バイタルサインⅡ
やっと書き終えた……しんどかったです!笑
今回もバイタルの説明回です。出来る限り物語に繋がる要素も組み込んだのですが、それでも説明が大きなウエイトを占めています。興味が無い方は読み飛ばしていただいたほうがよろしいかと(^_^;)次章からはまた物語になる予定です。
「さて……次は体温だな。これに関しては……とりあえず今のところはアバウトでいい。患者さんが来られた時に手で触れて熱があったり、逆に冷たくなっていたりすれば身体に異変がある」
「まぁ……それはそうじゃろうなぁ」
「厳密に測る方法はただいま絶賛開発中だ!だから『とりあえず今は手で測る』と書いておいてくれ」
「ふむ。では言う通りにしよう」
体温の測り方がアバウトになってしまっているのには理由がある。そもそもこの世界には、温度を数値化する文化が無いのである。
もちろん、『風邪を引いた時に発熱する』となどの現象については、認知されている。しかしそれはあくまでも『おでこを手で触れて熱いと感じるか』で判断するものであり、体温計は存在しない。他にも、例えば料理で揚げ物をする際の油の温度は主婦の経験と勘を用いて決められるし、気温についてもせいぜい『今日は暑いなぁ……』程度のものである。
こちらの世界に来てからしばらくの間は、救急バッグの中に入っていた電子体温計を使用していたリュウであったが、それももう電池が切れている。また、コニーに出会ってからは水銀体温計を作ろうと何度も制作会議の場を設けているのだが、未だ実用に足るものが出来ていない。
とはいえ、かなり近いものは出来てきているのである。水銀体温計が出来れば、温度の概念がより分かりやすくアダルジーザに伝えられるだろう。そうすれば、それを魔法で再現することで電子体温計以上の測定速度を可能にできるかもしれない。リュウの現在の最終目標はそこである。
余談となってしまうが、体温から分かる病気について少し触れておく。
体温は一日のうちに変動し、午前4時~6時ごろがもっとも低く、午後2時~7時までの間がもっとも高い。少し範囲が広すぎる気がするかもしれないが、要は早朝は体温が低く、昼から夕方にかけては体温が高い、ということである。
例えば、上で説明した一日のうちで体温が高い時と低い時とに測定し、その温度差が1℃以上あり、しかも低い時の体温が平熱を上回っている場合、敗血症などが疑われる。(このような熱を『弛張熱』と呼ぶ)また、温度差が1℃以内で、高熱が続く場合は肺炎などの疑いがある。(このような熱を『稽留熱』と呼ぶ)
それ以外にも、他の症状と組み合わせることで病気が何かを絞り込むことも出来る。微熱でも侮ってはいけない。例えば『微熱が続き、血痰が出る。咳が止まらない』といった症状が続く場合、肺結核が疑われるのである。
「さて……最後は血圧なんだが……これはちょっとした魔法を使う必要がある」
「ほう?魔法となればわらわの専門分野じゃが?」
「この魔法はあまり知られていないと思うんだ……なんていうか……偶然出来ちゃった、みたいな感じで」
「魔法を創作したのか?お主……やはり面白い奴じゃのぅ」
「えっ!?……やっぱ魔法って作れんの?」
驚いた様子のリュウを見て、アダルジーザは「知らずにやったんかい」と呆れた顔をしている。
「よいか?魔法がなぜ効果を発揮するのかについては定かではない。摩訶不思議、というやつじゃ。しかし少なくとも二つの要素が必要なことは分かっておる。まず一つは正しい呪文。言霊というものがあるのかどうかは分からんが、少なくとも魔法が力を発揮するには、その力を持った言葉を発することが必要なのじゃ」
「ふむふむ……正しい呪文、と」
「メモは済んだか?もう一つは正しい想像じゃ。これはお主も実感として理解していることと思うが、魔法を使う際にはどのような効果が発生するのかを正しく想像できておらねばならん。例えば『回復』を使う際には傷や痛みを治すことを想像するじゃろう?その想像がより具体的で鮮明であるほど魔法は力を発揮する」
言われてみれば、とリュウは納得する。
魔法を使い始めた当初は、今アダルジーザが言ったように「傷や痛みを治すこと」を想像して魔法を使っていたのだ。しかし慣れてからは、例えば切り傷を治す際には、傷を修復する働きのある繊維芽細胞を活性化させて、傷を防いでいくイメージを持つようにするなど、より具体的なイメージをしながら魔法を使うようにしている。そうした方が魔法の効きがいいと感じたために実践していたのだが、どうやらそれは間違いではなかったようだ。
