酔っぱらいを拾った彼女と胃袋をつかまれた男
思い付き見切り発車です(いつもですが←)
設定もかなり粗いです。それでもいいよーと言ってくれる方だけどうぞ。
内容はタイトルのままです。
道端で倒れている人間を見つけた。
細身に見えるが引き締まった体躯の男。うつぶせで倒れている人間の男だ。
恐らく酔っ払いであろうその人間を、いつもならば素通りしていたかもしれない。
なぜ今日に限って拾ったのかと言われれば、その男が倒れている場所がなぜか私の家の入口のすぐ前で、しかも男の顔に少なからず見覚えがあったからだ。
とはいっても知り合いというほど関わってはいない。顔見知りどころか本当に見たことがある程度の認識だが、それでも一応同僚……といっていいのか? まあ同じ職場の人間だから放ってはおけないだろう。
そんな理由で生死の有無だけ確認して放置てもいいところを私は拾い上げてやることにした。すぐに後悔することになるが。
男を担ぎ上げれば甘ったるい酒の匂いが漂ってきた。相当呑んできたようだな、この男。
……まあ、そうでなければこんなところで倒れてるわけがないか。
騎士団の人間たちはすぐに酒を飲みたがるからな。全く。
私は所謂騎士という職業についている。厳密には少しだけ違う気もするが、騎士団に所属していることに違いはない。騎士という分類でいいだろう。
私の背負っているこの男も騎士の一人。それなりに実力はあったはずだ。ほとんどの騎士が相部屋をしている騎士団の寄宿舎の中で一人部屋を与えられているくらいには。
私は仕事内容的に騎士団の人間の顔と名前なんかはほぼ頭に入れている。騎士団以外の人間もかなり覚えている。だから知り合いではないこの男のことも頭に入っていた。そのせいでいらない拾い物をしてしまったわけだが。
まったく、私はこれでも一応女なんだぞ。騎士なんかやって体を鍛えていなければこんな鍛え上げられた体持ち上げられるものか。
そもそもどうしたらこんなところで行き倒れるんだ。騎士団の寄宿舎は酒場が集まっている場所から考えればこことあ真逆のはずなんだが。
とりあえず男は私の部屋のベッドに投げておいた。リビングのソファでは収まらなそうだからな。
風邪をひかれても困るから布団はかけてやる。ついでに枕元には水を用意してやる。
女の部屋とは言い難い、何もない殺風景な家だ。私の部屋を漁られたところで何も困るものは出てこない。安心して放置できるというものだ。
私は隣のリビングのソファに居座ることにした。ハーブティをサイドテーブルの上に用意して毛布を体に巻き付ける。まるで蓑虫のようになるが、肌触りの良さで買った毛布はなかなか居心地がいい。
男が目覚めたのは次の日、私が朝食の準備をし終わった頃だった。
間抜けた顔で私の寝室から出てきた男は私を見て口を開けて固まった。なんだその顔は。失礼な奴だな。
「は……なんでお前がこんなところに……? ここは一体……。まさか……、お持ち帰りか? お持ち帰りなのか? 俺を毒牙の餌食に……」
口を開いたと思ったらこれだ。
焦って自分の体を見下ろして服を一通り確認してから安堵するように息を吐いている。なんだその行動は。失礼な奴だな。
「生憎と相手には困っていないし、君にも興味はない。朝食は食わせてやるからさっさと出て行ってくれ」
いつまでも居座られても迷惑だ。
やれやれと息をつきながら、私は朝食を用意したテーブルの前に座った。ついでに向かい側の席を指し示してやる。
それでも動く様子はない。唖然とした顔で私を見ていた。騎士とは思えないあほ面だな。
「お前、本当にあの魔性の天使で有名なエセル・グランティエ……?」
口を開くたびに失礼なことしか言わない男だ。
「確かに私はエセル・グランティエで間違いないが」
早く席につけ。朝食が冷めるだろう。
大して関わりはないはずなのになぜこんなにも無駄な噂が浸透していくのか。まあ、原因は確実にあの頭のおかしい上司のせいだろうが。
