試行錯誤の出たとこ勝負
医者としてあるまじきタイトル……。とはいえ試行錯誤しなければ治せるものも治せない。
このあたりも物語に出来ればと思っています。
「……なるほど、だいたいどういう病気なのかは理解できました」
さすがはエルフといったところか、ビアンカと名乗った女性はパニック寸前の状態でも的確かつ端的に病状を説明した。ほとんど患者に猶予がない状況では、最高の対応である。
「もう一度だけその『鎮静』という魔法をかけていただくことは可能ですか?」
「だから言っただろ?『鎮静』は魔力が高い者が行わないと効かないんだ!我々では意味がない!」
「グラート!」
いきり立つ男性のエルフ、名はグラートというらしい、をビアンカが大きな声で諌めた。
「申し訳ありません。彼は少々気がたっていまして……」
「分かります。気になさることではありません」
「私どもはアダルジーザ様より、すべて先生のおっしゃることに従え、という風に命じられております。それゆえ治癒に必要なことならば、なんでも協力させていただきます」
えらく信用されたものだ、とリュウは訝しんだ。
プライドの高いエルフ、しかもそのエルフの中でも上位にあるであろうこの女性が、何故見ず知らずの自分を信用して身を預けようと思ったのか?
まさかそれがアダルジーザの知的好奇心が理由だとは露ほども知らないリュウは、ひとまずその引っ掛かりを意識の脇に追いやり、まさ『鎮静』という魔法をかけるようとしている女性のエルフに集中した。
「いきます……<鎮静>」
ビアンカがアダルジーザの胸に手をかざす。
その手からは『回復』の時に出るものとはまた違う柔らかく青い光が放出され、アダルジーザの胸の中へと染み込んでいく。
程なくその光は身体中を包み込むようになり、輝きを増してくる。
「……!ダメです!」
「えっ!?」
エフェクト的には魔法が効いているように見えたのだがそうではなかったらしい。
「『鎮静』が上手く効いている場合、光が今のように分散することはありません。このように身体全体に青い光が広がるのは「核」の手前で魔法が弾かれて分散している証拠です」
「しかも弾かれた魔法は身体中にまき散らされる。核を抑えるために使える魔力までもが抑制されてさらに負担がかかってしまう」
ビアンカの泣きそうな目と、グラートの怒りのこもった目がリュウに向けられている。
「なるほど……。しかし今のでいくつか思いついたことがあります……一度試してみましょう」
リュウはその二つの視線を、いつもの柔和な笑顔でやり過ごす。
「アダルジーザさん!分かりますか~?聞こえるならまばたきをしてください!」
「うぅ……う……」
(意識はわずかに残っている……よし!)
「ゆっくりリラックスしてください……大丈夫ですよ~……力抜いてください……<混沌たる眠り>」
「何度言ったら分かる!?核病のなった者に魔力の弱い者の魔法は効かん!」
グラートの怒りの声を尻目にリュウはアダルジーザの状態を再度確認する。
呼びかけに対して反応はない。頬を強めにつねる……これも反応はない。
「……えっ?効いたのですか?」
「そんな……馬鹿な?」
ビアンカもグラートもエルフ特有の目を持っている。
彼らはその目に映る者の魔力の強さを正確に読み取ることができた。
そして二人の目の前にいるこのリュウという男は、人間の中では普通よりすこし魔力が多い程度の、つまりはアダルジーザとは比べものにならないほど弱い魔力しか持ちあわせていないのである。
にも関わらず、リュウの魔法は力を発揮した。
それは彼らにとって信じ難いことだった。
「推測ですが……『鎮静』という魔法は核に直接働きかける魔法なのでしょう。だから青い光が身体の中へと入っていった。そしておそらく核の少し手前に魔法を弾く何かがあるのでしょう。『混沌たる眠り』は別に核に働きかける必要はないですからその“何か”に弾かれることもなかったんでしょう」
言われてみてエルフ達は納得した。
「核病」に罹った者がいる場合、『鎮静』以外の手段はない、それがエルフの常識だ。
そのためわざわざ他の魔法をかけようとする者などいなかった。そこに落とし穴があったのかもしれない、しかし……。
「しかし、アダルジーザ様を眠らせたところで何か意味はあるのか!?」
そう、眠っただけでは核病の進行は食い止められない。むしろ意識を失った分魔力が身体を蝕む速度が速まるのではないか。
気色ばむグラートに対して、リュウは少し申し訳なさそうな顔で答えた。
「これまた推測の域を出ないもので申し訳ないんですが……おそらく魔力が身体を蝕んでいるというのは間違いなのではないかと思います」
「……はっ?」
あまりに突拍子もない発言に二人は凍りつく。
この男は、まだ核病の恐ろしさを理解していないのか?魔力が身体を崩す様を見ないと実感できない程愚かだというのか?