「つまり、魔法を創作する際には最低でもこの『正しい呪文』と『正しい想像』が必要になるということじゃ。どのような効果を持つ魔法かをしっかりと頭に思い浮かべたうえで、力を持った言葉を唱える。このどちらが欠けても魔法が力を発することはない。逆に言えば、正しい呪文を唱え、その魔法を正確にイメージ出来れば、使えない魔法はない」
「そうなの?でも魔法が使えない人や特定の魔法が苦手な人って多いぜ?」
「それは発音が正しくないか、もしくはイメージが不十分なのであろう……特に後者だと思うが。世に言う上級魔法とは、どれも複雑で効果を想像するのがやっかいなものではないか?あとは……単純に魔力が足りない、ということもあるじゃろうがの」
実は、エルフが万能に魔法を使える理由がここにある。
エルフは“知を極めし者”と称されるように知能が非常に高い。また、長寿であることから様々な事象を経験しており、知識の幅も広い。そのため、森羅万象、あらゆる現象を具体的にイメージすることが出来る。これにエルフという種族の魔力の強大さが加わることで、ほとんどの魔法の使用を可能にしているのである。
「……話が逸れてしまったの。さて、その“偶然できちゃった”魔法とやらを見せてもらおうか?」
「そこだけ聞くと、予定外の結婚みたいだな。見せるのはいいんだけど……笑うなよ?」
「……ぷくく」
「ソフィア!」
すでに笑いがこらえられないソフィアに、リュウは顔を真っ赤にして怒る。その様子をみたアダルジーザは、何のことかはさっぱり分からないものの、リュウをからかうチャンスとばかりに尻馬にのる。
「ほう、さぞかし素敵でかっこいい魔法なのじゃろうなぁ。なにせあの名高い“銀髪の悪魔”が作った魔法なのじゃから」
「くそ……みんなして笑って……」
「ほれほれ、早く教えんか?」
「分かったよ!いいか?おおまかに言えば、手に聴覚を移動させる、というイメージだ。厳密にいえば手で触れた部分の振動を音として集積し、脳に認識させるということだな。最終的には指先だけで音を聞けるようにしてほしい」
「ふむ……要は指を耳の代わりにして使う、ということじゃな?」
「その通り。ただし単純に手に耳の代わりをさせようとするんじゃなくて、音をしっかり集めるイメージをしてくれ。より小さな音まで拾える必要がある。血管を流れる血の音や心臓の鼓動の中に潜む雑音なんかを聞くために使う魔法だからな」
「なるほど……。それで、呪文はなんじゃ?」
「……て」
「はっ?」
「<盗聴手>だよ!)
「くっくっく!」
ソフィアがこらえきれずに笑い出し、それに呼応するかのようにアダルジーザの口元が緩む。
「ほぉ~……お主、盗み聞きが趣味であったか!よいよい……誰しもが下世話な部分を持つものじゃ。聖人君子のような男でも家に帰れば想い人との愛の営みを想像して……」
「アジー!お前なぁ!」
アダルジーザによるリュウいじりと、ソフィアの笑いに発作はこの後10分に渡って続くのだった。
「……ったく!血圧の説明に戻るからな!まずはこの『盗聴手』をマスターしてもらう。出来るようになったらこの器械を使って……」
「出来るぞ?」
「はっ?」
「『盗聴手』ならば先ほど試してみたが、問題なく出来たぞ?」
「本当か?ちゃんと血流の音や心音がはっきりと聞こえているか?」
「問題ない。感度も調節できるようじゃな。しかし頭の中に音が流れてくるというのは不思議な感覚じゃのう」
口ぶりから察するに、どうやらアダルジーザは本当に『盗聴手』を取得したようだった。慣れるまでに散々苦労したリュウと、使えるまでに一週間かかったソフィアは思わず顔を見合わせる。
「エルフって……ずるいな」
「……うん」
そんな二人をアダルジーザは、あえて何も言わずに満面の笑顔で見つめる。リュウとソフィアには、彼女の「どやっ」という心の声が聞こえた気がした。
「まぁ……使えるならそれでいいか。先に進めるし。血圧を測るにはこの器械を使う」
そう言いながらリュウはある器材を取り出す。
それは黒い長方形の布から二本の管が出ている代物だった。片方の管の先には黒いボールのようなものがついており、もう片方には何やらメモリのついた測りのようなものがついている。
「……なんじゃ……これは?」
「これは血圧計だ。その名の通り血圧を測る器械だな」
「ふむ……まったく使い方が分からんな」
そう言うアダルジーザの顔は、喜びの感情を満面に表している。新しいこと、特に物珍しいことに触れる際の彼女のテンションの高さは、高級な肉を目の前にぶら下げられた犬よりも激しいものがある。
「やりながら説明するよ。ソフィア、腕貸して?」
「はい」
「まずはこの黒い布、マンシェットっていうんだけど、これを腕に巻きつける。だいたい肘から親指一本分くらい上だな。そしてこの黒いボールを握ってへこませることで、マンシェットに空気を送り込む。するとどうなるか……」
――シュコッ!ッシュコッ!
