3-6 フィーちゃんの失敗とソロは寂しいククルさん
よろしくお願いいたします。
深夜の時間に差し掛かると、潮の満ち引きでも関係しているのか、カニが全体的に一回り大きくなった。
まあそれでもそこまで強くはないのだけど、そいつらに交じってボス級のカニが結構出てくるようになったので、先ほどまでの収穫ムードではなくなっていた。
ボスカニは俺達が参加できそうな位置にはまだ来てないのだが、見た感じかなり強そう。
体高は2メートル弱はあり、それに合わせて身体がでかい。足は太い場所なら電信柱くらいあり、ハサミに至っては人の胴を余裕で掴めるくらいでかい。実際掴まれて強制転移を喰らってる人がいたぞ。俺の人生がパニック映画になったかと思った。
ハサミも脅威だけど、一番怖いのが突進だ。
巨大なつるはしみたいな足がワシャワシャ動きながら、その巨体で突っ込んでくるのはマジでパニック物のそれである。
そしてついに、俺達の元へもボスガニがやってきた。
波を押しのけるように海から出てきた巨大カニは、波打ち際で足を一本空中でピクピクさせたかと思うと、俺達の下へ凄い勢いでカニ歩きしてきた。
進路上にいるカニ共を足の先端で貫き蹴散らしながら迫りくる様は、他者に恐怖かドン引きのどちらかを植え付けるに十分な迫力があった。
「ひ、ひぅうう……」
ロロが慌てて俺におんぶした。
いつでも逃げられる準備とは。抜かりねぇ!
「う、うわぁああ!」
ククルさんは、まるで初めて恐怖心を抱いた人みたいな声をだしながら夢中で攻撃するが、投げ斧は軽く刺さる程度でカニの動きを全く阻害できていない。
ロロもレーザーを放つが、甲羅に風穴が空くも生命力豊富なカニは普通に向かってくる。
俺はロロを背負いながら、カニに鎖をガンガン放出した。
砂浜は鎖で敵を縫い付けるのに不向きな地形らしく、あまり効果が得られないのは雑魚カニで学習済みだ。
だから、足と足を纏めるふん縛るようにして捕縛していく。
カニはどんどんスピードが遅くなっていくが、こういう生物は2本脚があれば普通に移動する気持ち悪いガッツがある。
カニは俺達のそばまで来ると、口をこちらに向けた。くっさい放水の構えだ。
ロロ、口を攻撃!
そう叫ぼうとした瞬間、ドシャーッと俺達の身体に液体が降り注いだ。
しかし、それは放水ではない。
カニのボディが木っ端微塵になって俺達に降り注いだのだ。
カニの自爆技……否っ!
辺りに散ったカニみそが晴れると、そこには真っ赤なオーラを纏った妖精さんが、ふわふわと飛んでいた。
残心するその型は、すでに見慣れた侵食・岩穿ちのもの。
フィーちゃんはスッと身体を戻すと、すぐさまわたわたと手を振った。
「すすすすすすみませーん!」
大惨事の原因を作り出したフィーちゃんは慌てて俺達に謝罪してきた。
そう、俺達はカニみそ塗れであった。あとガニがべちょっとくっついている。
小型カニたちの放水で辺りはただでさえ匂っていたのに、そこに来て大量のカニみそ。少量ですら臭い回みそが大量に。
控えめに言って、最悪だった。
「あ、ごえやば……コウ、ごめっ、うぅ、お、オロロロロロロロ!」
ロロにゃんが吐いた。
俺の肩に。
俺は彼女にゲロをぶっかけられながら、やっぱりロロにゃんの中はほっかほかだな、と再確認した。
嫌悪感は皆無!
