0-2 ロロティレッタとの出会い 2
2話目。
予約投稿なので出来てなかったらすみません。
「ひぃああああああああああああああ!」
唐突に上がった悲鳴。
ギョッとして振り返った先では、ベッドの上で座る例の彼女が口元を両手で押さえて、驚愕の眼差しを俺に向けていた。
瞬きすら忘れて注がれるその視線の先にあるのは、俺……の手である。
そして、注目の俺の手には……おやおやおかしいぞ!?
なんと、俺の手には、例のイチャラブフィギュア・ホラーカスタムが握られていたのである。
……いや、なんとじゃないな。思い返してみればずっと持ってたわ。
これはまずい。彼女目線で考えれば、どう考えても犯人は俺だろう。
とりあえず、これを持っているのは精神的にキツイ。
俺はつかつかと彼女に歩み寄る。
警戒心はどこへやら、彼女は俺が近づくのも構わず、ただただ俺の手に握られる壊れたフィギュアへ視線を向け続けた。
俺はそっとベッドの上にイチャラブフィギュア・ホラーカスタムをリリース。
「これは壊れた状態で君が寝ているベッドから落ちてきたんです。踏むと危ないし、拾っておいたんだけど……もしかして大切な物だったんですか?」
俺は責任回避を盛り込みつつ気遣いの言葉を口にする。
しかし、俺の手からベッドへ移動したフィギュアを凝視する彼女の耳には届いてない模様。
口元に置かれた手と、フィギュアに近づける手。その双方が、尋常じゃない震え方をしている。
その表情は、現実を認められないのか下手くそな苦笑いすら浮かべていた。
まるで触れたら現実を受け入れてしまうとばかりにフィギュアの頭部の近くで前後に動かされている白い手。その手がやがて、チョンッと頭部に触れる。数グラム程度しかない頭部はそれだけでコロンと転がった。
「うぇ……」
転がった頭部がイケメン面を上に向けて止まると、その瞬間、彼女の綺麗な顔がくしゃりと歪んだ。
あ、これはいかんやつだ。
俺は、これから始まる嵐の匂いを敏感に感じ取った。
だが、男って奴はこの状態の女を前にすると、この後どうなるか分かっているのに移動禁止のデバフが掛かる不思議な生き物である。
俺もまたご多分に漏れず、ふわっふわっとえづき出す彼女の前に釘づけにされてしまった。もちろん、建設的な行動を取るわけではなく、ただ彼女の前であわあわするだけだ。
そして、ついにその時は来た。
「ふわぁあああああああんあんあんあん! ルゥさまぁあああああああああああああ!」
割座で座り、赤くなった顔をやや斜め上方へ向け、天まで届けとばかりのガチ泣きっぷり。
彼女の泣き声が次元の狭間へ広がると同時に、俺の焦りゲージも瞬時に沸騰だ。
俺は中途半端に差し出した手を彷徨わせつつ、泣き声に急かされるように口を開いた。
「だ、大丈夫ですから! ねっ? 大丈夫ですから!」
「ああああぁああああああんあんあんあん!」
「ほらっ、泣き止んで。なっ? 大丈夫だから!」
「ひぁあああああああああんあんあんあん!」
「ダメ。あぁわわわわわわわ。どうしようどうしよう……そ、そうだ、猫ちゃん!」
なんか只者じゃない雰囲気あったし、奴なら彼女を泣き止ませることが出来るかもしれない。ついでに俺が壊したんじゃないと証明もしてくれるはず。
俺はさっきまで猫ちゃんがいた場所に視線を向ける。
「え、ね、猫ちゃん!?」
しかし、頼りの猫ちゃんの姿はどこにもない。
「お、おーいおいおいおい。は、ははっ、冗談じゃねえぞ!?」
何この丸投げ。一周回って乾いた笑いが出ちゃったよ!?
くそっ、くそっ!
どうすればいいのかさっぱり分からねぇ!
