12話 第二区冒険者ギルド
太陽は高く上り、頭上に広がるは雲一つない晴天の空。
ここは、数多の人々が右へ左へと進む、エインシュルドのとある通り。
急ぎ足で通り過ぎる者もいれば、それとは反対に、通りの傍らにて呑気に談笑する者達の姿などが見受けられる。
そんな通りの、ど真ん中。路の中心に佇み、立ち話に興ずるユーマ達四人の姿があった。
「……さて、なんでこんなことになったんだか」
「ガハハ、悪いな。……オレもこんなことになるとは思わなかった」
ユーマは、あからさまな皮肉と共に、隣に立つ大男を半目で睨む。
その視線を受けた大男――バルドスは、一度はいつものように大声で笑いとばすも、その直後には珍しくバツが悪そうに、冷や汗を浮かべて頭を掻いた。
「ほわー、こうして見ると、やっぱり大きい建物ですねー」
「そうね……」
そんな、ユーマとバルドスのすぐ側に。
頭上を仰いで目を丸くするアルシェ。そして、銀の髪と紅の瞳だけを晒した外出用の出で立ちで、アルシェ同様上方に視線を向けるクリスティの姿がある。
「……はぁ」
眉間に手を当てながら、溜め息を一つ零すユーマ。
そうして、ユーマは二人と同じように、前方に聳える建物へと目をやった。
王都エインシュルド、第二中央区。その中でもここは、より中心部に位置する場所だ。
第二区という平民地区ではあれど、さすが王都と言うべきか。
レンガ造りの瀟洒な建物が並び、数多の人々が行きかう華の都。
そんな街並みの中に、他のどこよりも目を惹く建物がある。
まずは、何といってもその大きさ。周囲に存在するどの建物より、遥かに巨大なそれは。その高さも、横幅も、格段な違いを誇る。
加えて、周囲がレンガ造りであるのに対し、そこは木造の建築物。しかし、艶のある新築というわけではなく。一口に言ってしまえば、ぼろい。
だが、それを表立って馬鹿にする者などはいない。
なぜならそこは、古くよりこの場所に建ち続け、この街と共に歴史を重ねてきた――いわば、象徴。
木造の建築物の名は、冒険者ギルド。
下は新人から、上は歴戦の猛者までと、数多くの冒険者が集う建物。
ユーマ達がいるのは、そのすぐ真下だ。
正面、視線の先にはでかでかとした扉が開け放たれており、こうしている間も何人もの冒険者を呑み込みは、吐き出している。
「まさか、中に入る日が来るとは……」
ユーマとアルシェは、ギルドの中に入ったことがない。せいぜいが、外から外観を見たことのある程度。
理由は簡単で、用件がないからだ。もっとも、入場に制限がないため、別段用件がなくとも入ることはできるが――しかしユーマは特にギルドに興味を持っていなかった。
依頼をしたことはないし、直接的に依頼を受けるわけでもない。先日の山賊の一件もそうだが、あれはあくまでバルドスが受託し、ユーマ達がそれに乗っかり、着いていった形となっている。
――そもそもの話、ユーマとアルシェは冒険者としての登録すらしていないのだ。
では何故、今ユーマ達がギルドの前にいるか。
用件がないから来ない。ならその逆、つまり用件ができたからである。
事の始まりは、今朝。山賊退治の依頼を受け、クリスティを保護してからおよそ一週間が経とうとしていた時だった。
「キサラギ」にバルドスがやってきたのである。
それ自体は、別に問題があるわけではない。
依頼達成による報酬と、その顛末。
それを聞かされるものだと思っていたユーマだったが。
――しかし、店に入ってきたバルドスは、開口一番こう言ったのだ。
「悪い知らせと、もう一つ悪い知らせがある。どっちを先に聞きたい?」
片方がいい知らせであるならまだしも、二つのどちらも悪い知らせ。
そんな意味のない問いかけに呆れながらも、バルドスの話を聞くユーマだったが。
その内容を聞くにつれ、呆れを含んだ表情が、徐々に渋面へと変わっていった。
つまり――クリスティの存在が第三者に知れたと。
バルドスが密告したとか、来店した客がクリスティの容姿を目撃したなど、そういう話ではない。
単純な話、ユーマ達以外にクリスティを知っている存在がいたのである。
拘束し、連行された山賊達。ユーマ達がアジトを詳しく探索する前、先に山を下りていたミリアーナ達の連れて行った山賊、彼らがクリスティのことを白状したのである。
その可能性をすっかり失念していたユーマ。
しかし、その点に関しては、バルドスが誤魔化し通せば、どうにもなることでもあった。
あの場に残ったのは、バルドス、ユーマ、アルシェの三人のみ。クリスティの存在に気づかなかったなどと主張すれば、後にアジトが探索されたとしても、証拠が出てこないのだから。
――だが、それをややこしくさせたのが、もう一つの悪い知らせ。
ユーマとアルシェが、正規の冒険者でないのに依頼を受けていることが露呈したのである。
聞けば、過去にユーマ達が参加した依頼は、バルドスが個人に受けたものであり、ギルドマスターに直接話を通すことでユーマ達の同行を内々に許可してもらっていたのだとか。
