眠りを覚まさせるもの
虎の妹獣人がわーきゃー言って騒いでいる間に、一行は村の中心にある井戸の傍に出た。
「一旦解散にしよう。詳しくは明日、村長の家に集まってー」
山犬の獣人が自分自身落ち着かせようと声を出した、その時、ぞわりとした違和感が肌をひりひりとさせ、森の方角から強風が吹きつけた。
「な、なんじゃ」
虎の獣人が森を見上げ、指差す。森の中央部分から空へ、光が溢れ、そして消えていくところだった。
その幻想的な光景に見惚れていると、虎の妹獣人とイタチの獣人の若者が騒ぎだした。
「い、今の何?。いったい、森で何が起こっているの?」
「しっ。静かに」
エンが訳知り顔でその場を鎮める。
「ギード様が森で調査を行っているせいでございます。心配はいりません」
そういえば、この騒ぎに村人は誰も出て来ない。獣人達はそれに気づくと、少しほっとしたようだった。
実際ギードは村長に、「今夜は何があっても家から出ないように」と伝えてあった。
「とりあえず、お疲れ様でした」
「じゃ、また朝にー」
タミリアは胸騒ぎを誰にも気づかれないよう、早足で家に向かった。子供達が心配だ。
丘の家の前に、灯りを持ったリンが立っていた。
タミリアを見ると軽く腰を落とし女性用の礼を取る。
「お帰りなさいませ、奥様」
「ただいま。子供達は?」
「眠っていらっしゃいます」
そう、と言って、タミリアと眷属達は森の空を見上げる。
リンの頬に涙が光っていた。
「リン?」
「ああ、すいません、奥様。ギード様が念願を果たされましたようで」
「そう。じゃ、もう戻って来るわね」
タミリアは家の中に入って行った。
タミリアは眷属達の前では平気な顔をしていたが、まだ不安は拭いきれていなかった。
着替えた後、屋根裏部屋の子供達の傍へ行き、並んで寝転ぶ。
疲れてはいたが、眠れそうになかった。
思い出したように赤い石の指輪を発動してみるが、やはりギードからの反応がない。
しばらくして、階下から物音がした。
階段の下を覗き込むと、黒い犬の獣人が前を横切った。
「ロキッド?」
振り返った瞳は何故か悲しみしか見て取れず、そのまま顔を背けて地下室に下りて行ってしまった。
タミリアは急いで玄関に向かう。
そこには白い騎士装備のコンに抱かれた、身動きひとつしないギードの姿があった。
「地下室にお運びします」
コンはそれしか口にしなかった。そこへロキッドが戻って来る。
「寝床の準備、出来ました」
そう言ってコンを先導し、地下室へ下りて行く。
嫌な予感がして、タミリアは急いで後を追って階段を下りた。
地下室のタミリアの前に、四体の眷属と獣人の姿のクー族が並ぶ。
椅子を勧めても、飲み物を用意しようとしても、彼らは首を振るばかりで受け付けようとしない。
「申し訳ございません」
コンが頭を下げた。うわっとルンが泣き伏した。ロキッドはただぼうっと突っ立っているだけだ。
寝床に横たえられたギードは、目を覚ます気配がない。
「主様をお守り出来ませんでした」
タミリアは首を傾げる。寝てるだけで、死んではいないように見えるが。
「気力も魔力も使い切ったとして、疲れて眠っているだけよね?」
ルンが嗚咽を漏らし、リンがその肩を抱く。
「うっ、うぅ、よ、妖精おぅ様と、お、おんなじー」
何度も回復の魔法をかけ、薬も飲ませた。解毒、解呪、様々な状態異常回復の魔法もかけた。
「目を開いてもらえないのです。意識が、戻りません」
コンは、哀しそうな、苦痛の表情を浮かべていた。
「そう」
タミリアは眷属達に静かに言った。
「皆、ご苦労さまでした。事情は後でゆっくり聞くわ。今は二人だけにして欲しいの」
リンとエンには、コンとルンがあまり自分自身を責めないように見ていて欲しいと頼んだ。
地下室の棚にある酒を何本も持たせ、影の中で休むように告げた。
眷属達は哀しげな表情のまま影の中に沈んでいった。
「ロキッド」
タミリアの声にびくっとしたが、ロキッドは今までのように身体を震わせることはなかった。
「疲れてるところ申し訳ないけど、子供達の傍についててくれない?」
ロキッドは硬い表情のまま頷き、階段を上がって行った。
「さて」
タミリアは腕組みする。横になってるエルフの夫を見下ろして、溜め息を吐く。
眠っているようにしか見えない。生きてさえいれば何とかなりそうだ。
(どうしようかなあ)
ギードがこうなる事を隠していたとは思っていない。彼はタミリアを巻き込まないようにしていただけだろう。だが、タミリアは怒っていた。
(脳筋をなめないでよね)
わかっている。ギードはタミリアがどんなに強くても、彼女が傷つくことを恐れる。
それがタミリアには腹立たしいのだ。自分はそんなに弱いと思われているのかと。
顔を近付け、ゆっくりと手を伸ばす。
髪に触れる。他のエルフのように輝くような金色ではなく、ギードの髪は重く見えるほど濃い金色をしている。
顔を撫でる。他のエルフのように病的な白さではなく、どちらかというと人族の、女性的な色合いだ。
タミリアは、この顔が改めて好みだと思う。目じりの下がった少し細い目も、鼻筋は通っていてもそんなに高くない鼻も。
「ギドちゃん、起きて。もうすぐ朝よ」
男性にしては華奢な身体を揺さぶる。
「お腹空いたー。パンケーキ、焼いてよ」
耳元で囁く。不安で涙が溢れそうになるのを必死でこらえる。
両手で頬を包み、長く、深く、口付けをする。それでも、ぴくりとも動かないギードに、だんだん腹が立ってくる。
「もお、こうしてやるうう、えいっ」
耳に齧りついた。
「う……う、うぅ」
ギードが覚醒した。