っていうか、BGMが泣いている女の声だから、ちょっと吐きそうになってきた。
俺のあわあわ具合がピークに達しようとした時、事態は動き出した。
猫ちゃんの姿を探すために周囲の島々を見ていた俺の身体に、ドンッと衝撃が加わったのだ。
ハッとして衝撃が来た方を見てみれば、例の彼女がこの世の終わりみたいにわんわん泣きながら、俺の腰に縋りついているのである。
彼女は、片手で俺の脇腹当たりの服を掴み、もう片手でベットの上のイチャラブフィギュアを指さす。
綺麗な顔の女の子がみっともなく泣きながら縋りついてくる姿とそれを見下ろす俺。この場面だけ切り取って第三者が見れば、俺はさぞかし最低な男に映るだろうな。
彼女はわんわんと泣いているが、何を言いたいのかは分かった。つまり、何でこんな酷い事するのよ、と。
「ち、違うって! 俺が壊したんじゃないんだって! 君が寝ていたベッドから壊れた状態で落っこちてきたんだよ! それを俺が拾ったんだ!」
もはや敬語を使う余裕もなく、俺は叫ぶようにして弁解した。
「ふわぁあああああああああああああんあんあんあん!」
しかし、それでさらに火が付いたように彼女は泣きじゃくる。
彼女は俺の服を引っ張りつつ立ち上がると、俺の襟首を掴みガクガク前後に揺すり始める。
「ちょ、まっ、やめっ!」
「うぁあああああぁぁぁぁぅうううう、許さないかんなぁ! 絶対に許さないかんなぁあああんあんあんあん!」
泣きながら呪詛を吐き捨てた彼女は襟首から手を離してモードチェンジ!
小学校低学年の間で猛威を振るう喧嘩殺法、腕グルグル拳を繰り出してきた。
幼稚な攻撃ではあるが、モデル体型の彼女がやると凄い迫力であった。
俺は振り下ろされた彼女の右腕を咄嗟に掴んだ。
思いのほか力が強く、指の股に軽い痛みが走る。
さらにもう片方の腕で繰り出された攻撃も、同じように対処。
相手の腕を掴む都合、俺と彼女の距離は恋人のそれと紛うレベルで急接近だ。危機的状況にも関わらず、俺の男の子がドキドキし始める。くっそ、めっちゃ良い匂いなんだが!?
「んんんんん! ず、ズジューッ!」
捕縛された彼女は真っ赤な顔で鼻を鳴らしながら、何とか腕を振りほどこうとする。
っていうか、やっぱり力が強いぞ、この子!
危機レベルがドキドキレベルを上回り、俺も本気で彼女の腕を押さえる。
「いたっ!」
と、ここで俺の太ももに膝蹴りが入った。
手がダメなら足とは、まあ常道である。
ローキックではなく膝蹴りなのは、両者間が凄く近いからだ。彼女は喧嘩の素人っぽいが、さすがにローキックを脛に入れるリスクは分かるのだろう。アレは蹴った方もめっちゃ痛い。
「痛いっ、ちょ、やめろって!」
「こなくそっ! こなくそぉっ!」
「くっ、なんだよ、こなくそって。リアルで言う奴初めて見たわ!」
そんな事を真剣に言うものだから、俺の怒りゲージは一向にたまる気配がない。
だが、太もものダメージは確かに蓄積され、俺は立っているのが辛くなってきた。
くそっ、事ここに至ってはもはややるしかねえ。
別に俺は怒っちゃいないが、だからと言ってケガを負うリスクを看過できるわけでもない。女の引っかき攻撃は目に直撃すれば失明する恐れがあるからな。
俺は彼女が太ももを上げた瞬間を見計らい、彼女の身体を崩して足払いを掛けた。
元々、彼女は無理な体勢で攻撃を繰り出していたので、体育くらいでしか柔道をしたことない俺でも簡単に転がすことが出来た。
そっと床に転がした彼女に、俺はすぐさま馬乗りになる。
美少女終了のお知らせをお送りします。
始め、彼女は状況が理解できていないのか、むしろ憎き敵に攻撃するチャンスとばかりに、涙に濡れた瞳をギラつかせて俺を睨みつけてきた。
しかし、攻撃するための腕が上がらない。何故なら、俺の太ももががっちりホールドしているから。
それならば足でとジタバタするけど、背中にちょっと当たる程度。
ここで初めて呪縛が解けたのか、自分が置かれた状況を悟って彼女はギョッとした表情。
「ひ、ひぅ……っ」
咄嗟に身体を守ろうとしたのか、太ももの下で彼女の腕が跳ねた。力が強い彼女ではあるが、さすがに馬乗りから脱するほどの力はないようだった。
先ほどまでの威勢はどこに行ったのか。今の彼女の瞳には、出会った当初のような知らない男に対しての恐怖しか宿っていなかった。
仕方がない処置とは言え、とんでもないシチュエーションである。
誰か来るとしたら猫さんくらいなものだろうが、万が一にでも正義漢が現れたら、俺は確実に噛ませポジション一直線だろう。
うっ、そう考えると怖くなってきた。
とと、とにかく、とっととやることやっちまおう。……あれ、変だな、言葉がまるで性犯罪者だ。
「なあ、落ち着いて話を聞いてくれないか?」
そう言っている俺の方も内心では滅茶苦茶落ち着きがないけど、彼女に隙を見せるわけにはいかないので、クールにいく。
俺の言葉を聞いて、彼女はコクコクと頷いた。
無理やり言うことを聞かせているようで、俺の罪悪感と恐怖心をさらに加速させる。あとほんのちょっぴりエッチな気持ちも。俺は基本Sなのである。
彼女は頷いた後で、一生懸命絞り出したような声で言った。
「だ、だから、ひ、酷いことしないでぇ……」
「お、おまっ、それは卑怯じゃねえの!?」
「ひ、ひぅぐうううう、ごめんなしゃぁぅうぐううう」
「おぉい、そんな面してんだから、くっ殺せ、くらいのこと言ってみろよ!」
「や、やらぁあああ! 殺さないみゅぐぅうう!」
「ちょ、おま、声が大きいって!」
みなさん見てください、これがこの女のやり口です!