しかし今回、他の冒険者チームと鉢合わせし、彼らは先に王都に戻った。……それだけなら、まだなんとかなりようがあったのだが。
不運なことに、彼らが報告に戻る直前、ギルドマスターが緊急の用でギルドを空けていたらしく、何も知らない副ギルドマスターに話が行ってしまったらしい。
報告を聞いて不信に思った副ギルドマスターが、ユーマ達と別れてギルドに戻ってきたバルドスを追及。ギルドマスターがいるとばかり思っていたバルドスは面食らい、問い詰められて観念した、とのことだ。
仮に家を捜索されれば、クリスティの存在は隠し通せない。かといって、他に匿う場所もない。
事をこれ以上悪化させないためにも、ユーマとアルシェ、そしてクリスティはギルドに行くことを決めたのである。
「さて、いつまでもこうしてるわけにはいかないだろ。ギルドマスターには話をつけてあるから、さっさと中に入ろうぜ」
「……他人事だと思って」
「だから、さっきから謝ってるじゃねぇか。それに、オレも関係者として同席すんだから、他人事じゃないっての」
バルドスと軽口を叩きあい。
ユーマは、アルシェとクリスティを促して歩を進める。
そうして、ギルドの巨大な扉を潜れば。
そこに広がっていたのは、外の喧騒に負けず劣らずの、騒がしい空間だった。
開放的な天井の下、各々気ままな時間を過ごす人々。
用意された椅子に座って談笑したり、立ち話に興じたり。人を待っているのか、壁際にひっそりと佇む者達など、様々。
そんな中を、ユーマ達四人は入口正面にあるカウンター目指して歩いていく。
この人ごみにあっても、やはり巨躯を持つバルドスは目立つのか。彼が歩を進めるたびに、近くにいる者達が反応し、互いに囁きあう。
「おい、見ろよ。星付のバルドスだ」「本当だ。……近くにいるのは誰だ?」「……もしかして、この間の奴らが言ってた――」
その視線は、バルドスに集中し、時には近くにいるユーマ達にも注がれる。
もっとも、巨体だから、という理由のみでバルドスが目立っているわけではない。
実は、エインシュルドにはここを除き、もう一つギルドがある。
それが――第一区に存在する、貴族専用のギルド。
依頼することができるのは、貴族のみ。所属する冒険者もまた、貴族の子息や息女のみ。
その多くは、平民には依頼をしたくない、というプライドの高い貴族や、何かしらの理由がある貴族が依頼主となり。それを、貴族にして冒険者である者達が、受託する。
ただ、貴族といっても、単純なお坊ちゃまやお嬢様ではない。
もちろん、中にはそういった輩もいるだろうが。例えば、過去に多大な功績を上げて貴族となった高名な騎士の家系や、英才教育により高い実力を持つ者達もいる。
そんな貴族専用のギルドにおいて、貴族の出身でないに関わらず、依頼を受けることのできる例外がいるのだ。
――星付。彼らは、そう呼ばれている。
平民にとって貴族というものはまさしく、夜空に浮かび、そして輝く星のようなもの。
見ることができる、そしてその存在を知ることができる。されど――届かない。
存在はしているが、いくら手を伸ばしたところで届くことはない。
その天地の差は、まさに平民と貴族の関係を示したものだ。
だが、それを覆し、届いたものこそ――星付。
力だけのある猪武者では駄目。頭だけが切れても、実力がなければ不可。
適性検査、試験など数々の厳正な審査を経て、その全てに合格しなければならない。
簡潔にいえば、誰もが認める高い実力を保持、なおかつ頭が回り性格に難がない。それが、星付になる条件だ。
このラフェイア王国だけでなく、他国の冒険者ギルドにおいても、星付というだけで一目置かれるのは必定。
数多の冒険者が憧れ、そして目指す存在。全ての国を合わせても総じて数百ともいない、まさに一流の冒険者。
今こうして、ユーマ達の隣をのっしのっしと歩いているバルドスこそ、その内の一人なのである。
……もっとも、ユーマには全くそうは見えないが。
好奇の視線に晒されつつ、しかし気負うことなく、バルドスとユーマは歩く。だが、その後ろに続くアルシェとクリスティは薄々と視線を感じているのか、どことなく歩みがぎこちない。
できることなら、目立つバルドスと共に来たくはなかったのだが。しかし、ユーマ達はギルドに入ったことがなく、且つギルドマスターとも面識がない。さすがに、地位のある人物を「キサラギ」の店に呼びつけることも気が引ける。
クリスティを外に連れ出すことに関しても、有事のあった際に備えて外に慣れておいた方がいいだろう、という考えがあった。
そんなこんなで、ユーマ達はバルドスと行動するのを決めたのだ。
「どうも、ギルドマスターはいるかい?」
「はい、マスターはお部屋にてバルドス様をお待ちしています」
もっとも、絡まれるようなことはなく、職員のいるカウンターに辿り着いた一行。
