神の御心は如何に
「「「神祓さま━━!!」」」
「…………あ、はい。」
一瞬、誰のことを呼んでいるのか分からなかった。
「どうしましたか?」
振り返り、無邪気な子供たちの呼びかけに僅かな間をあけて応じるのは律━━。
水鏡色の神秘的な髪を鎖骨あたりまで伸ばすその女性は、慣れない自身の呼び名に戸惑いつつも平静を装った表情をしている。
「あめのみなかぬしのかみよ、力をお貸しください。」
せーの、と子供たちのうちの一人が小さな掛け声をかけると、たどたどしく律の生命力を高めるためのことだまを息をそろえて放つ。
それからどこか緊張したようにそわそわと律の反応を伺う子供たちにくすり、と笑みが零れる。自身の健康を願うその心優しさに嬉しくならないわけがない。
「……ありがとう。」
律のその一言にぱっと顔を綻ばせる子供たち。
そして彼らは柳色の小物やガラス製の置物などを一斉に彼女の腕の中に納めていく。
「あら、神祓さま!」
「え!?どこどこ……」
「どうぞ、これもお持ち下さいませ、神祓様。」
(もう、持ちきれない………!)
子供たちから貰った物により既に両手がふさがっているものの、いつの間にやら律のそばに集まってきていた人々がこれでもかという風に次々とその腕にいろいろと積み重ねていく。
彼らの好意を示すものを突き返すなどできないが、身動きがとるにとれない状態━━、そんな時であった。
「律、もう準備はよいか?」
はて、どうしようかと困ったようにその場に佇んでいた律の背後から落ち着いた間延びする男性の声が掛かる。
「はい、繰土さま。」
「“様”などつけずともよい。……それよりも巣和に顔を見せに行かぬのか?」
首から上を後ろに向けて声の主に返事をする律。人々に囲まれて身動きの取れなかった彼女を見て苦笑しながら、繰土はあやつが寂しがるぞ、と彼の妻を思っての言葉を漏らす。
「そうですね、挨拶にいってきます。」
「そうするとよい……律。」
「はい、何か━━」
何かありましたか、そう言い切る前にかけられる言葉。
巣和に顔を見せに行こうと足早にその場にいた人々と繰土に踵を返そうとしたところ、再度呼び止められる。
「……身体を大切に。呼吸を意識しなさい」
「……!」
(呼吸を意識━━━━)
それは律が幼い頃から言われ続けていた言葉。
ことだまを扱う者、誰しもが基礎としている欠かせないことだ。
そしてそれらの扱い方を律に教えてくれたのは繰土らである。
自分の実現したい未来を“ 引き寄せる ”ことだま━━言葉の乱れはそのまま自分に返ってくる。
「━━とほかみえみため━━……」
律は再度、それを確認するように息を整えて八音を唱える。
すると彼女の周りを淡いオレンジの光が包み込む。
律のことだまの師はその祝詞を聞いて満足そうに微笑んでいる。
「それじゃ、行ってきます。」
その光は彼女を中心に溶け込むよう消えてなくなる。それを自身で感じとると、準備は全て整ったという風に今度こそ背を向けて歩き出す。
「……あまてらすおほみかみよ、どうかお見守りください。」
━━━━彼女の築いていくこれからに幸いを。
自身に背を向け、これからの使命のために国を旅立つ娘に神の御加護かあらんことを。
繰土は静かに祈りを捧げた。