仮面の下の本性
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
なんとか風邪を治したと思ったらもう仕事始め……今年はなかなかな一年になりそうです笑
「お、お前……アダルジーザか!?」
フェルミの美しく、そして沈痛さを醸し出していた表情は、一瞬にして驚愕の表情へと差し替わっていた。
「久しぶりじゃのうシスト。何年ぶりじゃ?」
フェルミの驚きを全く気にせず、アダルジーザは余裕たっぷりに微笑む。その様子にデュナン司祭が声を挙げた。
「まさかこちらにもエルフの方がいらっしゃるとは思いませんでした。シスト、知り合いか?」
「っ!……はい!こちらはアダルジーザという……優秀なエルフの女性です」
驚愕に彩られたフェルミの表情は、一瞬の後ににこやかな笑顔へと戻る。
「久しぶりだな、アダルジーザ!元気だったか?」
「見ての通りじゃ。しかしお主がわらわのことを“優秀な女性”などと言う日が来るとはのう。最後に会った時には“エルフの恥さらし”と言われた記憶があるのじゃが?」
「昔の話だ、勘弁してくれ。今は当時の自分の愚かさを理解している」
「ふ~む……お主も変わったのう……」
アダルジーザが怪訝な顔をして考え込むのを尻目に、フェルミはこちらに振り返る。
「失礼しました。彼女とは昔からの知り合いでして。年の近いエルフはなかなか居ないため、森にいた頃は一緒になる機会が多かったのですが、どうも意見が合わなくて。いやはや、懐かしい限りです」
(アダルジーザと年が近いということは80代、それでいてこの若さとイケメンっぷりか)
リュウはその心に小さな嫉妬と苛立ちを覚える。差し詰め、『エルフ、爆発しろ』といったところか……。
「ところでフェルミよ。先ほどお主は、この娘の魂が抜き取られていると申していたな?どういうことじゃ?」
「お前が知らないのも無理はない。なにせお前が森を出てから発見された魔法だからな。昔から“エルフの眼”について研究していたじいさんがいたのを覚えてないか?」
「おぉ……あの偏屈じーさんか」
「そうだ。彼の研究がついに結実してね。今まで我々には見ることが出来なかった“魂”や“呪い”が見えるようになる魔法を発明したんだ」
「ふむ……それは興味深いのう?是非ともわらわにも教えて欲しいのじゃが?」
「残念ながらそれは無理だ。この“眼”を得る方法はただ一つ、あのじいさんに相応の対価を払って魔法をかけてもらうしかない」
「研究の成果はそう易々と公表せんか……。あのじーさんらしいといえばあのじーさんらしいな」
「とはいえその研究が役に立つことには変わりない。例えば『核病』、あれの原因は“森の呪い”だということが分かった。原因が分かった以上、そのうち対処法も見つかるだろう」
「『核病』が……呪いじゃと?」
「あぁ!現状“呪い”を解く手段がないため治すとことまではいかないが、呪いさえ解ければ『核病』も治る」
アダルジーザが難しい顔をしてリュウに視線を送る。
少なくともリュウは呪いを解いた覚えなどこれっぽっちもない。強いて言うならば、核を覆っていた膜のようなものを電メスで切っただけだ。あれが呪いとも思えない。とすればフェルミは嘘を言っているのか?だとすればどこからが嘘なのか?なんにせよ、ややこしい事態である。ここで『核病』を治療したことを明かすべきか否か、人間とエルフの間に走った緊張をぶち破ったのはドワーフの少女だった。
「『かくびょう』……なおったよね?」
「……!!??」
「そうだなぁ!……呪い……だったのかなぁ?そんな感じはしなかったんだけどなぁ」
死角からの一撃に即座に反応出来たのはリュウだけだった。ソフィアは頭の上にクエッションマークが浮かんでいるような顔をしながらこちらを見ている。
「なっ……!?『核病』を治したのですか?そんなバカな!?」
「本当じゃよ。何を隠そう……その『核病』に罹ったのはわらわじゃからのう」
「!!??」
フェルミの表情が再び驚愕に歪み、今度は動揺の色が抜けない表情のまま言葉を紡ぐ。
