金色の聖女
予告通り、シリアスな章になります。
実を言うと、大まかな構成は出来ているものの、まだ結末をどうするかが決めきれていません。難しいテーマです……。
ラージョンの中心より少し外れた下町に、カメリア・モールという一人の女性が暮らしている。
輝く金の髪と、大きな、そして吸い込まれそうなほどに済んだ青空のような瞳を持った少女がこの街にやってきたのは、彼女が6歳の頃だった。同じく美しい母に連れられてきた彼女は周囲の全ての人から愛情を注がれて育った。そのためか、整った顔をしているにも関わらず、美人特有の近寄りずらい雰囲気はなく、むしろ全てを受けとめてくれそうな温かな雰囲気を持った女性へと成長した。
彼女の母はいわゆる“シスター”であった。自ら孤児院を開き、貧困にあえぐ子供たちを無償で助け、14歳まで育て上げる。その間に一人立ちできるように読み書きを教え、その子に合った職業に就く人への弟子入りのあっせんもする。そんな母の姿を見て育ったカメリアは、率先して孤児たちのお姉さん役となった。彼女にとって当時の孤児達は、真に家族であり、そして親友であった。
母を病気で亡くしてからは、自らが“シスター”になった。家族が増えることに喜びを感じ、家族が一人前になっていくことに誇りを感じていたカメリアにとって、その選択は当たり前のことだった。
カメリアの孤児院で育ったもの達は皆、真面目で気立てがよく責任感が強い。そこにあっせんするカメリアの人柄も加わって、ほとんどの子供たちは、自分が望む職業に就くことが出来た。
こうして大人になった子供たちは、カメリアの孤児院で育ったことを誇りとしている。また、今なお孤児院で育てられている後輩達を、弟妹だと思って心から大事にしている。彼らにとって「弟妹のために使って欲しい」といってカメリアに自分で稼いだお金を渡す時こそが、自分が一人前になった瞬間であり、恩返しが出来たと心から笑顔になれる瞬間なのである。
といっても彼女は、教会から正式に委託を受けたわけではない。常に人を愛し、信じるその姿が、人の目には敬虔な神の使徒のように映るのである。人は、そんな彼女のことを愛情と敬意を込めて“金色の聖女”と呼ぶのだった。
「さぁみんな!今日も張り切っていくわよ?」
「は~い!」
孤児院の朝は、カメリアの元気な声から始まる。
朝の体操、朝食作り、掃除、年少組の世話……。これらの仕事は年長組がリーダーシップをとって自分たちの手で行う。カメリアは出来る限り手を出さず、どうしても大人の手が必要な場合か、危険な場合にのみ手を貸す。このように言うとかなり楽なように聞こえるが実際は違う。例えば、赤ん坊や幼児の世話はどう頑張っても子供達だけでは難しい。子供達の自立性を尊重しつつ、その手伝いをする、ということは言葉で表す以上に難しく、そして大変なことなのである。
それが終われば今度は勉強の時間だ。読み書きと計算と基本的な魔法、これらをしっかりと教えることで、ある程度の職業なら見習いとして勤めることができる。その後は昼食と昼寝を挟み、子供らしく元気に遊べばもう夜である。そんなかわり映えのない、しかしいろいろとやらかしてくれる子供達が引き起こす小さな事件に彩られた毎日が、カメリアにとっての幸せなのだ。
そんなある日のこと、いつも通り朝の仕事をこなし、勉強を始めようとしたカメリアの元に一通の手紙が届いた。封書から察するに、教会からの手紙らしい。今日は魔法の授業の日ということで、「早く勉強したい」と浮足立っている子供達に「ちょっと待ってね」と笑顔で応えながら、カメリアは手紙を開封し中に目を通す。
『緊急の要件あり。至急、フィオーレ教会まで来られたし』
フィオーレ教会といえば、ラージョンの中心部にある教会である。伯爵領の中では最も位の高い教会であり、ラストニア王国の中でもかなり上位に位置する教会からの呼び出しとなればそうそうあることではない。カメリアはすぐに近所に住む孤児院出身の夫婦が営む店に向かい、事情を話して孤児院の留守番を頼んだ。
「いい!?みんないい子でお留守番してるのよ?カミーユお姉ちゃんの言うことをしっかり聞くこと!それからアデル、カルロス、ミリー……お兄さんお姉さんとして小さい子達の面倒をちゃんとみること!分かった?」
「はぁ~い」
「よろしい!じゃあカミーユ、申し訳ないけどお願いね?」
「これくらいなんてことないよ。気を付けてね?」
「ありがとう。じゃあいってきます」
教え子たちの大きな声に見送られて、カメリアは教会へと急いで向かうのだった。
※
ラージョンの片隅にあるシルベスト病院の戸が叩かれたのは、夜も更けたころだった。
