3-53 ククルさんとソーマ
よろしくお願いいたします。
「んーっ!」
俺はロック鳥の刺身を食べ、歓声を上げた。
俺は生肉が大好きなのである。
嬉しそうにする俺を見て、ロロにゃんが楽しそうにしてくれる。
何だよ、ほわほわキュンキュンしてんのか?
俺はロロにゃんにあーんした。
おっきなお口にお肉がにゅるんと吸い込まれ、桜色の唇から箸をちゅるんと抜く。
咀嚼を始めたロロにゃんは、んーっと驚いたように目を広げ、頬を綻ばせた。
はー、可愛い。
唇から引き抜かれてテカる箸を、幸福度を上げるために俺は直ちに咥える。
毎日ダイレクトで唾液交換している俺達だけど、それはそれ。箸の先っちょが輝く様にムラっとできるほどに俺達は仲良しなのだ。
ふと正面を向くと、シルニャンとククルさんが口を開けて俺達を見ていた。
「アンタたち仲良しねぇ」
「そりゃね!」
若干呆れた音色のあるシルニャンの言葉に、ロロにゃんは胸を張って答えた。
「あっ、コウヤさん。お刺身のタンポポはちゃんと食べないとダメですよー」
皿の端に避けられている食用タンポポを見て、フィーちゃんが指摘してきた。
食用タンポポを食べないのは許されない感じかな? 貴重な経験だ。
テーブルの上には他にも、焼き鳥、サラダ、揚げ物、海鮮鍋、チャーハンと、賑やかに並んでいる。
ロック鳥の刺身は抜群に美味いけど、他のも非常に美味い。箸休めのほうれん草とクラゲの和え物ですら美味い。
いやはや、生まれて初めて居酒屋に来たけど、良いな、居酒屋。
俺の外食遍歴にサイドメニューの乱打という概念がなかっただけに、一品料理をたくさん頼んでお腹を膨らませるこの手の食事は、新鮮だった。
ちなみに、フィーちゃんは肉類をあまり食わないので、別個でホットケーキやら果物をもりもり食っている。
はぁー、楽しいな……チラッ。
俺はニコニコしながら、ククルさんを盗み見る。
ククルさんは、海鮮鍋をせっせと取り分けている。
お椀によそった海鮮鍋を、はい、シルニャン、等名前を呼んで渡していくのだが。
「は、はい、これソーマ君の……」
中継で受け取った俺は、思わず自身のお椀と見比べた。
あれ、おかしいな。
俺の奴はオタマでぶっこんで菜箸で適当に入れました感があるのに、ソーマの方は料理番組に映せるレベルで綺麗に整っている。
さらに、フィーちゃんはエビもそんなに好きじゃないので辞退したのだが、そのエビが自動的にソーマに振り分けられている。
とはいえ、自分のと交換するわけにもいかないのでソーマに渡す。
「あ、ありがとう。ククルさん」
「う、うん」
もじもじもじもじ!
そんなククルさんの様子をロロにゃんがニヨニヨして見ている。さらに、フィーちゃんはソーマをニヨニヨして見ている。
シルニャンは、しょんぼりしてお椀をつつく。
あ、あぁあああ、シルニャン……
っていうか、友達に彼氏が出来るのはそんなにしょんぼり事案なのかな?
俺の場合はどうだったか……
先を越された感と羨ましさはあったものの、付き合いが希薄になる心配はしなかったな。
俺がその友人にあまり思い入れが無かっただけなのだろうか?
