【4】
しばらく歩いていると、吹雪のカーテンの向こうにぼんやりと明かりが見えてきました。
縋るようにその光を目指すと、そこにはしっかりした造りの、古い屋敷が建っておりました。
(この森に、こんなお屋敷があったなんて)
驚いて見上げている間にも、雪は容赦なく吹き荒れています。
ニコルは思い切ってドアを叩きました。
「こんばんは、遅くにすみません、どうか、中に入れてください」
ドアの向こうに人の動く気配があって、長いひげの老人が顔を出しました。
「さあ、中に」
老人は薪の爆ぜる暖炉の前にニコルを座らせ、熱いお茶を淹れてくれました。
「さて、こんな吹雪の夜、こんな森深くの屋敷まで来るなんて、どんな訳があったんだい?」
ニコルの震えが落ち着くのを待って、老人は尋ねました。
どこまで話していいのだろう。戸惑いましたが、老人の優しそうな雰囲気に、ぽつりぽつりと話すうち、感情が昂って言葉が止まらなくなりました。
弟の指にトゲが刺さってしまった事、その傷が元で、ひどい事になりはしないか、黄泉の国にいるだろう大賢者さまに聞きに行くよう、母親に家を追い出された事、なので、自分は黄泉の国に行き、大賢者様を探さなければならないのだけれど、行き方もわからないし、とにかく、父親のいる小屋を目指そうとして道に迷ってしまい、この館にたどり着いた事などを話しました。
老人は頷きながら聞いていて、ニコルが話終わり、涙を流すのを見て口を開きました。
「そんな事なら、私が断言してあげよう。
トゲが刺さったら、丁寧に抜いて、ちょっと舐めておけばいい。
木が毒でも持っていたら、多少は腫れることがあるかもしれんがね。
暖炉にくべる薪なら、そうたいしたことにはならんさ」
「けれど、それで母は納得してくれるでしょうか。
黄泉の国にいらっしゃる大賢者様に聞いてくるように言われたんです」
おずおずというニコルに老人は笑いかけました。
「賢者なんていうものは、どこにもいやしないんだよ。
賢者とは、なんでもみんな知っている者の事だろう?
本当に何でも知っている者は、自分が知らない事がたくさんある、っていう事も知っているものさ。
夜空にキラキラ光っているものを、星と呼ぶけれど、じゃあ、星ってなんだろう。冬になって寒くなると、雪がどっさり降る。この雪は、一体どこからやってくるのだろう。
昼間の空は青く、夕方の空が赤いのはなぜなのだろう。
麦の種からは、どうしてきっちり麦が芽を出すのだろう。
毎日見ている事でさえ、わからない事ばかりだ。
自分で自分の事を賢者だ、なんていう者は、本当の賢者なんかじゃない。
他の人が、この人はなんでも良く知っているなあと思うとき、その人を賢者と呼ぶだけの事だ。
お前さんがわざわざ黄泉の国へ行って、そこでものしりのじじいに会って、あなたは賢者ですか、と聞いたって、本当の賢者なら、名乗ったりしないってわけだ。
そうだろう?」
ニコルは、人のよさそうな老人の言葉にすっかり胸を打たれました。
「じゃあ、もし、かあさんに、賢者様に聞いてきたのかって言われたら、森の奥の賢者様に聞きましたっていっても、いいって事ですね?」
ニコルがうれしそうに身を乗り出すと、老人は、ほっほ、と楽しげに笑いました。
「おまえさんは、なかなかに賢い。年若の、小さな賢者だ。
さあ、体が温まったなら、今日はもうゆっくり休むといい」
しっかりとした屋敷の外は、夜中ひどい吹雪でした。
ニコルは清潔な寝間着と、やわらかく、軽く、暖かいふとんを用意してもらい、ぐっすりと眠りこみました。