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世界に一人だけの医者  作者: 香坂 蓮
Karte 4 核病
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未知のオペ

 手術室には不思議な光景が広がっていた。


 手術台の上には苦しみながらもその美しさを失っていないエルフの女性が横たわる。


 その周りを、白衣を着た3人が囲む。

 人間が一人、ドワーフが一人、エルフが一人。


 出来ることならばもう少し和やかな場所で異文化交流をしたかった、と思うリュウである。

 

「では始めます。ビアンカさんは先ほど言った通り、アダルジーザさんから魔力が漏れ出さないかを常に監視してください」

「……分かりました」


 ビアンカは、顔を真っ青にしながらもはっきりとした口調で応える。

 それを横目に確認したリュウは、視線をソフィアに向ける。


「頑張ろうな!」

「うん!せんせもがんばって!」


 マスクをして、帽子をかぶっていても満面の笑みであることが分かる。

 これが毎回、手術前のピリピリした心を落ち着かせてくれるのだ。


「……メス」

「はい!」

 皮膚の表面に切れ目が入っていく。先ほど聞いたところ「核」は握りこぶし大とのことだったので、少し傷口は大きくなるが20cm程切開していく。


「鑷子」

「はい!」

「メッツェン」

「はい!」

「開創器」

「はい!」


 皮膚を切開し、手術創をしっかりと広げて視野を確保しながら、身体の中の膜を剥離していく。

 本来ならこのあたりから電メスを使って手術創を広げて行くのだが、万が一にも電メスを使う際の魔力が悪影響を及ぼす可能性を考慮して使用していない。


「よし……剥離完了。はさみ!」

「はい」

 ここまでは普通の開胸手術と変わらない。ソフィアも慣れた手付きで器械出しを行う。

 問題があるとすれば初めて手術をみている二人のエルフなのだが……。


「ビアンカさん、大丈夫ですか?」

「はい……問題ありません」


 驚くことにエルフには血液がない。身体中を行きわたる魔力がその代わりをこなしているそうだ。

 そのため出血の心配はないものの、多量の魔力が漏れだす可能性があるためビアンカには常にその監視をお願いしている。


(やっぱ……エルフはすげえな)


 目の前で自分がよく知る人間が腹を大きく切り裂かれて横たわっている。

 これは医者でも嫌なものである。肉親の手術は担当しないように配慮する病院も多い。


 初めての手術で、しかも患者が自らの師であるにも関わらず冷静さを失わないビアンカにリュウは感心していた。ちなみにグラートは、手術室の隅で自分の仕事に備えて目を閉じて集中している。


 胸骨切断、胸膜切開を行い、いよいよ胸腔内の観察に入る。


「……あれだな」

「……はい」


 リュウの誰に言ったとでもない呟きにビアンカが応える。


 胸腔のちょうど真ん中あたり、両肺に挟まれたまさに心臓のあるべき場所に、それは存在した。


 こげ茶色をさらに濃くしたような色をしており、表面はうごめいているよう見える。

 近くで見てみると、どうやら膜のようなもので覆われており、その中を腐った木のような色をした “何か”が猛烈な勢いで渦巻いている。


「ビアンカさん……どう思いますか?」

「はい……おそらくこの膜の中でアダルジーザ様の魔力が滞っているのだと思います。ここまですごい魔力だと先生にも見えるのではないですか?」

「そうですね……茶色いモノが渦巻いているようにみえます」

「エルフの魔法のその根源は森から来ていると言われています。それがこのような色になるということは、だいぶ魔力が腐ってきているように思えます」


 「魔力が腐る」とはおそらくエルフ特有の表現なのだろうが、身体に悪影響を及ぼしていることは間違いないらしい。

 それはリュウが手術前の予想とほとんど違わなかった。

 つまりこの膜のようなものを何とかして切除し、中に溜まった有害な魔力を除去してやればアダルジーザは救われるはずである。


(心タンポみたいなモノか……)


 脳裏に嫌な記憶が蘇る。

 それを頭の端っこに追いやり、リュウはグラートに指示を出した。


「ではグラートさん……お願いします」

「了解した……<退魔結界>」

 

 結界術に優れているというグラートが、リュウ、ビアンカ、ソフィア、そして自分自身にも結界をかける。

 『退魔結界』は外部からの魔力を遮断する結界であり、アダルジーザの魔力が暴走した際に備えたものである。


「さて……まずはダメ元でやってみますか」


 そういうとリュウは、ソフィアからメスを受け取る。


「えっ……!?」


 ビアンカの驚きの声を尻目に、リュウはアダルジーザの核を覆っている膜をメスで切り裂こうとする。


――バチバチっ!