ロロにゃんが言うには、大好きな友達が取られちゃうと思っているという話だけど。
ククルさんはそういう事はなさそうだけどな。
「し、シルニャン、俺達のフィギュア完売したな」
「え、あ、はい。3000体の先行販売だったらしいですけど、すぐに売り切れたみたいですね」
「ロロにゃんのお父さんとお母さんも買いに来てたんだよっっんぐぅ」
暴露したらロロにゃんからモモパンされた。
「ふふっ、私の両親も来てたみたいですよ。10体買おうとして、一人1体までだって知って愕然としたみたいです」
「なになに、アンタの両親も来てたの? あー、でもイベントに出演したんだし、そりゃそっかぁ。ククルんところは?」
「私の親も来てたよ。しゅしぎむがあったから、普通に選手として参加するって言っておいたけど」
「そうねぇ、しゅしぎむがあるとそうなっちゃうわよね」
「だから、ロロ。私、しゅし、しゅ、守秘義務ってちゃんと言っただろ? なんで意地悪するんだよ」
それはしゅしぎむと言ったからです。
「ククルは守秘義務が言えない子なの?」
「だから言えるって! ししゅ、しゅし、んんっ! 守秘義務だろ?」
「言えてないじゃない!」
ロロにゃんがビシッと指さすと、ソーマがクスクスと笑った。
それに対して、ククルさんは、にゃー、と鳴いて顔を赤くする。
もう付き合えよ。
「私も簡単な言葉なのに言いづらく感じる言葉ってあるわよ。だから気にしないで良いわよ」
「だ、だよな、シルニャン!」
シルニャンがククルさんの友情ポイントゲット!
するとロロにゃんがぷくっと頬を膨らませた。
めんどくせえな君たち!
宴会は続き。
ロロにゃんがプロからの目線で今回のイベントの反省点を指摘し、ククルさんとシルニャンにボロクソに貶されたり。
勇気を出したフィーちゃんがソーマの活躍を褒め、ソーマが実家の近くのアスレチックで子供の頃からずっと猛特訓をしていたという過去が発覚したり。
あっという間に2時間が過ぎ、二次会に突入することになった。
お会計は割り勘。
「ダッメダメにゃん♪ ダメージがないにゃん♪ にゃにゃにゃにゃっ♪」
二次会はカラオケ。
女子たちの可愛いを存分に堪能するお時間。
え、男子二人? 完全に盛り上げ役ですよ。
俺はテフィナの歌を全然知らないし、ソーマはシャイボーイなので歌わない。
俺達二人は、マラカスとメリケンサックが合体したみたいな楽器をフリフリして、女子たちの歌を盛り上げた。
俺は別に歌が下手というわけじゃないので、こういう時のために数曲は覚えておこう。
「やっぱり鰹節は食べるのが一番♪ ウマウマッニャーゥ♪」
ロロにゃんが歌を歌い終わり、俺はめっちゃ楽器をフリフリした。
女神のライブコンサートを最前列で見たような心境だ。
その女神が俺の隣に、ふぅーと腰を下ろす。
俺はすかさずジュースを手渡した。
「今のなんの曲?」
ロロにゃんが歌った歌は、ストーリーがある曲だった。
鰹節をゲットした子猫が、それを武器に冒険に出る。
最初は鰹節の硬さで敵を倒して、『レジェンド猫にゃん♪ にゅふふふっ♪』と調子に乗る子猫だが、その後にヤバいのが出てくる。
ダメージが与えられず、子猫は逃走するが、あえなく倒されてしまう。
で、夢オチ。
夢から覚めると、ママが鰹節でお味噌汁を作っているというオチだった。
「有名な鰹節のCMソングよ。今のはフルね」
まんまだった。
だけど何にしても最高に可愛かった。
もう帰宅して、俺だけが知っている魔性の歌声を聞かせて欲しい。俺も楽器奏でるからさ。
その後、ククルさんが歌うも、全く知らねえ曲だった。
っていうか、知ってるのはロロにゃんだけだった。乙女ゲーの主題歌らしい。ロロにゃんは、うんうん、と頷く。
