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世界に一人だけの医者  作者: 香坂 蓮
Karte 5 日常 
22/34

気道確保

初挑戦です!どんな感じになるのか自分でも楽しみです。

引っ越し騒動からの一週間は、バタバタしている間に過ぎて行った。

変わったことと言えば言葉遣いだろうか。「堅苦しいのは嫌じゃ!」というアダルジーザの一言により、シルベスト病院の日常から敬語がなくなった。


幸い空いていた二階の一室に全ての荷物を詰め込み終えると、アダルジーザは早速講義を求めてきた。そこでまずは救命法から教えることになり、現在に至る。


転生前の世界では救命法についてのガイドラインがあった。


まずは意識と呼吸の確認。


大きな声で呼びかける。頬を最初は軽く、反応がなければ少し強めに叩く。腕などを強めに抓る。

これらに反応を示さない場合は、意識不明と判断される。


そのうえで今度は腹や胸を観察する。胸や腹が膨らまないようであれば、少なくとも通常の呼吸は出来ていない。

 

このような意識不明、かつ通常の呼吸が出来ていない場合は、救命処置が必要となる。


まずは胸骨圧迫、いわゆる心臓マッサージというやつである。

どの部分を心臓マッサージすればよいか、という点については医師などの訓練を受けた人間じゃなければ正確に判断することが難しい。そのためとりあえずは「胸の真ん中」を5cmほどへこむ程度の強く圧迫する、と覚えておけばよい。

マッサージは少なくとも1分間に100回以上のテンポで行う。

1分間に100回と言われてもピンとこないかもしれない。参考としては“アンパンマンマーチ”のテンポがちょうど1分間に100回である。


次に気道を確保し人工呼吸を行う。

ただし、一般の人にとっていきなり見ず知らずの人とキスすることはいくら人命の危機とはいえハードルが高い。口から嘔吐物や血などが出ている場合ならば尚更だろう。

また気道確保についても、頸椎を痛めている場合は一般的な手法とは異なる方法をとらなければならない、など訓練していなければ難しい要素がある。

そのためガイドラインでは、人工呼吸が難しい状況である場合には胸骨圧迫のみを行い救急車の到着を待つこともやむを得ない、としている。


最後になったが、近くにAEDと呼ばれる簡易的な電気ショックが周囲にあれば積極的にこれを利用していくことも必要である。実際、AEDを速やかに使用したことで重篤な状態にあった患者の命が救われた例が何件も報告されている。


このガイドラインが普及すれば緊急時の生存確率がかなり上がるため、出来ることならば広めていきたいとリュウは考えている。AEDについては今は無理だが、もしかしたらアダルジーザの使える魔法で再現できるかもしれない。

二人に救命法の流れを教えていくことが初めの第一歩になれば、と思うリュウである。



「まぁとりあえず気道確保の仕方は分かったな?これが一番基本的なやり方で“頭部後屈顎先挙上法”と呼ばれる方法だ。顎先を持ち上げながら頭を後ろに反らす。頭とか首をケガしている場合は避けた方がいい」


リュウの言葉に対しアダルジーザは「なるほど」と言った顔をし、ソフィアは泣きそうな顔をしている。


「あ~と……取り合えず俺らの間ではこれを“気道確保①”と呼ぶことにしよう。“頭部後屈顎先挙上法”なんて長いしな」


ソフィアはまだこちらの言葉をすらすらとは話せない。そんな彼女に“頭部後屈顎先挙上法”は少し難しすぎたようだ。


「ふむふむ……。吸い込んだ空気が通る気道を広げてやることで呼吸が出来るようにする、ということは分かった。だがなぜ顎をあげて頭を下げただけで気道が広がるのじゃ?」


「気道を広げる、という言い方は語弊があるな。正確には舌を上げているんだ。意識のない人は舌の付け根の筋肉が緩む。そうなると舌の付け根が喉の奥に沈んでしまい、気道を塞いでしまうんだ。仰向けに寝転んで舌を思いっきり喉の奥の方に引っこめると苦しいだろ?それのもっとヒドイ状態を思い浮かべると分かりやすいかな」


そう言いながらリュウは絵を描き始める。


挿絵(By みてみん)