俺のウィットにとんだジョークを本気で受け止め不穏な事を大声で口走る彼女の口を、俺は慌てて手で塞いだ。結果、絵面のヤバさが加速した。
手のひらの下で柔らかな唇がわなわなと震えているのが微妙に気持ちが良いのだが、今はそれどころじゃない。後でこっそり舐めよう。
しかし、いかんぞ。目撃者がいたら本当に罪が確定してしまう。は、早く済まそう。
俺はお尻の下の温もりから来るものとはまったくベクトルの違うドキドキを無理矢理抑え込み、当初の目的を達成するべく口を開く。
「と、とにかくだ。ちゃんと聞いてくれ。いいか。何度も言うようだけど、あのフィギュアは俺が壊したんじゃないんだ。猫さんに案内された場所で寝てたアンタのところから、壊れた状態で転がり出てきたんだよ。断じて俺が壊したわけじゃないんだ」
よし、落ち着いて言えたぞ。これでどうだ!
しかし、彼女は頬を膨らませ、プイッと横を向く。ギュッと閉じた目からはポロポロと涙が流れ落ちた。
マジか。
この状況で、なおそんな態度を取れるのは正直予想外である。内心でめっちゃビビっているのは俺の尻に振動として伝わっているから間違いないんだけどな。
俺は彼女の頬を両手で挟みこみ、強引に正面へ向かせた。
膨らました頬が押されてブビューと間抜けな息を漏らすのにちょっと萌えたが、当然、俺はおくびにも出さない。
そして、怯えきった瞳を見下ろして言う。
「もう一度言うけど、あのフィギュアを壊したのは俺じゃないんだ。信じられないかもしれないけど、これは本当だ。この件で今後、アンタが俺に危害を加えようとするなら、その時は容赦しない。俺だって傷つくのは嫌だから手加減は出来ないよ」
俺は言うだけ言って、彼女の上から腰を上げた。
理解したかの確認はしない。
容赦しないと脅したけど、たぶん俺には出来ないだろう。万が一、同じ事を繰り返すなら、その時はまた考えよう。
解放された女の子は、恐怖が去った安堵からか、あるいは仇を討てなかった自分の不甲斐無さ故からか、声を押し殺して泣き始めた。壊れたイチャラブフィギュアを抱きかかえるようにして丸まったその姿の痛ましい事と言ったらない。
俺はそんな彼女の傍らで、特大のため息を吐いた。
とりあえず、猫には文句を言わなければならんな。
「ニャニャ!?」
そう言って猫がやってきたのはそれからすぐだった。
喧嘩が一先ずの決着を見てから現れるとは、あまりに良いタイミングじゃないか、ええ、猫ちゃん。
しかし、改めて銃士スタイルの喋る猫ちゃんを見ると、プレミア感半端ない。
先ほどまで絶対に文句を言ってやると思っていた俺ではあったが、やっぱりやめることにした。こんなつまらんことで非日常生活の案内人と思しき存在の機嫌を損ねて、今後の展開に支障が出たら事である。
だが、誤解を解くのに協力してくれても良いだろう。
俺は、猫ちゃんにこうなった経緯を説明した。
「フィギュアを壊したのを俺と思ったみたいですよ。それで喧嘩になっちゃいました。アナタの口からも言ってやってくださいよ。俺が壊したんじゃないって」
「コイツじゃないニャ」
かっるいなぁ。
猫ちゃんはそれだけ言うと、未だ床に寝転がってメソメソ泣き続けるフィギュア女の下へ行き、その背中をよしよしと撫でる。
「ささっ、泣きやむニャ。温かい飲み物を淹れたから、飲んで元気出すニャ。美味しいお菓子もあるニャ」
温かい飲み物?
