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魔法の木の実  作者: 羽月
6/9

【6】

 もう一晩泊めてもらい、さらに翌朝。


「さあニコル、もういよいよ帰らなければ、家のみんなが心配するだろう」


 老人に言われて、ニコルは胸が詰まりました。

 弟のロニーの、トゲのささった指は、どうなっただろうか。母親は、また自分を叱るかもしれない。

 けれども確かに、いつまでもこの屋敷にいるわけにはいきません。

 出て行こうとするニコルを、老人が呼びとめました。


「おやおや、忘れものだよ。

 昨日本を読んでくれたお礼をするといってあっただろう?」


 ニコルは遠慮しようとしましたが、老人は頑として聞き入れず、屋敷の裏手へ連れて行きました。

 そこの景色に、はっと息をのみました。

 一面の雪、その白銀。空は青く澄み渡り、まるで天上の景色のようです。

 裏庭の先には、一本の木が生えていました。

 背はさほど高くなく、雪が降り積もったいっぱいに広げた枝に、子供の拳ほどの真っ赤な実がたわわになっていました。


「すごい……」


「この実はね、食べるとなんでも願い事が叶う、魔法の木の実なんだよ。

 さあ、一つ食べてごらん」


 老人の言葉は、どこか遠く響きました。

 願い事が叶うかどうか、というより、雪をかぶってキラキラと真っ赤に光る木の実に触れてみたくて仕方ありませんでした。

 けれど、真っ赤な木の実は、ニコルの指が触れた瞬間、さらさらと風に溶けて消えてしまいました。

 驚いてぽかんとしていると、背後で老人が楽しそうに笑いました。


「この実は、触れることができないんだ。

 手にもぎ取ろうとすると、今みたいに消えてしまうのさ」


「じゃあ、どうやって食べれば……?」


「なあに、簡単だよ。

 枝になっているまま、口をつけて食べればいい」


 ニコルは、なるほど、と思い、言われたまま少し背伸びをして、枝になったままの木の実を口に含みました。

 はじめは、雪の冷たさ。

 木の実は口の中でさくんと弾け、花の蜜のような、甘い、とてもよい香りがして、かすかな雫だけを残して溶けて消えてしまいました。

 喉から涼やかなものが広がって、全身が軽く、すっきりと透明になったような気がしました。


「さあ、願い事を」


 老人に促されて、ニコルは考えました。

 父のような、立派なきこりになりたい? けれどそれは、自分の日々の努力でなるもの。魔法に頼るのは、なにか、違う気がしました。

 自分の本当の願いって、なんだろう。

 今欲しいものって、したい事って、なんだろう。

 ニコルの頭の中に一つの言葉がひらめいて、そのひらめきはキラキラと光り、消えなくなりました。


「あの、ぼく、またここに来たいです。

 ここにきて、また家のお手伝いをして、そして、森の賢者様と一緒に本を読みたい。

 ええと……いつもじゃなくてもいいんです、たまに、で」


 なんでも願いがかなう、とは言われたものの、あまりにも不躾だったかもしれない、と、おずおずと言葉にすると、老人はにっこり笑って頷きました。


「それが、ニコルの願いなんだね?

 いいだろう、いつでも好きな時に遊びにおいで。

 そうして、また一緒に本を読もう」


 どこか、青い空のどこかで、カラン、と、澄んだ鐘の音が響いた気がしました。

 ニコルは何度も振り向き、お礼を言って教えられた道を辿り、家へ帰りました。

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