「一体どうやって……いや、今はそれどころではありませんでしたね。まずはカメリアさんです。彼女には強力な呪いがかけられています。その呪いは彼女の魂を奪い、その身体をも欲しています。呪いの強さから察するに、呪ったのはあの川に棲む水の神に違いありません。ならば早急に彼女の身体を水の神に供さなければ、神の怒りに触れる可能性があります」
「シストよ……それは真か?」
「はい司祭……残念ながら」
「そうか。ベルツ先生、リュウ先生はどのように考えますか?」
「はい。こちらにいるリュウ先生によれば、これは脳の病であり、呪いではないと考えます」
「脳の……それはどういう病で?」
――――ドンドンッ
デュナン司祭がそこまで言ったところでドアを叩く音が響く。
「続きは来客を迎えてからにしましょう。デュナン司祭もご存じでしょうが……おそらく伯爵家の方です」
「そのようですね。それではしばらく待たせて頂きます」
ベルツ氏は軽く一礼し、部屋を出ていく。しばらくするとドタドタという大きな音共に、女性の金切り声が聞こえてきた。
「カメリア!!」
ドアが勢いよく開き、女性の姿が一瞬見える。次の瞬間、その女性はカメリアが横たわるベッドの隣に跪き、その手をしっかりと握っていた。
「カメリア!貴女のような人がどうしてこんな目に!?早くっ!早く目を覚ましてっ……!」
泣いているのであろう、女性の声には嗚咽が混じっている。その姿に部屋中の誰もが呆気にとられ、言葉を発することが出来なかった。
「奥様!お待ちください!」
ドアから大きな声が聞こえ、皆の視線がそちらへと向く。そこにはこちらの世界における伯爵家の正装、リュウの世界で言えば軍服に近い恰好をした男が、慌てた表情で立っていた。
「うるさいアレクシス!これが落ち着いていられますか!」
「こちらにはベルツ治癒師を始めとして多くの方がいらっしゃるのです。伯爵夫人としてふさわしい態度を取らなければなりません」
「今は伯爵夫人ではなく、ただこの子の母親なのです!」
そう叫ぶとその女性は、カメリアの両頬を優しく手で包み込み、その額に自らの額をつける。その様子をみた正装の男は諦めたような溜息をつき、こちらに向けて頭を下げた。
「突然の非礼、申し訳ありません。奥様は見ての通り身内が事故に逢われ、混乱しておられます。どうか許していただきたい」
「どうかお顔をあげてください。奥方様の気持ちは痛いほど理解しております」
デュナン司祭の言葉に、正装の男は頭を上げる。年齢は30代半ばといったところか。しっかりとまとめた黒髪とその精悍な顔つきが、出来る男のオーラを醸し出していた。
「デュナン司祭、お久しぶりです。フィオーレ教会の司祭に足を運んでいただいているとは思いませんでした。ご足労感謝いたします」
「カメリアさんはこの街では聖女と呼ばれる方です。教会として、彼女を失うわけにはいきませんから」
その言葉に男は深々と頭を下げた後、今度はこちらに顔を向ける。
「貴方とは初対面ですね?私、ミルネタ伯爵家筆頭執事アレクシス・モルガンと申します」
「これはご丁寧に。私は3等治癒師、リュウ・シルベストと申します」
「ベルツ治癒師からお話は伺っております。なんでも素晴しい腕をお持ちだとか?」
「いやぁ……ベルツ先生の買い被りです」
リュウは苦笑いを浮かべながらモルガンを観察する。にこやかに微笑んでこそいるが、目が笑っていない。おそらく自分同様こちらを観察しているのだろうと想像できる。相手の立場に立てば、素性も分からぬ3等治癒師がこの場にいれば、警戒するのも無理はないだろう。視線が絡み合う。その時、背後から人が立ち上がる気配がした。
「大変失礼しました。ミルネタ伯爵夫人、アンナ・ミルネタと申します」
振り返ると、先ほどまでカメリアの隣に跪いていた女性が、スカートを指でつまみあげながら、優雅に一礼していた。その姿はまさに王族か貴族のご令嬢といったところか。映画でしか観たことのないような礼に対し、リュウの反応が一瞬遅れる。その結果、周りがみんな礼を返している中で一人突っ立っているという状況に陥り、慌てて頭を下げる。
「シルベスト先生、そんなに慌てないでもよろしくてよ?」
「……大変失礼しました!」
