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3-10 ラーメン屋

よろしくお願いします。

 フィーちゃんの狂化を鎮火して、俺達は教室を出た。

 他の受講者が出て行く後に続く。


 がやがやと賑わう教室の扉を潜るという、ただそれだけの行為が凄く嬉しい。

 ロロと一緒できなかった高校生活を少しだけ体験できたような気がしたからだ。

 嬉しさのあまり、ロロの耳辺りに舌を鳴らしながらキスをする。ムチューと十倍になって首筋に吸い付かれた。


 教室を出ると、壁に寄り掛かって腕組みしている男子が一人。当然、静かに目をつぶっている。

 ソーマ君だ。


 その姿を見て、中学に入学したての頃の自分を思い出した。

 只者じゃない感を演出したくて、俺もあんな風にして壁に寄りかかったっけな。……若かった。

 思えば、あの時代があったから、その後の学生生活で女子との会話の仕方が分からなくなったような気がしないでもない。小学校まで割と話せたし。


 しかし、そんな俺とソーマ君では決定的に違う点があった。

 それはそう、イケメン度。

 白髪でシュッとした顔のソーマ君がそんな恰好をしていると、マジで只者じゃない感じがする。

 たぶん、日本で同じことをソーマ君がすれば、多くの女子が物語が始まった鐘の音を聞く事だろう。


「ソーマ君、お待たせ」


 俺が呼びかけると、少し口角を上げてから、「来たか」と壁から背を離した。

 そうして俺の方を見て。


「んぇええええ!?」


 驚愕の眼差しでペタンと尻もちをついた。


「どうしたの?」


「どうしたのじゃねえよ。そんなイチャコラしてたら普通驚くから。コウヤ君もやっぱり頭おかしいんだよなぁ」


 ククルさんがツッコんできた。

 なるほど、ロロにゃんと合体している姿に驚かれたらしい。

 しかもロロにゃんはチュッチュと一生懸命だ。


「う、あ……」


 ソーマ君は目をパチパチしてから、慌てて立ち上がった。

 ゴホンと一つ咳払い。


「ふっ、な、何度出会っても、やはりお前らは仲が良いな」


 ほう、うすうす感づいてはいたけど、そういうライフスタイルの人ね。

 ならば、俺は……普通に行こう。


「あれ、前に一度会ったかな?」


「いや、覚えてないならいいさ。ずっとずっと昔の話だ。そう、ずっと、な」


 遠い目をして、ふふっ、この会話も懐かしいな、などと言っている。

 前世系かー。

 っていうか、俺はブレイヤの町で見たソーマ君を覚えているのだが、ソーマ君は全然気づいていなかったか、覚えていないようだった。


「とりあえず、ご飯に行こうか。俺達はそこらの飯屋で食べるつもりだけど、ソーマ君は大丈夫?」


「ああ、俺もそのつもりだったし」


 ご飯の約束を取り付けた時の少年っぽさはどこに行ったのか、ソーマ君は傲慢クール系主人公みたいな態度である。

 しかし、理解がある俺はにっこり。


「それじゃあ行こうか」


「ああ。だ、だが、さすがにそのままロビーに戻るのは不味いと思うぞ」


「やはり不味いか……」


「当たり前じゃん。めっちゃチュッチュして、下手したら捕まるぞ?」


 ククルさんにも注意されちゃった。

 そうかこれはアウトか。


「ククルちゃん、コウヤさんも昔は常識的だったんですよー。ロロちゃんとの苛烈なチュッチュな日々で、脳がダメになってしまったんですぅ」


「やっぱり淫乱猫のせいかー。こんな話してるのに臆面もなくチュッチュしてんからな。きっとあそこらへんからヤバい液体を注入してるんだぜ?」


「ネジ穴に入り込む毒ですぅ」


 好き勝手言ってんなぁ。まあすこぶる正論なのだが。


 というわけでロロにゃんを下ろす。

 めっちゃ嫌がったが、さすがの俺でも公然わいせつ罪は怖い。愛し合った結果、そんな重い十字架は背負いたくない。


「うわぁ、首筋真っ赤じゃん! やいっ、淫乱猫! お前、コウヤ君の首筋見てみろよ!」