私の直属の上司はなんというか、頭のおかしい、ひとことで言い表すなら変態な男だ。まあ、詳しい説明はいいだろう。あの男の話題を出すと気分が悪くなってくる。
無言の圧力でようやく席についた男。
騎士アストロ・オービット。それなりの実力者な彼は普通の正当な騎士だ。剣を持ち敵と戦う騎士という名にふさわしい仕事をしている。
対する私は騎士であるが職務内容は普通の騎士とは少しだけ異なる。このアストロはもちろん、ほかの騎士団の人間も知らない人間が多いだろうが、まあ今は関係ないな。
アストロが椅子に座ったのを確認して、私は朝食に手をつけた。
今日は生地から作ったもっちりとした食感のパンと、野菜のポタージュ、それから二日酔いによく効くウコという実を混ぜたポテトサラダ。デザートには柑橘のゼリー。
うん。いい出来だ。
私の唯一の趣味といえる料理。というより他にやることがないせいで無駄に料理に力を入れすぎているだけともいうな。
仕事で遠出する度に新たなレシピを覚えてしまうのだから仕方ない。仕事の延長で手を出し始めたらいつの間にか本格的なものになってしまっていた。
アストロはしばらく私を見つめた後に恐る恐る料理に手を伸ばし始めた。
なんだ。せっかく二日酔いの酔っ払い男に適したメニューにしてやったというのに、毒でも入っていると言いたいのか?
私はそこまで君に興味は抱いていない。早く平らげて帰ってくれ。
食事を残していくのは見過ごせないから早く口に入れて飲み込め。素早く味わって食べろ。
無言で訴えかける私の前で、アストロはゆっくりとスープを口に入れて咀嚼した。手が心なしか震えているのは気のせいか。騎士として情けなさすぎるだろう。
ごくり、と喉が動くのを観察していれば、アストロが私の顔を凝視してきた。まるで鬼教官に褒められた新人騎士のようだ。
「うまい……」
不思議そうな顔には納得がいかないが、私の料理が美味いのは当然だろう。自画自賛でも構わない。事実だからな。
時間も手間もかけている自慢の料理だ。
仕事以外では料理にしか時間を使っていないからな。そこらの料理人にも負ける気はない。
私の料理を食べられるのはなかなか貴重なんだぞ。知り合いを家に招くことはあまりないからな。友人と呼べるものが少ないというのも一つの理由だが。
「口にあったなら早く食べて帰ってくれ」
先ほどよりは幾分が気分がよくなった。
面倒な拾い物だったが、まあなかったことにしてやってもいいだろう。
なんて思っていたのに、この男はなぜか度々私の家の前に現れることになった。
毎回のように料理をふるまってやることになるのはそう遠くない日のことだ。
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私エセル・グラティエは先日、家の前に倒れていた同僚を拾った。
倒れていたといっても、生死の危機だったとか病人だったわけではない。ただの酔っ払いだ。
知り合いといえるほど関わったこともない相手だったが、迷惑にもその酔っ払いは私の家の入り口前に倒れていた。流石に放置もできずに仕方なく私のベッドに寝かせてやったんだ。
それなのにその男、アストロ・オービットは失礼な奴だった。
職場で私の噂でも聞いていたのか、礼も言わずに人を毒婦扱い。私と同じ騎士という職業についているとは思えないあほ面で狼狽えていた。
まあ、私の料理の美味しさには感動していたようだし、綺麗に皿を空にしたことにはなかなか気分がよくなった。介抱してやった礼がないことも水に流してやろうと思った。これから関わることもほとんどないのだからと。
そう思っていたんだ。
それなのに。
「なぜ、君は私の家の前で行き倒れるんだ」
はあ、とため息を吐いてしまうのは仕方ないだろう。
数日前と同じ場所で同じ人間が倒れている。また酒に潰れて、だ。
嫌がらせなのかと疑いたくもなるが、完全に意識はない。誰かが運んできたのかと一瞬本気で考えた。
まさか新手の嫌がらせじゃないだろうな。