これまた『THE 金持ち』な口調に、リュウの口元が歪む。頭の中では金髪縦ロールのお嬢様が腕を組んでこちらを見下ろしていた。これではいけない、とリュウは必死にポーカーフェイスを作り直し、顔を上げる。そこに立っていたのは、まさに深窓の令嬢といった感じの美女だった。色白の肌にはっきりとした瞳、ただし髪は残念ながら金髪縦ロールではなく、淡い水色の光を放つさらさらストレートだった。
「さて、ここにいるお三方はいずれも素晴しい腕をもった治癒師の先生だと伺っております。先生方のお見立てをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「かしこまりました。それでは私から……」
そういって話始めたフェルミを、伯爵夫人が
「公式の場では無いのですから普通に話していただいて結構です。わたくしも普通にしゃべりますので。……それで!カメリアは大丈夫なの?助かるの?」
挨拶の際の優雅さはどこへやら、伯爵夫人はいまやフェルミに掴み掛らんばかりの勢いである。あまりの急変ぶりにフェルミは呆気にとられていた。
「伯爵夫人!落ち着いてくださ……」
「アンナでいいわ!」
「えっ……さすがにそれは!」
「私が良いって言ってるからいいの!」
フェルミは困ったような顔でモルガンを見る。出来る男・モルガンは、浅い溜息と共に視線を天井に預けた。
「えっと……それではアンナ様?」
恐る恐るそう呼びかけたフェルミに、アンナは無言で答える。
「カメリアさんですが、彼女は水の神の呪いにかけられたものと思われます」
「呪い!?どうしてカメリアみたいないい子が呪われるのよ!?」
「カメリアさんは美しい女性です。おそらく水の神が我が物にしようと呪ったのではないかと……実際すでに彼女の魂は抜き取られています」
「ふざけんじゃないわよ!もし水の神様がそんな身勝手な呪いをかけたっていうなら、そんな奴は神様でもなんでもないわ!いますぐ叩きのめしに行ってやる!」
「そのような恐ろしいことを言わないでください。我々は神のご加護の元に生きているのですから!」
「そのご加護の対価がカメリアってわけ?冗談じゃないわ!正々堂々カメリアと付き合うならまだしも、カメリアがきれいだからその魂を誘拐しようなんて!そいつはただの変態よ!」
教会の司祭と専属治癒師の前で、神様を変態呼ばわりする伯爵夫人。難しいことは分からないが、これは結構マズイことなのではないかとリュウは思う。この国にはリュウがいた世界にあったような政教分離の概念がない。教会の者が領主となっている領土も存在すれば、逆に教会を一切廃した領土も存在する。確実に言えることは、どこの領土でも政治と教会の関係はナイーブな問題である、ということである。そんなリュウの懸念をよそに、アンナはさらに捲し立てる。
「それで!その変態からカメリアの魂は取り返せるの!?」
「アンナ様!変態はやめてください!教会としてもミルネタ伯爵様とは親密でありたいのです。しかし伯爵夫人様が神を変態呼ばわりされては反発する者も出て参ります」
「そんなことは分かっているわ!これはあくまで私的な場での私的な発言よ。そして貴方達がそれを真に受けて伯爵家に敵愾心を抱くような間抜けにも見えないわ」
「……っ!」
フェルミはアンナの強気すぎる発言に言葉を失う。もはや完全にアンナのペースだった。
「それで、カメリアの魂は取り返せるの!?」
「それは……難しいかと。おそらく水の神がカメリアさんをレボーヌ川に引き摺りこもうとしていたのでしょう。それほどまでにカメリアさんに執心しているならば、もはや返してはくれないでしょう。さらに言うならば、水の神がカメリアさんを手中に収めることが出来なかったことに対し怒っている可能性もあります」
「……何が言いたいの?」
「大変言いづらいのですが、水の神にカメリアさんを供さなければ怒りが収まらず、河川の氾濫などの水難が起きる可能性があります」
その言葉にアンナは目を閉じ考え込むような仕草を見せる。しばしの沈黙の後に彼女は目を開き、今度はベルツ氏の方を向いた。
「ベルツ先生。あなたもこちらのフェルミ先生と同様の意見?」
「いえ。私は異なる意見を持っています」
「ではカメリアの意識が戻らない理由は呪いではないと?」
「はい。詳しくはこちらのシルベスト先生が説明差し上げます」
「ん?ということはベルツ先生とシルベスト先生は同じ意見ということでいいの?」
