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1-11 レベル教育 1

よろしくお願いします。

 ロロティレッタをロロと愛称で呼ぶことに決めたその夜は、かなりドキドキしながら眠ることになった。


 俺の見立てでは、俺達の関係はかなり上手くいっている。

 なにせ足の裏のマッサージをさせてくれたのだ。嫌いな相手ならまず無理だろう。


 そうなるとバカな男子高校生は、もしかしたらキス位ならしても平気かも、なんて考えちゃうものだ。出会って2日だろうがな。


 しかし、これから長い年月を過ごすことになる相棒に、イチかバチかの賭けで迫るのは危険すぎる。

 それに、俺はこの文明で外様も外様であるからして、モラルを疑われるようなことをするのは本当に危険だ。社会的に終わる。


 ロロの寝息。鼻腔をくすぐる女の香り。動くたびにベッドに伝わる振動。うっすいパジャマの生地。そして、ギャルゲで得た知識。

 全部が全部、悪魔の囁きとなって俺の睡眠を妨害してきた。特にギャルゲで得た知識がドラマチックでエロティックな妄想を加速させてくる。

 初日は疲れもあってすんなり眠れたが、異世界二日目の夜は悪魔の囁きと戦いながら、どうにかこうにか眠りについた次第だ。




 翌日。

 随分遅くまで悶々していたからきっと辛い目覚めになるだろうと思っていたのだが、そんな事はなくむしろ清々しい目覚めとなった。

 恐らく、レオニードさんに貰った時差調整薬というのを飲んだからだと思う。


 俺達は今日からレベル教育なるものに参加する予定になっている。これは迷い人の援助の一つだ。

 地球を遥かに凌駕する超文明かと思えば、レベルなんていうファンタジーな概念もある。

 自分のことながら、まったく面白い人生になったものだ、としみじみ。


 さて、昨日してもらったレオニードさんの説明によると、レベルが上がると良い事が多いらしい。

 その恩恵は大別すると二つ。トレーニング効率の増加と、スペックの上限解放だ。


 分かりやすいように、RPG風に例えてみよう。

 例えば。


・レベル1 力の強さ 100

      トレーニング効率 1 

      力の強さの成長限界 300


 こんなスペックの人がいたとする。

 これがレベル2になると。


・レベル2 力の強さ 101

      トレーニング効率 2

      力の強さの成長限界 350


 こんな風になる。


 これはあくまで例えなので、数値はまったくの適当だ。

 また、今回は力の強さで例えたが、レベルの恩恵は、魔力量、記憶力、器用さ、免疫力等々、様々なスペックに適用される。


 とにかく要点として。

 レベルが上がると―――


・即時にスペックが微増する。(おまけみたいなもの)

・トレーニング効率が微増する。(かなり重要)

・成長限界が増加する。(かなり重要)


 ―――こういう効果が望めるのである。


 そんな良いこと尽くめのレベルアップを、テフィナ人が放っておくはずもなく。

 テフィナ人は5歳になると、プロの指導の元で長期計画的にレベリングを始める。

 それがレベル教育である。


 俺とロロの義務冒険は始まってしまっているが、まずは俺のレベルを上げてもらわないと困るそうなので、これから10日間、この行事に参加させてもらう次第だ。


 その教育の内容はずばり魔獣を倒すことである。魔獣を倒し続けることで、レベルが上がるのだ。

 なぜ魔獣を倒すとレベルが上がるかをロロに聞いたり、ゼットで調べてみたが、今の俺では全く理解できなかった。


 というのも、俺はテフィナ語を使えるようになったわけだが、俺が元々持っていた知識を超えた言語能力は備わっていなかったのである。

 つまり、レベルアップの仕組みを理解するにはテフィナ独自の概念をいくつも覚える必要があり、単語検索の連鎖状態になってしまうのだ。当然、昨日今日で覚えられるはずもない。

 まあ、経験値が溜まるとでも思っておけばいいだろう。


 また、レベルは自堕落に過ごすと下がってしまう。

 維持するためにはそのレベルに見合った維持活動をしなくてはならないそうだ。筋トレや魔力トレなどが必要なんだって。

 レベル教育が長期計画なのは、この維持活動を小さい頃から理解させることにあるみたいだな。

 普通、15歳までにレベル10程度まで上げるらしいのに、ロロのレベルはなんと6。……つまりは、そういう事なのだろう。




 そんなこんなで、俺達は今、集合場所の広場に来ていた。

 広場には扇状の噴水とベンチのセットが円形を描くようにいくつも配置されている。広場を囲むようにお洒落な飲食店が並んでおり、店内やベンチでは多くの人がモーニングを楽しんでいた。


