旅立ちの準備
お久しぶりでございます。ようやく新しい旅が始まりますが、しばらくの間は前章を振り返るというか、あらすじになっております。
その世界に住んでいるものは、その世界がどんな名前であるかなど知ることはできない。神でもない限り。
そして、日々の生活に明け暮れる者達には、その大陸の名前やら、海が、空が、どこまで続いているのか、知る意味はない。
ただ彼らが知っているのは、せいぜいが住んでいる町や国がどんな名前で呼ばれているかであり、物の値段や、今日の仕事や、自分がその目で見える範囲の風景でしかない。
中でも妖精族であるエルフにとっては、自分達が住む森が世界の全てのようなものだ。
小心者の引きこもり。それがこの世界のエルフ達の姿である。
エルフの商人であるギードには、人族で魔法剣士である妻のタミリアと、双子で、エルフである息子のユイリと人族の娘のミキリアがいる。
「そろそろ出掛ける用意をしなくちゃね」
ギード達はこの大陸の中央部分にある、ドラゴンの領域に長く滞在していた。
秋から冬に向けて町から旅立ち、冬の間にドラゴンの棲家に辿り着き、今は春を越え夏の盛りである。
実をいえば、すでにここから次の場所へ移動することは決めていた。しかし、なかなか出立しなかったのは、次の目的地に問題があったからである。
「ギード様、本当によろしいのですか?」
ギードと契約している精霊で、古代エルフの騎士の姿をしているくせに心配症なコンである。
「うーん、まあ、大丈夫だろう」
曖昧な返事をしながら、ギードはいつものように朝食の準備をしている。
「タミちゃーん」
ギードはその朝、パンケーキの山を妻のタミリアと子供達の前に並べて言った。
「ちょっと出掛けて来る。たぶん明日になるだろうけど、帰ったら予定通り出発するから、準備お願い」
「うぐっ」
わかったーと口の中をごもごもさせてタミリアが答える。
いつも通りの朝の風景になごみながら、ギードはコンに家族の護衛を頼む。
「わかりました。いつでもお呼び下さい」
眷属である精霊は、いつもは主であるギードの影に住んでいる。離れていても、一声かければ一瞬で影を伝い、すぐ傍に現れるのだ。
「まあ、そうなったら他の精霊達も来るだろうしー」
ギードには四体の眷属精霊がいる。
精霊としては神にも近い最上位精霊である土のコン、風のリン、炎のエン。そして最上位ではない、古の精霊、水のルンである。
あまりにも過剰な眷属達なので、コン以外の三体は他の場所に貸し出しているくらいだ。
よっぽどのことがない限り呼び出すつもりはない。
「いろいろ回ってくるけど、誰かに伝言とかある?」
ギードは今回の旅が今までと違う過酷なものになるだろうと予想している。
「んー、別にいい」
タミリアは魔術師であり、国の実力者である。鬼才といわれたその魔術の腕は、炎と風を得意とし、広範囲、高威力を武器とする。
その魔術師が何故か剣士を目指し、修行している頃にエルフであるギードと出会った。
タミリアは周りが引くほどの脳筋で、魔術師なのに杖で敵を殴り倒していた。
魔術師学校にいる頃から剣術を習い、聖騎士団の遠征に参加し、王都にある裕福な商家の実家にも戻らず、ただひたすら戦い続けた。
そんな鬼気迫る女性に近付く者などいない。周りの友人達がハラハラしていると、いつの間にかその脳筋娘の隣にぼんやりとした商人のエルフが立っていたのだ。
そしてそのエルフのおかげで、タミリアは望みを叶えた。この国でただ一人の、『魔法剣士』となったのである。
当然、本人の努力が一番だっただろうが、そのエルフの助力は周りから見ていても微笑ましく、それでいて驚くほど的確であった。
望みを叶えたタミリアはギードに寄り添う。
「今度はギドちゃんの望みを叶える番よ」
「ありがとう、タミちゃん」
双子の子供達を連れ、二人は旅に出た。ギードの眷属達と共に。
その時はまだ眷属は三体だった。彼らは先の大戦で力の一部を闇に囚われており、十分に動くことは出来なかった。
約二百年ほど前の、人族と妖精族との大戦は、人族には忘れられた物語だったが、エルフをはじめとする長命な者達にはまだ新しい記憶だ。
その大戦で妖精族を率いた妖精王と呼ばれたエルフの青年の眷属達が、今のギードの眷属達である。
ギードは聖域の遺跡調査のおり、妖精王の資料を多く見つけていた。
そしてその信念に考えさせられたのだ。
「すべての種族を問わず、仲良く、平和に。そんなことは自分には言えない。でもその理想はあってもいい」
たとえそれがただの夢であったとしても、その夢を見ることは自由だろう。
『すべて』など無理だとギードでもわかる。だけど、そう言える者をギードは羨ましいと思った。
同族である森のエルフでさえ、ギードは嫌悪し、許せないのだから。
じゃあ、自分の夢は、望みは何だろうか。
眷属達の力を取り戻す為に、ギードはドラゴンの元を訪れた。そして、その力を借りてようやく闇から彼らを解放することが出来た。
さらに、思いがけず妖精王に出会った。
彼は、物言わぬ眠りの状態だった。それでも彼はそこに存在する。
良かった。精霊達の力を取り戻し、いずれは妖精王にお返しすることがこれで叶う。
ギードは、その妖精王の傍にいた水の精霊も眷属に加え、彼らの主である妖精王の目覚めを待つことにした。
妖精王の子であるスレヴィに彼を預け、ギードは新たな旅に出る。
そこは今までと違う国。
ドラゴンの領域の湖を背に、暗い山を見上げる。あの山の向こうに、その場所はある。
ギードの探している物が、そこにあるはずなのだ。
「行ってみなきゃわからないけどね」
長い間森に引き篭っていた彼が人族の町に出てから、まだ十年と経っていない。
今は命より大切な子供達と妻がいる。安全とはいえなくても、タミリアと自分の子供達なら、きっと何とかなると思った。
「だめならすぐに逃げ帰るさ」
じゃちょっと挨拶まわりしてくるよ、そういってギードは移転魔法を唱える。
のほほんと笑い、手を振る主を、一抹の不安を覚える眷属のコンが見送っていた。
今回の連載から一作の文字数が少なくなっています。前作までは3000~4000文字台にしていましたが、今回は2000~3000を目安にしています。