「これが通常の口の図だ。ピンクの部分が舌で水色の部分が気道。この状態だと吸い込んだ空気はちゃんと気道を通って肺へと向かう」

「ふむふむ」

「……(かきかき)……」


挿絵(By みてみん)


「そしてこれが舌が沈んでいる状態。この状態だと気道が塞がってしまい、呼吸が出来ない。だからこんな感じにしてやる」


挿絵(By みてみん)


「この矢印の方向に顎を動かしてやることで、舌の位置が矢印の方向にあがる。それによって気道を確保しようってことだな」


リュウの説明をソフィアは必死でノートに書き写す。一方アダルジーザは目を閉じ、何かを考えているようだった。


「なるほど……理解はできた。しかし今の説明の通りならば仰向けは危ないのではないか?顔が上を向いていたら舌は当然下に落ちる。それはつまり気道を塞ぐということではないか?」

「その通り。だから気道を確保した段階で自発呼吸が出来ているようなら、気道を確保した状態のままで横に向けてやる必要があるんだ。それは次に教えるよ。」


 ふと気づくと、アダルジーザがリュウ渾身の図を見比べながら思案にふける横でソフィアが難しい顔をしている。


「ソフィア?なんか分からないことでもあるか?」

「うん……。いしきがないと、いきができないんだよね?」

「そうだなぁ……。必ず息が出来なくなるってわけではないけど気道が塞がってしまう可能性は高くなるな」

「そっか。じゃあねちゃったら、いきができなくなるかもしれない?」


ソフィアが不安そうな顔になる。


「ソフィアよ……寝て呼吸が止まってしまうならば夜が来ればほとんどの者が死んでしまうではないか?そのようなことがあるわけなかろ……」

「あるぞ?」


「えっ!?」という顔でアダルジーザとソフィアがリュウを見つめる。


「いびきってあるだろ?寝ている時にガーガーと五月蠅いやつ。あれは舌の付け根が喉の奥に沈んで気道が狭くなることで音が鳴っているんだ。試しに仰向きに寝てさっきみたいに舌の奥を喉の奥にくっつけるようにしたまま息してみな?」


言われるがままに寝そべった二人から「ぐお~!がぁ~!」と派手な呼吸音が聞こえる。


「それがいびきが起きる理由だ。そして寝ている時の舌根沈下がよりひどいと、睡眠時に呼吸が止まることもある。これを(閉塞型)睡眠時無呼吸症候群、と呼ぶ」


 このリュウの言葉に、ソフィアもアダルジーザも言葉を失っていた。寝ている間に呼吸が止まる病気……なんと恐ろしいことだろうか。


「息が止まる、といってもそのまま死ぬということはほとんど無い。途中で苦しくなって呼吸が戻るからな。ただこの症状が続くと寝ている間に空気が取りこめないから貧血、寝不足、ひどい場合には心疾患や脳卒中に繋がることもある」

「そ……それは治るのか!?」

「そうだなぁ……一番簡単な方法としては唇を鍛えること。口がしっかりと閉じていれば気道が狭くなりずらいからね。あとは器具を使う方法もあるけど……作らないといけないからなぁ……」

「そんな悠長なことを言っておる場合か!?」

「まぁそうなんだけど……」


睡眠時無呼吸症候群を治療するためには、本人が症状を自覚し、自分で病院に来てもらう必要がある。そしてそのためには睡眠時無呼吸症候群を広く認知してもらう必要がある。素直に信じてもらえればいいが、「そんなバカな」と相手にされなければ、広めていくのに時間がかかる。

そのことを説明するとアダルジーザは何か言葉を発しかけたがそれを飲み込み、「むぅ~」と考え込んだ。


「せんせ……がんばろうね」


ソフィアの言葉が心に染みる……そんな昼下がりだった。


アダルジーザ

「にしてもお主……絵は下手じゃな?」


リュウ

「なっ……!うるさい!これでもうまく描けた方なんだよ!」


アダルジーザ

「いやいや……これはなかなかじゃぞ?」


リュウ

「そんなことない!うまく描けてるよなぁソフィア?」


ソフィア

「……」


リュウ

「ソフィア?なんであっち向くんだ?お~い……ソフィア~……」

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