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魔法の木の実  作者: 羽月
2/9

【2】

 ある、冬の夜の事です。

 ロニーが突然、大声で泣き出しました。

 ニコルと母親が驚いて駆け寄ると、指先に木のとげが刺さっていました。

 暖炉のまきをいじっていて刺してしまったようでした。

 母親が慎重に引き抜くと、赤い小さな血の珠が、弟の指先に膨れました。ニコルはほっとしました。トゲは抜いてしまいさえすれば、あとは舐めておけばすぐに治ってしまうことをよく知っていましたので。


「何がおかしいの?」


 ニコルは、自分に向けられた母親の冷えた声に、はっと身を固くしました。


「何も、おかしくなんて」


「何を笑っていたの? 弟が泣いているのがおかしいの?」


「そんな」


 驚きと恐怖に固まり、言葉が出ないニコルに、母親はぐっと近づきました。


「ロニーがけがをして大変だっていうのに、笑っているなんて」


「けが、っていっても、トゲが刺さっただけでしょう?

 すぐに血も止まるし、明日にはよくなるよ」


「どうしてお前に、そんなことがわかるの!

 絶対に血が止まるって言えるの? このまま治らなくて、指がひどい事になったら、どうするっていうの!」


 母親の怒鳴り声に、ロニーはさらに大声で泣き続けました。

 どうしていいかわからず、おろおろと立ち尽くすニコルに、母親はさらに苛立ってその腕を掴み、部屋の端へ連れて行きました。


「お前の言っていることが本当かどうか、大賢者様に聞いておいで」


「だいけんじゃさま……?」


「この世界の始まりを創ったと言われる、とても偉いお方だよ。

 その方がいう事だったら、そりゃあ本当だろうさ」


「その方は、どこにいらっしゃるの?」


「この世界の始まりにいた方なんだ、とっくにお亡くなりだろうさ!

 黄泉の国に行って探してくるんだね!」


 母親の言葉に、ニコルは全身がざあっと冷たくなりました。


「ごめんなさい、許して。

 黄泉の国なんて、ぼく」


「ぐだぐだ言っていないで、とっとと行ってきなさい!」


「こんな吹雪の中に出て行ったら、凍えちゃうよ」


 ニコルの言葉を無視し、母親が乱暴に開けた家のドアからは、冷たい風が容赦なく吹き込んできました。

 母親は入り口近くにかけてあった、ニコルの上着をとると、無理やり押し付け、


「そりゃ、黄泉の国に行くには好都合」


 といってニコルを雪の中に放り出し、ドアをバタンと閉めてしまいました。

 ニコルは閉ざされたドアを必死に叩きましたが、なんの反応もありませんでした。


(母親は、ドアを開ける気はないんだ)


 ぞくり、と、背中が冷たくなりました。

 暗い空で、恐ろしい魔物の叫びのように風が唸ります。

 部屋着のままの腕が、急速に冷たくなっていき、慌てて上着を羽織りました。

 家から漏れる灯りの届かぬ先は、黒い森と、白い地面、その間の空気を吹雪がかき回していました。

 この山で生まれ育ったニコルは、こんな吹雪の夜、家から離れることがどれほど危険な事か、よく知っていました。家の中に入れてもらえないのだとしたら、一刻も早く吹雪を避けられる場所に行かなければ、本当に黄泉の国へ旅立つはめになってしまいます。

 すっかり体が冷え切る前に、手足の感覚が残っているうちに、風を避けられる場所をみつけなければ。

 家の敷地をでると、道は二つに分かれています。

 左へいけば山を下り、1時間半ほどで小さな集落へたどり着きます。

 けれど、途中で、谷川にかかる小さな橋を渡らなければなりません。凍りつき、雪の積もった橋は滑りやすく、向こう岸にたどり着く前に谷に落ちてしまうかもしれない。この天候だから、いつもより時間がかかるとして約2時間後といえば、集落の者たちはすっかり眠ってしまっているはず。

 右は山を登り、山頂へ向かう道。1時間ほどで父が寝泊まりしている小屋があります。何度も、何度も通った道。こちらの方が、いくぶんマシな気がして、ニコルは上着の前をしっかり合わせ、山道を登り始めました。

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