「お、おまっ、それはさすが、に……お、おぇ、うっ、オロロロロロロロ!」
ロロにゃんのスーパープレイを見たククルさんがドン引きするも、匂いか視覚かその両方か、砂浜に吐瀉した。
「「「オロロロロロロ!」」」
周りのみんなも吐いた。
この匂いは、吐かないわけがなかった。
「オーロロロロロロロ!」
当然のように、俺も吐いた。
「ひゃーっ、すすす、すみませんでし……おぅ、ぅぅぅっっ、オロロロロロロ!」
犯人も吐いたぞ。
フィーちゃんにより状態異常が撒き散らされ、戦線は一時混乱を極めた。
休憩中だった奴らが慌てて戻ってきてそれを支えてくれたけれど、状態異常を喰らった奴らのテンションは駄々下がりであった。
俺達は水魔法と石鹸で身体を洗い、一時休憩。
そんな俺達に。
「ご、ごめんなさいですぅ……」
フィーちゃんが正座して、えっぐえっぐと涙する。
「いや、大丈夫だって! 誰しも失敗はあるし、なあ?」
「そうよ。気にしなくていいわ! ねえ、ククル?」
「おう、全然平気だぞ! だから泣くなって」
「それにフィーちゃんの失敗なんて珍しいじゃないか。たまには良いんだよ」
そういって俺はフィーちゃんの頭を指先でなでなでした。
前髪の暖簾からチラッチラッと見えるお目々は、普段なら陽気さを称えた明るいものだけど、今はしょんぼりモード。
さらに、ロロとククルさんがフィーちゃんの小さな手をムニムニする。
しかし、フィーちゃんの失敗か……
フィーちゃんは、テンションが上がりすぎると詰めが甘くなるよね。この前の魔王城イベントも、シルニャンに大打撃を与えた後のカッコつけ時に、追尾斧を喰らって撃破されたし。
「とまあ俺達は良いんだよ。それよりさ、フィーちゃん、周りの人たちに謝りに行こう」
「はいですぅ……」
俺はフィーちゃんを連れて、迷惑を掛けた人達に謝りに行った。
一緒に頭を下げて謝罪すると、なんら怒られることもなく普通に許して貰えた。
テフィナ人が優しすぎる件。
もちろん、次から注意してくれよ、などと苦笑い交じりに注意は貰ったけれど、それは当然の事だろう。
「コウヤさん、一緒に謝ってくれて、ありがとうございますぅ……」
「仲間なんだし、当然だろ。なっ?」
「は、はわぁ……はいですぅ」
フィーちゃんの好感度ゲットだぜ!
これでフィーちゃん離反イベントは当分起こらないはずだ。
フィーちゃんが離反して俺とロロ二人きりだと、歯止めが利かなくなって逮捕されかねないからな。フィーちゃんはいてもらわなくては困るのだ。
「よしっ、それじゃあフィーちゃん。残り時間も頑張ろうな?」
「は、はい、頑張りますぅ!」
よしよし。
「はわぁー、お前、良い彼氏ゲットしたなぁ」
ククルさんが感心したようにロロへ言った。
「まあねっ! 我が家の彼氏は最高なんですわ! んねっ!」
ロロは嬉しそうに胸を張った。
「ゲロぶっかけても嫌な顔一つしないしなー」
「まあ、気持ち悪い時は誰でもあるし、そもそもロロにゃんのだしな」
それに、ロロにゃんは口移しで物食わしてくるし。
あれって凄く飼育されてる感があってドキドキするのだ。
そして、俺の脳は取り返しがつかないのだ。
だけど、何度も言うけど、ダークマターだけは絶対にダメだぞ。
「コウヤにゃん……わ、私もコウヤにゃんのゲロなら飲めるよ!」
「ロロにゃん……っ!」
だけど、私もってのは意味分からない。俺は決して飲めるとは言ってないのだが。
しかし、愛は感じた。今日はいっぱい可愛がってあげよう。いや、今日も、だな。
そんなツッコミどころ満載な俺達の会話を、しょんぼりフィーちゃんはスルー。
うーむ、まあその内元気になるだろ。
「よし、三人とも。これから三人で協力してラストスパートしてください。俺はボスガニが出てきたら、その場所に援護に行ってくる」
先ほどの謝罪も込めて、ちょっとそういう活動しよう。
俺の考えを理解したわけではないだろうが、ロロは駄々をこねずに了承。ククルさんもフィーちゃんを抱っこして、二人で了承してくれた。
そんなこんなで残りの時間は戦場全体のサポート係として走り回った。
後半は割とボスカニが出てきたので、個人的には重宝して貰えたと思う。感謝の言葉もたくさん貰ったしな。
ロロ達の下へもあの後一匹だけボスガニが出てきて、今度は惨事を巻き起こすことなく討伐した。
そうして満を持して奴が現れた。
大ボスガニ。
体高は3メートルを超えるその姿は、生き物っていうか重機に見える。
しかし、コイツはバカなのかな。
ほぼ戦場が落ち着いた後にのこのこやってきやがったのだ。
当然、多くの冒険者は手がすいており。
まずは先陣の捕縛師たちが鎖を放出する。
一瞬にしてスーパーのカニみたいに手足を拘束されたカニは、もはやなすすべもなく。
その後の展開は壮絶なバトルなどではなく、ただのリンチとなった。