 その広場の一角で、お役所の職員さんであり俺達を色々サポートしてくれるレオニードさんと待ち合わせをしているのだけど……


「ふぇええええええええ! ふぁっ!? ふぁああああああんあんあんあん!」


「……ままどこぉ? ひぅ……ままぁ? にゃぅうう……まーまぁ? ひぐぅ、まぁまぁああああ!」


「おれ、れっかそうけんのギルぅ!」


「あー、タットくんばっかいつもズルイよ! ぼくもギルがいい!」


 今、この広場には混沌があった。

 ちょこまかちょこまかと。

 五歳くらいの幼児がそれぞれ精一杯の自己主張をしている。

 泣き出しちゃった子の元には母親が慌てて宥めに行ったりして、大変である。


「なぁロロ。今日は遠足か何かなのか?」


 俺はロロに尋ねた。

 コイツは何故か俺の後ろに隠れて、俺のすぐ目の前に居る眠たげな眼をした天使のような幼女とおかしな遊びをしている。どこかで見たことある天使である。気のせいか?


 二人の興じる遊びは、JKが考案する合コンゲーム以上に初見では意味のわからない謎の遊びだ。


「バカね。ここに居る子はレベル教育に行く子よ。むむむっ!」


 変な気合いを入れたロロは両手で作ったウサギの耳を頭に添えて、独特な歩調で俺の身体を中心に時計回りに回った。件の幼女がニャンッみたいなポーズをしたのがトリガーになったようだ。

 二人はそんなポーズを維持しながら俺を中心にぐるっと回って位置を変えた。何故か二人とも真剣な表情である。全然意味が分からない。


 しかし、これがレベル教育の現場か。

 30人ほどの幼児と、その保護者、それから冒険者と呼ばれる人達が広場に集合している。


「えーと。取り敢えず、俺達は年長者のグループと行動するのか?」


 しかし、そうは言っても広場には他にそれらしい集団はいない。

 集合場所は合っているはずだよな?


 ロロが荒ぶるワシのポーズを取ったことで、二人はにゃんにゃんと手を振りながら俺の周りをまわり始める。ギャラリーの子供が、おお! と白熱した。なにこれ。


「おはよう、お二人さん!」


「あ、おはようございます、レオニードさん」


 謎の遊びのパーツにされていると、イケメンスマイルを振りまいてレオニードさんが登場した。

 俺は挨拶を返して、集合場所を間違えてしまったのか聞いた。


「いや、ここで良いんだよ。君達はこの子らと一緒にレベル教育に行くのさ。おっ、早速クリスとお友達になってくれたのかな。ありがとう」


 レオニードさんはそう言って、ロロと不思議な遊びをしている幼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 クリスと呼ばれた眠たげ幼女はうめき声一つ上げずに、されるがまま頭をガクガクさせている。可愛い。


 どこかで見たことあると思ったら、レオニードさんのゼットの待ち受け画面で見たんだ。

 イケメンの種は見事にこの世へ美幼女を芽吹かしたようで、全く良い仕事しますね。


 しかし……そうか。


 俺はこの幼児達と教育と名のつく行事に参加するのか。

 迷い人だし仕方がないとは言え、ちょっと恥ずかしいな。

 向こうの方でゴッコ遊びをしている男児とかにちょっかい掛けられたらどうしよう。「大人なのにレベル1だってぇ! だっせぇええ! だっっっせぇえええ! みんなぁ聞いてぇ!」とか騒がれたら、本気でどう対処して良いのか分からん。殴っちゃ拙いよな。


「そうそう、コウヤ君」


 レオニードさんが言う。

 おや、呼び名が生咲君から変わったな。イケメンの好感度が上がったか?


「君にはこれを貸そうと思ってね」


 そう言って、レオニードさんは俺に一つの腕輪を渡してきた。


「これは?」


「それはウェムの腕輪って言ってね。修行用の腕輪なんだ。レベルの恩恵については理解して貰えたかな?」


「はい。レベルアップに伴い、トレーニング効率とスペックの上限が上がるんですよね」


「その通り。このトレーニング効率はかなりの恩恵でね。普通に生活していてもそこそこの成果をもたらすんだ。つまり、5歳からレベル教育に参加しているテフィナの子と君とでは、結構な差が生じているわけだね」


 確かに導きの群島でロロと取っ組み合いの喧嘩をした時、身体の動かし方はともかくとしてロロの力はかなり強かった。レオニードさんの言っていることはそういう事なのだろう。


