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世界に一人だけの医者  作者: 香坂 蓮
Karte 5 日常 
23/34

バイタルサイン

読者の皆様から、「バイタルを全く確認していないのは不自然だ」との声を多く頂戴しましたので、急遽この話を先に持ってくることになりました。バイタルについては一度細かく説明しておきたかったので……。


ただ、文章が思った以上にまとまらず、分かりにくくなってしまいました。仕事が落ち着き次第、加筆・修正できればと思います。

 想像して欲しい。

 あなたは今、家のリビングでゆったりとテレビを観ながら過ごしている。

 テレビの画面には、月曜9時の医療ドラマが流れている。この時間に恋愛系ではなく、医療系を持ってくるなんてなかなかにびっくりだ。しかし何よりも驚きなのは、48人いることで有名なアイドルグループのメンバーが医師役で登場していることである。『さすがに10代の子に医者役はないだろう!』などのバッシングの声も大きいが、それは今は置いておこう。


 ドラマは緊迫の治療シーンに差し掛かる。

 

救急車がやってきた。


医師A

「来たぞ!」


救急車停車、後部のドアが開く。


救急隊員A

「患者は30代男性。胸をかなり強く打ったようで、胸部に強い痛みを訴えています!」


医師B

「大丈夫ですか~?病院つきましたからね~」


医師A

「バイタルは!?」


救急隊員B

「血圧80/47、呼吸数38、四肢冷感あり、SpO2は83%です!」


医師A

「まずいな……CTの準備!その後すぐにオペ室運ぶぞ!」


………………

…………

……


ここからドラマは緊迫の手術シーンへと繋がっていくのだが、今日はここまでである。

予告編のようなドラマのワンシーンを流したのには理由がある。今のシーンに、多くの人が一度は疑問に思ったことがあるセリフが隠れているのだ。それは……


「バイタル」とはなんぞや?


ということである。


はっきり言って、医療ドラマの視聴者からすれば、バイタルが何かなんて分からなくてもいい。おそらく難しい専門用語か何かで、それを聞けばイケメンゴッドハンドが患者を救う助けになる、くらいの認識で問題ないのである。ましてや緊迫したシーンだ。次のオペシーンが始まってしまえば、「バイタルとは何か」などと考えている暇はない。


しかし、実はこの「バイタル」とは医師が治療をするうえでとても大切なものなのである。今日はそんな「バイタル」についての、人間とドワーフとエルフの勉強会の模様を覗いてみることにしよう。



「治療をするうえでまず確認しなければいけないことがある。ソフィア……なんだった?」

「けつあつ、みゃくはく、こきゅうすう、たいおん、あと……いしきれぶる?」

「惜しい!意識レベル(・・・)だ」

「……(めもめも)……」

「さて、今ソフィアが言ってくれた血圧・脈拍・呼吸数・体温・意識レベル、この5つを合わせてバイタルサインと呼ぶ」

「バイタル……生命の息吹か?」

「意味としては、“生きている兆候”ってとこかな?これらに異常がある場合は患者さんの身体になんらかの問題がある、ということだ」

「う~む……」

「難しく考えなくてもいい。要するに患者さんを治療する前や、目の前に苦しんでいる人がいるような時には、まずこのバイタルサインを確認しなければいけない、ということだ」

「なるほど……しかし先ほどの5つの中にはわらわにはよく分からない言葉が混じっていたのじゃが?」

「ちゃんと説明するよ」


 実をいうとリュウの説明には一部、一般的とは言い難い部分がある。というのも一般的にバイタルサインとして挙げられるのは「血圧・脈拍・呼吸数・体温」の4つなのである。しかしその他にも「尿の量」や「瞳孔の反射」など、患者の身体の状態を確認するための重要なサインは存在するのである。「意識レベル」もその一つで、救急救命の際に重要度が高いことからリュウはバイタルサインの一つとして教えることにしたのである。


「説明しやすいのから説明していくから少し順番が入れ替わる。あとでまとめなおしてくれ」

「結局は全部覚えなければならんのじゃろ?ならば順番などどうでもよい」

「……アジーはほんと男前だよ。じゃあいくぞ?まずは脈拍、これは簡単だ。1(ミン)に脈が何回出ているかを数えてやればいい。成人の安静時の脈拍の正常数は1(ミン)の間に60~80回、多くても100回までだ」


言葉や文化など、リュウがいた世界とはさまざまな面で違いのあるこの世界だが、時間の測り方については幸いにも一緒だった。


秒=セコン

分=ミン

時=ウア

1ウア=60ミン=3,600セコン


となっており、1日もちゃんと24時間であることから、時間について困ることは少なかった。


「脈拍が1(ミン)間に100回を超える場合を『頻脈』、逆に60回を下回る場合を『徐脈』という。どちらも様々な病気の症状として出てくるので、注意しなければいけない」

「ふむ……例えば?」

「そうだな……『徐脈』の場合は重度の心臓の病気が疑われる。脳に異常がある場合も『徐脈』になるな」

「なるほど……要するに病気を判断するための一つの材料とするわけじゃな?」

「その通り!もちろんバイタルだけで病気を完全に特定することは難しいけど、この5つを確認すればある程度は絞り込める、ということだな」


熱心にメモをとるアダルジーザの横で、自分の首筋に手をあてて脈をとっているソフィアが目に入る。その姿をみて、ソフィアにバイタルチェックを教えたときのことを思い出す。


