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新しい風景

お待たせしました。ようやく動き出します。


 ギードは朝から大量のパンケーキを焼いている。妻の機嫌をとるために。


(コン、あとでリンに材料の買い付けの追加を頼んでおいて)


(承知いたしました)


他国に渡るため、ギードはかなりの食材を仕入れ、眷属達に頼んで収納してもらっている。しかし、それを絶賛大量消費中である。足りなくなる恐れがあるので、眷属であるコンと緊急対策を練る。


ギードの王国にある資産は現在リンが管理している。土産物店が二つと、魔法の塔の町にいる元聖騎士のエグザスという脳筋を貸し出しているので、定期的な収入はある。


とりあえず、妻のタミリアに機嫌を直してもらわないとこの旅は始まらないのだ。


「おいしいねー」「ねー」「んー」


お、だいぶ良くなったかな。双子と顔を見合わせて楽しそうに食事している。


ギードは胸を撫で下ろす。




 子供達を籠に入れ、従者であるコンが担ぐ。剣士の軽装備姿のタミリアの腰には、ミスリル剣が下がっている。


ゴホンと一つ咳をしたギードは、タミリアの傍に静かに寄って行く。


「タミちゃん。申し訳ないー」


「んー?」


「これを装備して欲しいんだけど」


ギードはタミリアにごく普通の鉄製の剣を見せる。一応女性用に軽くしてある。


以前の彼女なら重くて使いにくかったかもしれないが、最近の修行の成果で、これでも難なく扱えるはずだ。


「えー」


顔をしかめる脳筋妻に、ギードはさらにささやく。


「これから行く国に関しては話したと思うけど、とにかく魔術師だとまずいんだ」


エルフはまだいい。蔑まれるくらい、ギードは慣れっこになっている。


これから行く国では、人族で魔法を使えるのは特権階級だけということらしいので、タミリアも魔法は使えないという設定でいく。


「タミちゃんはただの剣士になってね」


コンもいつもの白い鎧やマントはやめてもらって、普通の商人の従者の服になってもらっている。


嫌なら帰れと言われるのが分かっているので、タミリアもしぶしぶ愛剣を差し出してくれる。




 ギードはその手を取り、すばやく腕輪を装着する。


「え?、何これ。聞いてないんだけど」


「大丈夫。ちょっと魔力を制限させてもらうだけだから」


勝手にどこかで魔法を使うことがないよう、魔力制御の腕輪をタミリアに付ける。この腕輪の対になっているもう一つをギードが装着し、タミリアの魔力を吸い上げる。


思いっきり嫌そうな顔をしているタミリアを、もう少し脅しておく。


「普通の人族が持ってる程度の魔力量は残してあるけど、魔法使ったらたぶん意識がなくなると思うよ」


魔法を使う者ならその魔力が枯渇こかつするとどうなるか、嫌ほど知っている。


「タミちゃんなら、どんな相手でもその剣で十分対応できるよ」


安心させるように、にっこりと笑う。彼女なら魔法を使うまでもないはずだ。


商人であるギードはその対価に、タミリアの好きな菓子類の入った袋を渡す。


「……分かったー」


しぶしぶという感じだったタミリアの顔が、少しほころんでいた。


剣を交換し、眷属達の荷物に入れる。


「さて、行こうか」


タミリアの菓子袋を目ざとく見つけた娘のミキリアにぎゃーぎゃー言われながら、一同は歩き出す。


黒い山に向かって。





 途中、何度か休憩を挟みながら、山を越えた。


この山は、この周辺の山々に比べて低く、夏の盛りの今は木々がうっそうと茂っている。


獣の気配はあるが、ドラゴンの加護があるせいか、近寄っては来ない。


しかし、下り坂になり、大きな岩がごろごろ目立つようになると、その植物達も少なくなっていく。


「だんだん嫌な感じになってきますね」


「ああ」


陽が落ち始め、いつもの野営用の簡易な建物を造りながら、コンは顔をしかめている。

 



