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世界に一人だけの医者  作者: 香坂 蓮
Karte 1 急性虫垂炎
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神か悪魔か

最初は一気に投稿します。

 "ラストニア王国・ミルネタ伯爵領"

 その中心地“ラージョン”にある『シルベスト病院』の一室は緊迫した空気に包まれていた。


「それでは始めます。よろしいですね?」

「はい……その……よろしくお願いします」


 問いかけたのは清潔な白衣に身を包んだ銀髪の一人の男。

 答えたのは顔面蒼白で今にも泣きそうな顔をした中年の女性だった。


「では……メス!」

「はい」


 男の右手に立っていた白衣の小さな女性が、男に銀色に煌めく刃物を渡す。

 その刃物はゆっくりと降りていき、目の前に横たわっている少女の腹を切り裂く。


「……!!いや~~~~~~~っ!!!」


 中年の女性は悲痛な声で叫び、意識を失った。この日2度目の失神だった。


「はぁ……だから言ったのに」


 銀髪の男、リュウ・シルベストは疲れた口調でこう呟いた。


「まぁ気絶してくれただけありがたいか……今のうちにちゃっちゃと終わらせよう」

「せんせ!がんばって!」

「あいよ!」


 白衣の少女の励ましに気を取り直したリュウは、再び患者のお腹を切り開く作業に戻るのだった。



「お母様、お母様?」


 ベッドに横たえられていた女性が、「うーん」と覚醒する。


「お母様、起きてください」


 その声で我に返ったのか、女性はガバッと起き上がる。彼女は自分が何時間も気を失ってしまっていたように感じていた。


「先生!マリアは!?マリアは無事なんですか!?お……お腹を開くなんて……あぁ!」


 喋りながら、先の手術の様子が思い出されてきたのか、女性の顔はまたしても真っ青になっていく。


「大丈夫ですよ。ほら」


 リュウは優しく微笑みながら、ベッドを仕切っていたカーテンを開ける。そこには安らかな顔をして眠る少女の姿があった。


「マリア!……あぁよかった。先生!ありがとうございます!ありがとうございます!」

「いえいえ。手術の後いったん目を覚ましたんですけどまた寝てしまったみたいです。目が覚めるまでついていてあげてください」


 リュウは微笑んだまま母親に告げ、静かに病室から出て行った。



「せんせ!おつかれさまです」

 一生懸命ノートを書いていた少女が顔をあげた。

「ありがと。ソフィアは復習終わった?」

「うん!でもどうしていらないものが、からだにあるの?」


 オペが終わって解放感が出たのだろうか、ソフィアと呼ばれた少女は結んでいた髪をほどいている。ドワーフの女性特有の豊かな髪がふわりとゆれた。


「いらないというわけじゃない。ただ取ってしまっても問題がないんだ」

「うーん……」


 リュウはやんわりとソフィアの間違いを正す。こうやってソフィアに医療の知識を教え始めてどれくらいになっただろうか。

 最初は器械出しの看護師をやってもらえれば、と思っていたのだが、いまやいっぱしの医学部生である。


「虫垂はバイ菌をやっつけてくれるモノを作ったり、腸の調子を良くしてくれるモノを作ったりしていると言われているんだ。でもそれは虫垂じゃなくても作れるから取っても問題ないんだよ」

「なるほど……やっぱりせんせはものしりだね!」


 ソフィアは満面の笑顔を浮かべる。この笑顔は昔から変わらない、リュウを安心させてくれるものだった。



 急性虫垂炎、いわゆる『盲腸』とは、盲腸の先端にある虫垂と呼ばれる個所が炎症を起こすことで腹痛を起こす病気である。

 手術は軽傷ならばそれほど難しいものではなく、炎症を起こした部分を切り取ってやればそれで終わりなのだが、放っておくと大変なことになる。炎症を起こしている虫垂が壊疽してしまい、さらには破裂してしまうのだ。こうなってしまうと破れた虫垂から飛び出た細菌がお腹の中に広がり、腹膜炎などを発症する可能性が高い。最悪の場合は死にいたる。

 今回のオペでは、虫垂は破裂してこそしていなかったもの壊疽しており、一刻も早い手術が必要だった。そういう意味では、手術に付き添うことを条件にしたとはいえ、母親が早い段階で手術を許可してくれたことは非常に有難かった。


 そうは言っても、やはり説得に苦労はしたのだが……。


 マリアがリュウの元に運び込まれたのは、今日の朝早くのことだった。

 2日ほど前からお腹の痛みを訴えていたが、当初は激痛ということでもなく、微熱もあったことから風邪と判断し、一日ゆっくり休んでいた。しかし症状はひどくなる一方で、特に右のわき腹のあたりが激しく痛んだ。

 病院に行き、この街で一番の治癒師から治療を受けたのだが一向に痛みは緩和されない。とはいえこれ以上上級の病院に連れて行くだけのお金はない。困り果てた母親は、その治癒師から紹介されて散々悩んだ末に、色々と噂のあるリュウの元に娘を連れてきたのだった。


 彼の噂はこの街の者ならば誰だって知っている。


「誰にも治せないと言われた病気を治してくれた神様のような人だ」

「病人の腹を切り裂き楽しむ悪魔だ」


 神か悪魔か……母親はリュウが神であることに賭けたのだった。



「娘さんはおそらく、急性虫垂炎に罹られたのだと思います」


 母親の話を聞き、診察を終えたリュウはこう切り出した。


「急性……?なんですか?娘は治るんですか?」

「虫垂炎です。娘さんは身体の中にある虫垂という部分に異常をきたしています。すでに他の病院に行かれて治療を受けたのにそれでも痛みが引かない、となるとおそらく手術しか方法はないかと思います」

「シュジュツとはなんですか!?娘が助かるなら是非……!!」

「手術とは、お腹を開いて中の悪い部分を直接治す、という方法です」


 この言葉を聞き、母親はこの日最初の卒倒を起こした。「噂は本当だった。彼は悪魔だった」と思いながら。


 そう……この世界では手術なんて誰も知らない。

 知らないどころではない。「お腹を開いて治療」などと言った日には人殺しか気の狂った悪魔扱いをされてしまう。


 この世界では、ケガや病気は魔法で治すのである。


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