「その通りです。正確に言えばシルベスト先生の説明に私が納得した、というところですが。彼は非常に勤勉で私には無い病の知識を持っています」
「へぇ。この国でも指折りの治癒師であるベルツ先生がそこまで言うとは興味深いわ!それではシルベスト先生、貴方の考えを聞かせて」
「分かりました」
一度頷き、リュウは説明を始める。低酸素による脳への障害、意識が戻るかどうかは不明である点、強い刺激には反応するようになった点など、現状の分析と今後の治療方針を述べる。先ほどのアンナの取り乱し方から、『混沌たる眠り』をかけられていたことはひとまず割愛した。その間アンナはまたしても目を閉じ、まるで瞑想しているかのようだった。
「……以上が私の判断です。約束はできませんが、『回復』を断続的に脳にかけていくことで、回復の見込みはあると思います」
「なんというか……奇抜な考えですね。脳の機能が止まっている……なぜそのようなことが分かるのですか?」
まず反応したのは出来る男・モルガンだった。
「私の師はその人生を病気の原因究明に費やした人でした。若いころは、人様には言えないような研究をして、様々な病気の原因を究明したそうです。私はその知識を受け継ぎ、それぞれの病に最適な治療を出来ないかと常に考えています。今回の病については、証明こそ出来ませんがほぼ間違いなく脳の機能が止まっているものと思われます」
これは半分本当で、半分嘘である。もちろんリュウの知識は元の世界でのモノでありこちらの師から教わったものではないが、その一方で彼の師は魔法以外の治療法を研究し続けた変わり者であった。医療用ローション代わりに使えないかとスライムの粘液を飲んでしまうリュウの発想は、師の影響を大きく受けているといえる。
「なるほど。フェルミ先生は『呪いがかけられている』とおっしゃっていますがそれについてはどう考えますか?」
「『呪い』については私にはなんとも言えません。少なくとも私には見えないものなので……」
元の世界ならば、カメリアの症状を見て「呪いだ」などと言っている者がいれば一笑に付して終わりだろう。そんなモノがあるはずがない、もっと科学的に考えるべきだ、と。しかしこの世界は、ある意味科学や医学が一つのファンタジーの世界なのである。少なくとも魔法が普通に存在する世界で、「呪いなど有りえない」と言い切ることがリュウには出来なかった。それどころか、もしかすると本当に「呪い」なのではないかと不安に思っている自分すら存在する。ある患者の不調の原因が、病によるものなのか、魔法によるものなのか、それとも呪いによるものなのか、それを判断する確かな眼をリュウは持っていなかった。
「奥様、私の考えを聞いていただけるでしょうか?」
リュウの意見を聞き終えたモルガンは、アンナの方に向き直りその頭を深く垂れた。その言葉にアンナは閉じていた眼を静かに開く。
「構わないわ」
「ありがとうございます」
頭を上げ、アンナに向き直ったモルガンは決意に満ちたかのような勇ましい顔をしていた。
「フェルミ先生とシルベスト先生の意見を聞きましたが、正直私にはどちらが正しいのか分かりませんでした。フェルミ先生の言う呪いは私には見えませんでしたし、シルベスト先生の理論はあまりに奇抜で信じがたいものでした」
「……それで?」
無表情のアンナが、モルガンに続きを促す。
「はい。非常に言いづらいのですが……仮にフェルミ先生の治療方針を採用してシルベスト先生が正しかった場合、治る可能性のあったカメリア様の命を無駄に散らしてしまうことになります。一方でシルベスト先生の治療方針を採用してフェルミ先生が正しかった場合、水難によって領民を危険にさらされる可能性があるうえに、カメリア様が戻ってくることもありません。このことから、フェルミ先生の方針を採用した方が危険は少ないかと考えます」
現実的で冷静な判断だとリュウですら思った。どちらが正しいか分からない以上、よりリスクの小さい方をとる、というのは決して間違ったことでは無い。もちろん医者として、目の前の患者を見捨てたくは無い。しかし、カメリアが確実に呪いによって魂を抜かれているのではなく、脳に障害を受けているのだと確実に証明できる材料をリュウは持っていなかった。悔しさとやるせなさの入り混じり、強く拳を握りしめる。そんなリュウの耳に、いつもと変わらぬ静かで冷静な声が聞こえてきた。
