名医の条件
このような形になりました。難しいテーマです……書いていて改めて考えさせられる部分が多々ありました。
一度投稿し、しばらくして落ち着いたらもう一度読み返してみたいと思います。
カメリアの治療は、ベルツ病院で行われることになった。伯爵家に連れて帰ろうとするアンナをモルガンがなんとか諌め、教会で手厚く保護すべきだというフェルミの意見にベルツ氏が反対した結果、このような運びとなったのである。治療についてはひとまずリュウがベルツ氏とその弟子達にカメリアの体調管理方法を教え、自身も出来る限り小まめに脚を運ぶ、という形である。伯爵家とフィオーレ教会、それぞれ二人ずつ居た客が帰るのを見送り、諸々の準備などをしていると、あっという間に辺りが暗くなっていた。仮眠をとったとはいえ、全員が睡眠不足のシルベスト病院一同は、カメリアの容態が安定していることもあり、一度帰宅することにした。「何事も一度には出来ない。細かいことはまた明日から頑張ろう」とはベルツ氏の言葉である。ソフィアが見事な家事スキルを発動してあっという間作り上げた夕食を胃に収め、それぞれが風呂に入った後は、3人とも言葉少なくそれぞれの自室へと引き上げていった。
(……疲れたな)
自室のベッドの上で、リュウは天井を見つめていた。経験があるとはいえ、植物状態の可能性がある患者を目にするのはやはり辛いことである。ましてやそこに教会と伯爵家とが絡んできたのだから精神的な疲れもひとしおであった。
(呪い……か。それを否定出来ない世界にいるんだな……俺は)
よもやこのような形で自分が異世界にいることを再確認するとは思っていなかった。病気の要因が呪いであるならば、それは医者の領域ではない。目の前の患者が病気なのか魔法をかけられているのかそれとも呪われているのか、それを正確に見極めたうえで適切な処置をする。診断面でも治療面でも異世界の医者のハードルは高いということを痛感したリュウの口からは、思わずため息が漏れる。
――コンコンっ
「どうぞ~」
小さなノックの音がリュウの思考を遮る。落ち込みかけていたリュウにとっては、ちょうどいいタイミングだったのかもしれない。
「せんせ……おきてる?」
半分開いたドアから小さな身体が現れる。もとより豊かな茶色の髪は、風呂あがりということでさらにふんわりとしていた。
「起きてるよ。どした?」
「ねれないから、ちょっとおはなしして?」
「了解。……おいで?」
ベッドから半身を起こしてスペースを空けると、ソフィアはトコトコと小走りでやってきてリュウの隣に腰掛けた。軽く頭を撫でると、まっすぐな瞳でこちらを見上げ来る。
「せんせ、だいじょうぶ?」
「……うん?」
「げんきないようにみえたから」
――ほんと、ソフィアに隠し事は出来ないな。
小首をかしげるソフィアに思わずリュウは苦笑いをする。リュウが落ち込んだり悩んだりしていると、ソフィアは必ずやってくるのだ。最初の方は「何でもない」と誤魔化そうとしたのだが、それをすると悲しそうな顔をしてトボトボと帰っていくので、いつからか正直に悩みを打ち明けるようになっていた。そのおかげで何度も助けられていることを、リュウは常に感謝している。
「そうだなぁ……この世に呪いがあるとすれば診察が難しくなるなぁ、なんてことを考えてたんだ」
「……むつかしいね」
「あぁ……ただでさえ身体の異常の原因を特定するのは難しいんだ。このうえ呪いまであるとなると……しかも呪いだと俺じゃ治せないからな」
「のろいのべんきょうもするの?」
「うーん……何から勉強すればいいかさっぱり分からんな」
ソフィアに悩みを聞いて貰う時はいつもこんな感じである。リュウが話し、ソフィアは相槌をうつ。無駄がなく短い、だけどしっかりと話を聞いてくれていることが分かる相槌をうつソフィアと話していると、いつの間にかどんどん話が広がっていく。そして、それは得てして悩みの本質の方に向かっていたりするのである。
「ソフィアは名医の条件ってなんだと思う?」
「う~ん……うでがいいこと?」
