うごめく影
裏で糸を引いているのは果して……。
「なるほど……それはやっかいなことになりましたね」
「はい。まさかあんな街の外れの川に足を運ぶ者がいるとは思っていませんでした。さすがは“聖女様”……素晴しい幸運を持っていらっしゃったのでしょう」
「そうとしか言いようがありませんね。いやはや……神を信じてみようかと思いますよ」
「民を導く教会の人間の言葉とは思えませんね」
「その言葉、そのまま返して差し上げますよ」
「ふふ。さて……いかがいたしましょう?とどめを刺すよう手をまわしますか?」
「いや……止めておきましょう。家を出たとは言えども伯爵の娘が事故に逢い、しかも何者かに眠らされていたと判明しているのです。すでに伯爵家のネズミが“聖女様”のまわりをうろついていることでしょう」
「……それは“梟”からの情報ですか?」
「まぁそんなところです。下手に手を出してこちらが尻尾を出しては馬鹿らしい。“聖女様”の意識が戻らなければそれでよし、最悪意識が戻ったとしても犯人にたどり着くことはないでしょう」
「そうですね。あれが対象に姿を見られているとも思えません」
「その通り。さらに言えば仮に姿を見られていたとしても、意識が戻ったばかりで混乱しているということになるでしょう」
「あれの姿形を考えるとそうなりますね」
「“聖女様”を処分できなかったのは残念ですが……まぁいいでしょう。最悪元通りに戻ったとしても我々が損をするわけではない。その時は正攻法でのんびりとやるまでです」
「多少時間はかかってしまいますね。奴隷商の管理をより徹底しておきますか?」
「問題ないでしょう。我々は彼の弱みを握っています。まして上手くいけば彼にメリットこそあるものの、話が流れても損をするわけではない。経緯だけを説明し、“理解”していただければよいのです」
「分かりました。では“理解”していただけるようにしておきます」」
「よろしい。他にも財源を確保する手段を講じていく必要がありますが……まぁ徐々に行っていきましょう」
「分かりました。仮に“聖女様”の意識が戻った場合、伯爵家にはなんと言って誤魔化しますか?」
「相変わらず君は真面目というか律儀というか……既に自分の中で答えは出ているのでしょう?」
「念のための確認、ということです。『神に必死になって祈り嘆願した結果、呪いを解いていただけた』ということでよろしいですか?」
「問題ありません。いやはや神とは便利な代物です」
「全くですね。ところで……先ほど報告申し上げた“銀髪の悪魔”についてはいかがしますか?」
「おもしろいことを言う治癒師のことですね?彼の診断について、治癒師としての君の見解を伺ってもいいかな?」
「よく言えば独創的、悪く言えば馬鹿らしい、といったところでしょうか。とにかく私にとっては聞いたことのない、そして理解出来ない診断でした。あの男の診断を裏付けるような証拠もなかったことから、私はあまり信用しておりません」
「そして彼は伯爵夫人を前にしてその“馬鹿馬鹿しい”診断を披露し、それをあのベルツ治癒師が支持していた……というわけですか」
「はい。ついでにいえば、アダルジーザというエルフの中でも切れ者とされる者もあの男を支持していました」
「ただのほら吹きか、それとも未知の知識を有する者か……しばらく泳がせて探ってみましょう。仮にただのほら吹きならば放っておいて邪魔になれば処分すればよし、知識を有する者ならば利用出来ないか検討すればよし、というところですね」
「了解しました。伯爵家の方は、以後も“梟”の方に任せる、ということでよろしいですか?」
「問題ないでしょう。彼が注意していれば、大抵の不足の事態は予期できますからね」
「では私は治癒院に戻ります」
「はい。しっかりと地盤を固めておいてください」
いよいよ物語が動き始め……ません!笑
次章はまた独立したお話です。