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不和

 昼休み、ベンチの真司のそばまできたすみれが、遠慮がちに横に腰かけた。いつもは特に気を遣う様子もないので少し妙には思ったが、こちらの表情を見て少し怖がったのかもしれない。真司は眉間にこもっていた力に気づいて手でほぐした。


 あの騒動から一週間だがまだそれが立てていった波は去っていなかった。というのはつまりまだ騒動の原因や犯人は分かっていないということだ。影響力が残っているという意味でもある。人に衝撃を与え噂させる力とでも表現すればいいのだろうか、騒動の話題は学生の間で飛び交い当分は収まりそうになかった。


 あれは愉快犯だ。いや女子生徒が監禁されていたらしい。まてまて女子生徒に暴行を働いてその証拠隠しに……。かくして話題は大きく余分に膨らんでいく。整理されていない物事を人は一生懸命整理したがる。そして自分の組み立てた完成図を人に見せたくて仕方がない。咎めても意味のないことではある。だがしかし……


「あの……真司、くん?」

「……ん?」


 すみれを見やると、彼女はなにやらはにかみながら身体ごとこちらを向いた。


「どうした?」

「あ、その、あのね、ちゃんとお礼言ってなかったなって」

「お礼?」

「あの日、助けてもらったからそのお礼」


 もう数秒考えてようやく気付く。すみれを部室棟から助け出した時のことを言っているらしい。


「……つってもあれ、助けたっていうのかな。別に拘束されてたわけでも変なことされてたわけじゃないんだろ?」

「そ、そうだけど!」


 変なこと、の下りで顔を赤くしたすみれが声を大きくする。


「きてくれてうれしかったから、わたし……。ありがと」


 さらに顔を赤くして。彼女はつぶやくように締めくくった。

 なるほど、と真司は一人で合点する。最初の遠慮がちな態度はこのことを考えていたからだろう。


「そっか」

「……いや。そっかって」

「うん。こっちこそどうも。頑張ってよかったよ」

「うわなんだろうなんかムカつく感じ」


 不満顔ですみれが身を引く。真司は頭の後ろで手を組むとベンチの背に身をそらした。眉間の力はおかげで完全に抜けていた。そんな真司の様子を見て。すみれもどうやら笑ったようだった。

 ため息。ちらりと視線をここから見えるグラウンドの隅に向ける。まだあそこでの捜査は行われていて作業している者の姿も見えている。だが手がかりは見つからないだろう。そんな気がした。


「さて」

「……どこいくの?」


 立ち上がる真司を見上げてすみれが言った。どこか硬さの混じった声だ。


「別に。戻るだけだよ」

「そんなわけないじゃん、だって昼休み終わってないよ?」

「俺だってたまには時間前に戻ることあるって」

「嘘。今から調べるんでしょ。二つの事件のこと」

「そんなわけないだろ」

「わたしも行く」

「駄目だ」

「なんで? 教室に戻るだけなのに?」


 どうやら自分の幼馴染のことをなめすぎていたようだった。彼女は馬鹿のようで馬鹿ではない。

 すみれはさらに続けた。


「第一のガス爆発はガスセンサーが作動してないのがおかしい。第二の事件は明らかに人為的な火災。そしてどっちもに巻き込まれてるのは真司くん! 絶対何かあるよこれ!」


 同じことを警察にも訊かれた。どう考えてもおかしいと。だから聴取も前回よりだいぶ密なものになった。一通り話せることは話した。真司についても疑っているような気配があり、あちらも隠す様子もなかったのであからさまな隠し事はしなかった。しかしそれでも打ち明けなかった妙なことはいくつかある。


 真司は植木鉢が落ちてきた日のことを覚えている。あれは風の弱い日で、さらに言えば後で確認したところどこの教室のバルコニーにも植木鉢は置かれていなかった。そしてガス爆発では女子生徒が何かを言おうとしていた。さらにガソリン火災の六人は脅迫されて事を行ったことをほのめかしたが聴取では口を閉ざしているらしい。


 そして最後の一つ。火災の時には悪魔の力が使われた感触があった。これが一番重要だった。おそらく、自分は悪魔の力の所持者に狙われている可能性がある。

 だがどうして。そしてどうやって。狙われる理由がわからないし、どうやって真司も同類だと知ったのかが謎だ。


(……いや)


 奇妙と言えばもう一つあった。すみれを軟禁していた五人は部室棟から不思議な脱出のしかたをしている。あれが悪魔の力だろうが意味がわからない。火を放っておきながらなぜ助けるようなことをする必要があったのか。脅迫しておいて使い捨てるつもりはなかったということか。いやそれとも……


「真司くん! ねえ真司くんってば!」


 すみれの声にはっと我に返った。彼女の怒った瞳が真司をにらみつけていた。

 真司は相手にせずに振り返る。そのまま歩き去ろうとするがすみれは前に回り込んできた。


「危ないから! ね? やるなら一緒に――」

「駄目だ」


 自分の喉から出たとは思えないほど冷たい声だった。すみれも呆気に取られていたが真司も自分で同じくらい虚を突かれた。

 とはいえ出した言葉は戻らない。


「俺は別に変なことやらかすつもりはない。ただ教室に戻るだけだ」

「でも」

「それに、もしやらかすならお前と一緒には無理だ。そんなのごめんなんだ。だって」


 すみれの瞳からみるみる力が抜けて悲しい色に染まっていくのを見て、それ以上の言葉は言えなくなった。


「そ、んな……」

「……藤井?」

「真司くんって名前で呼んでくれたことないよね、わたしのこと……」

「え?」


 すみれはこぼれそうになった涙をぬぐうと、うつむいたままうめくように呟いた。


「真紀ちゃんが死んじゃったの、もしかしてわたしのせいなのかなって、ずっと考えてた」

「何言って……」

「……ごめん。変なこと言った。わたしは邪魔だもんね。もう止めないよ。それじゃ」


 言い終えると、こちらに背を向け足早に去って行った。

 真司は追うこともできずに立ち尽くしていた。いや正確ではない。悪魔の身体能力があれば追って止めるのはたやすい。だがただ追いついたところで何ができるというのか。力があるというのに無力を痛感した。


(今さら、言うのは無理か……)


 危険だからやめて欲しかったんだ、などとは。


 と、耳が奇妙な言葉を拾った。


「悪魔が囁く……」


 はっとして振り返る。強化された感覚器は聞こえてきた方向もしっかりとらえているが見やるその先にはもう誰もいない。

 ギリ、と奥歯をかみしめる。不快感に似た怒りが胸の底に揺らめく。だがやり場がない。


「なんなんだよ!」


 力任せに振り下ろした足が、こぶし大の石を踏み砕いた。

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