「それも一つの条件だろうな。でも命を預かる医者である以上、腕がいいのは当たり前、という考え方も出来る」
「……?」
「病院に言って医者に手術をしてもらって、『下手だから治せませんでした』って言われたら怒るだろ?ましてや医者の実力不足で患者が死ぬなんてあってはならないことだ。まぁ……全ての分野で完璧な技術を持っている医者なんてのは難しいだろうけど。でも理想として医者は当たり前に腕がよくなきゃいけない」
「やっぱり……たいへんなしごとだね」
ソフィアはしみじみと目を閉じる。彼女が足を踏み入れた道は果てしなく険しい。
「そのうえで、名医になるために何が必要かと言われたら、俺は“割り切り”だと思うんだ」
「……?」
「どれだけ技術があったとしても、どれだけ魔法が上手く使えたとしても、それを常に100%の力で使えなければ意味がない。目の前の患者さんがどこの誰であっても、どんな理由で病気やケガになったとしても、常に冷静に持てる力の全てを発揮出来る人が名医なんだと思うんだ」
「せんせはいつもがんばってるよ?」
「ありがとう。でもな、最近の俺は迷うことが多いんだ。例えば、これは何度か言ってることだけどうちの病院は手術をするには設備が足りない。失敗する可能性は常に高い。そんな状況で手術をすることが正しいことなのか、いつも手術をする前に迷うんだ」
リュウの告白にソフィアは言葉を返すことなく真剣な瞳でリュウを見つめる。彼女はリュウが違う世界から来たことを知っている数少ない理解者だ。
「でも本来なら、そんなとこで迷うべきじゃない。手術前に迷うということはそれだけ迅速な判断が出来ていないってことだし、手術中に迷いがでれば失敗の可能性があがる。失敗したらもちろん反省はするが、やる前から失敗した時のことを考えるべきじゃないし、『全力を尽くしてそれでも助からないなら仕方ない』くらいの気持ちで取り組むべきなんだと思う」
かつてのリュウはまさに割り切って仕事をしていたのだ。毎日次から次へと搬送されてくる患者に対応し、その都度全力を尽くす。運ばれてきた段階で手遅れに近い患者も多く、その患者の死を嘆いている時間もなかった。だからこそ患者を死なせた直後でも、冷静に次の患者にベストを尽くせたし、リスクの高い手術も迷いなく執刀出来た。
「今回のカメリアさんのこともそうだ。仮に彼女の症状の原因が呪いはないとして、このまま長期に渡って彼女の治療をすることが果たして正解なのか、今でも迷っている俺がいる」
「……なんで?」
「正直に言って、彼女が意識を取り戻すかどうか分からないんだ。もしかしたらこのまま一生意識が戻らないかもしれない。胃まで通った管で栄養をとり、排尿排便の度に誰かの手を煩わせる。毎日身体を動かすことも出来ず、ただひたすら一日が終わるのを待つ。そこまでして生かされるくらいなら、いっそ楽に死なせてほしいと彼女は思っているかもしれない」
植物状態の患者の中には、周囲の音が聞こえている人もいると言う。毎日声をかけてくれる家族の声に答えることも出来ず、身体を動かすことも許されない状態がどれほど辛いことだろうか。闘病が長期に渡れば、それだけ家族への負担も増え、溜息が増えてくる。自分が家族に大きな負担をかけていることを痛感させられる苦しみは想像を絶する。
「カメリアさんが死なせてほしいと思っているのに、俺がそれを無理やり生かそうとしているのなら、俺はとんでもなく傲慢な存在だ。だけど医者である以上、目の前の患者が助かる可能性があるのなら、その可能性に縋り付き、無理やりにでも生命を繋ぎ留めないといけない。それがたとえ間違っていることだとしても、割り切って治療に専念するべきなんだ。でも、今の俺にはそれが出来ない」
こちらの世界に来て、時間に余裕が出来た。『医者』というブランドがなくなったことで患者やその家族とより一層の信頼関係を作らなければいけなくなった結果、患者のことを深く知るようになった。周りに医者という存在が一人もおらず、医療面においては全て自分で決めなくてはいけなくなった。最新鋭どころか最低限の設備すらない状況は、「これだけやったんだから仕方ない」という逃げ道を叩き潰した。様々な要因が、リュウに医者の意義を、そして生命を救うとはどういうことなのかを再考させることとなり、それが迷いに繋がっている。