「まあ! 一体誰がこんなことを!」


「お前だよ!」


「私か」


「お前だ」


 まるで暇を持て余した神々な感じで掛け合うロロにゃんとククルさんは、そのままキャッキャタイムに突入。

 凄い変わり身。さっきまでの俺とのイチャラブが嘘のよう。

 まあ特別ゲストを放置してロロにゃんとイチャコラするのも酷い話なので丁度いいか。


 ……ハッ! そ、そうか、それを計算したうえで、ククルさんのところに行ったのか。

 ヤバいなロロにゃん。良妻賢母になれる女子力保持者じゃん。はわぁ、さすが良い女だぜ。


 自分の彼女の素晴らしさを再確認していると、ソーマ君がチラチラ俺を見てきていることに気づく。

 きっとお話ししたいんだろう。ソーマ君からはコミュ障の匂いがプンプンするからな。構ってやるか。


「ソーマ君はルシェがホームなの?」


「ふわぁ!? あ、ああ、そうだ」


 なぜビックリしたし。結構酷いコミュ障なのかな?

 高校時代に女子と接した時の俺だってここまでじゃなかったぞ。


「じゃあ俺達と一緒だね。ククルさんは違うけど。で、どこかお勧めの店とかある?」


「え、お、お勧めの店? ごめん、俺、ラーメン屋くらいしか知らないんだ」


 しゅんとするソーマ君だったが、俺は驚いた。


「おー、ラーメンか、良いね! なあ3人はラーメンで良い?」


 俺が問うと、3人はいいよーと了承する。


「え、いいの?」


「もちろん。昼食だし、あまり大仰な物を食いたい気分でもないし」


「そ、それじゃあ、この近くに竜骨洞があるから、そこにしようか?」


「オッケー。そこにしよう」


 というわけで、テフィナで初のラーメン屋だぜ!




 ルシェの町は町全体がティンバーフレームの建物になっているため、ラーメン屋もまた可愛らしい造りであった。

 一見すれば、こじゃれたイタリアンレストランみたいな外観。

 しかし、一度店内に入ると、そこは質実剛健なラーメン屋の店内そのもの。カウンター席があり、家族席があり。カウンター席の向こう側はもちろん厨房だ。


 運よく4人掛けのテーブルが開いており、俺達は待たずに席につく。

 客の中には、教習所で見た奴もいた。


 向かい合わせのソファ席で、男サイドと女サイドで別れる。4人席だが、フィーちゃんはちっちゃいので女子サイドで食べるぞ。


 メニューはタッチパッドで注文。

 竜骨ラーメン、という店名の一部を冠したラーメンがトップページに乗っている。


 竜骨ラーメンは、豚骨ラーメンとあまり外見は変わらない。

 味は、醤油、ミソ、塩、エビ牛乳、の4種類から選べる。

 エビ牛乳の存在感が凄い。竜骨エビ牛乳。超気になる。


「私、竜骨エビ牛乳メンマ多め」


「私はどしよっかなぁ。よし、竜骨エビ牛乳キクラゲ多めかな」


「私は竜骨エビ牛乳油無し砂糖桜チラシでー」


「お、俺は竜骨エビ牛乳チャーシューメンで」


「うぇえええ、全員エビ牛乳なの!?」


 そんなに人気なのかよ!?

 ちなみに、ロロ、ククルさん、フィーちゃん、ソーマ君の順。

 フィーちゃんに至っては、砂糖桜チラシとかよく分からんこと言ってる。


「じゃ、じゃあ俺も竜骨エビ牛乳チャーシューメンで」


 4人のテフィナ人がほぼ即決して決めた味なわけで。

 ここで他の味を選択して失敗したら相当にへこむ。


「こ、コウヤ君、チャーシューのタイプが選べるんだが、どうする?」


「どれどれ?」


 ソーマ君がタッチパッドを見せてくれたので、身体を近づけて一緒に見る。

 どうやらチャーシューの硬さを選べるみたいだな。俺は舌の先で解けるくらい柔らかなチャーシューが好きなので、トロトロって奴にした。


 注文をして一段落すると、テーブルの下でロロにゃんの足が俺の足をさわさわしてきた。さらに軽く純魔力を注入される。俺も同じことをした。ロロにゃんは大変満足そうな顔をした。


