13話 二者択一
――本題。
それは、今まで冒険者でないに関わらず、依頼を受けていたことを咎めるものか。それとも、公でないとはいえ、隣国の第二王女であるクリスティについてか。
……いや、その両方だろう。
しかし、それを承知の上で、ユーマ達はここに来た。
問いは想定していたし、それに対するある程度の対応も決めている。
「……本題とは?」
だが、ユーマはあえて恍けてみせた。
どの程度の情報が伝わっているか、そして相手がどう出てくるか。
バルドスから一通りは聞いているが、それでも自分で確かめるに越したことはない。
……もっとも、それが大して意味を為さないことは理解している。
なんといっても、相手はギルドマスターを務めている男だ。
それだけに、こういった言葉の駆け引き、並びに交渉事は手慣れたものだろう。
経験、年の功、どれをとってもユーマでは及ぶはずもない。
――しかし。
「なに、そう警戒することはない。我々が求めるのは、ただ一つじゃ。――君達の実力を見せてもらいたい」
ギルドマスターの言葉は、ユーマ達の予想とは大きく異なるものだった。
「……実力?」
「そうじゃ。バルドスが認めている以上、ワシはさほど心配はしておらんかったのじゃが……事が露呈した今、それでは納得できぬ、という者もいての」
言いつつ、ギルドマスターはチラリと傍らの副マスターに視線を向ける。
副マスターは何も言わなかったが、コホン、と一つ咳払いをした。
「えっと……それだけですか?」
困惑を隠しきれないユーマの問いに、朗らかな笑みを絶やさずギルドマスターは頷く。
追及なり忠告なり、とにかく小言を言われると思っていたユーマは思わず拍子抜けした。
そしてふと、隣のバルドスの顔を見れば。彼も聞いていなかったのか目を丸くしてギルドマスターを見ている。
「不思議かね?」
「……はい」
ユーマは、素直に首肯する。
「では、簡単に結論を話していこう。まずは、君達が冒険者でないに関わらず、依頼に参加していたこと」
ギルドマスターは白い顎鬚を撫でつつ、愉快そうに目を細める。
「はっきりと言ってしまえば、それは禁止事項に明記されておらん。ゆえに、規則を破ったということにはならない。……依頼の受注は認めておらぬが、君達はあくまで参加しただけじゃろ?」
「まあ」
「もっとも、冒険者としての資格を剥奪された者の依頼への参加を禁ずる、という一文はある……まあ、規則を制定した者も、一般の者が依頼に参加するとは思わなかったのだろうな。そんなまどろっこしいことをせずとも、冒険者として登録すれば済む話なのじゃから」
そんなギルドマスターの言葉に、ユーマも同意する。
「それに、ワシは事前にバルドスからそれを聞き、かつ承認していた、というのもある。事情はどうあれ、依頼が無事成功すれば、問題はなかったからな」
ハハハッ、とマスターが笑い声を上げる。
なるほど、確かにバルドスが言っていたように、堅苦しい気質ではないようだ。
これなら、似たような性格同士、バルドスとも馬が合うのだろう。
「こちらは、把握しておりませんでしたが」
反対に、副マスターは眼鏡の奥に潜む瞳をキラリと光らせ、ユーマに視線を向ける。
こちらはギルドマスターと違い、ユーマ達をあまり快くは思っていないらしい。
ギルドマスターが緩いとすれば、こちらは厳しい性格のようだ。
「バルドスから話を聞いた時に君達と会わなかったのはな。別に、興味がなかったわけではない。むしろ逆で、こやつが認めたのはどんな者達かと、想像して楽しんでおった。この年になると、楽しみも減ってくるでな」
「……それでは、なぜ?」
童のように無邪気な、ギルドマスターの笑み。
「急がずともいつかは会うこともできよう。そう思っておったからじゃよ。……現にほれ、こうして顔を合わせる機会が訪れたじゃろ?」
クツクツ、とギルドマスターは笑い声を立てる。
「それじゃ、今回は……」
「うむ。ある程度の力を示せば、それでいい。無論、不相応であるとこちらが判断すれば、今後の依頼参加は認めることができんがな」
「…………」
ギルドマスターの言葉に、ユーマは無言で考える。
実力を示すか、それとも出し惜しむか。
前者の場合、今までの状態が継続するということだ。しかし、前とは異なるのが、少なくとも二人以上に認知されるということ。
もっとも、すでにマスターと副マスターに顔が知られているわけだが――下手をすれば、ユーマが異世界人ということ、そしてその能力「コピー」がばれる可能性が高い。
後者の場合は、依頼を受けられなくなり、収入源が減るわけだが。
あくまで、ユーマの本業は店だ。最悪の場合「コピー」による裏技で生活費を稼ぐこともできる。
しかしギルドマスターは、以前からバルドスの報告によって間接的にユーマを知っているはずだ。疑いの目を向けられるのは、考えられなくもない。
両者を、天秤にかける。
一概に、どちらがいいとは言い切れない。
返答に躊躇し、ユーマが脳内で考えを巡らせている時だった。