バルドスがギルドマスターの所在を問えば、予め伝えられていたのか、女性の職員は淀みなく答える。
バルドスはそれに礼を言うと、ユーマ達を連れて奥にある階段を上り始めた。
二階を通り過ぎ、三階まで上る。ここが最上階なのか、階段はここで途切れていた。
歩むたびに僅かに音を立てる木造の廊下を進み、左右に並ぶ扉を次々と通り過ぎていく。
「よし、ここだ」
そうしてバルドスが立ち止まったのは、廊下の突き当たりにある扉だった。
確かに、ここの扉だけ造りが違う。最高位の人間の部屋らしい、立派な扉だ。装飾の類はないものの、どことなく高貴な雰囲気が感じ取れる。
コンコン、とバルドスが扉を軽く叩くと、中から「どうぞ」と低くて渋みのある声が聞こえてきた。
「ま、ここのマスターは、副マスターと違って堅苦しくないからよ」
バルドスは、そう前置きしつつ、扉のノブを押し開ける。
そして、彼なりの気遣いなのか。
「そうかしこまらず、気楽にいけば――」
バルドスは、室内に足を踏み入れながら言いかけたのだが。
「――誰が堅苦しいのですか?」
静かな、それでいて威圧感を伴った声が、ユーマ達の耳朶を打った。
バルドスは、その動きを止め、そして室内をまじまじと見つめると、
「……げっ!?」
思いがけないものを見た、と言わんばかりの声を上げた。
そんなバルドスの様子に、ユーマは眉を顰め。
しかしいつまでたっても動こうとしなバルドスに痺れを切らし、
「……失礼します」
軽く頭を下げつつした挨拶と共に、バルドスの横をすり抜けて室内に入った。
――瞬間。
「……っ!?」
世界から、全ての音が、消えた。
階下から聞こえていた、冒険者達のざわめき。歩むたびにしていた、木の軋み。果ては、自身のしていた呼吸でさえも。
自身に関わる全てが塗りつぶされたような、そんな感覚。
……なんだ、何が起きた?
なにも分からない。
――しかし、ただ一つ。
この部屋に入った刹那、ユーマに向けて――否。明確に、ユーマだけに向けられたなにかを感じた。
得体の知れないそれが、ユーマの身体を侵し。息が詰まるような重圧が容赦なく身を蝕み。やがては四肢が力を失くし、思わず膝をつきそうになる。
しかしユーマは、それを寸でのところで堪え。
厳しい表情のまま顔を上げ、その先を凝視した。
視線の先には、二人。
デスクに座り、朗らかな笑みを浮かべる、白髪交じりの好々爺然とした男性。
その傍らに、水色の髪の、眼鏡をかけた女性。ユーマよりは年上だろうが、それでもかなり若い。
「……いやいや、これは失礼した」
ユーマの視線を受けてか、男性が笑みを深くしつつ、のんびりとした声を上げた。
部屋の外からは、冒険者達の喧騒が聞こえてくる。先程までの重圧は、すでに消えていた。
そして男性の言葉を聞いて、ユーマは先程の感覚が気のせいではないと確信する。
その内容から、やはり今しがたなにかがあったのは、想像に難くない。しかし、そう言うわりには、男性の表情に謝罪の色は見られないのだが。
「おーい、バルドス。いつまでそうしているつもりじゃ?」
次いで男性は、呑気な声色でバルドスに呼びかける。
その声に、バルドスはハッとなって室内に入ってきた。
「……なんで、副マスターが」
近くにいたユーマでギリギリ聞こえるかどうかといった、バルドスの小さな呟き。
その後から、アルシェとクリスティも続く。
男性は、室内にあった椅子をユーマ達に勧め。四人はそれに従い、着席した。
そうして、男性はそれを確認すると。
「さて、バルドスから話は聞いているが……まずは、はじめまして、じゃな。ワシはこのギルドのマスターをしている者じゃ」
自らを、ギルドのマスターと名乗った。
そして、次はギルドマスターの傍らに控えていた女性が一歩進み出て、コホン、という咳払いと共に一礼する。
「ようこそ、お客人。若輩の身ながら、ギルドの副マスターを務めさせてもらっている者です。どうぞ、よろしく」
先程バルドスを遮った、静かで、そして鋭い声。
「……オレァ、この人苦手なんだわ」
副マスターの視線が向いていない隙に、ユーマの隣に座っていたバルドスが、耳打ちしてくる。
顔を上げた副マスターの顔を見て、そうだろうな、とユーマは納得した。
水色の髪を結い上げた彼女の纏う雰囲気は、明らかに厳格なそれだ。
引き締まった口元に、整った鼻筋。眼鏡の奥に光るは、切れ長の目。
クールビューティ、とでも言うのだろうか。とにかく、理知的な女性。
バルドスとは、正反対のタイプの人間だ。
「なにか?」
そんな、観察的なユーマの視線に気づいたのだろう。
眼鏡をクイッと押し上げつつ、その奥にある瞳がユーマを捉える。
「……いえ、なんでも」
あたりさわりのない言葉を返し、ユーマは副マスターから視線を外す。
「さて、のんびり世間話をしたいところでもあるが……早速本題に入らせてもらおうかの?」
ユーマ達三人の顔を順々に見回し、ギルドマスターはそう告げた。