「でも……ソフィアはやさしいせんせがすきだよ?」
何も言わず、ただリュウの言葉を受け止めていたソフィアが静かに口を開いた。
「せんせはやさしいからせんせなんだよ。やさしくないせんせは、“いしゃ”じゃない」
一言一言、自分の思いを確かめるかのようにゆっくり話すソフィアの言葉が、リュウの胸に響く。
「がんばってだしたこたえは、きっとまちがってないよ。まよったぶんだけ、しんけんにかんがえたんだから」
「……そうだな。医者は神様じゃないんだ。一生懸命悩んで迷って答えを探さなきゃダメなんだろうな」
これからもリュウはこの医者を続ける以上、迷い続けるだろう。そしてその度にそんな自分をふがいなく思うことだろう。しかし確かに今、心が軽くなった気がした。ソフィアの言葉は、リュウにとっての道しるべになったのかもしれない。
(優しい医者であろう。常に平常心じゃなくてもいい。常に真剣に考えられる医者であろう)
ソフィアに話を聞いてもらったお礼を言うと、ニコッと満足気に笑い、部屋へと戻っていった。再びベッドに横たわる。今度はあっと言う間に眠りの世界へおちていった。
※
ラージョンの下町の一角、普段ならば賑やかな子供達の声が聞こえてくるモール孤児院は、静けさに包まれていた。時々赤ん坊が泣きわめく声と、それをあやす声が聞こえてくる以外は、まるで人がいなくなってしまったかのうように静まりかえっている。カメリアの事故以降、カミーユ達孤児院の卒業生が上手く時間を調整し、必ず誰か一人は大人がいるようにはしているものの、やはり子供達にとっての精神的支柱であるカメリアの不在という事実は大きく、時間が経つにつれて子供達はどんどん塞ぎこんでいってしまった。年長の子供達ですら弟分妹分の目が届かない場所で嗚咽を漏らしていた。事故から三日後の昼のこと、モール孤児院を訪れたシルベスト病院一同は、その悲痛な雰囲気に心を痛めることとなった。
「カミーユさん……お疲れでしょう?大丈夫ですか?」
目が腫れ、隈が出来ているカミーユの顔を見て思わずそんな言葉が出る。彼女にとっても、姉のような存在であったカメリアの事故はショックだったのだろう。こんな状態になっても、子供達の面倒を見ている彼女に頭が下がる思いである。
「私は大丈夫です。それより、お姉ちゃんは大丈夫ですか?」
両目に涙を溜め、すがるような瞳を向けられたリュウはその瞳から目を逸らさずに答える。
「今のところ、意識は戻っていません。しかし私はあの人を絶対に救いたい。そのために今日はこちらにお邪魔しました」
「……どういうことでしょう?」
「これからカメリアさんの治療は長期化する可能性があります。そうなってくると、どうしても家族の方のサポートが必要になります。なにより家族がお見舞いに来てくれることが、カメリアさん自身一番励みになると思いますし、辛い闘病生活においての唯一の支えになることと思います」
「それは勿論そうだと思います。私も時間が許す限り子供達を連れてお見舞いに行こうと思っています」
「そうして頂けると嬉しいです。ただ、長期の治療は家族の皆様にとって大きな負担になることも事実です。特に子供達にとっては自分の母親の弱り切った姿を見なければならないわけですから……。ですから今日は、厳しいことを言ってしまうかもしれませんが、子供達にカメリアさんを絶対に助けるという覚悟を持って貰うためにやってきました」
昨夜までは自分がその覚悟を持てていなかったことをリュウは自覚していた。だからこそ、リュウはカメリアの家族である子供達にその覚悟を持って欲しかったのかもしれない。もちろん、医者として患者の家族への説明義務を果たすという意味合いもあったが、それ以上の感情をリュウは持っていた。
「分かりました。それでは子供達のところに案内しますね」