「わかりました! てんちょー、ワタシ達の力、見せてやりましょう!」
返答の声を上げたのは、ユーマとギルドマスターの会話を黙って聞いていたアルシェ。
「……っ!」
ユーマは思わずバッとアルシェを振り返るが、しかし彼女は何を考えているのか、満面の笑みを浮かべている。
――いや、あるいは、何も考えていないのかもしれない。
そんなアルシェを見て、ユーマは思った。
「うむ、それがいい。下手な考えで、ワシの目は誤魔化されぬぞ?」
茶目っ気たっぷりに、ギルドマスターがウインクしつつ、半笑いでユーマを見る。
ただ――その瞳は、小策を弄そうとしたユーマを牽制するように、鋭く光っていた。
「そういうことだ、ユーマ。オレが認めたオマエの実力、見せてやれ!」
バルドスが、ユーマの背中をバシバシと叩き、笑う。
ユーマはそんなバルドスを恨めし気に見るが、その視線を意に介さず彼は椅子から立ち上がった。
「そんじゃ、場所は何処でやる? 鍛錬室か? 中庭か? それとも――」
「まあまあそう焦るな、バルドス。まだ我々の話は終わっておらん」
急かすようなバルドスの声を、ギルドマスターの呑気な声が押しとめる。
そうして、ギルドマスターは、一番端に座っていたクリスティに目をやった。
見れば、副マスターも、クリスティに視線を合わせている。
「貴方が、セントラムドの第二王女様かな?」
そのギルドマスターの問いかけは、のんびりとした声色の中に、どこか優しさを含んだ響きが伴っていた。
それを、クリスティは感じ取ったのだろう。突然話を振られたことに焦りを見せながらも、ゆっくりと頷く。
「そうか。……しかし、残念ながら我々にはそれを信じる材料がない」
ビクッ、と僅かにクリスティが身を震わせる。
そんなクリスティを視線に捉えたまま、ギルドマスターは柔らかく微笑むと、言った。
「じゃから――この件はそれでお終いじゃ」
「……え?」
呆然としたように、クリスティが呟きを漏らす。
「ん? 何か、異存でもおありかな?」
「い、いいえ……」
「バルドスから、話は全て聞いておるよ。……なに、セントラムドと無用な軋轢を生むこともないじゃろう」
クリスティは、そう語るギルドマスターをじっと見据え。
そして、小さく頭を下げた。
つまり、黙認する、ということなのだろう。
そして、向こうは最初からその腹積りだったというわけだ。
……こうなるなら、わざわざ来なくてもよかったのではないか。
心配事が杞憂に終ったことに、ユーマが内心肩を落としていると。
「……差支えなければ、お顔を見せてもらってもよろしいですか?」
コホン、という咳払いと共に、やり取りを静観していた副マスターが口を挟んできた。
その言葉に、ユーマの隣に座っていたアルシェが、厳しい視線を副マスターへと向ける。
「えっ……」
クリスティは目に見えてわかるほどに動揺し、視線をあちこちへと彷徨わせる。
ユーマとバルドスは、何も言わない。
それもまた必要なことではあるし、なによりそれを決めるのは、クリスティ自身だからだ。
「クリスティさん、無理には――」
「大丈夫。……ありがと、アルシェ」
だが、そんなクリスティを見かねたアルシェが、心配そうに声をかけた。
しかし、クリスティはそれを遮ると、ふうっ、と一息吐き。
顔を覆う布に手をかけ、一気に取り払った。
「「……っ!」」
露わになったクリスティの青白い肌を見て、ギルドマスターと副マスターが僅かに瞠目する。
副マスターに至っては、一歩後ずさる始末だ。
報告で聞いていたとはいえ、実際に目にするのとはやはり違うのだろう。
そんな二人の様子を見て、もういいでしょう、と言わんばかりにアルシェは椅子から立ち上がると。
クリスティの手から布を受け取り、彼女を手伝う。
そうしてクリスティは、再び瞳と髪だけを晒した状態に戻った。
「う、うむ。すまぬな」
ギルドマスターは、少々どもりつつも、謝罪の言葉を述べ。
副マスターも、言葉こそないが、微かに頭を下げた。
「それでは……確か名は、ユーマとアルシェじゃったな? 二人の実力を見せてもらおうかの」
言葉と共に、ギルドマスターは立ち上がる。
そして、ユーマ達の前まで歩いてくると。
「弓使いであるユーマには、弓の腕、それとギルドの者と手合せを行ってもらう。弓使いといえど、いざという時には近接戦闘もこなせなければいかんからな。……まあ、バルドスから聞く限りあまり心配はしておらぬが」
まずはユーマを見て、実力審査の内容を告げる。
武器、戦闘スタイルなど、ある程度はバルドスから聞いているのだろう。
「そして、戦斧使いのアルシェは、手合せのみ。どうじゃ、簡単じゃろ?」
次にギルドマスターはアルシェを見て、朗らかに笑う。
そして、ユーマとアルシェが頷いたのを確認すると。
「では、場所を移そう。――期待しておるぞ?」
ギルドマスターは、口角を大きく吊り上げ。
先程までの朗らかなそれとは違い、ニヤリと笑った。




