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0-1 ロロティレッタとの出会い 1

 新年あけましておめでとうございます。


 初投稿です。

 どうぞ、よろしくお願いします。

「―――るニャー。起きるニャー」


 ぐにぃぐにぃと頬を押し込まれる感触と共に、俺の耳にそんな声が届いた。


「んぇ……」


 混濁した意識の中、俺は目覚めを促す魔の手から逃れるために、布団を頭からかぶった。

 瞼の先にあった光が遮断されて一安心と思いきや、布団の中の空気が湿り気を帯び始める。二度、三度、呼吸を繰り返し、息苦しさのせいで眠気が晴れていく。

 そうして、俺はゾッとした。


 今、俺は誰に起こされたんだ?


 俺は独り暮らしだ。

 起こしに来る可愛い幼馴染なんていやしないし、それどころか誰かに我が家のカギを預けた事すらない。


 寝ぼけている……にしては、頬を押し込まれた感触が未だに残っている。

 夢を見ていた可能性は……というか、現在進行形で「面倒くさい奴だニャー」などと布団の向こう側で言っているのが聞こえるではないか。


 え、怖い、どうしよう。

 起き抜けで唐突に始まったサスペンス展開に、脳が全く働かない。

 何が何やら分からない内に、急に暗闇が晴れた。肝っ玉母ちゃんが寝坊助な子供にするが如く、お布団バリアが盛大に引っぺがされたのだ。


「あ、あわわわわわ……なん……え、あ、えぇええ? ね、猫……っ!?」


 外気に晒された俺は敷布団の上で丸まった態勢のまま、あわあわして目を見開く。

 その視線の先では、銃士のような服を着た猫がニャッシャーと布団を空中に投げ出す姿があった。

 猫は布団から手を離すと、俺に向かって口を開いた。


「起きたかニャ?」


 猫が空中に投げ出した布団がボフンと落下する音を聞きながら、俺はおずおずと頷いた。


 何がどうなってんだ?

 状況が全く分からないが、とにもかくにも起き上がる。


 寝起きの頭を必死で働かせつつ、とりあえず、このよく訓練された猫で腹話術しているであろう人物を探すために視線を巡らせる。

 そうすると、当然、周りの光景が目に入るもので。


 そこは俺の部屋ではなかった。

 無数の星が瞬く宇宙空間のような場所に浮いている教室4つ分程度の小さな島。島にはタイルが中途半端に敷かれており、その上にはクラシックな風合いの家具が野ざらしで置かれている。そんな場所にあるベッドの上で、俺は目を覚ましたようである。

 宇宙空間には、他にも小さな島がたくさん浮いており、それぞれが隣接した島に階段や橋と言った物で繋がっていた。


「ゆ、夢……か?」


 五感は全力で現実だと訴えているとはいえ、起き抜けでこんな状況を見せられては、そう疑っても仕方がないだろう。

 しかし、服を着た猫はそれを否定した。


「残念ながら、これは現実ニャ」


「……マジか」


 そう呟きながら見つめた猫は、マジニャ、と頷いた。腹話術師さんは見当たらない。

 もちろん、ただ単に夢の中の住人が夢否定をしただけの可能性は十分にある。

 だが、もし、そうじゃなかったら……


 俺はゴクリと喉を鳴らした。


 こちとら闇に魅せられた中学時代を送っていた少年だ。それから数年たった高校二年の現在でも、俺を形作る性質はそう変わってはいない。とどのつまり、夢見る少年の心を未だに忘れちゃいないのだ。

 それを証拠に、あークラスごと異世界転移しねえかなぁ、と思いながら授業を受けた事など一度や二度じゃない。エブリデイだ。

 そんな俺が今、不思議な場所で喋る猫ちゃんと対面している。

 なんてこった。なんてこった。


 喜びの声を上げたい衝動に駆られるも、情報が何も開示されていない現状で喜ぶのは早すぎる。お前はこれから鉢に植わってエネルギーを吐き出すだけの存在になるニャ、とか告げられたら絶望できる。


