから、渋々俺にお菓子を一粒くれた。元々、俺がやったお菓子なんだけどね!?
森の道は、時折地下道を通ったり、木の歩道橋を通ったり、ちょっと変わった造りをしていた。
ロロに尋ねてみると、これらを作る事で道の結界で魔獣の活動地域を分断しないようにしているらしい。そう言えば、ウェルクのルートにもちょっと変わった橋とかトンネルがあったな。そういう事だったのか。
「あっ!」
俺はセーブポイントを発見した。
ウェルクへの道すがらにもコイツはあったのだが、ロロがご機嫌斜めだったので何なのか聞けないままだったのだ。
それは大地から光が波打ちながら円柱を形作る謎の現象だ。
俺の前を歩いている奴らも入ったりしているので、俺もわぁーいとセーブポイントに入る。
「アンタ、光柱好きなの?」
ロロがお菓子の箱を俺に手渡しながら首を傾げる。
「これ光柱っていうの? おっ、まだ二つも残ってるじゃん、ありがとう」
「へぅ!? あ、あう、ちょっと間違えたかも」
そう言ってロロはお菓子の箱を俺から取り上げた。
「あれ? あれぇ? って空じゃない!」
「ほとんど食っておいてゴミだけ俺に渡すなや!」
それはともかく光柱だ。
「光柱は地下水脈の通り道に時々出来るのよ。こういう森林地帯だと割と頻繁に見られるんじゃない? 地下水脈とか多そうだし」
「ふぅん。セーブポイントじゃなかったか……」
ロロは俺の呟きに口をむにむにと動かす。
最近になって分かったが、コイツはニヤけそうになるとこの仕草をして耐えるみたいだ。
「ほら、いつまで入ってんのよ。行くわよ」
おっと、確かに。
行軍の前の方に居たのに、気づけば後ろの方になってしまった。
お菓子タイムが終わったロロがまたルファードを触りだしたところで、目的地に着いた。
「それではみなさんにはここから森に入り、コノハスライムを狩ってもらいます。一人10匹の討伐が達成条件ですので、なるべくそれ以上は狩らないようにお願いします。パーティの場合はその人数の10倍だけですね。
それと、森の奥には行かないように。行くとしたら、町方面に向かってください。方向が分からなくなったらゼットで調べてください。
ここからは魔獣の領域なので、みなさん気を引き締めて、無茶をしないように頑張りましょう」
魔獣は基本的に無駄に狩ってはいけない決まりなので、討伐数10匹を指定されたら10匹きっかりでないとならない。10未満なら依頼は失敗だし、11以上だと失敗ではないが注意される。
もちろん、人の身の安全が最優先ではあるが、そもそもその『最優先』を選択しなくてはならないような事態に陥るな、というのがテフィナの冒険者の考え方だ。超文明だけあって、危険を回避するアイテムはたくさん売っているのだから。
プロの冒険者や一端の義務冒険者というのは、そういうアイテムを巧みに使って、『目的の任務だけ』を遂行できなくてはならないのだ。
職員さんの話を聞き、それぞれが動き出す。
森は道の左右に広がっているので、どちらに入っても構わない。左右に偏りが見られると、冒険者協会の人がてこ入れしたりしているけどな。
俺とロロも早速バトルフィールドへ足を踏み入れた。
「割と歩きやすい森だな」
手入れされていない森というのは、都会者じゃ2秒でギブアップするような環境だ。
一歩毎にでっかい蜘蛛の巣とよくしなる小枝のエンカウント判定が高確率で行われ、そこら中に倒木や腐り落ちた大きな枝などが転がっている。
木々のせいで一か所当たりの日照時間が少ない足元は、水を含んだ落ち葉や苔で覆われ、踏み込んだ人々を辱めてやろうと虎視眈々と狙っている。
そんな世界が手の入っていない森って奴である。
しかし、この辺りの森はかなり歩きやすい。
主人公がストレスフリーで歩けるラノベ的な森である。
「町の周辺環境の整備が義務冒険の初級クエストにあるのよ。この時期になるとニュースとかでその様子をちょろっと放送したりするわよ」
レベル教育や休日の関係で俺達が依頼を始めたのは今日からだけど、世間では10日以上前から義務冒険は始まっている。その間に、その周辺地域のお掃除依頼は終わったのだろう。
「い、いたわ! え、えーい!」
そんな事を話していると、前の方でコノハスライムとエンカウントした奴がちらほら見られ始めた。
戦闘が始まった音に、ロロはスッとカカトを揃えた。若干斜に構えたカッコいいカカトの揃え方だ。
そして、鎖が巻かれた腕を頭上に掲げる。
その様子を見ながら、俺は杖をギュッと握った。……手汗が凄い。
「おいで」
ロロは静かにそう呟き、頭上に掲げた腕を振り下ろす。
ブオンッ、ザンッ!
「どわっしゃーっ!?」
死神の鎌を彷彿とさせるアホみたいにでかい鎌が、俺のつま先10センチ前の地面に突き刺さった。
俺は奇声を上げつつ飛びのいた。
「おいこら、バカか!? あとちょっとで足に刺さってたぞ!?」
俺が当然の文句を口にすると、波紋一つない湖面のような静かな眼差しをして自分に浸っていたロロが、明鏡止水ナウな瞳を俺に向けてきた。
そうして、首を傾げる。
「何騒いでるのよ。全然大丈夫じゃない」
「今はな! 飛びのく前はつま先から3センチなかったから!」
俺はサバを読みつつ糾弾する。
すると、明鏡止水モードのロロの顔がポンと元に戻り、生暖かい目を俺に向けてきた。
「もう、初めてのクエストだからってそんなにはしゃがないでよ。魔獣の領域でおっきい声だしてわいわいするなんて恥ずかしいわよ? ほら、周りのみんなも離れて行っちゃったじゃない」
周りを見回すロロに倣って見てみれば、なるほど周りの奴らがそそくさと俺達から距離を置いている。
「完全にお前の所為だよ!」
「そうね、私の所為ね。だからね、もうちょっとおちつこ、ねっ? 出来るかな?」
幼稚園児に言い聞かせるような声色で、ニッコリ。
「引っ叩きたい……っ」
口から零れた俺の気持ちを聞いたロロは、昨日お店で引っ叩かれたこともあり、慌ててササッと頭を押さえる。
「や、やめてよ! 私、何もしてないじゃない!」
「してるが。はぁ……ったく。もういいよ。ロロ、ちゃんと気を付けて鎌を使えよ? 良いな?」
「??? 気を付けてるわよ?」
なに当たり前の事言ってんだコイツ、みたいな表情。
おかしいなぁ、おかしいなぁ。
俺だけ、クエストレベルが20くらいの気がするぞ?
読んでくださりありがとうございます。