「そこでそのウェムの腕輪だ。それをつけておくと、常時身体に負荷が掛かって良い感じの身体を作る手助けをしてくれるんだよ」


「ほほぅ、いいですね、それ」


「レベル教育が終われば義務冒険に参加してもらうことになるからね。その手助けさ。ん? ロマさんも興味があるのかい?」


 レオニードさんが、じっと俺達を見ていたロロに問うた。


「ちょっとだけ」


「ロマさんの分もあるけど、使ってみる?」


「え、良いんですか?」


「いいとも。君のレベルが6だって話だから、一応持ってきたんだよ」


 ロロもウェムの腕輪を貸してもらった。


「修行だわ。ねえねえ、修行」


「だな」


 ロロがテンション高く俺に言ってきた。

 ゲームが好きみたいだし、修行アイテムは胸熱なようである。まあ俺も人のことは言えないけどな!


 そんなわけで、ウェムの腕輪をありがたく使わしてもらうことにした。

 あまりアクセサリーは好きじゃないけど、恩恵がでかいし我慢だ。左腕に装着。


 腕輪を付けた瞬間、身体に劇的な変化が起こった。

 まず、肩がグッと背中側に引っ張られる。

 そして、空気を吸うのに少し力がいるようになった。

 さらに、身体全体が若干重くなった。


「え、割とキツいんですけど」


 特に肩を引っ張られるのがキツい。なにこれ。


「負荷はそれほど強くないはずだから、たぶん姿勢の矯正が辛いんじゃないかな。まあ死にはしないから!」


「た、確かに少し猫背気味でしたけど……ぬぅ」


 っていうか、これロロは大丈夫なのか?