やれやれと息をついて、私はまたアストロを持ち上げた。
本当にため息が止まらない。幸せがどんどん逃げていくな。
アストロを私のベッドの上に転がして、レモン水を枕元に用意してやった。
私は前回と同じようにリビングのソファに丸まることにした。騎士という職業柄、比較的どこでも寝られるというのはこういうときに役立つ。
私は任務ではいいベッドで寝かせてもらえることが多いのだが。
今日は事務仕事が多くて疲れた。
特に上司の相手をするのが一番面倒だ。書類の傍ら上司の相手をしなければいけない心労はなかなか伝わらないだろう。何せあの上司は普通じゃない、頭のおかしい人間だからな。
明日は休みだし、ゆっくりとすることにしよう。
アストロを拾わなければ最高だったんだが。
目を開ければアストロの顔が目の前にあった。
…………なんだ。近いな。
起きたなら早く出ていけばいいものを。
「グランティエ、また世話になったみたいで悪ぃな」
今日は余裕の表情じゃないか。
ぼんやりとした頭で目の前の男の顔を観察してみる。
アストロの顔は悪くはない。どちらかというと綺麗な顔立ちだ。まだ少年の面影が残っている。
……妙に距離が近い気がするのは気のせいか。
私は朝に強いほうだ。覚醒は早い。
だがやはり布団にくるまれている時間は至福でもある。もう少しここにいたいのも本音だ。
目の前の男がいなければ気持ちよく起き上がっていたところだが。
「……私の家の前で力尽きるのはやめてもらえないか」
とりあえず伝えるべきはこれだ。
酒場が集まっている場所からアストロの住んでいる騎士団の寄宿舎はここからは正反対の場所にあるんだがな。本当になぜここまで来るんだ。
この家は私の唯一の落ち着く場所なのだから他人はあまり入れたくない。
「俺も記憶がない。気づいたらここにいた」
「はあ。まあいいが。気づいたなら早く出て行ってくれ。その様子なら二日酔いも大してないだろう」
二日酔いのための食事はいらなそうだ。
さて、今日の朝食は何を食べるか。
家にある食材を浮かべながらメニューを考えようとすれば、アストロが急に「うっ」とうめき声をあげて蹲った。
何なんだ、そのわざとらしい演技は。なめているのか。下手すぎるだろう。そこらの子供のほうが上手い芝居をするぞ。
じと目で見つめるしかない私をアストロが上目遣いで、見上げてきた。その動きはどう考えても不自然である。
「やべぇ。すごく二日酔いだ。これは駄目だ。二日酔いが治るように朝食が食いたい」
ぐう、とこの腹で虫が鳴いた。
人の家の前で行き倒れて介抱させた上に食事まで強請るのか。
私ははあ、とため息をついてソファから降りた。倒れた上に食事まで強請るのかとつまみ出してやりたい気持ちもあるが、腹の音が聞こえてしまっては仕方ない。
ぐっと伸びをすれば関節が悲鳴をあげる。
やはり柔らかいベッドで寝るのが一番だな。ソファでは少しばかり負担がかかる。
「座っていろ」
二日酔いに配慮する必要はないからな。私の好きなものを食べよう。
アストロは嬉々としてテーブルの前に腰を下ろしている。
もしかしなくとも最初の拾い物は失敗だったようだ。捨て置くべきだった。
仮にも野営訓練や任務中の野宿を経験している騎士だ。一晩くらい放っておいても問題なかっただろう。
今更言っても遅いが。
一昨日の夜中に煮込んだブイヨンを取り出してざく切りにした野菜を入れていく。腸詰もいくつか。
腸詰には私オリジナルのスパイスを混ぜ込んである。肉屋の腸詰も美味しいがそれとはまた違う旨みが自慢なんだ。
あとは鍋に蓋をして少しの間煮込むだけ。
もう一つ鍋を取り出して水とビネガーを入れて沸騰させた。そこに卵を割り入れて程よい固さになったら取り出す。
バケットを薄く切った上に卵を乗せて塩コショウとハーブを振りかける。
これだけだと皿が寂しいな。
ああ、林檎をもらったんだった。
すりおろした林檎と角切りの林檎を酸味のある乳の加工品グルトと混ぜ合わせて蜂蜜を垂らして……うん。完璧だ。
