春姫と貢物
大地の神に何かを頼むには、それ相応の貢物が必要なことを春姫は知っていました。
地上に出ると、そこには草木は枯れ、水気のない大地が広がっていました。
風は強く、日差しも強く、ムッとする暑さでした。時折流れる雲の影が唯一の癒しでした。
馬に乗り春姫と青年は走ります。
春姫の薄いピンク色の髪は束ねられ、日焼けのローブをまとい、普段ははかないようなズボンに黒い丈夫な皮のブーツを履いておりした。
ここに来るまでに「戦に行くようだね」と言った青年も今思えば似たような服装でした。
秋口の肌寒さをしのぐために着ていたローブはちゃんと日焼けの役割をし、ついていたフードを目深に被り青年は慣れた様子で馬を操りました。
何日も何日も走りましたが、まだまだ大地の神がいるところには着きません。
そもそも貢物がまだ手に入っていないのですから辿り着いても意味がありませんでした。
春姫は知ってはいたものの、地上の荒れ具合に驚きました。青年もそれは同じだったようで「ここは一体…」と驚いていました。
さらに驚いたのは3日目の夕方のこと。
いつものように走っていると一本の木が見えました。そして二人はそこに生き物の姿を見たのです。
「オオカミだ…こんな所になぜ…」
青年は呟きました。
よく見ると、オオカミは木の上をじっと見ています。
春姫と青年も木の上を見ました。
「あ!」
青年は声をあげました。
そこにはなんと、木の枝の間に鳥の巣が、それもとても大きな鳥の巣がありそこには大きな卵があったのです。
「オオカミはあの鳥の巣の卵を狙っているんだわ。」
春姫は言いました。
そして、馬を降り、手近にあった石をオオカミに投げて威嚇しました。
木の上ばかり見ていたオオカミは驚いて走って去って行きました。
「これでとりあえずは大丈夫ね。」
春姫は言いました。
しかし青年は不思議そうに言いました。
「鳥の卵は守れましたが、あのオオカミはお腹が空いて死んでしまうかもしれませんよ?」
それは至極当然の疑問でした。
しかし、春姫は知っていたのです。
今乗ってきた馬のように、現在地上にいる全ての動物は科学者たちによって、死なないよう不老不死の動物にされていることを。
春姫はそんなこと言えるはずもなく、切なそうに微笑みました。
「そうですね、軽率なことをいたしました。」
「いや、すまない。貴方を攻めるつもりはなかったんだ。」
謝る青年に春姫は心が痛みました。
(謝るのは私の方だわ。あのオオカミが決して死なないと知りながらこの方に嘘をついた。)
不老不死であっても噛まれれば痛い。
肉片が残っていれば再生するけれど、逆に食べなくても死なないなら、とオオカミを追い払ったのです。
(下手なことはしないことね)
春姫は心に誓いました。
その瞬間、二人の頭上に大きな影ができ、ぶわりとこれまた大きな風が舞い起きました。
「な、なんだ!?」
何事かと見上げればそこには長い尾羽を持つ、とんでも無く大きな炎をまとっているかのような鳥が居たのです。
「フェニックス…」
春姫は思わず目を見開いて呟きました。
探していた鳥がまさかこんなに早く出会えるなんて。彼女は慌てて降り立った鳥の前に跪きました。
青年は春姫のその姿にも驚きました。
鳥は長い睫毛の鋭い目を優しげに細めて言いました。
「今少しばかり遠くから見ておりました。私の卵を、守ってくれたのですね…。」
「当然のことをしたまででございます。」
春姫はひれ伏したまま言った。
青年は鳥が言葉を話したことに驚くばかりで言葉がでなかった。
「姫殿が来ている、ということはどうやら私の力が必要なようですね。」
鳥は青年を気にすることなく言いました。
春姫はゆっくり顔を上げ、苦しそうな表情で「はい」と答えました。
鳥は頷き、大きな羽を広げ、身をよじって尾羽を一枚嘴に挟むとそのままブチリとちぎってしまいました。
そしてそれを春姫の目の前に置きました。
春姫は涙ぐみました。
「私が不甲斐ないばかりに…申し訳ありません。」
鳥は首を振ります。
「いえ、長きに渡ってあなた方はよくやっているようです。私はもっと早くにこうなるかと思っていましたから。」
「国は守ります。」
「頑張りなさい。お気をつけて。」
そういうと鳥はまたどこか彼方へ飛んで行きました。青年は相変わらず何が起こったのかわかりませんでした。
姫は尾羽をその腕に抱きしめ、青年に言いました。
「今は、何も聞かないでください。いや、出来ればずっと。とにかく次の貢物を得なくてはなりません。」
青年は頷くしかできませんでしたが、この美しい姫が何か大変なことを成そうとしていることがわかり、心の中で絶対に守ると誓いました。