「そうそう!ドワーフはどうやら人間に比べて脈が遅いらしいんだ。しっかりと統計をとったわけじゃないけど平均で40~50回くらいみたいなんだ」


 ソフィアの脈拍は42回/1(ミン)だったのだ。

徐脈の説明をした後に彼女の脈拍を測ったので、涙目になったソフィアを「きっとドワーフは人間に比べて脈が遅いんだよ」と必死でなだめたのはいい思い出である。ちなみに、その後コニーやその弟子達の脈を確認したところ、早い者でも54回/(ミン)であったことから、『ドワーフの脈は遅い』説はどうやら間違いではなかったようだった。


「他にも脈が途切れる『不整脈』や動脈硬化の疑いのある『硬脈』、脈拍が急に大きく触れる『速脈』などある。この辺はまたゆっくりとやっていこう。次は呼吸数だ」


 呼吸数も測り方は簡単で、1分間に何回呼吸をしているかを数えてやればよい。(ここでは現世の単位で説明する)

乳児のころが最も呼吸数が多く、1分間に40~50回。そこから成長するにつれて呼吸数は徐々に少なくなっていき、小学生~中学生くらいで20~25回/分、成人で16~20回/分といったところである。


 脈拍同様に、『頻呼吸』や『徐呼吸』なども呼吸異常の一つだが、それ以外にも呼吸数が増し、しかも浅い呼吸となる『浅促呼吸』(重症肺炎や肺水腫にみられる)や、下顎だけを動かして呼吸をしている『下顎呼吸』(呼吸困難が著しく、きわめて重篤な状態)など、が挙げられる。


「あとは女性に多い呼吸異常で『過呼吸』なんてのもあるな。精神的な重圧などが原因となって発症する異常で、呼吸回数が30回/(ミン)を超えるくらいに速くなる。ひどいと手足にしびれが出たり知覚障害が発生するが命に関わることではない」

「それは『気望症』のことではないか?」

「こっちではそんな呼び方なのか……覚えないとな」

「むっ……“こっちでは”とはどういうことじゃ?そういえばお主がどこから来たのか聞いておらんかったの」

「あぁ……それはまた今度話すよ。それより今はバイタルだ。今教えた脈拍と呼吸数だけど、脈拍が40回未満しかなかったり、逆に測ることが出来ないほどの頻脈が出ている場合や、1(ミン)間以上無呼吸が続いている場合は非常に危険な状態だ。かなり死が迫って来ているといえる」

「なんかはぐらかされたような気もするが……まぁ今はよかろう」


 リュウは自らが異世界から来たことを隠すつもりはない。真剣に耳を傾けてくれ、自分の言うことを信じてくれそうな人には喜んで相談したいくらいである。しかし、アダルジーザに「違う世界から来た」などと言った日には、1日中質問攻めにされた挙句、怪しげな研究の対象にされてしまいそうな恐怖がある。それを考えると、まだ自らの境遇を打ち明けられずにいるリュウであった。


「さて、次は意識レベルについてなんだが、これについてはまずこの表を書き写してくれ。それから細かい所を説明していくことにする」


そういうとリュウは、一枚の手書きの紙をアダルジーザに手渡した。


<意識レベル表>


Ⅰ.覚醒している   


Ⅰ-1 だいたい意識清明だが、今ひとつはっきりしない    

Ⅰ-2 場所、時、人が分からない。(「ここはどこ?」状態)    

Ⅰ-3 名前、生年月日がいえない


--------------------------------------------------------------------------------


Ⅱ.刺激すると覚醒する    


Ⅱ-10 呼びかけで容易に開眼する    

Ⅱ-20 大きな声、または体をゆさぶることにより開眼する   

Ⅱ-30 痛み刺激で辛うじて開眼する


--------------------------------------------------------------------------------


Ⅲ.刺激しても覚醒しない   

 

Ⅲ-100 痛み刺激に対し、はらいのける動作をする   

Ⅲ-200 痛み刺激に対し、手足を少し動かしたり顔をしかめたりする

Ⅲ-300 痛み刺激に対しても全く反応しない。 


--------------------------------------------------------------------------------


”R”:不穏(興奮したり暴れたりしている) ”I”:糞尿失禁  ”A”:自発性喪失(行動を起こそうとすることが出来ない状態)


                                          以上。



「おっ!書けたみたいだな?じゃあ説明していくぞ~」


アダルジーザのタイミングを見計らってリュウは説明を始める。

 意識レベルとは、患者の意識がどれほどあるかを分類したもので、大きく3段階に分けられている。また、その3つのレベルの中にも、さらに3つのレベルがあり、意識レベルⅠ-1が最も症状が軽く、Ⅲ-300が最も重い。意識の覚醒度を上の表のように分類してから、下の“R”“I”“A”の3つの付加事項のうち該当するものを付け加えてやれば、意識レベルの完成である。

 例えば……、


・大きな声、または体をゆさぶることにより開眼する。失禁あり。 = 意識レベル20-I

・痛み刺激に対し、はらいのける動作をする。不穏、失禁あり。  = 意識レベル100-RI


といったような感じである。

 

 いつかはここにいる勉強熱心なドワーフや、勉強熱心過ぎてもはや変態と言っても過言ではないエルフが患者の意識レベルをカルテに書く日がくるのであろう。そう思うと自然に頬が緩むリュウであった。




ちなみに紹介した意識レベルの測り方は『JCS方式』と呼ばれるもので、日本では一般的に使われている方式です。しかしアメリカなどでは『GCS方式』と呼ばれる全く異なる方式が採用されているので、アメリカドラマを観る際には上の説明は全く通用しません。ご注意ください。

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