ソーマは何だって良いのか、ほけーと楽器を鳴らし続ける。
シルニャンは、誰でも知っている曲を歌う。
俺ですら聞いたことある曲だった。そして上手い。
女子がノリノリで、盛り上げている。
フィーちゃんは、お花を応援する苛烈な歌を歌う。
歌い出しが、『花っ花っ花っ! ふーふーふーっ、花っ花っ花っ! ふーふーふー、花っ花っ花っ!』なんていう、全体的にヘビメタ調の歌だった。
花ってこんな存在だっけ、と自身の概念を疑う曲だったぞ。
しかし、フィーちゃんの曲がテフィナ女子には一番ウケた。凄い盛り上がりだった。
最後には、女子4人が拳を突き上げ、『花っ花っ花っ!』とやっていた。
俺とソーマは、怯えながらシャンシャンと楽器を振るっていた。俺達は草食系だった。草に食われる系。
フィーちゃんが歌った頃からだろうか。
ククルさんがいつも通りの八重歯っ子笑顔を見せるようになった。
そして、カラオケも終わり。
祭りの後の寂しさが胸中に宿る別れの時間。
花っ花っ花! とロロにゃんとフィーちゃんが歌いながら繁華街を歩いていると。
「あの、ククルさん」
最後尾を歩くソーマが、ククルさんを呼び止めた。
花っ! と歌をピタリと止めたロロにゃんとフィーちゃんがバッと振り返る。ロロにゃんのネコミミがピンと立っているぞ。
同じく俺も振り返ってみると。
丁度、ソーマとククルさんの間にシルニャンが割り込む瞬間だった。
「し、シルニャン、なんだよ。どうした?」
「ふ、フシャニャー!」
ククルさんの困惑に、シルニャンはもうどうしたら良いのか分からないのか、とりあえずソーマを威嚇。
ソーマはたじろいだ。弱い。
やれやれ、と呟きながらロロにゃんが俺の横を通り過ぎ、シルニャンの首筋をトンとした。
それで気絶するわけもなく、ロロにゃんは仕方なくシルニャンを抱っこして退場させる。
「にゃー、はなせぇ!」
「大人しくしなさい! めっ!」
「ひ、ひぅぐぅ……」
シルニャン……
超絶美少女なんだから、良い男でも掴まえればいいのに。
前にロロにゃんが言っていたのだが、シルニャンは割とロマンチストらしい。
普通に告られても、返事はノー。しかし、俺の時みたいに、漫画みたいな出会いになると滅法弱いんじゃないか、とロロにゃんは分析している。
まあ、今はシルニャンは置いておこう。
俺達は少し離れて、聞き耳を立てる。
「あ、あのククルさん、この後ちょっとお話があるんだけど良いかな?」
「ひゃ、ひゃい! らいじょうぶれす!」
ククルさんがめっちゃ緊張しとる。
「それじゃあ、ここで解散だな。またな二人とも!」
気を利かせた俺はそう言って、返事を聞かずに二人を残してその場を去ることにした。
頑張れよ、ソーマ。
ロロにゃん達は、俺に続いてその場を後にしたのだが。
「ちょっとコウヤにゃん、どこ行くの!」
角を曲がったところで、呼び止められた。
見れば、ロロにゃんとフィーちゃんが建物の角でデバガメしていた。
シルニャンも気になるのか、うぅううと唸りながら、戦列に加わる。
そういう感じ?
それなら仕方ない、本当はこういうの嫌だけど、付き合うしかないな。仕方ない仕方ない。
ここは繁華街なので、二人は場所を移動するようだ。
近くの公園に入った二人。
ソーマが前を歩き、その3メートルくらい後ろをククルさんがギクシャクしながらついて行く。ククルさんは乱れてもいない髪をしきりに直しているぞ。
ロロにゃんがハンドサインで止まるように指示。
「フィー」
「合点承知ですぅ!」
ロロにゃんが何事かを命じると、フィーちゃんはピューンと飛んで行った。
……撮影するつもりかな?