「ほう……この布が膨らんでいくわけじゃな?」
「そう、そしてこのマンシェットが膨らむことで患者の腕は圧迫されることになる。すると当然、腕の中を通っている血管も圧迫され、その結果血の流れが乱れる。その結果、ある現象が起きる」
そう言いながらリュウは、開いていた右手でソフィアの腕のマンシェットのすぐ下の部分を触れる。
「ここには動脈という……まぁとりあえず大きな血管が通っているんだ。ここを『盗聴手』と使いながら触ってみてくれ」
言われるがままにアダルジーザは魔法を発動し、ソフィアの腕の、先ほどリュウが触っていたあたりに触れる。
――ザー、ザー……
「むっ!?妙な音がするのう」
「その音は“コロトコフ音”という音で、血流が乱れることによって発生するんだ。そのまま聞いておいてくれ」
そういうとリュウは、さらにマンシェットの圧を高めていく。
――シュコッ!ッシュコッ!
「……ん?音が消えたぞ?」
「その通り。コロトコフ音は人によって差はあるけど、ある一定以上の圧力をかけると消えるんだ。じゃあ緩めていくぞ?また音が出始めたら言ってくれ」
そう言いながらリュウは、マンシェットの圧を緩めていく。程なくアダルジーザの頭の中に、手から伝わる音が響く。
――トン、トン……
「音が聞こえ始めたぞ?」
「よし!そのまま聞き続けてくれ」
「うむ……音が変わってきたな……また変わったぞ?……ん?……音が消えてしもうた……」
「はいOK!これで血圧測定は終了だ」
「……まったく分からんのじゃが?」
半目で睨みつけるアダルジーザに対し、リュウは苦笑いをしながら説明を始める。
そもそも血圧とは、「動脈の中の圧力」のことである。これを測定するためには、動脈に対して外から圧力をかけることで血流に乱れを生じさせ、その変化を調べる必要がある。それはすなわち、先ほど出てきたコロトコフ音の変化を調べるということである。大雑把にいえば、血管の中を通る血流の圧力が強い人ほど、外から強い圧力がかけられても血液は流れることが出来る。すなわち、より高い圧力をかけた場合でも、コロトコフ音が聞こえるのである。逆に血流の圧が低い場合、すぐに外からの圧力に負けてしまい、コロトコフ音は早い段階で聞こえなくなってしまう。
これを数値化したものが血圧である。具体的には、以下の通りである。
①腕に巻きつけたマンシェットの圧を、コロトコフ音が聞こえなくなる所まで上げる。音が聞こえなくなってからも、余裕をもたすために少し圧を上げる。(20~30㎜Hgほど)
②マンシェットの圧を弱める。すると再びコロトコフ音が聞こえ始める。この時の血圧が、収縮期血圧である。(いわゆる最高血圧のこと)
③さらに圧を弱めていくと、コロトコフ音が3度程変わったのち、消える。この音が消えた時の血圧が、拡張期血圧である。(いわゆる最低血圧のこと)
血圧の標準値は、収縮期140以下・拡張期90以下と言われており、収縮期血圧160以上、拡張期血圧95以上の場合、高血圧とされる。(ただし人間の場合。ちなみにドワーフは平均的に血圧が高い)高血圧の人は虚血性心疾患、脳卒中、腎不全などの発症リスクが高まるため、注意が必要である。
「収縮期血圧が60mmHg未満の場合、生命にかかわる重篤な状態だ。緊急で患者が運ばれてきた際に、患者がこの状態だと非常に危ない」
「……血がほとんど流れていない。ということじゃな?」
「そういうことだ。極端な話、血流が弱すぎると身体中に血は行きわたらないからな」
リュウの言うことを聞き漏らすまいとノートを取りながら質問をぶつけるアダルジーザと、過去に書いたノートに新たに得た知識を付け足して書き込むソフィア。人間とドワーフとエルフの勉強会は、こうして夜まで続くのだった。
なぜ血圧計は持っていて、聴診器がないのか?
これについてはいずれ描いていくつもりです。一応理由があったりします。
リュウ
「本来なら自分の腕で血圧を測る練習をするんだけどね。気兼ねなく何回も練習できるし……」
アダルジーザ
「そう言われてものう……わらわには血も涙もないからな」
リュウ
「言い方!単に血液が無いだけでしょ!」
アダルジーザ
「まぁ練習に関しては問題なかろう。お主とソフィアの腕の色が変わるまで使わせてもらうぞ?」
ソフィア
「アジー……ちもなみだもないね」