11話 常連その1 元騎士の老夫婦
「キサラギ」に、クリスティという新たな住人が加わった翌日。
店のカウンターに座ったユーマは、彼女の処遇をどうするかについて頭を悩ませていた。
接客など、店に出すとすれば、やはりその容姿が問題だ。かといって、顔を隠した不審者スタイルで店に出すわけにもいかない。
そもそも今までが、ユーマとアルシェの二人だけで事足りていたのだ。この店の客足からして、店内にいるのはどちらか一人で充分。残りは裏方であればよかった。
しかし、だからといって働かせないという選択肢はない。第二王女だったとはいえ、住む限りは、何かをやってもらう。それが、ユーマの考えだった。
「……いっそ、24時間営業にでもするか?」
口に出し、すぐさま馬鹿馬鹿しいと頭を振る。
ただでさえ昼間も客が少ないというのに、夜中に客が来るわけがない。来るとしても、入店を遠慮したい類の客だろう。
「やっぱり家事……というか、裏方しかないよな」
結局はそういう結論に落ち着き。
ユーマは、決定を待っていたアルシェとクリスティに向けて、言う。
「ってことで、アルシェ。掃除や炊事とか家事全般、クリスティに教えてやれ。こっちは、俺一人で大丈夫だから」
「わかりましたー。では、クリスティさん、こっちです」
ユーマの決定を聞いたアルシェが、クリスティを伴って店の奥へと消えていく。
それを見届けたユーマは、カウンターを出ると、店の扉の鍵を開ける。
「キサラギ」の開店日、及び日時は不定期であり、例えばユーマ達が依頼や外出などでいない場合は、鍵をかけて閉店している。
つまり、この店が開店しているのを判別するのは、鍵がかかっているか否か、なのだ。
そういう点も、「キサラギ」に客が入ってこない一因となっているのだが……ユーマの信条はあくまで、できるだけのんびりとした生活である。客商売に情熱を注いでもいなければ、売上重視というわけでもない。
商品は全てユーマの能力から創り出されるので、そういった資金面で困ることもさほどなく。最悪、バルドスから回して貰っている依頼の報酬で生活資金を賄うことができる。
そしてユーマからすれば、客で込み合う人気店よりかは、時折客の訪れる静かな店の方が都合がいい。
要するに、ユーマにとっては、縛られない自由のある生活が一番だったのだ。
ユーマが鍵を開け――もとい、「キサラギ」が開店して、数分。
当然の如く、そうすぐに客が来るわけでもない。
ずっと座っていても仕方がないので、陳列した商品に問題がないか、不足しているものはないか、など店内を歩き回って確認を行う。
そうして時間を潰していると、コンコンと控えめなノックと共に、ゆっくりと店の扉が開いた。
「「こんにちは」」
入ってきたのは、一組の老夫婦。
老夫婦とはいっても、どこか若々しい雰囲気を放つ、白髪の男女だ。
ユーマと目が合うと、老夫婦は人の好い笑みと共に、軽く会釈をする。
「いらっしゃい。本日は、何をお探しで?」
「おお、店長さん。今日は、お皿を買いにきましてな」
「そうなんです。孫が、よく悪戯で壊してしまいまして」
挨拶と共に、ユーマがそう聞けば。
老いを感じさせない笑い声を上げ、男性が。口元に手を添え、女性が上品さを伴った笑みを浮かべる。
この老夫婦は、時々買い物に来てくれる「キサラギ」のお得意さんだ。
たまに店に訪れては、このような軽い世間話と共に、商品を購入していってくれる。
「お皿は、こちらですね。いくつか種類がありますので、どうぞ手に取ってご覧になってください」
食器類の並んだ箇所に移動し、丁寧な言葉遣いと共に商品を紹介する。
品揃えはそこそこあるので、お皿の種類、大きさは様々。
老夫婦はその何枚かを手に取って、しげしげと眺める。
「そうねぇ……たくさんあって困っちゃうわ」
「うーむ。店長さん、おススメはありますかな?」
しかし、悩んでいるのか、ユーマに意見を求めた。
「では、こちらの木製の皿はどうでしょう? これなら多少の衝撃でも壊れることはありません。品質は、保証しますよ」
孫が壊す、という話を参考に、ユーマは一枚の木の皿を手に取って老夫婦に勧めた。
木製であることから、割れ物の皿と違って落下などで破損したりはしない。
……もちろん、それもあるのだが。
実はユーマが勧めたこの木の皿、そんじょそこらに生えているような木を使用したものではない。
特定の地域、気候などの特殊な環境状況においてのみ成長する――いわゆる、神樹、と呼ばれる希少価値の高い木の幹を削って創られたものだ。
通常の店であれば、その値段は4桁――いや、5桁超えは間違いないだろう。
しかしここは、100円ショップ。
正確に言えば、100ジルクショップだが――とにかくここでは全てが3桁の値段で購入できるのである。
「おお、そうですか! では、それを……何枚いただこうか?」
「3枚ほどいただきましょうか、あなた」
「ありがとうございます」
指定された数を手に、カウンターに置く。
その後夫婦は、陶器の皿を数枚と、コップを2つ購入した。
会計が終了し、ユーマが袋に詰めていると、
「しかし、ここは本当にお安く、品質もよしですな、店長さん。街の中心部にあれば、繁盛間違いなしだと思いますぞ?」
商品を眺めていた男性が、ユーマに向けて話しかけた。
「そうですかね? まあしかし、中心部に店を建てるとなると、お金がかかりますからね」