「さすがに無理か……」


 まるで結界に弾かれたような感触に、リュウは少し残念そうな顔をする。


「先生!我々の魔法でも弾かれるような膜なのですよ!?そんな刃物なんかで切れるわけがないじゃありませんか!」


 ビアンカの声には怒りと呆れが混じっていた。


「魔法がダメなら物理攻撃で、と思ったんだけど……そう上手くはいかないか。かなり堅そうだから針での穿刺も難しそうだし……ドリルはないから……釘でも打ってみるか?」

「なっ!なにを馬鹿な!?」


 リュウの呟きにビアンカがすぐさま反応する。


「せんせ!でんめすは?」

「ん?あぁ電メスな……待てよ?」


 ソフィアに答えながらリュウは思考をフル回転させる。


(エルフの魔力の根源は森……まぁ木だな。だったら火に弱いなんてことがあったりするんじゃ……いやまさかそんな単純な……)


―――シュー……


「おっ!これは来たぞ!みんな注意し……」


 その言葉を言い終わるか終らないかのうちに膜に切れ目が入る。

 同時に中で渦巻いていた大量の魔力が切れ目から一気に溢れだし、膜が破裂する。


 押し込まれていた大量の魔力は鮮やかな緑へと変色しながら手術室中を駆け回り、そして消えた。

 グラートの『退魔結界』により全員魔力の直撃は免れたものの、なかなかの衝撃である。


「……アダルジーザ様は!?」


 いち早く我に返ったグラートが叫ぶ。


 すぐにアダルジーザの核を確認すると、そこには緑色に輝くこぶしくらいの大きさのモノが鎮座していた。

 きれいな円形のそれは特に脈打つわけでもなく、ただそこに存在している。


「しっかりと魔力が放出されています!暴走しているようにも見えません!」


 ビアンカが興奮した声で叫んだ。

 どうやら成功したらしい。リュウにもソフィアにも魔力が放出される様は見えなかったが、エルフが言うのならば間違いないのだろう。

 後ろではグラートが、力が抜けたかのようにへたり込んでいた。


「魔力はどのように流れていますか?」

「身体の様々な部分に行きわたっています。ただお腹を開いたところから半分以上の魔力が漏れ出しているので無駄は多いですね」

「よし……ひとまずは結界でお腹の穴を塞いで魔力を全身に行きわたらせましょう。それで体力が回復したら一気にお腹を閉じて手術終了です。ビアンカさん、よろしくお願いします」

「はい!頑張ります!」


 美しいエルフの微笑みが、殺伐としていた手術室の雰囲気を明るいものへと変えていた。



「……うぅ……ここは……どこじゃ?」


 アダルジーザは自分の置かれた状況が分からなかった。

 目の前には壁がある。いや、天井か?


 核病に罹り、意識が遠のいたところまでは覚えている。ならば助かる道理はない。

 ここは天国なのか……それにしてはしけた景色だ。天国とは美しい森の中で鳥がさえずっているのではないのか?


 そんなぼんやりとした視界に、3つの頭が入り込んでくる。


 2人は金髪、残る1人は銀髪……。


「アダルジーザ様……ご気分はどうですか?」

「……ビアンカ……か?」

「はいっ!」


 見間違うはずのないその顔。もはや見飽きた二人の弟子の顔がそこにあった。


「ほう……“銀の悪魔”はわらわの核病すらも治してしまわれたのか?」

「いやいや……その名前は勘弁してください」


 よく見ると整った顔をしているではないか。銀髪が映える人間などそう多くはいるまい。

 この色男が奇妙奇天烈な方法を使って核病を治したというのか?


「ふふ……おもしろい……おもしろくなってきたぞ!」


 顔が緩んでいるのが自分でも分かる。

 長い人生ではあるが、これほど心躍る出逢いが用意されているとは思っていなかった。


 まるで初めて恋をしたかのような輝く乙女の顔をしたアダルジーザの顔をみて、彼女を良く知る二人の弟子は何かを諦めたかのように天を仰いだのだった。


11月20日 ご指摘を受け、誤字脱字3か所訂正しました。


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