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世界に一人だけの医者  作者: 香坂 蓮
Karte 4 核病
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アダルジーザという女

今回のお話はすこし長くなるかもしれません。

「アダルジーザ様!お気を確かに!」


 遠くから声が聞こえる。……いや、きっと近くにいるのだろう。

 もはや感覚すらもおかしくなってしまったのか。


 アダルジーザは心の中で苦笑いを浮かべる。

  

“知を極めし者”、“神に愛されし種族”


 エルフは時としてそう称される。しかしどうだろうか?実際は病を目の前にしてなんら抵抗できず、まるで枯れ木のようになすすべなく死を迎えようとしているではないか。


「とにかく他のエルフを探しに行きましょう。我々の『鎮静』は打消しあいますが、もしかしたら相性が良いものがいるかもしれません」

「しかし……この状況でアダルジーザ様を置いて出るわけにはいくまい?」

「生徒を……皆を集めて協力してもらいましょう!」


 年若くして森を飛び出したアダルジーザを敬愛し、自らも森を飛び出した二人の弟子、ビアンカとグラートが必死に策を考えてくれている。

 しかし……無理だ。到底間に合わない。

 奇跡でも起きない限り助からないことはアダルジーザ自身が一番よくわかっていた。


「……もう……よい」

「……!?アダルジーザ様、何を弱気になられているのですか?」

「そうです!我々が必ず治して差し上げます!」


 アダルジーザは、常にこの二人の弟子の前では弱みを見せなかった。

 この二人はアダルジーザを拠り所にしているのだ、ならば大黒柱が揺らぐわけにはいかない。


 しかし今、アダルジーザは初めて弟子に弱みをみせた。

 全てを受け入れて死ぬことで、弟子たちが自分を責めないように……。


「わらわはもはや天寿を全うしたのじゃ。いい人生じゃった……たくさんの知識に触れ、たくさんの人に出会えたのじゃから」

「アダルジーザ様……」

「おぬし達、よくわらわに着いてきてくれたな。感謝しておる。わらわ亡き後も、幸せに生きるのじゃぞ?」

「もったいない言葉です。しかし今はまだ死ぬ時ではありません!絶対に治すのです」

「ふふっ……おぬしらは、本当に変わらぬのう……」


 自分のことを最期まで心から案じてくれる人が傍に二人もいてくれるのだ。

 80年という短い一生だったが、それだけでも実りのある人生だったと心から思える。

 死を目前にしても、アダルジーザは幸せであった。







「そうだ……これはもはや賭けとすら言えないかもしれませんが……」


 突然ビアンカが小さな声で呟いた。


「この街の外れに“麗しき銀髪の悪魔”と呼ばれる治癒師がいるそうです。なんでも奇妙奇天烈な方法で病を治す治癒師だとか……」

「……馬鹿なことを。俺だってそいつの噂は聞いたことはある。しかしそいつは人間だ!人間に核病が治せるはずがないだろう!?」


 暴走するほどの魔力を抱えて生きる種族は、伝説やおとぎ話の類を除けばエルフのみであり、結果としてこの魔法はエルフか余程の物好きしか知らない。


 また、エルフより魔力が強く、かつ理性を持った種族など存在しない。

 ゆえにエルフ以外でこの魔法を使える者はいない。


 つまり人間には「核病」が治せるはずがないのだ。


「ふむ……奇妙奇天烈な治療とな?それはいささか興味があるのう……」


 弟子たち二人の喧騒を尻目に、アダルジーザは苦しそうに微笑む。

 もはや死がすぐ後ろに迫っているこの状況でも、彼女の知識への欲求は尽きることがなかった。

 元より可能性のない命、未知の治療の可能性があるならば最後にそれに賭けるのもまた一興。

 万が一にも生き残れたら、その後の研究テーマまで出来てしまうではないか。


「ビアンカ、グラート!わらわをその“悪魔”とやらのところに連れて行くのじゃ」

「……!?しかし!?」

「よい……どのような時でも、知るということは素晴しいのじゃ」


 『知るということは素晴しい』

 これはアダルジーザの口癖であり、知識を得ることに貪欲な彼女の本質を表した言葉でもあった。


 例え死が迫っていても、アダルジーザはアダルジーザだった。

 それがビアンカとグラートに、何故か少しの安心をもたらしたのだった。



 珍しい来客というものは、なんの前触れもなくやって来て人々を驚かせるものだ。


 バイトしているコンビニに突然芸能人がやってくる。

 下宿先に彼女を連れ込んでいる時に限って母親が突然訪問してくる。


 どちらもなかなかに衝撃的であり、対応に困るというものだ。

 しかしシルベスト病院に訪れた珍客も、これらに負けず衝撃的で、家人の対応を困らせるものだった。


 人間の営む治癒院にエルフがエルフを運んでくる。


 これは滅多にない……というより有りえないことだ。


 そもそも大概の魔法を高レベルで使うことが出来る彼らは、当然『回復』も『病魔退散』も使いこなす。

 そこらのエルフでも、リュウより上手に治癒魔法を使えることだろう。


 またエルフは他の種族に対し、多かれ少なかれ優越意識を持っているように感じる。

 ゆえに病に倒れてもエルフ以外からの治療を受けようとするとは思えない。


 にも関わらず目の前には、明らかに具合の悪そうなエルフの女性が男のエルフに担がれている。

状況を把握できないまま立ち尽くしていると、その隣に立っていたもう一人のエルフの女性が口を開いた。


「あなたが“麗しき銀髪の悪魔”ですね!?」

「……はっ!?」


 今まで悪魔だの鬼畜だの言われたことはあったものの、そこまでこっぱずかしいあだ名はなかったはずだ。出来ることならば否定したい。


「奇妙奇天烈な方法で病人を治している治癒師ですね!?」

「あぁ……私のことですね」


 身に覚えがありすぎたリュウは、諦めたかのように自らの通り名を認めたのだった。


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