「おい、ロロにゃん。撮影はさすがにダメじゃないか?」
「バカねコウヤにゃん。テフィナじゃ友人の告白は撮影するのが基本よ」
「マジで?」
「うん、大マジ」
「シルニャン、本当?」
「……はい」
文化の違いだなぁ。
俺は家の中で告白されていたから撮影とかはなかったな。セーフセーフ。告白の後に、そのまま彼氏座椅子をして、凄い恥ずかしいセリフガンガン言ったからな、他の人に聞かれたら恥ずか死ぬ。
「ほら、シルニャンもククルの一大イベントをちゃんと見て上げるのよ」
「……はぁー、分かったわよ」
コソコソ話していると、ロロにゃんのゼットが鳴った。
すぐさま取ると、ライブ映像が出てくる。ふぇええ、怖い。
そこは、イルミネーションで飾られた散歩道の一画。
人はまばらにいるけれど、二人のそばには居なかった。
ソーマとククルさんはすでに向かい合っている。
ククルさんのもじもじがヤバい。
ソーマはここからでは分からないが、きっと足がガクガクしているはずだ。頑張ってぇ!
『ククルさん。元気で、楽しそうに笑うククルさんが好きです。俺と付き合ってください』
ソーマが告った。
「おいおい普通だな、中二」
ロロにゃんが若干落胆したような声で言った。
残念ながら、俺も同じこと思ったぞ。中二っぽい告白するかと思った。
対するククルさんは、ポンと顔を赤くした。
『みゃ、みゃー。あ、あう、あ、あの……』
凄い処女力だぜ、ククルさん。
もじもじして言葉が出てこないククルさんを、ソーマはじっと待つ。
小説風に言うならば、1秒が1分にも10分にも感じられるって心境かな。
ククルさんの言葉を、俺達も固唾を飲んで待った。
そして、ククルさんはこう言った。
『お、お友達から始めたい』
『そ、そっか。じゃあ友達から始めましょう』
『う、うん。ソーマ君はカッコいいけど、ま、まだよく分からないし、お、お友達になって、色々知りたい。よろしくな?』
あれ? それって付き合うって事じゃないのかな?
『あ、ははっ。うん、よろしく』
「ふぅ、ベタね」
「テフィナじゃ、これがベタなの?」
「うん。友達、彼氏、愛月、蜜月、夫婦って段階的に付き合う感じ」
うーむ、迂遠だな。
まあ、そういう文化なんだろう。
さて、そんな二人だが、どういうわけかお手々を繋いで歩き出した。
付き合ってんじゃんね、それ!?
「え、ロロにゃん、手繋いでるよ?」
「うん。恋人候補の友達なら、手は繋ぐわね」
「そ、そうなの?」
「うん」
わからねえ!
だけど、ロロにゃんも俺と付き合う前からボディタッチはかなり許してたか……恋人候補になると、接触行為がかなり緩和されるって事なのかな?
うーむ、日本の恋愛の手順と違いすぎるな。
「うぅううう……っ」
シルニャンがスカートのすそをギュッと握って、唸る。
「まあ、私達くらいの歳だと、彼氏も出来始めるしさ。元気出しなさいよ」
おや、ロロにゃんが素面だ。
俺のお薬が抜けてるのかな?
「分かってるわよ」
「それに、何だかんだ、女の子の友達ってのは大切なもんよ。ワワワッの女子会見たって分かるでしょ、みんなでキャッキャするのは、それはそれで楽しんだから」
「うん……」
はわぁ、さすがロロにゃん。
ちゃんとシルニャンのケアも忘れない心優しき子。
それにしても、ワワワッには女子会なんてあるんだな。
どんなこと話すんだろう。
「任務完了ですぅ!」
フィーちゃんが戻ってきた。
そして、二人はゼットで何かやりとりして、コクリと頷き合った。
何をしているのだろうか?
読んでくださりありがとうございます。
ブクマありがとうございます!