「夜分に失礼します!わが師、ベルツより『至急来てほしい』との伝言を預かって参りました。急なことで申し訳ありませんが、ご同行願えますか?」
「患者さんですか?」
「はい……今すぐ危ないということは無いのですが、難しい状態です。ベルツは先生のご意見が聞きたい、と申していました」
「分かりました。すぐに用意いたします」
そう言うとリュウは、ベルツ氏の使者を客間で待たせ、二階のリビングルームへと戻る。
「ベルツ先生の所に急患が運び込まれたらしい。どうも難しい状況のようで今から行かないといけなくなった。夜も遅いが一緒に来てくれるか?」
リュウの問いかけに対し、二人の同居人、兼、助手は二つ返事で答える。
「行かぬわけがなかろう」
「……いく」
「よし、じゃあ準備してくれ!」
着替えと簡単な荷造りを終えて、客間に戻る。しばらくすると、ソフィアとアダルジーザもやってきた。
「それでは参りましょう」
ベルツ氏の使者は一度頷き、暗闇の中へと歩き始めた。
………………
…………
……
出発からおよそ30分後、一行はラージョン中心部にあるベルツ氏の病院に到着していた。
「おぉ、リュウ君。夜分にすまんな。どうしても今晩中に診てもらいたい患者がいるんだ」
「お気になさらず。いつも先生にはお世話になっているのですから」
「そう言ってくれるとありがたいよ。早速だが患者の元に案内しよう」
そう言うとベルツ氏は、いわゆる入院部屋へと入っていく。といっても、入院する患者などそうそういないことから、少し大きめな部屋にベッドが二つ置いてあるだけの簡単な作りだ。その二つあるベッドのうちの一つが白いカーテンで仕切られており、傍に座っている人影が見えた。
「カミーユさん。失礼するよ?」
ベルツ氏が声をかけると、布の向こうの人影が「ビクっ」と反応し、慌ててカーテンを開く。おそらく患者の身内なのだろう。その顔は焦燥しきっており、目は真っ赤に腫れ上がっていた。
「こちらはリュウ・シルベスト先生、私の知る限り最高の名治癒師だ」
「シルベストと申します。このたびは心中お察しします」
ベルツ氏の賞賛の混じった紹介に頬が紅潮するのを感じながら、カミーユと呼ばれた女性に頭を下げる。
「カミーユ・メゾンと申します。どうか……どうかお姉ちゃんを助けてください」
そう言って頭を垂れるカミーユの脇には、一人の女性が横たわっていた。金色の髪がランプの明かりに照らされたその女性は、目を瞑っていても分かる程の美しさだった。
「彼女の名はカメリア・モール。君も名前は知っているのではないか?」
「カメリア……確か孤児院の?“金色の聖女”と呼ばれている方ですか?」
「その通りだ。そしてメゾン夫人はその孤児院出身で彼女の知り合い、というわけだ」
“金色の聖女” の名ならリュウでも知っている。美しく、そして優しい天使のような人だと聞いていた。いつか会ってみたいとは思っていたが、まさか患者として対面することになるとは思っていなかった。
「なるほど……。ところで、カメリアさんは眠っているように見えるのですが?」
「そうなんだ……彼女は今日の昼過ぎからずっと眠っている。意識が戻らないんだ」
「どういうことでしょう?」
「うむ……カミーユさんによるとカメリアさんは今朝、教会から呼び出されて出かけたらしい。しかしなぜか昼過ぎにレボーヌ川で溺れている所を発見されたんだ」
「……レボーヌ川?教会とはまるで方向が違うじゃないですか?」
「そうなんだ……なぜ彼女がレボーヌ川に向かったのかはカミーユさんにも分からないらしい。それはともかく、彼女を発見した者がすぐに水を吐かせ、私のところに運んできてくれたんだ。容態は安定しているしすぐに意識を取り戻すだろうと思っていたのだが全く意識が戻らない。一応『病魔退散』をかけたが効果は無かった」
「なるほど」とつぶやきながらカメリアの方に向き直ると、そこにはすでにシルベスト病院が誇る二人の優秀な助手が、彼女の容態を確認していた。
「ふむ……血圧は118/76、脈拍58じゃな」
「こきゅうすうが18かい、いしきれべるは……300かな」
ソフィアとアダルジーザによって計測されたバイタルを手元にあった紙に書き込み、リュウも診断に入る。特に目立った外傷もなく、体温も正常。強い刺激を与えても全く反応がないことから、ソフィアの意識レベルの測定も正しいと言える。他に何かおかしな点はないだろうかと調べ始めたリュウに、アダルジーザの声が飛んできた。
「リュウよ……少しよいか?」
「うん?どうした?」
「うむ……ちょっとな」
普段なら思いついたことはすぐに質問してくるアダルジーザが、言葉を濁す。それはつまり「ここでは言えないことがある」ということなのだと判断したリュウは、素直に彼女の意向に従う。
