【1】
これは、とある美しい山国でのお話。
冬の終わり、雪や氷が解けだし、小川の水がクスクスと小さな声で楽しそうに歌い、谷間に鳥がさえずるとゆっくりと春が目を覚まし、生命力に満ち溢れた夏がやってきて、そこらここらに花という花を咲かせ、木々が鮮やかに色づき、あっという間に木枯らしが森を駆け抜け、湖は鏡面のように凍りつき、空は深く、紺青に澄み渡り、雪に閉ざされた長い冬が訪れる。
そんな、豊かで美しく、厳しい四季の巡る山国でした。
森の中に、貧しいきこりの小さな家がありました。
父親はさらに山の上の小屋にこもって木を切っており、週に1、2度帰ってくるだけでしたので、普段は、母親と二人の兄弟だけで住んでおりました。
兄は、名をニコルといい、父と同じ黒檀色の髪と目を持ち、思慮深く、物静かで本を読むのが好きでした。
一方、弟のロニーは、くるくると華やかな陽の光色の髪、すみれ色の目をしており、口元はいつも微笑み、愛らしい顔をしておりました。
二人の母は、自分によく似た弟のロニーをずい分とかわいがり、兄には何かと冷たく当たっておりました。
あるとき、ニコルが本を抱え、母親の元を訪れました。
「かあさん、ご本を読んで」
「まあ、なんと甘ったれなんだろう。
かあさんは家の事でいそがしいんだよ。
本くらい、一人で読めなくてどうするの。
それに、そんなお話の本ではなくて、少しくらいお勉強をなさい」
そこへ弟、ロニーがやってきて、母親に一輪の花を差し出しました。
「かあさん、外に、きれいな花が咲いていたよ。
これ、かあさんにあげようと思って摘んできたの」
「まあまあ、ロニーはなんてやさしい子なんだろう。
さあ、かあさんのお部屋にいらっしゃい。お菓子をあげようね」
ニコルは、楽しそうに去っていく二人を、静かに見送っておりました。
ぎゅっと抱きかかえた本の中にも、ロニーが摘んできたのと同じ花が描かれていました。
外の世界に怯えるつぼみに、妖精たちが、朝つゆを集め、外の世界にどれだけすてきなものがたくさんあるのか語って聞かせるお話で、つぼみが、ふわりとほほえんで花を咲かせる場面の挿し絵は、それは美しく、何度見ても、胸がぎゅっとして、涙が溢れそうになるのでした。
「かあさんと、一緒に見たかったな」
一番好きな挿し絵をみたら、きれいね、お花、よかったねって、笑ってくれただろうか。
ニコルはそう考えて、しょんぼりして、すぐに頭を振りました。
「こんな風に弱い気持ちじゃ、いけないな。
とうさんのような、立派なきこりになるんだもの」
ニコルは、窓から外を見て、山の上で働いている父を思いました。