リュウの表情からその内心の真剣さを感じ取ったカミーユは、何も反論することなく踵を返し、廊下を歩き始めた。しばらく歩くと、外から見ただけでもそこそこ広さがあることが分かる部屋にたどり着いた。曇りガラス越しに、多くの小さな影が見える。カミーユについて部屋に入ると、暗い表情をした子供達が、怪訝そうな眼でこちらを見つめていた。
「みんな!今日は治癒師の先生が来てくれたの。カメリア先生を治してくれている先生よ!今日は治癒師の先生がカメリア先生のことでみんなにお話しがあるそうよ」
カミーユの言葉に、年長組の子供達の何人かがハッとしたような表情を見せる。一方で、まだ幼い子供達はいまいち状況が把握出来ず、おびえたような表情をしていた。
「こんにちは。治癒師のリュウ・シルベストといいます。こっちのふたりは僕の仲間のソフィアとアダルジーザです。よろしくお願いします」
可能な限り柔らかな笑顔を浮かべ、リュウは子供達に挨拶する。最初に反応したのは、犬耳をつけた10歳くらいの少女だった。トコトコとこちらに走ってきてズボンをひっぱりながらこちらを見上げてくるので、膝を曲げて視線を合わせる。
「リュウ先生……カメリア先生、治った?」
子供とは思えない、そう言ってしまえば彼女に失礼だろうか。それほどまでに真剣で切羽詰まった視線を犬耳の少女はリュウに向ける。この視線は感情を切り捨てればたやすく受け流せるが、真摯に受け止めようとすればひどく重い。
「ごめんな。先生はまだ治ってないんだ。でも今もカメリア先生は必死に頑張ってみんなのところに帰ってこようとしてるよ」
リュウの言葉に、犬耳の少女はうなだれる。その肩を黒髪の人間の少女が後ろから抱き、さらに身体に鱗のあるトカゲの亜人の少年も近くまで寄ってきた。
「先生……帰ってくる?」
「帰って来るよ。絶対に先生をみんなの所に取り戻すから」
「……じぇったい?」
犬耳の少女の眼からは涙があふれていた。その眼をそらさずにリュウは言葉を続ける。
「絶対に先生は帰ってくる。でもな……先生は一人じゃ帰ってこれないんだ。先生が帰ってこれるようにみんなが先生のことを助けてあげないといけない」
「助けるよ~!先生が帰ってくるならなんでもするから~!」
黒髪の少女は瞳に涙を浮かべ、トカゲの少年は拳を強く握りしめている。そんな彼らを前にして、リュウはこれからさらにこの子達に厳しいことを言おうとしている自分を責めた。「まだ子供じゃないか。言う必要ないだろう」、そんな気持ちが無いといえば嘘になる。しかしそれでも、リュウは次の言葉を絞り出そうとする。
植物状態や重度の障害者の介護など、長期に渡って人を介護、看病するということは大きな負担である。いつ治るかも分からない終わりの見えない苦しみ、見捨てることが許されない人の情、日々蓄積されていく肉体的な疲労。様々な負担を全てその身に受けたうえで、相手の人生の全てを背負わなければいけないのだ。追い詰められた介護者が、介護していた人と共に心中してしまうことも珍しいことではない。だからこそ例え子供であったとしても、患者の家族である以上はこれからやらねばならないことについて責任と覚悟を持ってもらわなければいけない。実際にやってみなければその辛さが分からないとしても、言葉でその重みを先に伝えなければならない。
「でもな……カメリア先生はいつ帰ってくるか分からないんだ。ずっと寝たまんまかもしれない。先生が目を覚ますのは一週間後かもしれないし、10年後かもしれない。その間、毎日毎日先生の身の回りのお世話をしないといけない。もちろん皆で代わりばんこにやればいいけど、それでも一日も休むことは出来ない。辛いことや悲しいことがあっても、放り出すことは出来ない。……最後まで、出来るか?」
震えを自覚した手を握り締め、それでも優しい顔を維持したまま、真剣な声で子供達に尋ねかける。いまだカメリアがどのような状態なのかをしっかりと理解していないであろう子供達には不十分な説明だっただろう。それでもリュウは、想いは伝わっただろうかと子供達を見つめる。
「カメリア先生の幸せが私たちの幸せ。……だから、先生が帰ってきて笑っててくれないと困る」
黒髪の少女は呟くように、しかしはっきりとした声で答えた。
