湖畔の朝 1
本日は二本更新予定です。
眷属達はそれぞれの配置場所に戻った。
水のルンは、王宮内のスレヴィが管理している妖精王の傍に。
風のリンは「魔法の塔の町」にあるギードの土産物店の売店を任せているので、拠点をそこに置いている。
炎のエンは一度王宮に戻り、所属している近衛兵隊に挨拶したのち、こちらに合流となる。
ギードはそれぞれが移転していくのを見送った後、コンと共に後片付けをする。
土のコンは今までどおり、ギードの従者として家族の世話をしてくれる。
やがて夜が明ければ出発だ。
「さて、夜明けまではまだ時間があるか」
少し休もうかなと建物の中に入る。
仕切られただけの扉の無い部屋に、床に毛布を重ねただけの簡単な寝床があり、その上に双子と妻が横になっている。
ギードは静かに、出入り口近くの、タミリアの隣に横になる。
エルフは成人するとほとんど睡眠を必要としないので、眠るわけではない。身体を休めるだけだが、家族の傍は癒しの空間なのだ。短時間でも十分な休養が取れる。
(これから行く先は、まだどうなるか分からない)
ギードは隣に眠る妻や双子を見ながら、今更ながらこれで良かったのだろうかと考える。
今回の旅は、完全にギードひとりの我がままだ。
本当なら家族を置いて単身で行けば済む。でも、ギードはそうしなかった。
(なんか嫌な予感がするんだよね)
離れたら、もう二度と会えなくなるかも知れない。そんな不吉な予感に、ギードは対抗出来る準備をやれるだけやった。
スレヴィの情報では、彼の国は人族至上主義の上に、魔力のある者が偉いという風潮があるそうだ。
妖精族や精霊を否定しているのに、おかしな話だと思う。
人族であること、魔力があること。それが神に認められた証拠だと言われている。タミリアやミキリアが見つからないようにしよう。面倒くさそうだ。
人族ではないものを蔑む傾向があるらしく、エルフもダメらしい。
危険は承知の上のギードだったが、あれほどシャルネに心配されると、もっと違う何かがあるのかと気になってくる。
「うーん」
もそもそとタミリアが寝返りをうつ。と、同時にギードの首に細い腕が絡んできた。
「ひっ」
悲鳴に近い声をあげてしまったギードを、タミリアが眠そうな目を開けて不満そうに睨んでいた。
いや、ちょっと驚いただけです。ごめんなさい。でも投げ飛ばされはしなかった。よかった。
しばらくするとまた静かに目を閉じたが、何故かタミリアの腕はそのままギードに絡まっていた。
この世界の異種族間の子供は、必ずどちらかの種族になる。
ギード夫婦の双子はまだ幼くてはっきりとはしないが、どちらの血も継いでいるはずなのに、外観ではそれを見分けることは出来ない。
異種族間の子供達は、エルフはエルフであるし、人族は人族という種族特性を持って生まれる。そのため、表面上出ていない血筋は簡単に隠せるし、知らずに血を受け継いでいる場合もある。
人族でありながらエルフの血が濃く出てしまって、人族用の薬が合わずに病弱だった女性をギードは知っている。彼女はエルフが血族にいるとは全く知らなかった。
うちの双子は、息子のユイリがエルフ族の特徴を強く受け継いでおり、金髪、色白、尖った耳など特徴的な外観をしている。
娘はタミリアに良く似た藍色の髪をした普通の人族の子供だ。だが、魔力は実力者二人の血を引いているせいで、何だか調べるのも怖い状態。
まあ、そのうち判明するだろう。あまり急いで調べる必要もないとギードは思っている。
本当は怖いのだ。自分でも分かっている。
ギードは妖精族だ。どんなに腹黒と呼ばれていようと、基本的に感情に正直であることは変わらないと思っている。
(知ってしまえばごまかすのに苦労しそうだしね)
知らなければ「分からない」で済む話なのだ。
これはギードの眷属精霊達にも同じことがいえる。だからこそ、はっきりとはさせない。あやふやなままにしておく。
「ギドちゃん」
眠っていると思っていたタミリアの声が、突然ギードの耳の近くで聞こえた。
どきりとする心臓を無理矢理抑えこむ。さっきの醜態を繰り返すわけにはいかない。
「んー?」
ギードは眠っていたという風を装って、のんびりとした声を出す。
むくりと身体を起こしたタミリアが、真っ直ぐにギードを見ていた。
夜明け前。いつもなら爆睡しているはずの妻だが、寝ぼけているわけではなさそうだ。
「目が覚めた。顔、洗ってくる」
ふいっと顔を背けて、タミリアは部屋を出て行った。今日が出発ということで、脳筋でも多少は緊張するのかなとギードは思った。
コンに子供達を頼んでギードも寝床を離れた。