「待て待て、焦るでない」
その穏やかな口調に、その場の全員の視線がアダルジーザに向かう。それを微笑みで受け流しながら彼女は続けた。
「実はのぅ……この娘には『混沌たる眠り』がかけられていたのじゃ」
「!?……なんですって!?」
無表情を通していたアンナの表情が一気に崩れる。
「安心しろ。先ほど魔法は解いてやっておる。さて……仮にこの娘が呪われて川に引きづりこまれたのならば、おそらくその水の神とやらがこの娘を眠らせて、川に引き摺りこんだのじゃろうな?ならば、その水の神とやらの魔法は一介のしがないエルフにも解ける、ということじゃ。魔法が解けるならば、呪いとやらも解けると思わんか?」
「貴女は……貴女にはそれができるの!?」
「わらわには出来んよ。そもそもわらわにはその呪いとやらが見えてすらおらんからの。しかし、そこにいるフェルミならば出来るかもしれんのぅ。エルフは知識欲の塊じゃ。少なくとも病の原因である呪いが見えているにも関わらず、それを最初から『出来ない』と言って思考を放棄するような愚か者ではあるまい」
「アダルジーザ!これはそんな簡単なことじゃないんだ!ただの呪いならまだしも魂を抜かれているんだぞ?それに神が怒ったらどう責任をとる!?」
「そんなことわらわは知らん。神だのなんだのは教会の領域じゃろう?そもそもお主は教会の者なのじゃ。その水の神とやらが怒らぬようにお主が祈ればよいではないか?」
あまりの言いぐさに、フェルミは顔を真っ赤にし口をパクパクとさせている。
(教会の人相手にこの言いぐさ……アダルジーザ、恐るべし)
内心でそんなことを考えながら、リュウは全く意味の無い他人のフリを試みる。あぁ……デュナン司祭とフェルミの視線が痛い……気がする。
「……みなさんの意見はよく分かりました」
口を開いたのはアンナだった。先ほどまでの威勢の良さが消え、また元の洗練された“伯爵夫人”の態度に戻っている。
「ミルネタ伯爵夫人、アンナ・ミルネタとして、まずはベルツ先生、そしてシルベスト先生にお願いいたします。どうかカメリアを助けてあげてください。先生方が必要とされる物は出来る限りこちらで用意いたします」
「……!!」
その場にいる全員が言葉を失った。アンナの言葉はすなわち、エルフでありしかも教会の者であるフェルミの意見を真っ向から否定するものである。人間とエルフ、そして政治と宗教。共に微妙な関係にある中での伯爵夫人のこの判断は、重い。
「そしてデュナン司祭。いや、フィオーレ教会にお願いします。貴方達の言う水の神が怒らぬよう、祈りを捧げてください。それでも水難が起こってしまったならば、その水の神を討伐することを手伝ってください」
「なっ!?神を討伐!?なんてことをおっしゃるので――」
「仮に!仮にその水の神が……無理やり私たちの領民であるカメリアの魂を無理やり奪い去り、挙句その身体が手に入らないからと怒り領民に水難をもたらすのならば、それは神ではなく悪魔です。そのような悪魔を、領内に抱えることは出来ません」
「しかし――」
「時に、神に祈る際に何かを犠牲にすることがあるのかもしれません。しかし、いくら神だからといって何の罪もない人間の魂を無理やり奪うことは断じて許されません!そのような悪魔に、一人たりとも私たちの大切な領民を奪われるわけにはいかないのです」
「……すべて、仰せのままにいたします」
「司祭!?」
「フェルミよ。我々が神を信じなくてどうする?神は我々に魔法という素晴しい力を与え賜いし存在だ。そのような神が、自らに仕えし水の神の横暴を許すわけがないだろう。水の神も少しはやまってしまっただけかもしれない。ならば……我々がすべきことは、神に祈りその救いを乞うことだ」
「……っ!分かり……ました」
知を司る種族として、自分の意見が通らなかったことが悔しかったのだろうか、フェルミは渋々頭を下げる。
「私は、誰一人として領民を失いたくないのです。皆様、どうかよろしくお願いします」
深々と頭をさげるアンナの水色の髪が、なぜか神々しさを感じさせた。
かなり長い章になっております。おかげで推敲が甘いですね(^_^;)