 普通、自然界には魔力がある。大地や木々や水などにも魔力はある。精霊や妖精族でない人族や獣人といった種族でも、多少の魔力は体内に持っている。


その当たり前の魔力がだんだんと減っていくのが分かる。


コン達、眷属精霊が最上位になって実体化出来るようになっていて良かった。周りの魔力がなくても体内に貯めておくことが出来るからだ。半透明状態の精霊は、このような環境では下手をするとかなり弱体化してしまう。


 ギード達が夕食の準備をしていると、炎の最上位精霊エンが合流した。


「遅くなりました」


コンもエンもその容姿は、古代エルフ族の姿をしている。姿を現す時は、自分のお気に入りの装備で現れるが、基本的には魔力が本体のため装備は自由に替えられる。


「はっはっは、このような庶民の姿もまた面白いですなー」


エンはいつもの緋色の鎧より、最近はこっちの庶民用の軽鎧の方が多いらしい。




 王宮の近衛兵隊に預けているエンは、最近は普通に兵士達に混じり王都内に出没しているそうだ。王都内の情報収集を任せているので、遊んでいるわけではないらしい。子供達にお土産を買って来てくれたりすることもある。


ギードの傍を離れたがらない心配症のコンに比べ、エンは子供達を甘やかす親戚のおじさんといった感じだ。


今回、子供達が混乱しないように、いつも通りにしていても違和感がなさそうな配役にする。コンが商人であるギードの従者を、エンはギードの親戚の者で、妻子のために護衛に雇ったという設定だ。


エルフ族が四人、人族が二人という構成の一行になっている。


 エルフであれば魔法を使えるのは当たり前なので、目立つことはないと思うが極力使わないように言っておく。


「お子様方はどうなさいますか?」


コンが心配そうな顔で、お腹が膨れて眠そうにしている双子を見ている。


「親がエルフなんだから魔法を使えても不思議はないと思うけど、認識阻害の帽子はきちっとかぶせておこう」


すでに息子のユイリの笛と、娘のミキリアの杖は魔力が発動しないよう偽物のおもちゃを渡してある。装飾過多の色付けをしてあるので、地味な本物より気に入ってもらえたようで良かった。


陽が落ちる。明日はいよいよ彼の国に入るので、早めに就寝。






 ギードの体内時計は正確だ。夜明け前には起き出し、周りを警戒しているコンに声をかけ、周辺に採集出来るものがないか調べる。


「やはり魔力が乏しいので地力が落ちていますね。これでは作物はあまり育たないのではないでしょうか」


「そうだね」


野営地より少し先に行ってみるが、ますます木々が無くなり、雑草も弱々しくなっていく。


一つ大きな岩が目の前にあり、ギードは身軽にその上に登った。


 はるか遠くまで見渡せる。


やがて広い平地に、朝陽が昇る。おそらくこの場所に魔力が満ちていたなら、良い穀倉地帯になっていただろう。


しかし今、ギードの目の前にはドラゴンの領域より広い範囲の荒れ地しかない。


「ここが、二百年前の戦場か」


「はい」


コンが苦々しい顔で荒れ地を眺める。その間にギードは、ここに移転魔法陣の目印を付けておいた。




 朝食後、子供達を籠に入れて出発する。先程の大岩に土魔法で階段を造り、タミリアの手を取って昇る。


 この岩が国境の目印らしい。だがそこには他に何も無い。魔法結界も、国境警備も、ただの線さえ引いていない。


こんな場所なのに越境許可がいるのかとギードは呆れる。


「密入国し放題だねー」


まあ、そんな魅力がある国だとは思えないけど。


「ギード様、許可証がない者は見つかったら罰を受けるのではないですか」


「ふうん。じゃ捕まらなきゃいいんだー」


捕まる気など毛頭ない。小さな町程度の国の軍など、蹴散らしてしまうだろう、タミリアが。


ギードはタミリアの腰に手を回し抱き寄せる。


「行くよー」


まるで空を飛ぶようにギードが大岩から飛び降りる。眷属達も岩を蹴り、軽々と後に続く。


子供達はきゃあきゃあと喜んでいたが、着地後、ギードが投げ飛ばされているのを喜んでいるわけではない。


そう思いたい父であった。




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