 そんな風に思って横を見ると、ロロは普通に立っていた。

 思い返してみれば、姿勢は凄く良い子なので特段矯正するところはないのだろう。


「ちょっと身体が重くなったかも。あと息を吸うのに意識が行くわね」


 姿勢矯正以外はほとんど俺と同じようだ。


「ちなみに、それはレベル教育が終わるまで取れません!」


「え、マジですか?」


 レオニードさんの言葉に耳を疑う俺。


「ウェムの腕輪のコンセプトは、日常生活で使用することで自然な筋肉や繊細な魔力コントロールを身に着けることにあるからね。日常生活でこそつけて欲しいんだよ」


「な、なるほど」


 ならば腹を括るしかないか。

 くそっ、いきなり異世界生活が厳しくなった気がする。


「ちなみに、ウェムの腕輪の上位互換に、ドウェムの腕輪があるよ。冒険者はお世話になる人とか居るね」


「今はウェムの腕輪で一杯一杯です」


 その後、レオニードさんに連れられて、冒険者の方々と顔合わせした。

 彼らは子供達が安全に魔獣をぶっ倒す手伝いをしてくれる。


 彼らは冒険者は冒険者でも、昨年義務冒険をスタートした人たちで、つまり俺達の先輩だった。

 子供を預かるレベル教育の監督は、義務冒険者の中でもレベル教育の教習を受けた者が出来る仕事らしく、中々に人気があるそうだ。子供も可愛いし。


 それから班分けがなされ、俺、ロロ、クリスちゃん、新たな幼女ミィミちゃん、というメンバーになった。

 レベル教育は1グループに対して義務冒険者1名が付き添う形になるので、合計で5人のグループだ。

 俺達を監督してくれる義務冒険者は、頭に角が生えた元気そうな女性だ。角はアクセサリーである。彼女もまたすんごい美人さんだ。


 ニコニコ幼女、眠たげ幼女、元気なお姉さん、残念美少女、そして俺。

 ここに俺のハーレムパーティが完成した。なお、割と気まずい。


 他にも、遊撃的な監視役の義務冒険者が5人、空飛ぶデジカメを所持したカメラマン義務冒険者が2人と、レベル教育の現場はかなりの力の入れようだと見て取れるな。





 レオニードさんや保護者の皆さんの見送りを受けて、俺達はルシェターミナルを仲介して町の外れにある公園に転移した。

 俺達も慣れたものでゲートの潜る際は、「ん」「ああ」のやりとりで魔力交換を行う。


 そんな俺達のやりとりをジッと見ていたのはレオニードさんの娘、クリスちゃん。

 彼女は眠たげな眼の奥で何を思ったのか、ロロの手に純魔力を浴びせた。

 しかし、純魔力は他人に渡せない。例外は魂の双子だけだ。クリスちゃんの純魔力は吸収されず、ロロの手を撫でて霧散していく。

 コテンっ、と首を傾げるクリスちゃん。果てしなく可愛い。おのれ、レオニードさん。


 ロロは優しげな笑顔で、クリスちゃんと手を繋ぎ始める。

 最初から仲が良かったが、それ以来クリスちゃんはロロに非常に懐き、ロロのそばにいて離れない。可愛い。




 公園に着くと、不安そうにする子供達が芝生の上に集められ、一定の間隔を開けて並べられる。

 義務冒険者の皆さんがせっせっと子供たちを並べる姿に、一つしか年齢が変わらないとは思えない大人らしさを感じた。

 最後に、俺とロロが一番後ろについて整列完了。


 気が弱い子はこれから何が始まるのか不安があるようで、胸の前で手を忙しなく動かしている。横を見るとロロも同じ動きをしていた。いや、何でだよ。

 たぶん、説明が始まるんだろうな、なんて考えながら、俺は前に並ぶちっちゃな頭を見渡す。


 おっぱいのおっきな光の聖女とかしてそうな姉ちゃんが子供達の前に立つと、パンパンと手を叩いて注目を集める。


「はーい。皆さーん。今日はこれからレベル上げをするからねぇ。レベルを上げて、パパとママを驚かしちゃおう!」


「うぉおおおおお!」


 ハイな精神状態な少年が、元気に返事する。

 子供たちの反応は、彼ほどではないにしても元気な感じと不安そうな感じの二つだな。唯一クリスちゃんだけはロロをチラチラ見るばかりで興味なさそう。


「それじゃあ、これから準備体操を始めるよー。みんな、魔獣体操は知ってるかなぁ?」


 ほう、そうきたか……

 っていうか、俺もやるの? やるんだろうな。そういう配置だ。


「おれ、しってるぅ!」


 ハイな精神状態の少年が代表して答えると、それを皮切りに他の子からも反応が返る。

 不安そうな子供も、ちっちゃく頷いたりしているな。


 察するに、魔獣体操は地球で言うところのラジオ体操、もしくはお遊戯体操みたいなものなのだろう。


 いやいやいや、マジで俺もやるのか?

 そういうのが恥ずかしく思う年頃なんだけど、気を使ってくれませんかね!?


 俺の焦りを余所に、子供達の反応に気を良くしたおっぱいな光の聖女は、たわわに実った胸元からゼットを取り出し、なにやら操作を始める。

 すると、ゼットが空中に浮かび上がり、音楽を奏で始める。この文明は小型通信端末にどこまで求めてんだよ。俺も後で使ってみよう。


『みんなぁ、魔獣体操、はっじまーるよぉ!』


 ゼットから萌え萌えした女の声が流れた。

 もうね、第一声で対象年齢が低いと理解させてくれる。


 え、ええい、やるしかねえ!


 トゥトゥントゥントゥン、とやや電波チックな音楽に合わせて、その場にいる子供と女性冒険者がカカトを上下させて身体を縦に揺らし始めた。


 なお、男性冒険者は参加しない模様。ほとんどの男性冒険者が運動を始める女性冒険者たちのボディを見ている。最低である。俺もそっちに加わりたいって、あ、あわわわわわ……っ。


 光の聖女の楽し気に弾むおっぱいに気を取られた俺は、慌てて前の幼女に倣ってカカトを上げ下げ。


『まずは腕をグルグル動かして、ジャイアントベアの動きから! いっくよぉー、ぐーるぐーる、ガオーッ!』


「「「ぐーるぐーる、ガオーッ」」」


 ゼットの音声の口上に続いて、幼児たちの声が重なる。よく訓練された幼児たちだ。

 そして、体操に参加している俺以外の全員が、足を肩幅に広げて腕をぐるぐると2周回し、ガオーッと弾むように腕を止める。その時の手の形はかぎ爪型で、腰を若干落とすようである。


 大変だ、意味が分からん。

 だが、参加させてもらっている手前、あまりダラダラは出来ない。俺はそういうところ真面目であった。

 俺はワンテンポ遅れつつもしっかりと参加した。


『みんなぁ上手だねーっ! じゃあ次は背中と足の体操ー、みんな大好きピヨピィの動きだよー。できるかなぁ? ピィヨピィヨ!』


「「「ぴぃよぴぃよ!」」」


 俺が正確にラーニングを終えた頃に次の体操に切り替わる。

 今度は鳥が餌をついばむ様なモノマネだ。


 俺が参考にしている一つ前の幼女が左にピヨピヨ。

 動きとしては、片足を前にして鳥が餌をついばむようにお辞儀をする。この時、手は腰の後ろに回わし、ピヨ・ピヨと2回後ろに引っ張られるようにするみたい。背中の体操というか肩甲骨の体操なのだろう。


 幼児達はまず左方向へお辞儀するように啄ばむ真似をするので、俺も慌ててそれに倣う。しかし、俺が見様見真似で行動した時には、今度は右に同じ行動を始めてしまう。


 俺が見本にしている一つ前の幼女のお尻が左にピヨピヨ、右にピヨピヨ……これは……一体……?