そのワードに、この島にあるテーブルセットへ視線を向けると、そこには先ほどまで無かったはずのティーセットと生洋菓子のようなスイーツが置いてあった。三つあるティーカップからは湯気も立っている。
お、おお。
魔術を彷彿とさせる早業に少なくない感動を覚えたが、如何せん場のBGMが女の嗚咽である。はしゃぐにはしゃげない。なぜ、純粋に非日常展開を楽しませてくれないのか。
「ニャー、お前は先に座ってると良いニャ」
そう言う猫ちゃんの心遣いに甘えて、俺は先に席に着くことにした。敵認定されている俺に慰められても彼女の気は晴れないだろうし。
さて、テーブルは長方形だ。
カップはすでに配置されており、片側に1つ、もう片側に2つだ。1つの方に猫ちゃんが座るようで、猫ちゃん用の高い椅子が置いてある。
つまり、猫ちゃんの顔を見て、俺達二人が話を聞くという配置だな。
そう考えた俺は、俺達用の片方へ腰を下ろした。
やがて、フィギュア女がうぇうぇ言いながら、のろのろと歩いてきた。
彼女は涙に濡れた目でテーブルを見つめる。
すでに猫ちゃんも自分の椅子に腰を掛け、残るは一席。だが、その席の隣には誰が座っているのか。
彼女は、椅子とティーカップを所謂お誕生日席に移動させ、そこに座った。
お前の隣は座りたくない、と行動により意思表明。
呆気に取られて見つめる俺の視線に気づいた彼女は、鼻の頭に皺を作ってグルルル、ず、ズズゥ!
泣きながら威嚇したため、鼻を啜るその姿はどこか情けない。
「出会って間もないのにこんなに嫌われるとか凄い奴ニャ」
ここでまさかの猫ちゃんからムカつくお言葉。
紅茶ぶっかけてえ。
だが……ふふっ。俺は分かっているよ。今のは猫ちゃん流の場を和ませるジョークだったんだろ? ドギツイとは思うけど。
それを証拠に、ほら。なんて言ったっけ、えーと、お茶に帯状のお花が入ってるの。アレを淹れてきてくれたのだ。
これは普通の訪問者にはなかなか出さない物だろう。少なくとも俺だったら淹れない。水道水でも飲んでろってなる。
冴えわたる推理を脳内で展開した俺は、全部わかってるよ、ありがとう猫ちゃん、と心の中で感謝しつつティーカップに口をつける。
途端、口内に大いなる海の息吹が広がった。
「鰹節じゃねえか!」
「ニャニャ!? お前は鰹節が嫌いな人かニャ!?」
俺の叫びに対して、猫は心底意外といった表情。
これで俺の紅茶だけに鰹節をぶち込んでくる悪辣な歓迎だったら、俺は今後の事など忘れて猫の頭にティーカップを逆さに置く所存であったが、見れば全員の紅茶に鰹節が泳いでいる。
考えてみれば相手は猫だ。猫基準では紅茶に鰹節をぶち込んだ飲み物は最高のおもてなしの可能性がある。
ぬぅ、これだとグダグダ言うのは粋じゃねえ。
「ごめんなさい。紅茶に鰹節は初めてだったものでビックリしてしまいました。ちなみに鰹節は好きです」
そうは言うが、二口目はつけない俺。
そんな俺を見て、猫ちゃんは納得の表情。
「ニャー、紅茶と鰹節が別の方が良い人だったかニャ? ごめんニャ」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
猫ちゃんは割と良い奴の模様。
そんな俺達のやり取りを黙って聞いていたフィギュア女が、グズゥと鼻を鳴らしてぽつりと言った。
「島がたくさんある亜空間……にゃんこ……鰹節紅茶……?」
首を傾げる彼女は何かに気づいたように、驚愕の声を上げる。
「……え? ちょ、えっ!? ままま、まさか! まさか!? アナタはルーラ様!?」
おや?
「いかにも、僕はルーラニャ」
おやおや?
「それじゃあ、この亜空間は次元の狭間……み、導きの群島なんですか!?」
ニャと頷く猫ちゃんと、涙がピタリと止んではわはわし始めるフィギュア女。
そして、完全に置物状態の俺。
所在ない俺は、二度と口にしないと思っていた鰹節紅茶をクイッと飲むのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。