「絶対に……助ける!」
トカゲの少年は悲痛な、しかし力強い声を絞り出した。彼らよりも年少の子供達の中でも、何が起きているのかを理解出来ている子供達は、それぞれが決意に満ちた顔をしている。そして最後に犬耳の少女が涙を拭い、まっすぐリュウの目を見据え、静かに口を開いた。
「リュウ先生、私たちはカメリア先生で出来ているの。先生が私たちを救ってくれて、育ててくれた。生き方を教えてくれた。どんなことがあっても、先生が守ってくれたから今の私たちがあるの。将来私たちも一人で生きていく時が来るけど、私たちは独りじゃない。孤児院の皆が家族だし、なによりいつも私たちの中にはカメリア先生がいるの。今まで生きてきた道は、全部カメリア先生が一緒についてきてくれた。これから先の道には、カメリア先生が道しるべをくれた。そんな先生を……私たちが見捨てられるはずない。先生を見捨てることは、私たち自身を裏切って見捨てることなの」
拭った涙が再び頬を伝う。今度はその涙を拭うことなく、少女は深々と頭を下げた。
「私たちに出来ることなら何でもします。お金は……今はないけど独り立ちして稼げるようになったら皆で絶対に払います。だから!だから……カメリア先生を……先生を助けてください。お願いします!」
「お願いします!」
リュウには、子供達が眩しかった。
彼は、治療費だけを支払い見舞いには一度も来ないような家族を知っている。長期に渡る介護や看病は負担が大きく、患者の家族にも自分の生活がある以上、全て病院に任せてしまうことをリュウは悪いと思ったことはない。何も彼らは病人を見捨てているわけではないのだ。たとえそれが心無い不作為だったとしても、内心では「回復の見込み無し」と諦めている患者を、病院が治療費を受け取ったがために無理の延命させているような人間に、それを糾弾する権利など無いと思っていた。
だからこそ、これだけの数の血の繋がりの無い子供達が、彼らの“母親”のために頭を下げ、何があっても“母親”を助けようと決意に満ちた瞳をこちらに向けてくれたことが、これ以上なく嬉しかった。そして、この子供達の気持ちを受け止め、それを「嬉しい」と感じることができた自分が誇らしかった。
(割り切ることが出来る医者が名医、だけど真剣に考えられない奴は医者じゃない……か)
「分かった。カメリア先生はみんなで必ず助けよう。何があっても……絶対に助ける!約束だぞ?」
「うん!絶対の約束!」
子供達を代表して犬耳の少女と指切りをする。
(この約束は絶対に守らなきゃな。ここにいる子供達とこれからこの孤児院にやってくる子供達のために、家族の元に戻りたいと思っているに違いないカメリアさんのために、そして俺が医者としてあるために)
そんなリュウの姿を、ドワーフの少女は優しい表情で見守るのだった。
※
ベルツ病院には毎日のように孤児院の卒業生が見舞いと手伝いに訪れていた。しかし何よりもベルツ病院を賑やかにしていたのは、毎日やってくる子供達だった。病室をキレイにしたり、カメリアの身体を拭くのを手伝ったり(女子限定)と彼らは大いに活躍した。そんな彼らの一番の仕事は、カメリアに話しかけることだった。今日あったこと、将来の夢、自分の秘密……各々が時間を見つけてはカメリアに話しかけ、そして励ました。もちろんリュウの専門的な体調管理や『回復』の魔法も効果はあるだろう。しかしリュウは思う。子供達のこの声が、カメリアにとって一番の薬に違いないと。
そして事故から2週間が経ったある日のこと。まるで眠りから覚めるかのようにカメリアは意識を取り戻した。ちょうどリュウしかいなかった病室で静かに涙を流しながら微笑み、「みんなありがとう」と呟いたのだった。まだ意識は朦朧としていたはずである。しかし、それは紛れもなく自分の帰りを信じて励まし続けてくれた、家族への感謝の言葉だった。
意識を取り戻したものの半身にマヒが残ったカメリアが、子供達と一緒に頑張ってリハビリに励むのはまた別の話……。
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