「あの、今の状況が全く理解できていないんですが、説明はして頂けますか?」


 相手は可愛い猫ちゃんであるが、こんな場所にいる以上はタダの猫であるはずがない。

 下手すりゃ神の類かもしれないし、そうでなくても俺よりも遥かに上位者であろう。そんな猫ちゃんに友達感覚で話せるはずがない。

 不遜な態度を取ったばかりに鉢植えルートに入ったら……そういった可能性の芽は極力潰していくべきだ。


 さて、俺の丁寧な対応を受けた猫ちゃんは、片手をピッピッと振り、言った。


「もちろんニャ。だけど、もう一人のお客さんを起こしてからニャ。ついてくるニャ」


 猫ちゃんはそう言うと、他の島へ続く階段をスキップのような歩き方で上っていった。


 その後を慌ててついて行こうとした俺は、立ち上がった拍子に自分の服装に気づいた。

 高校の制服を着ているのだ。

 それに気づくと、この場所に来る以前、最後に見た風景が脳裏にフラッシュバックする。


「そうか、俺は家で寝ていたわけじゃなかったな」


 熟睡した後のような目覚めだったからてっきり家で寝ていたのだと勘違いしたが、そうじゃない。

 高校からの帰り道、駅周辺の商店街を歩いている途中から記憶がない。たぶん、そこで何かがあったのだろう。

 まあ、これについては俺があれこれ考えても仕方がない。何が起こったのかは猫ちゃんが知っているかもしれない。知らないのならそれまでだ。

 ベッドから降りた俺は自分が靴を履いたまま寝ていたことに若干の戸惑いを覚えつつ、持ち物を確かめる。

 財布はある、スマホはカバンの中。肝心のカバンはどこにもない。


「……しかたないか」


 あまり待たせてるのも怖いし、俺は階段の途中で待っている猫ちゃんの元へ急いだ。




「ここはどこなんですか?」


 宇宙空間のようなこの場所に浮かぶ島々を見ながら、猫ちゃんに尋ねる。

 もう一人のお客さんという人を起こしてから説明をしてくれるようだが、触りくらいは良いだろう。こちとらワクワクが溢れそうなのだ。っていうか、今溢れたわけだが。

 軽やかな足取りで階段を上る猫ちゃんは、お尻をフリフリ答えた。


「ここは次元の狭間にある導きの群島ニャ」


「次元の狭間……導きの群島」


「ニャ。ここには様々な要因で様々なものがやってくるニャ。時には生物、時には無機物。お前もそんな中の一人ニャ」


「ふむふむ、ちなみに俺がここに来た原因は何なんでしょうか?」


「お前は魂の双子ってやつニャ」


 猫ちゃんはそう言って会話を一段落つけると、階段の最後の段をぴょんと飛び、次なる島に足をつける。俺は口の中で『魂の双子』というキーワードを反芻しつつ、その島の様子に視線を向けた。

 俺が目覚めた島と同じような造りの島である。


『もう一人を起こす』という先ほどのキーワードから、俺の視線は自然とベッドに向かい、俺は大いなる意思に感謝した。


 そこで眠る人物は、俺と同じくらいか、少し年上くらいの女の子だった。

 筋の通った鼻梁に、上品さを感じさせる唇で形作られた大きな口。

 その顔を華やかに彩る髪は腰を撫でるほどもあり、毛先にかけて薄い紅色が混じった翡翠色をしている。

 それはもう、瞼の先にある瞳の色を想像せずにはいられない、文句なしの美少女であった。


 そんな彼女は、やたらと留め具がついた黒いロングコートを羽織っているのだが、コートの途中からロングブーツを履いた長い脚が飛び出して、丸めた布団をギュッとホールドしている。

 ロングブーツの上に目を向ければ、そこには触ったら最後、二度と手が離せないであろう透明感のある太もも様が。


 ひ、ヒロインキター!


 おいおいおい。

 マジでか。

 えっ、非日常補正ってこんなに凄いの?


