手さぐりの過去
今回は短めです。なかなか一話あたりの分量が安定しませんね……
気胸の手術の術後に胸腔ドレーンを入れる目的は、胸腔から無駄な空気を抜くことで胸腔内の圧を下げ、肺を膨らませた状態を維持し、自然治癒を促進することにある。
しかし、今回の手術では肺は『回復』によって完全に修復されている。従って一度肺が膨らんでしまえば、それで問題はないのである。(これはやってみて気づいたことだった)
一応この世界に来て初めての手術であったため、念のためにドレーンは入れておいたが、この様子だとすぐに外しても大丈夫だろう。
そんなことを考えながらアシュリー夫人を見ると、夫人は泣きそうな顔をしながら夫の胸を横から覗きこんでいた。
(この世界でインフォームド・コンセントを実現するのは難しいな)
リュウはつくづくそう思う。
今回リュウは、あえて「どのような治療をするのか」を説明しなかった。
アシュリー夫人に術式を詳しく説明していたら、まず間違いなくパニックを起こしていただろう。そして、それをなだめて説得するだけの時間は残されていなかった。
強引に手術を行い、結果が良ければそれで良し……これではいつか痛い目にあう。
手術を行い、その結果として患者を助けられなかった場合に、患者の家族がそれを納得するかどうかは医者との信頼関係の有無にかかってくるからだ。
(次からはよりしっかりと説明するようにしよう)
リュウは決意する。
この決意が後に一つの悲劇を呼ぶことを、この時の彼はまだ知らなかった。
手術の翌日、アシュリー氏のドレーンは滞りなく抜くことが出来た。
『混沌たる眠り』を解くと、氏の意識が徐々に戻る。
「……痛っ」
アシュリー氏はわき腹の痛みに顔をしかめる。術後の違和感……これは『回復』を用いても多少は残ってしまうらしい。
「あなた!大丈夫!?」
アシュリー夫人が慌てて尋ねる。その大きな瞳には涙が浮かんでいた。
「俺は……生きてるのか?……死んだかと思った」
アシュリー氏から安堵の溜息が漏れる。それを聞き、夫人は泣き崩れてしまった。
「アシュリーさん、病気の方は無事に治りました。ただしばらくはこちらで入院して頂き、安静ということになります」
リュウが優しくそう告げる。
「ありがとうございます。ベルツ先生のところで安楽死と言われた時はいっそその方が楽だと思ったけど……生きててよかった」
柔らかな表情を浮かべる頬の上を、一筋の涙が静かに伝った。
※
「せんせ!ごはんできたよ!」
ソフィアの元気な声にリュウは我に返る。子供のような小さな手に引っ張られて食堂に行くと、つやつやの白米とおいしそうなおかずが並んでいた。
「おぉ~!旨そう~!さすがはソフィアだな」
「えっへんなのです」
ソフィアは満面の“ドヤ顔”を作る。まるで褒められた子供のようで非常にかわいらしい。
ドワーフは手先が器用な種族として知られる。ソフィアもその例に漏れず、魚をさばかせたら右にでる者はいない。
外科医としての素質は満点、といったところである。
思えばソフィアも元気になったものだ。
あの頃はご飯も食べれず、やせ細っていた。
言葉もほとんど喋れなかったため、安心して生活できるようになるまでかなりの時間を要したものだ。
「せんせはさっき、なにをかんがえてたの?」
ご飯を食べながらソフィアが聞いてくる。
「昔やった手術のことだよ。まだソフィアが来たばかりの頃の」
「ソフィアがしらないしゅじゅつ?」
「そうだな。まだソフィアには教えてない手術だよ」
「じゃああとでおしえて!」
元気で勉強熱心になったものだ、とリュウは苦笑いする。
この世界で初めての女医は、ドワーフになるかも知れないな。
ぼんやりとそんなことを考えるリュウであった。
気胸編 終了!
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