嵐さえぬるく 2
山犬の獣人が立ち上がる。
「それはおかしい。俺達はあんたに従うと自分で決めたんだ」
「はい。ありがたいことです」
彼の言葉に、ギードはにこりと微笑む。
「しかし、ここにいるあなた達はいいが、他の村や町にいる獣人達はどうなりますか?」
獣人の村が勝手に連合を抜ける。他の小国に居る獣人は帰る場所を失う。下手をすれば彼らも罪人として捕えられる。
獣人達は黙り込み、どうすべきかを考える。
「自分は暴君になります」
ギードは宣誓文書をひらひらさせながら、説明する。
首都の町に対して、獣人の村をギードの国として認めさせ、連合からは脱退する。
村人全員をギードの使用人とする。二十世帯なので、大人の人数は約四十人。タミリアの実家の商会で働く関係者の数とそう変わらない。
「使用人?」
「今まで家賃としてお渡しした物を村に売った事にして、その代金として働いてもらうのです」
他の村や商隊でもやっていることだ。認めない訳はない。
村人全員に配っているのだ。そのため、村は使用人だらけになり、普通の村人は存在しなくなる。土地や建物も借金が払えるまでギードが抑える。村人以外には渡す気はない。
交流や売買などもすべてギードひとりに集約する。
「連合国の商人達には、その人達が雇っている獣人がいれば、こちらで引き取ると書いてあります」
対価はお金ではない。
この獣人の村との取り引き、つまりギードとの交渉がしたければ獣人を連れて来いということだ。
「獣人の数で交渉の内容を決めます」
そんな事が可能なのか。獣人達は悩んでいる。
「質問があればどうぞ」
「はーい」
タミリアが手を上げる。
「それって、普通、戦争になるんじゃない?」
ギードがやさしい笑顔になって、よく分かったねとタミリアを褒める。
「その通りだよ」
脱退を認めないとして潰しに来るだろう。
「あっれえ?。ギドちゃん、争い事は嫌いだよねー」
それを脳筋が言うのかと、くすりと眷属達から笑いが漏れる。
「確かに嫌いだけど、必要な戦いもあるんだよ?」
そして、
「出来るだけ被害を少なくするのも、自分の仕事だ」
ギードは黒い笑みを口元に残し、真剣な眼差しでタミリアを見る。
そしてギードは立ち上がる。
「村の皆さんにはご迷惑をおかけしますが、なるべく早く事を終わらせたいのです」
長引かせても良いことなどひとつもない。
「この話は村の皆さんとよくご相談なさって決めてください」
期限は二日。
早ければ三日後には敵の団体が来る。その前に宣言を出さなければならないのだ。
山犬の獣人がタミリアのように手を上げた。
「もし、もしも村人が連合から抜ける事に反対したら?」
少数かも知れないが、戦争などという言葉を聞けば、現状のままの方がいいという者も必ず出るだろう。
「その場合は、その反対意見の方々のみ、隣の村へ避難していただきます」
その村でどのような扱いを受けるかは、ギードにはわからないが。
「ああ、でも、村人全員が自分の意見に反対であるならば」
ギードの目が冷たく光る。黒い笑みよりもよほど脅威に感じる。
「このまま王国へ帰りますよ」
宣誓も破棄し、すべて元通りにして。村人もこの森も、すべて自分とは無関係であるとして。
「ああ、その時は手土産として、今こちらに向かっている団体様には、荒れ地で妻の餌食になってもらいますけどね」
タミリアがうれしそうにギードの手を握る。
見つめ合う馬鹿夫婦に眷属達が呆れていた。
その頃、この連合国で一番大きな町、首都と呼ばれる町に、王国から使者が訪れていた。
連合国の代表者は、まだ若い人族の女性だった。
「ようこそいらっしゃいました」
大戦前は貴族の家柄だったという女性は、王国からの客人に優雅に膝を折る。
「申し訳ありません。急に訪問を決めてしまいまして」
「いえ、王族の方がこのようなまだまだ未開の我が国においでくださるとは、うれしい限りでございます」
頬を染める女性代表の前には、国王の第二王子で、容姿だけは良いと評判のブラインが立っていた。
「この交渉をうまくまとめられたら、恋仲のエルフと会う事を許してやってもよい」
国王から条件を出され、軍の一部を連れてブラインはこの国を訪問した。
国力としてはもちろん王国の方が強く、連合国の一つでしかないこの国ではだた大国のいうなりになるだけだ。
それでも、未開というだけあって、国の機能が発達していないこの国は、町の中であっても無秩序な場所が多い。簡単に反乱が起きる。
国の上層部はそれを恐れ、ある程度、実力のある商人や私兵を持つ金持ちの要望を呑み、ならず者達を彼らにまとめて面倒見てもらっているのである。
そんな様子を見てブラインは眉を寄せていたが、同行している者達はどちらかといえば喜んでいる。
「うん、久しぶりに暴れられそうだ」
「エグザス。ここは王国じゃないんだ、それを忘れるな」
「わかってるよ、ハクレイ」
王宮からギードの件で呼び出されたシャルネは、この二人に声をかけた。
連合国は人族以外を下に見る傾向があるので、今回ダークエルフ傭兵隊は表立って使えなかったのである。
「ハクレイ様、エグザス様。どうかあの双子を無事連れ帰って下さい」
シャルネはハクレイの息子のフウレン君を預かりながら、そう頼んだ。
「はい。畏まりました」
さて、ギード達はこの国で何をやらかしているのか。
一行の中に目立たない栗色の髪の人族の女性がいるのは、いつものことである。