 いや、この状況で、彼女を自分のヒロインかもしれないと思わない妄想好きはいないから。

 古今東西、日常と非日常の境界線で出会った女の子は、人気投票で他の女子に上位を掻っ攫われない限り、完全なるヒロインだ。

 空から降ってくる女の子然り、化け物に殺されそうになっているところを救ってくれる女の子然り。

 その理論で言うと、彼女は俺の人生のヒロイン筆頭でまず間違いない。間違いないったら間違いない。頼む……っ。


「こ、この娘は?」


 俺は声を絞り出して猫ちゃんに尋ねる。

 猫ちゃんはベッドに近づきながら、答えた。


「この娘はテフィナ人の娘ニャ。お前からすれば異世界の娘ニャ」


 ボーイ・ミーツ・ガールの始まり始まり。

 俺は島の端に立って、やったーと叫びたい心境になった。


「起きるニャー。起きるニャー」


 俺が一人で興奮している内に、猫ちゃんが彼女を起こしに掛かる。

 仕事が早いよ。こちとら色々と準備が整っていないんだぞ。


 寝顔ではあるものの、彼女の美人力はスカウターが爆発するレベルである。きっと渋谷でも歩けば、有象無象がモーゼるだろう。

 これは、そんな美少女とのファーストコンタクトだ。

 クラスメイトの女子との会話ですら緊張してしまう俺が、心構えせずに挑んで成功するはずがない。んなこた自分が一番よく知っている。


「あ、あ、あー。生咲洸也、お前はやれる。生咲洸也、お前はやれる」


 俺は、小さく発声練習をし、身だしなみをチェックする。

 彼女が一目惚れをしてくれれば話は簡単だが、ギャルゲーよろしく好感度を上げなければならないのなら第一印象は外せない。


 俺は、目覚めた彼女が取るであろう行動をいくつか脳でシミュレートして、決戦の時に備える。

 依然として心臓は痛いほど跳ね回っているが、コイツが落ち着くには美女がゲシュタント崩壊するまで彼女の寝顔を見つめ続けなければならないだろうから、まあ無理だ。諦めよう。


 猫ちゃんは人のメスには興味がないのか、俺にしていたように、ぐにぃぐにぃと頬を押し込んで覚醒を促す。俺だったらおっぱいを押すか、猫を演じて頬を舐める。

 美少女の柔らかな頬がむにぃと動き、薄めの唇がツンと尖る。果てしなく可愛い。


「んぇえ……おね……お姉ちゃん? うにぃ……」


 そんな寝言を言いながら、彼女は俺と同じように猫の魔の手から逃れるように寝返りを打ち、抱き枕にしていた布団を広げて潜り込んだ。寝ぼけながら広げた布団なのでぐちゃぐちゃだ。布団から脚が飛び出しちゃっている。


「ん?」


 彼女が寝返りを打った拍子に、ベッドからコロンと何かが落下した。

 俺はそれを拾い上げた。


「!?」


 思わず捨てそうになった俺を褒めて欲しい。

 というのも、それは綺麗な女の子が後ろに座る人物に抱きしめられながら幸せそうな顔で寄りかかっているフィギュアだったのだが、恐ろしい事に後ろの人物の首がないのである。

 首無し死体に幸せそうに寄りかかる美少女の姿は狂気すら感じる。


 未知の場所でそんな物をゲットした俺がギョッとするのも無理はなかろう。

 一瞬ホラー展開が脳裏を過ったが、怖いのですぐに脳裏から振り払う。代わりに布団から飛び出た美少女の太ももを眺め、幸せな気分へ変換だ。


 むっちり好きには物足りない細身の太ももは、されど俺にとってはドストライクである。ほっそりとした太ももから小ぶりなお尻、引き締まったウェスト。これこそが俺にとっての至高。

 と、そんな太もも様がモゾリと動き、布団の中からさらにフィギュアの頭部が転がり出てきた。


 ふむ、どうやらフィギュアは普通に壊れてしまっただけのようだ。

 ベッドから落下した頭部を拾い上げ、俺はそれらを合体させる。

 頭部がちょっと生暖かったのにドキドキしたのは、童貞なので仕方がないだろう。


「へぇ……」


 頭部を合体させたフィギュアは、素人目に見ても非常に完成度が高いように思える。

 聖女のような顔の美少女の安心しきった表情と、そんな彼女を後ろから抱きしめるスーパーイケメンな男性の愛おしそうな顔。甘っ甘なシチュエーションのフィギュアである。

 軽く奥歯が鳴るのはなぜだろうか?