煮込んだスープを皿に移し、自家製のハーブティーもカップに注ぎ入れてテーブルの上に並べていく。目の前の男は気に入らないが、朝食は完璧だ。
この卵料理はポーチと言ったか。
この間知ったばかりだが気に入っている。
「ありがとうグランティエ」
アストロは妙に笑顔で私の運んできた料理を見ている。
まあ気に入ってくれるのは嬉しいんだが、なんだか複雑だ。
なぜ、私の城ともいえる持ち家の中で私の貴重な料理を振る舞ってやらなければいけないのか。
……うん。私の料理は今日も美味いな。
そういえばこの間珍しい調味料を貰ったんだったな。早速試してみなければ。
明日からはまた仕事だからな。そろそろ任務も入りそうだし今日のうちに少しだけ使ってみよう。
しかしあまり調子に乗って作りすぎると食べ終わらなくなってしまう。特に長期の任務前だと処理に困る。
「やっぱりうまい」
アストロが呟いた言葉に内心で当たり前だと返しておく。
「にしてもあのグランティエがまさかこんなに料理上手だとは思わなかった」
……なぜこの男は普通に世間話を始めようとしているんだ。
「早く帰れと言っただろう」
その耳は飾りなのか。
「いいじゃねぇか、少しくらい。一人より二人で食べるほうが美味いだろ」
「それはただの迷信で、悪いが私は一人が好きなんだ」
「男好きなのにか?」
「…………」
本当にめんどくさい奴だ。
別に私は男好きではない。女が好きなわけでもないが。
どちらかといえば男からはできるだけ距離を置いておきたい。とくにこういう私的な時間では。
だからと言って目の前の男に抗議しても無駄だろうから黙ってにらみつけておくだけにしておく。
「エセル・グランティエといえば清楚で可憐な容姿で男を誑し込み、そのくせヒールで踏みつけるご令嬢だろ?」
……まあ、間違ってはいないか。事実といえば事実だ。やったことはある。
切実に訂正したいところではあるが認めたくない事実でもある。
事実は覆らないからな、言い訳をしても意味がない。
「早く帰らないとお望み通りヒールで踏みつけてやるぞ」
決して私の趣味ではないがそれに抵抗はない。
それくらいには慣れてしまった。
それもこれもあの頭のおかしい上司の所為だ。
考えると頭が痛くなってくる。
「貴族の屋敷に住んでると思ってたんだが、意外に家庭的なことに驚きだ」
本当に人の話を聞かない奴だな。
帰る気がないのか。
「料理は私の趣味だ」
そもそも私は貴族ではないしな。
「つーか、お前の喋り方は綺麗な令嬢言葉なんじゃなかったか?」
「私は普段からこの喋り方だ」
普段から、というか普段は、が正解か。
令嬢言葉は出張用なだけだ。騎士団内でも普段はこちらの喋り方をしている。
……まあ、一人頭のおかしい例外がいるせいで誤解を招くことになってるんだが。
「グランティエ、世話になったな」
食事を終えて、食後のお茶まで飲んでから漸くアストロは腰を上げた。
「お前のことを俺は誤解してたのかもしれない。これからは見る目を変えることにする」
「今までと同じでも私は構わないが」
なんだか距離を縮められた気がするな。
私は一切仲よくしようとは思ってないんだが。
「頼むからもう家の前で倒れるのはやめてくれ」
「ああ、気をつける」
ひらひらと手を振りながら去っていくアストロの背中を見ながら思った。
……ああ、嫌な予感がするな。
三度目はまさかないだろうとは思うが、な。
さあ、新しい調味料を試してみよう。
軽くクッキーでも焼きながら夕食の下ごしらえだ。
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読んでいただきありがとうございましたm(__*)m
そのうち続編みたいなのを書きたいな~と思ってます。
今回のはプロローグ……のような感じ?
いろいろ伏線入ってたりしますがそのうち書きたい続きようです。
少しだけ修正。
本編も改めて書いていく予定。