オペの回想
医療に関する知識が少なく、手さぐりな状態です……(>_<)
『シルベスト病院』の一階、一番奥の部屋は手術室として使われている。
といってもこの時はまだ、手術室と言える程の設備はなかった。今から考えるとゾッとする程何もなかったのである。
部屋の真ん中には手術台が置いてある。機能としては防水、および患者の身体を固定するバンドがある、といったところだ。
台の上には明かりが設置してある。光源を複数設置することで手元に影を出来にくくしてはいるが、角度の調整が甘いのか光そのものが弱いのか手元が見づらい感じは否めない。
手術の際は部屋を全て新しい白い布で覆う。これにより埃などの飛散を防いで入るのだが、元の世界の手術室と比べるとどうしても消毒が甘く、感染症などのリスクは高い。
このような、はっきり言ってあまりよくない環境の下で、細心の注意を払いながらの開胸手術がスタートしたのだった。
「『混沌たる眠り』!」
リュウがこの世界に来てから必死になって練習した魔法の一つである。
『深い眠り』の上級呪文であるこの魔法は、使用者が解かない限り覚めることのない眠りへと対象を誘う。
この魔法の大きな利点は、「眠り」を与えている点である。
全身麻酔を導入すると、患者の呼吸や心拍が抑制されるため麻酔科医はそれに対応しなければいけないのだが、この魔法を使うとその心配がない。これは何百回とこの魔法を練習した際に彼が導いた結論だった。
もちろん術をかけられたものが自らの魔力を使って眠りに抗うことも出来るのだが、すでに意識を失っているアシュリー氏にその力はない。
「さて……やるか」
転生時に持っていた救命セットからメスを取り出す。
横向きに寝ているアシュリー氏の脇の下を15cmほど切り開く。
電メスが使えないため、出血に最大限注意しながら筋肉を切除し、肋骨を開いて肺をつまみ出す。胸膜と肺との間の癒着が激しく、少し苦労したが何とか取り出せた。
アシュリー氏の肺はしわしわになり、通常の1/3程度の大きさになってしまっている。これでは息が苦しかったことだろう。
胸腔内を確認すると血は溜まっていない。どうやら重度の気胸のみであり、血胸ではなかったようだ。この世界には輸血なんてものは存在しないため、万が一にも大量出血していた場合はいよいよ大博打をうたなければならないところだった。
まずは肺の破れた部分を探す。大きく破れた断面通しを繋ぎ合わせ、縫合糸で軽く縫い『回復』の魔法をかける。
『回復』によりすぐに傷が塞がるため、縫合は仮縫い程度でよい。
2分くらいかかっただろうか……破れていた肺は完全にくっついた。これですぐに抜糸しても問題ない。
そのうえで今度は複数個見つかった『ブラ』の切除を行う。
別に女性の下着を切除するわけではない。
『ブラ』とは肺にできたイボのような気泡のことである。
肺に風船のようなイボができ、それが破裂することで肺に穴が開く、これが簡単な自然気胸のメカニズムである。
この『ブラ』があると気胸は再発する可能性が高く、手術をする際には全て取りきってしまうのが理想である。
ちなみに開胸手術の場合、胸腔鏡手術に比べて肺の全体が目視できることから『ブラ』を発見しやすく、再発の可能性を抑えられるというメリットがある。
最後に胸腔内にドレナージチューブを挿入し、肺がしっかりと膨らんだのを確認して胸を閉じる作業に入る。
まずは『病魔退散』をかけて感染症の予防。ちなみに手術中に『病魔退散』をかけると、内臓が淡い光を放つのだが、これが儚さとグロテスクさとを兼ね備えており、非常に複雑な気分になる。
あとは閉胸、ここからは『回復』のオンパレードである。
開胸手術のデメリットとしては、手術跡が大きく残ってしまうことが挙げられるが、こちらの世界では縫合しない(厳密にいうと、仮縫い程度は行うのだが)ことでそのデメリットを緩和することが出来る。特に皮膚縫合の際に出来る限り『回復』のみで治すことで、傷跡はほとんど見えなくなる。
破れた肺についても、本来は縫合して自然にくっつくのを待つのだが、『回復』を使うことで完全に塞がった状態まで戻せるので回復が早い。
脇の下の傷跡がほとんど消え、ドレーンから空気が抜けているのを確認し、自然気胸の開胸手術は無事に終了した。
※
……長い。
アシュリー夫人は気が気ではなかった。
リュウとアシュリー氏が「シュジュツ室」に入ってからもう1時間30分も経っている。
この世界において、治癒が30分以上かかることなど滅多にない。
そこまで連続して魔法を使える治癒師がいないからだ。
やんごとなき身分の方が大病を患われた際には、1級治癒師が交代制で1時間以上に渡って治癒し続けた、と聞いたことがあるが、そんなことは例外中の例外である。
思えばリュウの噂はあまりいいものではなかった。
「
絶対治せない病気を治した神の治癒師」
この噂に賭けて瀕死の主人を連れてきたのだ。
しかし一方では、「病人の肉を切り刻む残忍な悪魔」という噂も耳に入っていたのだ。
そうなってくると、「東方の新しい治療法」とやらも非常に胡散臭いものに感じてくる。
(せめて……なにをするかだけでも聞いておくべきだった)
――ガチャ。
「シュジュツ室」のドアが開いた。
可動式のベッドに乗せられた愛する夫の顔が見える。
顔色は……戻っている!
よかった……。アシュリー夫人は膝から力が抜けていくのを感じた。横にいた夫の友人であるデイブが、崩れ落ちそうな身体を支えてくれる。
しかしその安堵も束の間だった。
夫の脇の下あたりから、管のようなものが飛び出ている。
「……?」
あんなものが身体に突き刺さっていていい筈がない。一体どうしたというのか?
「奥さん、無事に手術は成功しました。しばらく入院しなければなりませんが、ご主人はもう大丈夫です」
「……!ありがとうございます!でも先生……これは?」
アシュリー夫人は恐る恐るその透明な管を指差して尋ねる。
「これはドレナージチューブと呼ばれるもので、これを使って胸から余分な空気を抜いているんです。とはいっても肺はもう完全に塞がっているので念のための処置、といったところです」
「……???」
何を言っているのか全く分からなかった。
ただ、リュウの言い方から判断するに夫の脇に突き刺さっている管は治療のためのもののようだ。
(本当に……大丈夫なのかな)
愛する夫を貫く透明な管を見つめていると、夫人はひどく不安な気持ちになった。
しっかりと描写できているのだろうか?
肺気胸の治療法が間違ってはいないだろうか?
そんな不安でいっぱいです(^_^;)
11月24日 ご指摘いただき、誤字を訂正しました。