 造形は非常にしっかりしており、お値段は普通の高校生では手が出ない領域かもしれない。

 何にしてもイケメン。俺はそっと首と胴体を分離させる。くくっ、ざまぁ。


「って、何やってんだ俺は。頑張れ」


 美少女との邂逅を前にして現実逃避に走りつつあった自分に気づき、俺は己を奮い立たせる。

 視線をベッドに向ければ、彼女はよほど寝起きが悪いのか、猫ちゃんは手こずっていた。


「ニャー。お前と同じくらい寝起きが悪いニャ」


「やだな。俺はすぐに起きましたよ」


「グースカ寝てた奴がよく言うニャ」


 まあ、俺が寝ていた間のことは記憶にございませんが。

 となると、猫ちゃんが次に取る行動は、布団の引っぺがしである。最終手段だ。


「起きるニャー!」


 どうやって掴んでいるのか、猫ちゃんは布団の端を掴むと布団をザッパーッとはぎ取った。

 それにはさしもの寝坊助も目を覚まし、ふにぃ、ふにぃ、と何やら喉を鳴らして、ぼんやりと目を開けた。


 目を開けた事で完成した彼女の美。

 髪の色と同じ翡翠色の瞳が収まる目は切れ長で、内心に備わった誠実さや勤勉さを俺に強く印象付けてくる。しかし、その逆位置で、冷たさや他者への厳しさなども備えているかもしれない。

 何にしても、とんでもない美少女である。


 寝起きの彼女は猫ちゃんをしばらくボーっと見つめていたかと思うと、ハッと目を見開いて、言った。


「にゃ、にゃんこっ!」


 あれ、思いのほか、取っつきやすい娘かもしれないぞ?

 印象とは信用ならない物である。


 にゃんこと驚いた彼女。

 両手を胸の前で小刻みにニギニギしている行動から、驚いたけどどうすればいいのか分からない彼女の心理状態が伺えた。

 さらに、俺を見て盛大にビクついて身体を硬直させる姿からは、うん、彼女の心理状態がたった今、良い物じゃなくなったのが伺える。っていうか、目がめっちゃ怯えている。


 しかし、彼女のこの態度は想定の範囲内だ。

 そりゃ、目覚めたら変な猫と変な男が近くに居れば、女の子が怯えるくらい想定できるわ。

 ちなみに、他にも一目惚れパターンとかマイペース系女子のパターンなど漫画的なパターンも色々考えておいた。相手は異世界の女子だし当然だ。ちゃんと対応できるかはともかく、心構えはばっちりであった。


 なにはともあれ。


 ここだ。

 ここがファーストコンタクトっ!

 俺の第一印象を決定づける瞬間。


 俺はベッドの近くに歩み寄ると、努めて優しい顔をした。


「だいじゅう……ゴホン」


 いかん、自分で思っていたよりも童貞してた。

 なし、今のはなしで。


 俺は、何事もなかったように、優しい顔を彼女に向けて、口を開いた。


「大丈夫ですよ。何もしないから怯えないでください。俺も猫さんに起こされたんです。猫さんが説明してくれるらしいから、一緒に話を聞きましょう?」


 敬語を使ったのは、初対面の女子に対しての接し方が分からないからである。

 しかも、彼女は年上の可能性が十分にある。男子高校生目線だとモデルみたいな女子はみんな年上に見えるものなのだ。まあ、俺だけかもしれないが。


 俺の言葉に、ベッドの上で起き上がった彼女は周囲に視線を巡らせ、最後に俺へ戻すと、コクリと頷く。


 怯えの色は和らいだものの、今度は警戒の色が濃くなったように思える。まあ、普通の危機意識を持っている女の子なら、当然の反応だろう。

 

 これで良い。

 少しずつ、仲良くなればいいのだ。

 ファーストコンタクトに手ごたえを感じる俺。


 そんな俺の耳に、劈くような悲鳴が届いたのは、そのすぐ後だった。


 読んでくださり、ありがとうございます。


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