「あのさ、気になってたんだけど。コウヤ君と彼女さんは、もしかしてフェーディの?」


 どっからその情報得てるんだろうな。

 まあ、今のところ実害はないから良いんだけど。


「そうだよ。俺とロロはフェーディなんだ」


「おーっ、やっぱり、すっ……ゴホン。やはり引き合う宿命にあるのか」


 いや、もうメッキは剥がれてるから普通に話せばいいのに。

 まあ良いけど。


「ならば運命の管理人には会ったんだな?」


「え、誰それ」


「奴の名はルーラ」


 え、運命の管理人とか言われてんの、あの猫。

 いや、中二病患者の発言なので独自設定の可能性があるな。


「ああ、会ったよ。語尾にニャがついてた」


「あれは大昔に導きの群島に落ちた少女が、キャラ付けでそうした方が良いってアドバイスしたという逸話がある。やろうと思えば普通に喋れるそうだ」


「そうだったの!?」


 俺が驚くと、ソーマ君はクール顔を崩してテレテレした。

 その後、ルーラさんが鰹節紅茶をくれたりしたことを話していると、ラーメンが来た。


 竜骨ラーメンは肌色に近い色のスープなのだが、それに牛乳が混じることで淡い黄色のラーメンになっている。散らされた干しエビからわずかにピンク色が滲み出ている。


 いただきまーすと元気な女子の声を聞きながら、俺とソーマ君は控えめにいただきますと口にする。

 とりあえず、スープを味わってみる。


「なんだこれ、超うめぇ!」


 どろりと舌に絡みつくようなスープだ。

 牛乳の優しい甘みとコクのある濃厚な味わい、そしてエビの旨味が複雑に絡み合って舌の上に広がる。

 さらに、体内に巡る魔力をマッサージでもするかのように、魔味が身体の中に溶け込んでいく。テフィナ人になってから、この感覚が食においてえも言えぬ幸福感を与えてくれるようになった。最初に魔味を感じた時のような衝撃はここ最近ではなくなってしまったな。慣れたんだろう。


 麺に絡めてこそのスープと分かっていても、もう一杯もう一杯とついついスプーンが動いてしまう。


 ととっ、いかんいかん。

 俺は箸を取った。

 そこで、先ほどから少しばかり懸念していたことを思い出す。

 テフィナ人は麺を啜るのだろうか、と。


 あっ、啜ってるな。

 良かった。

 ぶっちゃけ、俺は麺を啜らないで食う方法を知らないからな。


 ヨーロッパなどでは麺を啜る音に不快感を覚えるなんて話を聞いたことがあるのだが、その際に何回か音をさせずに麺を食べてみたのだけど、これがなかなか上手くいかないのだ。

 レンゲとかに丸めて食べるのかな?


 まあ、テフィナ人が麺を啜って食うなら、もはや考えなくていい作法だろう。

 俺は遠慮なくずるずるした。


「うっま、ふふ……」


 美味すぎて笑いがこみ上げてくる。


 俺がはふはふ食っていると、ラーメンを提案したソーマ君が嬉しそうな顔をした。

 さらに、ロロにゃんもニコニコしている。


「コウヤにゃん、美味しい?」


「うん。すげぇ美味い。あ、今日のははんぶっこ出来ないな」


「いいよ、たまには。んふふ」


 テーブルの下で足をゴシゴシと擦りつけてくる。


 チャーシューは恐らくドラゴン肉なのだろう。

 どの部位かは全く分からないけど、スープの味を沁み込ませたトロトロの肉が口の中でほろほろと解けて消えていく。シェフを呼べ。いや、作ってるのはあの兄ちゃんか。


「ソーマ君、良い店紹介してくれてありがとう。マジで美味いよ」


「そ、そうかな、えへへ。よ、喜んでくれたなら良かった」


 ソーマ君はもじもじした。


「総ウケですぅ……」


 そうぽつりと呟くフィーちゃんのちっちゃなどんぶりの中には、桜の花びらが浮いていた。


「フィーちゃんのなんか綺麗だね」


「砂糖桜チラシですぅ。クリーミー系のラーメン屋さんには大体あるんですよー。主に妖精が好きですねー。人間さんだと、甘過ぎちゃうって言う人が多いですねー」


「へー、そんなのもあるんだね」


 そんなこんなで、ラーメンを食した俺達は、店を後にする。


「あ、あのさ、明日も一緒にご飯食べないか?」


 ソーマ君がもじもじして言う。

 この人の中二病は中途半端だな。

 いや、コミュ障の気の方が強く出てしまうのかな?


 俺がそれを快諾すると、ソーマ君は目をキラキラさせて喜んだ。

 なんだろう、凄く懐かれてる気がするぞ。

読んでくださりありがとうございます。

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