「みなさんありがとうございましたー!」
朝陽が昇る頃にはフィーちゃんも元気が戻った。
ククルさんとウーッウーッとテフィナ人と妖精のキャッキャダンスをしていた。
「ふぅー、朝日が眩しいぜ。フィーちゃん今日の仕事はどうする?」
「あれ、やる気満々ですかー? ですけど、私、ちょっと眠いんですぅ……」
「あー、早寝早起きって言ってたもんな。もしかして夜からずっと眠い感じ?」
「実は、ですぅ」
なるほど、味方方向に爆散させたのはそういうのも関係しているかもしれないな。
今日はこのまま解散することにして、明日は週中休日なので休み。仕事は明後日ということになった。楽な文明だぜ。
クエストでの汚れはこの場に仮設されたシャワー室で落とせるみたい。
仮設と言っても、土魔法て区切られただけのものだ。水は自前の魔法で出さないとならない。シャンプーなどは貰えるよう。
こんなサービスがあるのも、みんなしてカニ液でスーパー匂うので、このまま帰るわけにもいかないからだ。
さっぱりすると、いつの間にかカニの残骸がきれいさっぱり片付けられた浜辺で、カニの手足が振舞われていた。
正味な話、アレだけ虐殺しまくった相手をその場で食うって気持ちになれなかったのだが、テフィナ人は神経が太いのかみんな喜んで食べていた。
「んまーっ!」
「はぐはぐ、んまーい! ロロ、これめっちゃ美味いな!?」
「なーっ!」
ロロにゃんとククルさんもその例に漏れない。
塩ゆでされたでっかいカニの足をガツガツ食っとる。
妖精は、あまり肉類が好きじゃないようで、フィーちゃんははちみつリンゴを飲んでいるぞ。
それじゃあせっかくだし、俺も食べてみようかな。
「どれどれぇ……んまーっ!? なにこれ!?」
いや、今まで食ったカニの中で断トツで一番美味い。
あー、そうか、魔獣肉だから魔味が利いてるんだな。
それを抜きにしたって、なにせ身が多い。チマチマチマチマほじくって食うカニではなく、むしゃぶりつけるカニである。舌の上でカニの旨味が踊りまくる。
カニ足はめっちゃでかいので、半分は近くの焚火で焙らせてもらった。
ほんのり焼けたことで甘さが増したカニに、しばしほけーっとする。
「はー、今日は楽しかったなぁ……」
ふいにククルさんが呟いた。
そうして、意を決したような目で俺達に言ってきた。
「あ、あのさあのさ、もし良かったら、わ、私も正式にパーティに入れてくれないか?」
八重歯をチラつかせながら、されど真剣な顔で言う。
その顔には、勇気を振り絞って拭った恐怖の残滓が見え隠れしていた。
恋人作りも友達作りも常にお断りというのは付きまとう。ククルさんは何らかのことで、そういう経験があるのかもしれない。
俺はあるぜ。精神的ダメージでかいんだよなぁ。
「私、ずっとソロだし寂しいんだよ。夜にアンゼさん達と話すのばっかり楽しくて、せっかく義務冒険者してるのに、これじゃあダメだなって。ロロたちとならもっと楽しくやれそうだなって思ったんだ。ダメか?」
アンゼさんが誰か全く分からんけど、八重歯っ子の上目遣いはズルいよな。
「アンゼさん達とばっかり話すのは確かに不毛ね」
ロロがうんうんと頷いた。
だからアンゼさんって誰?
ロロは俺を見た。
俺はコクリと頷いて見せた。
続いてフィーちゃんを見た。
フィーちゃんはニパッと笑って頷いた。
それを確かめたロロは、満面の笑顔で頷いた。
しかしてロロは笑顔を引っ込め、ククルさんに問う。
「ラブラブロロコウヤは、非常に厳しいチームよ? アンタついてこれる?」
「す、少なからず魔王イベントでほぼ自分で歩かなかった奴がついて行ける程度の厳しさなら、ついて行けます!」
「だまらっしゃい! そんな甘い考えでついて来れると思ってるの!?」
「は、はい! 茂みを飛び越えられなくて泣いちゃうクソ甘ぇ奴がついて行けるなら!」
「あれはわざとだし。こうすればコウヤにゃんが構ってくれるだろうなって策略だし」
「マジかー。確かに速攻でお前のところに来たからなー。深けぇっ!」
以前受けた木獣討伐の時のことだな。
ロロにゃんの運動音痴に胸いっぱいだったな。
「それは良いんですけど、ラブラブロロコウヤってなんですかー?」
「チーム名だけど?」
「私がいないじゃないですかー! あとスイーツ過ぎますぅ!」
フィーちゃんが文句を言った。
全くその通りだった。
それにしても、ふふっ、フィーちゃんの調子が戻ったな。
「冗談はさておき。それじゃあ、よろしくな、ククルさん」
「こ、コウヤ君! うん、よろしくなっ!」
俺はククルさんと握手した。
こうして、俺達のパーティにククルさんが加入したのだった。
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