もとより中心部に移転するつもりはないが、現実面を考えて、ユーマはそう答える。
するとそれを聞いた男性は、その表情を真剣なものに変えて、言う。
「……ふむ。では、私がその資金を出資するとしたら――どうですかな?」
「いえ、ウチはそれなりにお客さんに来ていただければ、それで充分なのでね」
その申し出に、ユーマは苦笑する。
尚も言い募ろうとする男性だったが、
「そこまでにしときなさい、あなた。店長さんを困らせては駄目でしょう?」
「いや、しかし……」
奥さんには弱いのか、諭されるや否や、言葉を尻すぼみにさせていく。
「あなたも、昔と違っていい歳なんですから。少しは、自重というものを覚えてください」
「う、うむ……」
「ごめんなさいね、店長さん。この人ったら、年甲斐もなくはしゃいじゃって」
申し訳なさそうに頭を下げる女性。
「し、しかしな。このお店を見つけたのは――」
「それとこれとは別です」
反論しようとした男性の言葉を、女性がピシャリと切り捨てる。
言葉の続きは紡がれなかったが、しかしユーマは彼ら夫婦がこの店を見つけた理由を、以前に聞いたことがあった。
男性は、若い頃に王城に務めていた騎士だったらしいのだが、なかなかに豪気な性格であったという。
しかし年齢のために騎士を引退し、時間ができてからは、
「王都にある全ての場所を回ってみたい」
と、なんとも壮大といえば壮大な目標を掲げ、実際に隅から隅まで歩き回ったらしい。
その「全て」には、無論第三区の裏通りやスラム街も含まれており、その過程でこの店を発見したのだとか。
つまり、自重しない――というより、その豪胆さがあったからこそ、店を見つけられた、と言いたかったのだろう。
もっとも、移転資金云々の話は、冗談だったのか、それとも本気だったのかは分からない。
中心部に店を確保するとなると、相当な金額が必要だと思うが――もしそれが可能だとするなら、この夫婦は、かなり裕福な人間だ。
もしかすると男性は、高位にいた騎士だったのかもしれない。
「はい、お待たせしました。気をつけてお持ちください」
――まあ、だからなんだ、というわけでもないが。
ユーマは、購入されたものを布の袋に包み、老夫婦に手渡す。
「ありがとう。……そういえば、あのエルフの女の子は、今日はお店にいないのかな?」
袋を受け取った男性が微笑みながら、ふと思い出したように尋ねる。
「……あー、そうですね。彼女は少し手が離せなくて」
アルシェは今、奥でクリスティの相手をしているはずだ。
ないとは思うが、アルシェをここに呼んだ場合、クリスティも勘違いして来ないとも限らない。
余計なことは、しないほうがいい。そう、ユーマは判断した。
「それは、残念ですな。あの子に会うのも、ここに来る楽しみの一つでしたが」
男性が、心底残念そうな表情を浮かべて言う。女性も、口には出さないが、男性と同意見のようだ。
「それでは、我々はこの辺で失礼します」
「また、伺わせていただきますね」
朗らかに男性が一礼し、女性は柔和な笑みを浮かべて目礼する。
「ありがとうございました」
それに対して、ユーマが挨拶を述べると、二人は揃って店を出ていった。
――――――――――
「また今日も、いい買い物ができましたね、あなた」
「ああ、そうだな」
店を出た老夫婦は、今しがた購入した物が包まれる布袋を胸に抱え、第三区を歩く。
その足取りは軽やかで、どうにも彼らには老いというものが感じられない。
そして、互いに笑顔を交わす彼らは、若々しい。
第三区、という薄汚い場所において、彼らは、周囲の視線を一身に集めていた。
……いや、例えそれが第三区ではなく、華やかな王都の中心街だったとしても、彼らは衆目を集めていたことだろう。
身に纏っているものがどう、とかいう問題ではない。
彼らが纏っているのは、特に高価でもない、何の変哲もない衣服だ。
しかしどうしてか――その老夫婦には、惹きつけられる何かがある。
視線を向けている者でさえ、それがどうしてかは分からない。
二人は、そんな周囲の視線を気にすることもなく。
やがて、第三区と第二区を隔てる門へと到着した。
門の前に立ち、通過する者達を見張っているのは、一人の騎士。
その騎士は、やってくる老夫婦を胡乱に見つめ、横柄な態度で接する。
「……割符は?」
スッ、と男性が無言で懐から紙のような物を取り出して、騎士に見せる。
「……ん?」
すると。
目に見えて、騎士の態度が変化した。
「……こ、これはっ! し、失礼致しましたっ! どうぞ、お通りください」
顔面はみるみる蒼白になっていき、老夫婦に対して深々と頭を下げ、道を譲る。
男性は、そんな騎士を見て、フン、と鼻を鳴らすと、女性と共に門を潜った。
「……まったく。最近の騎士はどうも、なっとらんな」
男性が、歩きながら、吐き出すように言った。
その顔には、苦々しさが浮かんでいる。
――一体、彼らは何者なのか。
老夫婦は、第二区をも通過すると、そのまま第一区に続く門の内へと姿を消した。
門を守衛していた騎士は、歩き去って行く老夫婦の背中にむけ、敬意を表するかのように、深々と頭を下げる。
――少なくとも、ただの元騎士ではない。
それを、ユーマ・キサラギはまだ知らない。
この夫婦の名前は、まだ登場しません。
後々、正体と共に登場する予定です。