「ベルツ先生すいません。少し席を外させていただきます」
そう言い残し、リュウはアダルジーザと共に入院室を出た。
「どうした?何か問題でもあったか?」
「うむ……それがのう……念のためにと思ってあの患者に何か魔法がかけられていないかを調べてみたのじゃが……どうやら『混沌たる眠り』がかけられているようなのじゃ」
「……なに!?彼女は確か川で溺れていたはずだよな?」
「うむ……つまりはそういうことじゃろう。まずは『混沌たる眠り』を無理やり解除してやりたいのじゃが、付き添いのおなごの前でそれをやってしまうと、当然彼女にも事情が分かってしまう。あの憔悴しきった状態でこの事実を知らせるのはあまりにも酷じゃ。特に魔法が解けても意識が戻らなかった場合だと尚更じゃろう」
『混沌たる眠り』は使用者が解かない限り覚めることのない眠りへと誘う魔法である。それを第三者が無理やり解除するには強力な魔法を使う必要があるのだが、エルフの中でも力の強いアダルジーザならばそれが可能である。とはいえ誰にも気づかれないように魔法を解除することはさすがに出来ない。
「アジー……いい判断だ。ひとまず戻ってカミーユさんを帰してから『混沌たる眠り』を解除してあげてくれ」
リュウの言葉にアダルジーザは重々しく頷く。そんなアダルジーザにリュウは、「大丈夫だ」と少し微笑みかけ、部屋へと戻る。医者とは言っても、目の前の患者が実は殺されようとしていたのかもしれない、となると思うところはある。しかし、今はそれを出すべき時ではない。
「失礼しました。ところでカミーユさん、あなたはいつからカメリアさんに付き添っておられるのですか?」
「えっ……?ベルツ先生の使者に連れて来ていただいて……夕方くらいからでしょうか」
「ではさぞかしお疲れでしょう?診察はまだしばらくかかります。今夜は私たちがカメリアさんの傍についているので、カミーユさんはお休みになってください」
「……!しかし!?」
「はっきりとは言えませんが、カメリアさんの意識はしばらく戻らないかもしれません。そうなった場合、明日以降もカミーユさんにはカメリアさんの傍に付き添っていてあげて欲しいのです。ですから今日はゆっくり休んで、明日以降に備えていただけませんか?」
「……やはり……お姉ちゃんは難しい状態なのですね?」
「まだ詳しくは分かりません。出来る限り力を尽くします」
「……分かりました。お言葉に甘えて今日は休ませて頂きます。明日、お姉ちゃんの着替えなどを持ってまた来ます」
そう言うとカミーユは、ベルツ氏の弟子に送られてとぼとぼと帰っていった。
「さて……まずはここにいるアダルジーザから一つお伝えしなければいけないことがあります」
カミーユが帰った瞬間から、病室の緊張感が一段階あがる。ベルツ氏もリュウ達の雰囲気から何かしらよくない事態が起きていることを感じ取っていたらしい。
「うむ。どうやらこのおなごには『混沌たる眠り』がかけられているらしい。まずはそれを解いてやらねばのう」
「なっ!?……ということは誰かがこの子に術をかけて眠らせ、川に放り込んだということか?」
「その可能性は高いのう。このおなごが死ねばかけられた魔法も解ける。そうなってしまえばただの事故と区別はつかん。とにかく、魔法を解除してこのおなごの意識が戻ればそれで重畳、戻らない場合はその時に考えればよい」
そう言いながらアダルジーザはカメリアの前に立ち、手をかざす。
「我が魔力をもち、彼の者を眠りから覚ましたまえ……<魔法解除>」
『魔法解除』は理論上すべての魔法を解除できるとされている。しかしそのためには、かけられた魔法の力を的確に理解し、それを具体的に消し去るイメージをしなければならない。また、事を起こすよりもそれを無かったことにすることの方が大変ということか、大量の魔力を必要とする。膨大な魔力によって一瞬空気が揺らぐような感覚がした後、アダルジーザが少し疲れた顔をして椅子に座りこんだ。
「お疲れ様。『混沌たる眠り』は解除できたか?」
「うむ。さすがに少し疲れたわ」
苦笑いを浮かべるアダルジーザの方を労わるようにポンポンと叩き、カメリアの様子を確認する。何度か大きな声で呼びかけるが反応はない。それでは、と強く腕を抓ると……
「あっ!てがうごいた」
それを最初に見つけたのはソフィアだった。確かに強い刺激に対して若干ではあるが手が反応している。
「よかった……この様子だとすぐ意識も戻りそうだな」
「うむ。そうなれば誰がよからぬことを企てたかも、このおなごが全て話してくれるじゃろう」
病室を安堵の雰囲気が包む。そんな中、リュウだけが一人険しい顔をして床を見つめていた。