 俺が幼女の動きをラーニングした頃には、別の魔獣に切り替わった。はやいはやい。

 俺の顔は真っ赤だろうな。顔が引きつって戻らん。


 ふと男性冒険者を見ると、相変わらず全員が女性冒険者の乳尻の動きを腕組みしながらキリリとした目で見ている。特におっぱい聖女のポヨンポヨンするおっぱいへの視線が凄い。熱視線だ。

 なんで俺だけ幼女のお尻を見ているのだろうか。


 その後、15回ほど魔獣の動きを真似させられ、体操は終わった。

 終わった頃には、俺は心身ともに疲労しきっていた。

 どう考えてもお遊戯としか思えない体操に参加させられた恥ずかしさもあるが、人の動きを数瞬遅れて真似をするというのは非常に疲れるものだ。

 それに、俺は今、ウェムの腕輪を着けている。自然な筋肉を育むために常時身体に負荷を掛けてくるアイテムらしいが、そんな物をつけて運動すればそりゃキツい。


「はあはあ……なにこれ」


 幼児たちと行くのだから、もうちょっとこう……ピクニック気分になると思ったのだが。

 いや、実際に義務冒険者や幼児たちはピクニック気分なのだろうけど。


「おにいちゃんだいじょうぶ?」


 俺が見本にしていた幼女が問いかけてきた。可愛い。


「だ、大丈夫だよ。お兄ちゃん、今修行中でね。身体が重くなるアイテムを着けてるんだ」


「しぎょう」


 コテンと首を傾げた幼女は、それきり興味を失ったのかててぇーっと駆けて行った。

 ふふっ、幼女に心配されちまったぜ。


「ぜーはーぜーはー、にゃぐぅ……」


 そんな呻き声を上げて、ロロが俺の隣にばさりと倒れ込む。

 汗がびっしょりである。

 そう言えば、コイツもウェムの腕輪をつけていたんだった。


「お、おい、ロロ、大丈夫か?」


「……」


「し、死んでる……!?」


「……」


 答える元気もないらしい。

 そんなロロにクリスちゃんがててぇーと近寄り、せっせっとタオルで顔の汗を拭き始める。

 なんでコイツは幼女にこんなに懐かれているんだ?


「あ、ありがとうクリスちゃん」


 さすがに幼女にお世話されるのはいかんと思ったのか、ロロは起き上がって割座になり、自分のタオルで汗を拭った。起き上がる時に立てた腕がめっちゃプルプルしていて若干草である。

 一息吐くとクリスちゃんをお膝の上に座らせ、頭をよしよし。美少女+美幼女の絵はマイナスイオンが凄い。


「ロロ、大丈夫か?」


「今日はもうダメかもしれない」


「いやいや、準備体操でギブアップはさすがに早すぎるだろ」


「ダメかぁ……。まあこの後はそんなに動かないし、平気かな」


 かつて自分の参加したレベル教育の進行を思い出すようにしてロロが言う。

 テフィナっ子が言うならそうなのだろう。

 正直、これは朗報だった。準備体操でこの疲労度なのに、さらに運動量が多いプログラムだったら帰る頃には吐くか昏倒していても不思議じゃない。


 はあー。

 しかし、俺は異世界に来て、何でこんな事をしているんだろうなぁ。


 俺は白と青のコントラストが美しい空の中で悠然と佇む浮遊島を見上げた。

 その視界を横切るようにでかい鳥が、ピヨピィ、ピヨッピーと囀りながら飛んでいく。幼女たちが、あっ、ピヨピィだ、と指さしてキャッキャッする。

 あれがさっき魔獣体操で出てきたピヨピィらしい。結界内に魔獣が入っているけど、義務冒険者が騒がないという事は安全な魔獣なのだろう。


「だけど……」


 俺は呟いた。


 戦火渦巻く憎悪と悲しみに塗れた世界で、幼女の死体を抱きながら天に向かって呪詛を叫ぶ自分の姿を想像すれば、元気に踊る幼女の後ろであわあわしている今の自分の生活の方が断然良いはずだ。

 まあ、埋没はしそうだけれども。


 魔獣体操。

 何とも平和な異世界に来たものだ。

読んでくださりありがとうございます!

連休が終わったので、ストック切れまで1日1話掲載に致します。ご了承下さい。


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