【3】
足は新雪に深く沈み、20cm進めば10cm滑って戻るという有り様で、一歩一歩、ふらつく体を何とか保ちながら山を登り続けました。
雪は容赦なく吹き付け、頬も耳も、鋭い痛みを感じていたのははじめのうちだけ、今はすっかり感覚がなくなっていました。
どれだけ昇ってきたのか、前も後ろも、右も左も、特徴のない木々と、ただただ白い雪ばかり。
いったい、あとどれくらい歩けば父の小屋につくのだろう。
雪が目に入り、ぎゅっとつぶった時、足が深く雪に沈みました。
いつの間にか道を外れていたのでしょう、そこは斜面の吹き溜まりでした。
雪の下に硬い地面はなく、体を支えるために掴むものもなく、あ、と思う間に、ニコルはそのまま、斜面を滑り落ちていきました。
やわらかな雪の坂道を落ち続け、やがて斜面はなだらかな平地になり、やっとニコルは止まりました。
幸いケガはないようで、試しに自分の滑り落ちた跡を辿って斜面を登ろうとしましたが、吹き溜まりの雪は深く、すぐに崩れて体が埋まるばかり。元の山道に戻ることは、もうできません。
はあ、はあ、と肩で息をしながら、自分が滑り落ちてきた斜面を茫然と見上げているうちに、涙が溢れて止まらなくなりました。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
あたたかな暖炉、やわらかなベッド、そっとページを繰る本の、紙とインクの匂い、淹れたてのお茶。
ほんの1時間前にはあたり前だった世界が、どんなに戻りたいと思っても、遠い。
ここは、山のどのあたりなのだろう。滑り落ちる時、ごろごろ転げまわったせいで、右も左もわからなくなっていました。戻れないのなら、進んでみるしかない。
雪を避ける洞窟が、運よく見つかるかもしれない。
ニコルは涙をぐっと拭いて、斜面に背を向け、歩き出しました。