「核の周辺に“外からの魔力を弾くような何か”があるとすれば、それは何で出来ていると思いますか?」
「それは……核で作られた魔力だろうな」
「はい……私もそう思います。ではもしもその“何か”を作るのに、核で作られている魔力が全てつぎ込まれていたら、どうなりますかね?」
「それは……魔力が切れるな」
「はい。普段ならば魔力が切れても直ぐに核が新たな魔力を生成し、身体中に行きわたらせてくれるでしょう。しかし仮に核で作られている魔力が全て核の周辺で消費されてしまえば、身体に魔力が長時間行きわたらないという事態になるはずです」
「……」
「おそらく身体が崩れるというのは、魔力によって身体が蝕まれているのではなく、長時間身体に魔力が行きわたらないことによって発生しているのだと思います」
もちろんリュウの言うことに証拠など無い。
しかしなぜかそれを人間の戯言だと一笑に付すことは出来なかった。
エルフの生命の源は核から作り出されている生命力を含んだ魔力なのだ。それが遮断されるとなれば、身体が崩れることも十分に考えられる。
「もしかしたら核の暴走も起こっていない可能性がありますね」
「なっ!?」
「核自体が正常に運動していても、核のまわりで魔力が異常に溜まっているのならば暴走しているように感じるでしょうから。あくまで可能性の話ではありますが……」
驚きのあまり、ビアンカもグラートも言葉が出なかった。
(まさか……そんなバカなことが?……いやしかし……)
グルグルと様々な思いが頭の中を渦巻いていた。
その混沌とした思考の中にリュウの言葉が再び差し込む。
「この仮定が正しいならば、要は核のまわりにある“何か”を取り除いてやれば治る可能性があります。正直に言うと可能性は低いですし危険性も高いですが、このまま何もしなければ確実に死ぬというならば、賭けてみるだけの価値はあると思います」
リュウの顔からは柔和な笑顔が消え、真剣なまなざしが二人のエルフを射抜いていた。
「……そんなことが出来るのか?」
「分かりません。私が知っている治療法はあくまで人間に対してのものです。エルフにも適用できるかははっきり言って出たとこ勝負です。さらに言うならば、治療の際にはお二方の協力が不可欠です」
患者が人間であるならば、「必ず助ける」と言って安心させるリュウであるが今回は事情が違う。
全く予想がたたない上に、どうしても彼ら二人の協力が必要になるのだ。
また、「核」が人間でいう心臓であるならば、本来は心臓の手術並みの設備が必要になるが、ここの設備はそこまで整っていない。
「先生に……すべてお任せします」
「……!?ビアンカ!?」
「アダルジーザ様は、先生に全て委ねるようにおっしゃりました。私達はそれに従うべきです」
「……!」
「それに……この先生は信頼できる気がします。感覚的に、ですが」
その言葉にグラートは黙り込む。そして……。
「その通りだな……。俺もアダルジーザ様の言葉に従う」
グラートの表情からは迷いが消えていた。
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