眷属達の心配
森から戻ったのは、すでに真夜中過ぎだった。ギードは、妻子のいる湖のそばの簡易な建物の近くに移転した。
「お帰りなさいませ、ギード様」
先に戻っていたコンが出迎えたが、他の三体の眷属精霊もそこにいた。
「ん?、何でみんなしてここに」
「明日からお出かけになると伺って、打ち合わせに参りました」
炎の最上位精霊であるエンが、建物の外に作ったテーブルへと先導する。
風の最上位精霊であるリンがお茶を入れてくれる。夏とはいえ、真夜中なので湖のそばは涼しい。出て来たお茶はギードが好む温かい薬草茶だった。
「それでは次回は山越えの後でよろしいですね」
眷属の中で一番古参であるコンが全員を見回して確認する。
数日に一度、家族が寝静まった後、四体の精霊を集めて交流の時間を作っているのだ。
精霊との眷属契約は、精霊の加護とお互いの魔力を共有出来る利点がある反面、一方的に精霊から魔力を受け続けるとその魔力がだんだんと弱まっていくため、定期的に主側からも提供する必要がある。
ギードはこの眷属達を『妖精王からの預かり物』としているため、その辺はきちっと対応している。
「ああ、かまわないよー」
必要な時は念話で呼びつけるしね。
妖精王が見つかって、王宮のスレヴィのところに届けた後、ギードは約ひと月の間、この湖のそばに滞在して釣りを楽しんでいた。
「では、我々がギード様にお教えした魔法の確認を致したいと思いますが」
次の場所への出立が遅れたのは、越境の許可と、この眷属精霊達によるギードの訓練のせいであった。
「はいはい」
すでにコンからは土魔術の最上位まで教えてもらって習得している。ドラゴンの棲家へ向かうと決めた時、ギードはコンに相談し、土魔法を覚えたのである。
それを見た他の眷属達が、「自分も教えたい」と言い出し、毎晩交替でやってくる彼らに、ギードは魔法を習う羽目になった。
ギードは武器を持たない。いつも採集用の短剣と回復用の薬ぐらいしか持ち歩いていない。
まあ、荷物の大半は眷属達が荷物持ちとして影の中に預かってくれているが、その中に武器と呼べるものがあまり無いのは事実だ。
一応エルフだからと弓も鍛えた。風のリンの補助があれば普通に使いこなせる。しかし、それで家族を守れるかというと微妙だった。
いざとなれば絶対防御の結界を使う、攻撃よりも防御に特化しているのがギードなのである。
「やはり攻撃用に他の魔法も覚えられたほうがよろしいかと」
実は、精霊は攻撃用の魔法を持たない。いくら眷属が優秀でも、主自身が戦えなければ補助の意味がない。
でもそこは使い方次第で攻撃に使えることを、眷属達はギードから学んだ。結界で囲って空気を抜くなど、精霊には思いつかぬ使い方だったのだ。
「えー、最低限の生活に必要な魔法だけでいいと思うんだけど」
精霊魔法は、文字通り精霊に力を借りて発動する魔法である。
自分自身の魔力を使う人族の魔術と違い、媒介となる精霊の力でその威力や種類が変わってくる。
エルフの場合、精霊は美しい物が好きだという特性を利用し、自らの容姿の美しさで精霊をおびき寄せて協力させるのである。
「いえ、ギード様。それはちょっとあまりにも、その、エルフが悪者っぽいです」
「えー」
リンの反論に事実だから仕方ないでしょ、というと、眷属精霊達は苦笑いを浮かべる。
ギードの場合はかなり特殊な環境だった。
亡くなったギードの両親は大戦の後、戦場に散らばって消滅しかかっていた力のある精霊達を説得して歩いた。
もう一度、エルフ族に力を貸してもらうために、いやもう一度、エルフ族をはじめとする妖精族といっしょに生きてもらうために。
「そりゃもったいないもんね。精霊がここまで力を付けるにはどれだけ時間がかかるかー」
古の精霊と呼ばれる彼らは、文字通り創世の時代に自然の中で生まれ、多くの妖精族と共に成長してきた。
それを契約した主を失ったからといって、そのまま消滅させてしまうには惜しい存在だ。
「あの時は戦いに嫌気がさして、もうこのような世の中にいたくないと思ったものだが」
コンは、そのまま消滅することは受け入れていたそうだ。
そこにエルフの夫婦が現れ、彼を説得した。「せめてもう少し」そう懇願され、産まれたばかりの赤子の守護精霊となって消滅を逃れた。
しかし大き過ぎる魔力を偽装するために、赤子の肌は色が変わり、本来あるべき風の精霊の加護が薄れてしまった。
両親の最後の力で母なる木の下に送られたが、本来の力を封印されたギードは、突然森に現れた異質な赤子として、かなり辛い幼少期を過ごすことになってしまった。
「もう済んだことだよ。気にしない」
すまなさそうな顔をするコンに笑顔を向ける。今はこうして助けられているのだから、ギードはそれで十分だと思っている。
「それよりも魔法の履修だよね」
ギードはテーブルの上の空のコップに手をかざし、無言のまま水を満たす。水の精霊のルンが頷く。
それを両手で包み込むように持ち上げ、しばらくすると湯気が上がる。炎のエンがギードが無言で行っていることに驚いている。
そしてその立ち上がる湯気が、ゆらゆら揺れながら細い糸のように眷属達の方に流れて行く。風のリンは少々地味な行動に不満げである。
「これでいいかな?」
土の魔法についてはすでに最上級まで使えることは皆知っている。
実は最高位である眷属達のお陰で、他の魔法も高位のものまで使おうと思えば使えてしまうのだ。まあ、練習は必要になるが。
「まだまだみんなには迷惑かけるけど、妖精王様がお目覚めになるまで、よろしく頼むよ」
照れ隠しでおどけた風に、ギードはぺこりと頭を下げる。
ギードは眷属達にとっておきの酒を振る舞う。
「あー、大事なこと忘れてた。頼むから、今の魔法の件は誰にも内緒で!!、タミちゃんにもね」
ギードが魔法が使えるとなると、魔力量が多いからと、こき使われそうな気がするのだ。
それに、やろうと思えば使える高位の魔法は、その時の場所や条件によってはいざという時に使えるかどうかは微妙になる。期待させて、不発に終わったら申し訳ないと思う。そういう所はやはり小心者のエルフなのだった。
「ああ、そうでした。わしも一つ言い忘れておりました」
炎のエンが何故か笑顔を見せる。
「国王様から、ギード様に同行して報告するようにと言われまして」
「はあ??」
炎のエンは現在、王宮の近衛兵隊の一兵士として貸し出している。国王の命令で仕方なく、同行することになったとうれしそうに報告してくる。
自分のところから貸し出している眷属が、何故か向こうの依頼で自分を監視に来るなんて。
一体どうしてこうなったー。
「もう、あの国王ったらー」お茶目すぎるだろー。ギードは頭を抱えた。